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JR東根室駅

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東根室駅JR北海道 根室本線(花咲線)の駅で、日本最東端の鉄道駅です。開業は新しく昭和36年。駅舎はありません。

JR東根室駅
1961(昭和36)年
北海道根室市光洋町2-15
撮影 : 2016.11.6
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駅前です。この奥に駅があります。
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根室本線の終着駅は根室ですが、ここから西にカーブを曲がったところにあるので、一つ手前の東根室駅が日本最東端なのです。
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板張りのホームがあるだけ。
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上り、下りともに一日5本です。
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この写真はネットから借用しました。

by gipsypapa | 2017-09-19 08:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

JR稚内駅

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JR稚内(わっかない)駅は日本最北端の駅です。現在の駅舎は4代目。1924(大正13)年に稚内連絡待合所として開設、1928(昭和3)宗谷線稚内駅(現在の南稚内駅)から 当駅間が延伸されて稚内港駅(わっかないみなとえき)として開業しました。

その後、多少の変遷があったようですが、1939(昭和14)年に駅名を稚内駅と改称し、2011(平成23)年に現在の駅舎に建て替られたそうです。

JR稚内駅
2011(平成23)年
北海道稚内市中央3-6-1
撮影 : 2016.11.5
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新しい駅舎は現代的なガラス張りの明るい造りです。
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レールが切れています。日本のすべての鉄道は、ここが北の行き止まりです。
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駅舎は建て替えられましたが、ホームとレール周辺は昔のままに見えます。
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ネットにあった稚内港駅の写真。昭和初期と思われます。
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こちらもネットにあった、現在の駅舎(裏のホーム側)です。

by gipsypapa | 2017-09-13 08:00 | 建築 | Trackback | Comments(2)

瑞芳駅と瑞芳の町並み

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瑞芳は(ずいほう)は、この日の目的地の九份(きゅうふん)に行くときの最寄の鉄道駅がある町です。瑞芳の街並は、日本統治時代の面影を色濃くとどめていて、路地や石段は当時に造られたものだそうです。瑞芳駅は1919年開業した駅で、近代的に改造されていますが、昔の風情を残しています。。

瑞芳駅(瑞芳車站)
1919(大正8)年
設計・施工 : 不明
新北市瑞芳区龍潭里明燈路3段82号
撮影 : 2016.9.5
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ネットにあったホームの写真を借用しています。
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改札の周辺は日本と同じです。
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駅前広場です。
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町の中はバスで通過しただけでした。

by gipsypapa | 2017-08-22 07:52 | 建築 | Trackback | Comments(0)

長浜鉄道スクエア

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慶雲館の門を出たら目の前にあるのが長浜鉄道スクエアです。旧長浜駅舎と長浜鉄道文化館、北陸線電化記念館の3つの施設があります。

旧長浜駅舎は敦賀線(北陸線)の起点駅として、また長浜~大津間の鉄道連絡船の駅として、1882(明治15)年の鉄道開通と同時に完成しました。その後は20年間にわたり使われたそうです。1958(昭和33)年に、現存する日本最古の駅舎として「鉄道記念物」に指定され、明治の鉄道の姿を今に伝える歴史遺産として、保存されています。

駅舎は画期的な木骨構造の石灰コンクリート造りで、四隅の角は、花崗岩の切石を積み、窓枠と出入口は、レンガが使われています。当時はまだ日本では「駅」は少なく、ハード、ソフトともに知見は少なかったので、イギリス人技師のホルサムに設計を委託しました。施工は神戸の稲葉弥助が請け負ったという記録が残っているそうです。滋賀県指定有形文化財の木骨石灰コンクリート造り、2階建て。

