粉河とんまか通り

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JR粉河駅から粉河寺に向かい県道124号粉河寺線を歩いて北上しました。20分弱で到着します。県道124号は、粉河駅の南側を東西に走る国道24号と粉河寺を結ぶ事を目的とした観光道路として整備された道路。この道路は「粉河とんまか通り」ともよばれ、春には「粉河とんまか雛通り」が開催されるとか。

和歌山県紀の川市粉河
撮影 : 2018.3.27
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JR粉河駅。和歌山駅と奈良県の王寺駅を結ぶJR西日本の和歌山線の駅です。
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駅の北口から粉河寺に向かう道は2車線の広い道。
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現在は参道になっています。昔からそうだったのかは分かりません。両側にいくつか古い商家風の住宅があります。
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この望楼みたいなものを中心に載せた町家は立派です。
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他にも古そうな町家があります。
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春には「粉河とんまか雛通り」が開催され市内約60か所に、さまざまなお雛様が飾られるとかで、これも通りのショーウィンドウです。
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横長の町家に「桃谷政次郎記念館」の看板がありました。大阪市に本社を置く「桃谷順天館」の創業の地で、創業者である桃谷政次郎氏の記念館でした。非公開らしいです。

桃谷政次郎記念館
和歌山県紀の川市粉河2147
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これ以降も他の町家です。
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粉河寺大門の近くある天照皇大神宮(てんしょうこうたいじんぐう)。天正年間(1573 - 1593年)に藤堂高虎が氏神として崇敬した神社だそうです。高虎が伊勢へ転封の際に、現社殿を改築したと伝えられているそうなので、江戸初期建立の可能性がありますが、確認できませんでした。一見、新しそうです。

天照皇大神宮
和歌山県紀の川市粉河2090
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神木といわれる大楠。樹令千年余と推定される天然記念物です。
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和風建築だけじゃなく変わった洋風建築もあります。
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JR粉河駅に戻り、和歌山線で再び和歌山へ。そこで乗り換えて大阪に戻ります。

# by gipsypapa | 2018-10-23 09:23 | | Trackback | Comments(0)

粉河の十禅律院

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十禅律院(じゅうぜんりついん)は粉河寺の本堂から北東に進んだところに建つ天台宗安楽律院派の仏教寺院。本尊は阿弥陀如来です。元来は平安時代の正暦元年(990年)石崇上人によって創建された、粉河寺の塔頭(たっちゅう)十禅院でした。

江戸時代後期に紀州藩10代藩主の徳川治宝(とくがわ はるとみ 1771-1853)が天台宗の寺院に改宗して、十禅律院として創建したそうです。

十禅律院
江戸末期(文政年間)
和歌山県指定有形文化財
設計・施工 : 不明
和歌山県紀の川市粉河2849
撮影 : 2018.3.27
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粉河寺の東側を歩いていて、一風変わった門を発見したので、行ってみることに。
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築地門。いわゆる竜宮造り門で、 1825(文政8)年建立です。 和歌山県指定有形文化財。
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「宝鐸墜」の題字は徳川治宝直筆だそう。読み方がわかりません。後に東大寺の覚峯が建立した宝鐸院の堂塔を飾る宝鐸を地中に発見した場所らしいです。
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ここでも桜が満開。
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本堂前の庭園。面白い形に剪定されています。
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本堂は 1829(文政12)年建立の総欅造りで屋根は入母屋造り。和歌山県指定有形文化財です。
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「薦福殿」の題字は徳川治宝直筆。「せんふくでん」?
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本堂の両側の腰には透かし彫りがあります。
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隣にあるのは護摩堂です。宝形造りで 1818(文政元)年建立の和歌山県指定有形文化財。
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宝珠は粉河の鋳物師、峰屋正勝の作だそうです。
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築地門と本堂の間に庫裏があります。江戸後期に立てられた和歌山県有形文化財。
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拝観入口の看板があったので、何の気なしに入ることに。
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拝観料は200円でした。
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着座の間。徳川治宝が座った座敷です。
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掛け軸の「薦福殿」も徳川治宝直筆。
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庫裏ですが、徳川家の別邸みたいなものだったのでしょうね。
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座敷を見たあとは通路を通って本堂へ。
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徳川なので三つ葉葵。
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通路の釣鐘が下がっているところは花頭丸といい、通路の屋根から突き出ています。これは後で。
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本堂中央の須弥壇には本尊の阿弥陀三尊。
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再び庫裏へ戻って、庭が一望できる縁側へ。
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洗心庭という座視式日本庭園で枯山水の庭。
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左に本堂と釣鐘があった花頭丸が見えます。
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和歌山県と大阪府の境にある和泉山脈の山々を借景しているそうですが、今は手前に竹やぶが茂ってほとんど見えません。
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庫裏に入らないと見ることが出来ない美しい日本庭園でした。危なく見逃すところでした。
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庭から見た庫裏。ネットの写真を借用しています。
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動画で案内しておられる女性は、私たちが訪ねたときと同じ。寺の成り立ちから、檀家がないそうで、建物や庭園の維持管理が大変らしいです。このまま引き継いでいって欲しい素晴らしいお寺でした。

# by gipsypapa | 2018-10-22 09:33 | 建築 | Trackback | Comments(2)