檜尾山 観心寺(その1)

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旧槇本本院庫裏を出て少し南にお目当ての観心寺がありました。観心寺は高野山真言宗の寺院で、山号は檜尾山で、本尊は如意輪観音。飛鳥時代の大宝元年(701年)に役小角(えん の おづの)によって開かれ、初めは雲心寺とよばれていました。

平安時代の初めに弘法大師空海が来訪して観心寺に改称したそうです。伽藍建立は実恵(じちえ)という空海の十大弟子の一人です。天長4年(827年)より 造営工事に着手したとあります。南北朝時代には後醍醐天皇の信任により、建武新政後(1334年頃)、楠木正成を奉行として金堂外陣造営の勅を出され、 現在の金堂ができたとか。

観心寺は楠木氏の菩提寺であり、楠木正成および南朝ゆかりの寺としても知られています。奥河内の観光地の一つで、大阪みどりの百選に選定されているほか、関西花の寺二十五番霊場、 仏塔古寺十三番霊場、新西国客番霊場、 神仏霊場大阪十五番、 役行者霊蹟札所にも数えられている古刹です。

檜尾山 観心寺
開基 : 平安時代
大阪府河内長野市寺元475
撮影 : 2018.5.28
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境内の手前に楠正成の像があります。

山門
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こじんまりした山門。正式には大門というようです。大阪府有形文化財。

山門(大門)
江戸時代中期
大阪府有形文化財
設計・施工 : 不明
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入山料は300円でした。
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「遺跡本山」の額。真言宗の寺の位だそうです。

後村上天皇御旧跡(旧惣持院跡)
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山門をくぐって石段を上がると、右側に「後村上天皇御旧跡」と庭園が広がっています。後村上天皇が南北朝時代の1359(正平14)年から約10ヶ月間、塔頭(たっちゅう)の惣持院を行在所(あんざいしょ)として日本の政治を執り行っていた場所の遺跡です。

後村上天皇御旧跡
旧惣持院跡
南北朝時代
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これはネットから借用した写真。濠に囲まれた石垣の島のようなところに惣持院があったわけです。
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左側にあるのは中院。
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門の奥には楠公学問所。南北朝時代の武将である楠木正成が幼少時に学んだ所です。
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金堂(国宝)
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さらに階段を上がると正面に金堂が見えてきます。南北朝時代の正平年間(1346年 - 1370年)の建立の入母屋造り。朱塗りの柱に白い漆喰壁の外観は和様の要素ですが、扉は禅宗様の桟唐戸を用いるなど、和様と禅宗様の要素が混淆した折衷様仏堂の代表例として国宝に指定されています。

金堂
正平年間(1346年 - 1370年)
設計・施工 : 不明
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金堂ですが、色は金色じゃありません。
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1984(昭和59)年に大改修されたそうです。
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弘法大師空海がお参りした礼拝石。
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この扉は桟唐戸というそうです。縦横に桟を組んで薄板をはめたもの。色が鮮やか。
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お参りは手前の外陣から。
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金堂内陣。見えているのは四天王像。その奥に本尊の如意輪観音菩薩座像(国宝)、不動明王(重文)、愛染明王(重文)が祀られていますが、秘仏のため厨子は閉じられています。
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建掛塔(重要文化財)
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金堂のそばにある建掛塔(たてかけとう)。楠木正成が建武の新政の成功を祈願して三重塔の建立を発願したが、湊川で討死のため、未完に終わったために三重塔の最下段だけが残りっています。国宝の金堂とともに伽藍の一環をなす貴重な遺構であるとして国の重要文化財に指定されています。

建掛塔
1502(文亀2)年
設計・施工 : 不明
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そのほかにも歴史ある建造物がたくさんあります。それは次回に。

by gipsypapa | 2018-11-13 09:08 | 建築
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