長浜鉄道スクエア
旧長浜駅舎
1882(明治15)年
滋賀県指定有形文化財
設計 : ホルサム(イギリス人技師)
施工 : 稲葉弥助(神戸)
滋賀県長浜市北船町1-41
撮影 : 2016.11.19
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入館料は大人300円でした。
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旧長浜駅舎裏、西側にある長浜鉄道文化館。2000(平成12)年10月14日の「鉄道の日」にオープンしました。館内の天井は、ヨーロッパのターミナル駅を模し、木造のアーチ作りとなっています。
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長浜~大津間の鉄道連絡船の長浜港駅だった名残もあります。当時は湖南汽船。1929年(昭和4年)に社名を太湖汽船に、その後、琵琶湖汽船に変ったそうです。
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貴重な資料が展示されていました。
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レトロ感たっぷりです。
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東側の北陸線電化記念館は、かつて北陸線で活躍した、D51形蒸気機関車と電化後に登場したED70形交流電気機関車を並べて展示してあります。2014年竣工。
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施工した宮本組のHPから借用しました。JRの線路沿いに建っています。
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一旦、旧長浜駅舎に戻って、ここから入場。
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実際に北陸線を走っていたD51形蒸気機関車。
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1962(昭和37)年に北陸トンネルが開通して、福井まで電化されました。電化後に登場したED70形交流電気機関車です。
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2階に上がることができます。写真は「南野クラフト建築設計室 きまぐれ日記」から借用しています。

by gipsypapa | 2017-08-07 07:59 | 建築 | Trackback | Comments(4)

JR尾道駅

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坂の町、尾道に2年連続して行きました。大阪から近い観光地としてJR西日本がテレビでPRしていて、行ってみたかった町です。その玄関口はJR尾道駅。南口の駅舎はコンクリート造りで尾道市の玄関口となっています。現在の南口は1928年(昭和3年)にもともとの木造駅舎を改築したもので、同時に、現在の地下道を新設しました。鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

このときはまったく知りませんでした。「尾道市の顔とも言える尾道駅舎が、2017年05月15日に営業を終了しました。15日未明より切り替え作業が始まり、始発列車までには自動改札機等の移設も無事終了しました。」写真を撮った3ヵ月後に仮駅舎に移ったとか。建て替えだそうです。むむむ・・・(2017.5.22)

JR尾道駅舎
1930(昭和5)年
設計 : 鉄道省施設部
施工 : 不明
広島県尾道市東御所町1-1
撮影 : 2016.3.1 & 2017.2.14
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明治・大正期の尾道駅の写真がウィキペディアにありました。
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ちなみに新幹線に新尾道駅がありますが、町の中心から離れた東の山側にあります。
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赤い屋根が印象的。
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ホームや天蓋は昔の様子をとどめています。
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ちなみに初代の駅舎ができたのは、1891年(明治24)年です。
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ホームに止まっていた観光列車「La Malle de Bois(ラ・マル・ド・ボァ)」。毎週金曜日に岡山~尾道駅間を運行しているそうです。この日は火曜日で待機中だったようです。
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座席は2列で、片側は窓を向いたカウンター形式ですね。ただ、カウンター席に座って、尾道から岡山に向かうと、海ではなく山側を正面に見ることになるので、何か変ですが・・・・
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最初の数枚の写真の背景に見える山の上の城が気になりませんでしたか?私も去年から気づいていたので、今年行く前に観光案内を検索しましたが、観光スポットにはまったく出てきませんでした。ということは歴史的建造物ではないわけです。
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ウィキペディアにある写真です。実は今は廃墟となっている城なのでした。1964年に『全国城の博物館 尾道城』として建てられたものだとか。ウィキペディアによると「近世の城の天守を模した建築物であり、歴史的な価値は無いが、外観は城であるためにその呼び名がある。1990年代に閉鎖。その後は廃墟化している。尾道市ではこの建築物の今後の利用法に関して議論をしているが、結論は出ていない。」むむむ、なんという無駄遣い。
by gipsypapa | 2017-05-01 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(2)

JR三島駅

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1泊した修善寺温泉から三島駅まで伊豆箱根鉄道で移動。新幹線を経由して大阪へ帰りました。せっかくなので、行ったことがなかった三島の駅周辺を歩くことにしました。

