2018年 07月 09日 ( 1 )

和歌山城公園 和歌山城

c0112559_08043390.jpg
紀州東照宮と和歌浦天満宮を訪ねましたが、終日雨。他にも行きたいいところはあったのですが、その日はホテルで過ごしました。翌日は曇りながら雨は降っていなかったので、ホテルの近くの見所を廻りました。

和歌山城は徳川御三家の一つ紀州藩徳川家の居城で、城跡は国の史跡に指定されています。城は1585年(天正13年)に和歌山市の中心部にある標高48.9mの虎伏山(とらふすやま)に建造され、江戸時代初期に徳川頼宣よって整備されました。

国宝に指定されていた天守などの建物は第二次世界大戦終盤の1945(昭和20)年7月に空襲で焼失。遺構として石垣、堀をはじめ、公園内には国の重要文化財の岡口門や土塀、さらに追廻門が現存します。現在の大小天守群とそれに続く櫓・門、大手門・一之橋は復元されたものです。

現在は、本丸と二の丸が和歌山城公園となっており、本丸南西部には和歌山縣護国神社があり、南の丸には和歌山公園動物園があります。

和歌山城公園
史跡和歌山市一番丁3-2
撮影 : 2017.10.17 & 2018.3.26
c0112559_08053404.jpg
c0112559_08060041.jpg
昨日の雨で下はぬれていますが、降ってはいません。ホテルを出たところに近い一の橋を渡り大手門から公園内に入りました。無料です。
c0112559_08083373.jpg
石垣はほとんど残っているようです。時代によって積み方が違うそうで、大半が和泉砂石だとか。
c0112559_08092156.jpg
伏虎像(ふっこぞう)です。城がある虎伏山にちなんだもの。
c0112559_08101786.jpg
現在の像は二代目で造形家・角田蘇風(すみたふそう)が天守再建の翌年に制作したものです。
c0112559_08122874.jpg
愛嬌のある虎です。
c0112559_08134977.jpg
広大な二の丸庭園。初代頼宣と14代茂承以外の藩主は、ここにあった二の丸御殿に住んでいました。
c0112559_08151469.jpg
c0112559_08155389.jpg
この先にある西之丸庭園(紅葉渓庭園)ほどは手をかけられていません。
c0112559_08164726.jpg
c0112559_08175594.jpg
c0112559_08184001.jpg
西之丸庭園を目指していますが、それは後に別タイトルで。
c0112559_08195949.jpg
c0112559_08204246.jpg
公園西側の追廻門(おいまわしもん)。和歌山城の大手門の反対側、搦手側(からめてがわ=裏側)から砂の丸に入る門。門を出て、道を隔てた反対側に馬術を練習する追廻(おいまわし)があったことが名の由来になっています。歌山藩初代藩主の徳川頼宣(とくがわよりのぶ)が入城する際に築かれた門の一つです。戦災を逃れ江戸初期のまま残っているそうです。国ではなく和歌山市文化財。

和歌山城追廻門
1619(元和5)年
設計・施工 : 不明
和歌山市文化財和歌山市一番丁3
c0112559_08274826.jpg
c0112559_08281648.jpg
藩主の居住した二の丸御座の間の南西、陰陽道の裏鬼門にあたるため除災のために朱色に塗られたと推測されているそうです。
c0112559_08300760.jpg
c0112559_08303175.jpg
c0112559_08312515.jpg
創建当時の石垣が見事に残っています。
c0112559_08323759.jpg
c0112559_08335206.jpg
再建された天守曲輪(くるわ)です。天守は大天守と小天守が連結式に建てられ、更に天守群と2棟の櫓群が渡櫓によって連ねられた連立式と呼ばれるものです。

和歌山城天守曲輪
1958(昭和33)年
設計 : 藤岡通夫(復元指導)
施工 : 不明
和歌山市一番丁3-2
c0112559_08331903.jpg
c0112559_08360221.jpg
c0112559_08362771.jpg
c0112559_08365496.jpg
c0112559_08372536.jpg
c0112559_08381580.jpg
松の丸と呼ばれる、本丸南側の石垣に沿って延びる、広くて平坦な道の中程に、石を並べた「七福の庭」があります。
c0112559_08393405.jpg
徳川頼宣が元和7年(1621年)本丸御殿に作庭したと伝えられ、大正12年(1923年)、本丸御殿跡に給水場が建設されたため、ここに移設されたそうです。
c0112559_09093352.jpg
ネットに七福神を特定した優れものの写真がありました。
c0112559_08430397.jpg
こちらは東南に位置する岡口門。築城期から浅野氏が大手を一の橋に変えるまでは大手門でした。現在の門は、徳川頼宣がに城を拡張した際に、整備したと考えられています。櫓門の形式で、延長40mの土塀(附指定)が北側に続き、12か所の銃眼を設けています。国の重要文化財。

和歌山城岡口門
1621(元和7)年
設計・施工 : 不明
和歌山市一番丁3
c0112559_08452060.jpg
c0112559_08455060.jpg
c0112559_08461457.jpg
c0112559_08464229.jpg
これ以降は今年の3月に再訪したときの写真です。
c0112559_08475394.jpg
今年は追廻門から入りました。
撮影 : 2018.3.26
c0112559_08490130.jpg
この日は天気がよく桜の季節です。
c0112559_08495758.jpg
c0112559_08505469.jpg
c0112559_08512223.jpg
もうすぐ満開です。
c0112559_08520564.jpg
c0112559_08524474.jpg
泊まったのは2回とも同じホテル。ホテルから城が眼下に望めます。最初の雨上がりの眺めです。
c0112559_08533608.jpg
今回は晴れ。いい眺めです。
c0112559_08541973.jpg
c0112559_08544101.jpg
ライトアップが美しい。

by gipsypapa | 2018-07-09 08:55 | 建築 | Trackback | Comments(4)