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武田史料館

 
 

 大邸宅が並ぶ住吉山手。阪急電車の御影駅から坂道を上がって、旧乾邸、小寺邸や白鶴美術館を見に行ったことがあれば、途中に巨大な邸宅と石積みの門があるので、気付いた人は多いかと思います。

 今でも威容を誇る大邸宅で、武田薬品工業の六代目会長の武田長兵衛氏の住宅でした。関西ではよく略してタケチョウといわれる武田長兵衛は、特定の個人名ではなく武田薬品工業の武田家の当主が代々、襲名してきた名前でした。

 右は2004年11月2日の日経新聞に載った記事です。これによると現在、武田史料館になっている本宅と北側にやや規模の小さな同じ意匠の建物が建っているとあります。何回か歩いた記憶では、正門の近くは石塀と垣根の植え込みが邪魔してほとんど建物が見えず、北側に行って見えてきたので、私が撮った写真は六代目会長の三男で、やはり後に会長になった武田國男氏の住居が大半だと思います。

 英国風のハーフティンバー・スタイルの洋館。設計は京都を中心に多くの建築物の設計を手がけた建築家で、ネオ・ルネサンス様式の名建築として知られる京都府庁舎旧本館や、京都ハリストス正教会聖堂武田道修町ビルなどの設計などで知られる松室重光。

武田史料館
旧武田長兵衛邸・ 銜艸居(かんそうきょ)
1932(昭和7)年
設計 : 松室重光
施工 : 不明
神戸市東灘区住吉山手4
撮影 : 2006.4.22, 2006.7.30
& 2006.11.11




 御影駅から坂を上ってくるとこの巨大な門が目に入ります。いかにも大邸宅。
 正式名である「銜艸居(かんそうきょ)」の表札。薬業にゆかりの深い家として中国の古典から名付けられたそうです。
 正門横の通用門に「武田史料館」の表札がありました。
 六代目がケンブリッジ大学に留学したためチューダー様式を採用したとか。日経の記事によると外観は洋館ですが、中には和室や茶室もあるそうです。それにしても、私が撮った写真が小ぶりな三男邸だとすると、本館はどれほどの規模なのでしょう。