高槻市 小寺池の蓮

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筒井池から北上し、阪急電車の富田駅の手前から少し東南に行ったところには、もう一回り大きな小寺池(こでらいけ)があります。これも普門寺城の堀の一部だったと、勝手に思っていますが、江戸時代以降は筒井池と同様に、ため池として使われていました。

筒井池は桜の名所でしたが、この池はハスと鴨などの野鳥の飛来が見所。市のオアシス整備事業の一環として、周囲に散策路が整備され、木製のデッキの張り出しが2箇所あり、ハスの花や野鳥を間近に見ることができます。

小寺池
大阪府高槻市桜ケ丘南町3-10
撮影 : 2019.7.7 & 11.26 & 2020.1.13
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京都の法金剛院の庭園を見たときに調べ、夏と冬のハス池の様子の変り様に驚いたことがあり気になっていました。これ小寺池の夏です。
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見事な蓮池。
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季節は巡って、11月の下旬。水面に出たハスの葉っぱが枯れています。
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夏にはハスに隠れていたのか、見えなかった鴨がいます。
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作業員が枯れた葉を刈り取って除去しています。冬なので大変な作業です。
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レンコンは穫っていないような。
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向こうに見えるのは図書館です。これは次回に。
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刈り取った葉を湖畔に積んでいます。多分仮置きでしょう。
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夏にはほぼ全面がハスに覆われていましたが、西側はすでに整理されたようで、水面に枯れ葉は残っていません。
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年が明けて、1月13日に再訪。
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池全体に枯れ葉はなくなりました。池の畔の葉もありません。
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法金剛院の池の変貌、これで納得しました。



# by gipsypapa | 2020-01-19 09:17 | 公園 | Trackback | Comments(0)

高槻市の筒井池

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本照寺から東へすぐ、高槻市富田支所の向こう側にある近所の散歩コースの一つです。筒井池は江戸時代から本照寺の北から東側一帯に広がる大きな池でした。この一帯も昔の普門寺城の域内で、普門寺城は室町時代以前には二重の堀に囲まれていたそうなので、その堀の一部だった可能性か高いと思います。

近代は長く農業用のため池として利用されてきましたが、昭和40年代に埋め立てられ、その一部の池が残りました。現在は昔の池の真ん中を道路が通り、道の西側が筒井池公園、高槻市富田支所を挟んで東側が筒井池となっています。

筒井池は桜の名所になっていて、2月中旬から咲き始める河津桜から4月中旬の御衣黄桜(ぎょいこうざくら)までの2ヶ月間花見を楽しむことができ、以前もこのブログにアップしています。

筒井池
大阪府高槻市富田町5-17
撮影 : 2019.4.06 & 11.26
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11月下旬のこの日は春とは違った風景でした。色づいているのは桜の木です。
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水門だったところ。
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江戸時代の古地図によると、地域の中心となっていた豪商「紅屋」に隣接していたため、その庭池にもなっていたようです。
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そのため別名「紅屋池」と呼ばれているとか。
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富田の酒造りは、最盛期には24軒もの造り酒屋があり、その中心に位置したのが、清水市郎右衛門(屋号・紅屋)でした。
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清水家は、関ヶ原の戦いのとき徳川軍に協力した功績で、凶作の時でも酒作りが許されるなどの特権的な酒造りの免許を与えられたといわれ、将軍御目見えも許される家柄となりました。
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隆盛を極めた紅屋でしたが江戸時代中期以降、灘の酒造業の勃興に伴って、生産量は次第に縮小され、さすがの紅屋も幕末頃には酒造りをやめてしまったそうです。現在は筒井池の傍に跡地が残るだけです。
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やはり冬景色は寂しいです。
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これ以降は今年の4月の初めに撮った写真です。
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暖かそうで華やか。
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中島と池畔にある枝垂桜が見事です。
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春が待ち遠しくなります。
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道路を西に渡ると分割された筒井池公園は花見客で賑わっていました。向こうに見えるのは本照寺本堂です。


# by gipsypapa | 2020-01-17 08:31 | 公園 | Trackback | Comments(2)