三島駅(みしまえき)はJR東海の新幹線と東海道線、JR貨物と伊豆箱根鉄道の駅です。1934年(昭和9年)に開業。丹那トンネルができ、熱海と沼津間が開通したときに合わせての開業しました。今の三島駅は2代目で、長泉町にあった初代三島駅こと下土狩駅と区別するため、「三島新駅」と呼ばれたそうです。

富士山と三嶋大社の社の姿を意識した南口の駅本屋は、緩やかな曲線を描いた切妻型の大屋根が特徴的です。木造平屋建て。

JR三島駅
1934(昭和9)年
設計 : 神保忠良
施工 : 不明
静岡県三島市一番町
撮影 : 2016.2.3
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完成したばかりの三島駅(1934年)。写真がネットにありました。↑
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修善寺からは踊り子号に乗ってきました。
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駅前から市の中心部へ向かい、昼食もとるつもりです。

by gipsypapa | 2017-04-27 08:06 | 建築 | Trackback | Comments(3)

JR母恋駅(ぼこいえき)

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JR室蘭駅から東へ1駅のところにあるJR母恋駅(ぼこいえき)。地球岬の最寄の駅でもあります。「ぼこい」はアイヌ語の「ポクセイ・オ・イ」(ホッキ貝のたくさんあるところ)に由来するといわれるほかに「ポコイ」(陰になる所)に由来するという説もあるそうです。母の日のプレゼントに入場券が人気となっているとか。木造平屋建て。

JR母恋駅舎1935(昭和10)年
設計・施工 : 不明
北海道室蘭市母恋北1
撮影 : 2015.8.22
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以下はネットにあった写真です。
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by gipsypapa | 2017-03-26 08:39 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧室蘭駅者(室蘭観光協会観光インフォーメーションセンター)

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室蘭本線の終着駅として建てられた3代目旧室蘭駅舎。現存する北海道最古の木造建築駅舎で、平成9年まで国鉄、JRの現役駅舎として運営を続けてましたが、駅移転に伴い室蘭市に運営する室蘭観光協会の観光案内所になっています。

煙突のある比較的に規模の大きい駅舎です。和洋折衷の外観で、細部の意匠は洋風。軒下の持ち送り,屋根上のドーマー窓,方杖をもったアーケードの軒支柱や1階の縦長の窓などが特徴です。国の登録有形文化財の木造2階建て。

室蘭観光協会観光インフォーメーションセンター
旧室蘭駅舎
1912(大正元)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
北海道室蘭市海岸町1-5-1
撮影 : 2015.8.22
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駅舎というより、最近の道の駅のような外観です。
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煙突とドーマー窓。
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この辺は駅らしさを感じます。
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内部はだだっ広く、展示物はそんなにありません。
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少し鉄道関係の展示品。もちろん室蘭やその周辺のパンフレットは色々ありました。
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タブレット閉そく機というそうです。ウィキペディアではタブレット閉塞式は、両側の駅に複数の通票(タブレット)を納めたタブレット閉塞機を設置し、閉塞機から通票を取出して閉塞を行う方式である。閉塞(へいそく、 block system)とは、鉄道または軌道における衝突を防ぐための信号保安システムのことで、線路を一定区間(閉塞区間)に区切り、1つの閉塞区間には同時に2つ以上の列車が入らない(入れない)ようにする保安システムのことだそうです。
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これもウィキペディアにあるタブレットです。そういえば子供のころ見たことがあります。
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裏側はかなり広い無料駐車場です。旅行で室蘭に車で来るときはここを目指すのを勧めます。
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私たちもここに車を置いて市内を散策しました。

by gipsypapa | 2017-03-23 08:37 | 建築 | Trackback | Comments(2)

梅小路蒸気機関車館 資料展示館

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 島原からの帰りは歩いてJR京都駅に向かいました。途中に見たかった建物があるのです。

 この建物は1904(明治37)年に当時の私鉄、京都鉄道株式会社によって建設され、長くJR嵯峨野線(山陰線)の二条駅だったもので、1996(平成8)年に嵯峨野線が高架化された翌年現在地へ移築、復元されました。今は梅小路蒸気機関車館の玄関棟兼資料展示館になっています。

