天神橋筋六丁目北側の国分寺

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天神橋筋6丁目、天六を歩いているときに見つけた国分寺に立ち寄りました。国分寺は真言宗国分寺派大本山の真言宗の仏教寺院です。天平13年(741年)、聖武天皇の国分寺創建の発願により、長柄寺が摂津国の国分寺になったとか。

途中、大坂夏の陣の戦火にあい全焼。そのまま江戸時代の初期、約百年近くに渡って荒廃してましたが、享保3年(1718年)、中興の祖・快円律師によって復興し、後には関所道中御免の鑑札発行所としての特権を江戸幕府から与えられたとか。

その後、昭和になって室戸台風で被害を受け、昭和20年大の阪大空襲で旧書院門(現山門)を残しただけで焼失しました。現在の本堂は1965(昭和40)年に再建されたものです。

護國山 国分寺本堂
1965(昭和40)年
設計・施工 : 不明
大阪市北区国分寺1-6-18
撮影 : 2006.3.11
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1ブロック間を空けて南側には淀川天神社(よどがわてんじんしゃ)があります。天平10年(738年)行基がこの一帯を開拓した時、開拓の守護神として天穂日命(アメノホヒ)を勧請したのが起源だとされています。

天穂日命は天照大神の第2子で、子孫に野見宿禰や菅原道真、大江匡房等を出したので、今は道真の霊を祀って天満宮になっているそうです。現在の神殿は瓦葺流造で、明治43年(1910年)に中島村(現 東淀川区)の神社神殿を買い受け、建て替えたもので、もともとは享保年間(1716年-1736年)に建てられた社殿だそうです。

淀川天神社
江戸中期 / 1910(明治43)年移設
設計・施工 : 不明
大阪市北区国分寺1-4-1
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by gipsypapa | 2019-03-13 09:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)
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Commented by j-garden-hirasato at 2019-03-15 06:51
不動明王の像は、
迫力がなさ過ぎですね。
Commented by gipsypapa at 2019-03-15 08:58
j-garden-hirasato さん
あまり知られていないお寺です。
でもそれなりに見るところがあるのは
日本のお寺に共通した良いところです。
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