枚方市の歴史街道を歩く

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大阪府の枚方(ひらかた)市は大阪市と京都市のほぼ中間。淀川の東側にあり、私が住む高槻市とは淀川を挟んだ位置になります。江戸時代の枚方は、東海道のに続く“京街道”の宿場町であり、また伏見と大坂を結ぶ淀川舟運の中継港でもありました。

旧枚方宿の町並みは、枚方市の歴史街道モデル事業地域に指定されています。旧枚方宿は「くらわんか舟」の立ち寄り宿でした。「くらわんか舟」は江戸時代に淀川を往来する大型船(過書船)に対して飲食物を売っていた主に枚方地方の小舟のことです。

過書船は、大坂天満橋の八軒家船着場から京都の南、伏見豊後橋まで、淀川を昼夜兼行で往来していました。旅船は30石が普通であったので、三十石船ともいわれた乗り合い船。途中の船着き場には岡場所が多く下船者が多いため、「途中下船は切符無効」の賃銀制度が設けられ、とくに枚方宿は一番の盛り場でした。
撮影: 2006.3.25 & 2019.1.1
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淀川左岸の枚方と右岸の高槻を結ぶ鉄道はなく、鉄道を使うには京都市か大阪まで行く必要があります。
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したがって交通手段は車で、枚方大橋を渡ります。この日は元旦。神社でお神酒を頂くつもりなので京阪バスで移動。
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淀川の向こうに見えるのは高槻市。堤防沿いを枚方市駅へ向かっています。
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京阪電車の枚方市駅へ到着。
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歴史街道には古そうな町家がいくつか。これ以降は13年前の写真なので、今は変わっているかもしれません。
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片山珍古堂
大阪府枚方市三矢町7-13
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これはネットから借用。
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菊人形味噌の看板。枚方市にはひらかたパークがあり、昔は秋の菊人形が遊園地の目玉でした。
北村みそ本家
大阪府枚方市岡本町10-2
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これもネットから。
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古そうな、下邨(しもむら)医院の看板。調べたら2013年に解体撤去されたそうです。
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大阪府枚方市岡本町10-11 にありました。
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木南邸。旧枚方宿問屋役人だった木南喜右衛門の家。江戸時代末期に建てられた家屋です。木南喜右衛門は屋号を田葉粉屋といい、庄屋と問屋役人で、「くらわんか舟」の鑑札を所持していました。建物は平入り、出格子、虫籠窓があり、4棟の土蔵もあります。
大阪府枚方市堤町10
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枚方で停船しようとする三十石船に鍵爪をかけて近づき、飯や汁物、酒などの飲食物を販売していた小舟が「くらわんか舟」です。
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「くらわんか」とは、「喰わないのか」「喰うことも出来ないくらい銭を持っていないのか」と乱暴に言った言葉です。
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夜昼を問わず三十石船に近づき、乗客達に「くらわんか」と声を掛け販売していたことから「くらわんか舟」という名がつきました。

by gipsypapa | 2019-03-14 09:51 | 建築 | Trackback | Comments(2)
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Commented by j-garden-hirasato at 2019-03-15 06:48
枚方、読めないですね。
いつも、頭の中で、
違う読み方が浮かんじゃいます。
古い町並みが残っているのですね。
知りませんでした。
Commented by gipsypapa at 2019-03-15 08:57
j-garden-hirasato さん
そうですね。
枚方は時々、
読み方が分からない駅名とかの番組で取り上げられます。
昔、京都から大阪へ向かう道は
淀川左岸の京街道と
右岸の西国街道がありました。
枚方は京街道の宿場町でした。
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