 明治期の和風駅舎建築として唯一の残存例であり、京都の近代化を象徴する建物です。全体的には屋根には懸魚(げぎょ)がつるされ、京都鉄道の社紋が入った鬼瓦があるなど、神社のような左右対称で和風を基調とした作りの駅舎ですが、内部には中央が丸みを帯びたギリシャ風の柱や洋風のガラス窓が使用され、明治らしい和洋折衷の建物です。設計は伊東忠太というのと清水組という両方ありますが決め手はないようです。京都市指定有形文化財の木造2階建て。

梅小路蒸気機関車館 資料展示館
旧JR二条駅舎
1904(明治37)年 / 1997(平成9)年移築
京都市指定有形文化財
設計 : 伊東忠太か清水組?
施工 : 清水組か
京都市下京区観喜寺町56
撮影 : 2014.9.30
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 ウィキペディアにある、当時の大阪朝日新聞の記事。
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 建築当時は京都鉄道の本社を兼ねていて、2階は事務所として使われたようです。
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 天皇陛下など皇室用の貴賓室にあった品物も展示されています。
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by gipsypapa | 2015-04-07 09:06 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

JR東京駅丸ノ内本屋(東京ステーションホテル)

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 本郷地区を後にして、今日の宿泊は東京ステーションホテルです。暑い一日でした。同窓会は夜なので、一旦チェックインして一休みしました。

 2012年に復元工事が完了してから、何度か東京駅を通りましたが、乗換程度で、今回初めてじっくり新駅舎を見たわけです。旧駅舎の写真を撮って、このブログにアップしてから、すでに8年経過しています。この時の駅舎は、戦災で屋根や内部を焼失したため、1951(昭和26)年に改修された2階建てでした。

 2007(平成19)年から始まった工事は、戦災以前の駅舎の姿に近い形態に復原する工事でした。鉄骨鉄筋コンクリート壁で躯体を増築して建築当初の3階建てに戻した上で、外壁、尖塔、南北両ドームの内外の意匠も再現し、新たに地下1・2階を増築し免震装置を設置したそうです。この工事は鹿島・清水・鉄建 建設共同企業体が担当。

 建築様式はゴシックとルネサンスの折衷で、いわゆる辰野式フリー・クラシックの様式です。ドーム内部、3階以上の壁面と天井面は、干支や 2m を超える大きさのワシの彫刻やレリーフが再現され、見どころになっています。国の重要文化財の鉄骨煉瓦造り、2階建て、一部3階建て。

JR東京駅丸ノ内本屋(東京ステーションホテル)
1914(大正3)年 / 2012(平成24)年復原
重要文化財
設計 : 辰野金吾、辰野葛西建築事務所(実施設計)
施工 : 大林組ほか
東京都千代田区丸の内1-9-1
撮影 : 2014.7.31 & 8.1
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 南口から頭上のドームを見ています。
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 この写真とその次の写真は8年前のものです。↓
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 南口からレストラン街に向かう階段。
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 窓から中央郵便局が目の前に見える位置にあります。
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 宿泊客以外でもこの階段を上り下りできます。レストラン街で何か食べるかどうかは自由です。
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 東京ステーションホテルの廊下。
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 泊まった部屋です。
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 天井が高い。
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 バスルーム。部屋はクラシック調ですが、設備やアメニティは最新鋭のものでした。
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 快適です。天井だけでなく値段も高いけど。(笑)
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 部屋は南口ドームを望む位置にあります。
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 ドームに描かれた干支。
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 有名な話ですが、東京駅には12支のうちの8支しかないとか。
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 残りの4支は、この次の年に辰野金吾が建てた武雄温泉楼門にあるそうです。遊び心ですね。
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  2m を超える大きさのワシの彫刻。
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 朝食は駅舎中央の最上階にある大食堂、ジ・アトリウムで。
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 これはウィキペディアにある夜景。素人ではこんなきれいな夜景は無理です。
by gipsypapa | 2015-02-20 09:36 | 建築 | Trackback | Comments(6)