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長崎市旧居留地私学歴史資料館(東山手十二番館)

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 オランダ坂をさらに上ると東山手十二番館。明治元年(1868)ごろに建てられ、東山手居留地の中では最も古い洋館です。当初はロシア領事館、後にアメリカ領事館、メソジスト派の宣教師住宅を経て、昭和16年(1941)に学校法人活水学院に譲渡され、教室としても使われましたが、昭和51年(1976)に長崎市に寄贈されました。現在は長崎市の旧居留地私学歴史資料館として公開されています。

 日本の洋風建築の初期の形を代表する、純白の下見板貼りの瀟洒な洋館で、明治元年築とは思えないほど、良好な保存がされていました。国の重要文化財指定の木造平屋建て。

長崎市旧居留地私学歴史資料館
東山手十二番館 1868(明治元)年ころ
重要文化財
設計・施工 : 不明
長崎市東山手町3-7
撮影 : 2009.5.18
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 幅の広いベランダが周囲を取り巻いています。
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 特徴のあるベランダの柱上部を飾る持送り。
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 広い中央の廊下と一枚板を使った長椅子。
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 ゆったりした間取りの部屋が3つ。
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 裏側(オランダ坂の反対海側)からも敷地に入ることができます。
by gipsypapa | 2010-01-19 11:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東山手十三番館

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 東山手のオランダ坂西側に建つ洋館。明治中期に建てられたフランス領事館でした。昭和14年(1939)から昭和31年(1956)まで、フランス代理領事を務めたアンドレ・ブリキ氏の私邸でしたが、その後は荒廃していたようです。2007(平成19)年に長崎市が購入して改修。私が訪れた直前に、喫茶店として公開されるようになったそうです。登録有形文化財の木造2階建て。

 なお、オランダ坂を挟んだ東側にはヴォーリズ+ヴォーゲル設計の活水学院(活水女子大学)本館があります。素晴らしいので、ぜひこちらも見てください。

東山手十三番館住宅主屋
旧フランス領事館(アンドレ・ブリキ邸) 1894(明治27)年ころ
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
長崎市東山手町3-1
撮影 : 2009.5.18
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by gipsypapa | 2010-01-18 11:19 | 建築 | Trackback | Comments(7)

旧長崎英国領事館付属屋・職員住宅

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 本館の裏側にも同時期に建てられた付属施設があり、これらも重要文化財に指定されています。煉瓦塀のように見える平屋建てはボーイ室やクーリーと呼ばれる労働者室、コック室に使用されていた付属屋。

その向こうに並ぶ西側の木造2階建てと、東側の煉瓦造り2階建ての建物は領事館職員住宅だったもの。設計・施工者のデータを見つけることができませんでしたが、本館と同時期に建てられたことから、W・コーワンと後藤亀太郎のコンビではないかと思います。

旧長崎英国領事館付属屋・職員住宅
1907(明治40)年
重要文化財
設計 : ウィリアム・コーワン?
施工 : 後藤亀太郎?
長崎市大浦町1-37
撮影 : 2009.5.18
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 平屋建ての付属屋。
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 木造2階建ての旧職員住宅。日本人用に使われていたと思われます。
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 煉瓦造りのイギリス人用職員住宅。
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 現在は老朽化のため公開されていませんが、将来はイギリス交流館として活用が予定されています。
by gipsypapa | 2010-01-15 10:27 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧長崎英国領事館本館

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 一夜明けて、この日は快晴。早速、東山手のオランダ坂を目指しました。まずは、入口に近い旧長崎英国領事館から。

 明治後期の煉瓦造り。2階部分にベランダを配し、正面のベランダにはイオニア式の2本対になった柱頭が3組見えます。また両側にある丸窓がアクセントになっている美しい建物です。歴史的な価値だけではなく、華麗ながらしっとりとした外観も貴重なランドマークといえます。

 最近まで野口彌太郎記念美術館として一般開放されていましたが、老朽化が進んだとのことで、改修が行われています。そのため門が閉じていて、細部を見ることができなかったのは残念でした。

 設計はイギリス工務所上海事務所技師長のイギリス人建築家のウィリアム・コーワン。彼は旧下関英国領事館(1906)の設計も手掛けており、いずれもベランダを持つコロニアルスタイルを採用しています。国の重要文化財の煉瓦造り2階建て。

旧長崎英国領事館本館
1908(明治41)年
重要文化財
設計 : ウィリアム・コーワン(英国工務省)
施工 : 後藤亀太郎
長崎市大浦町1-37
撮影 : 2009.5.18
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 門が閉まり、手前に木が茂っているため、正面2階のベランダ部分の全貌が見えません。
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 右側に「領事館の小径」があり、レンガ塀沿いに側面が見えます。
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 この方向にも2階にベランダがありますが、こちらはアーチ構造。
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 背面は煉瓦の表面にモルタルが塗られていました。
by gipsypapa | 2010-01-14 10:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日本二十六聖人記念聖堂(聖フィリッポ教会)

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 泊ったJR長崎駅近くのホテルの窓から不思議な2本の尖塔が見えました。準備していたリストにも載ってないので、戦後の教会だろうとは思いましたが、気になっていました。夕刻、ホテルに帰る途中に遠回りし、かなりきつい坂を上って行ってみました。

 有名な日本二十六聖人殉教地の傍にある聖フィリッポ教会は、二十六聖人の一人でメキシコ人のフェリペ・デ・ヘススに捧げられた教会です。近づくにつれてアントニ・ガウディの教会建築を想起させる、前衛的で独特のフォルムが姿を現しました。それもそのはず、設計者はガウディを日本に紹介した建築家、今井兼次でした。自身がカトリック信徒だったためか、中世カトリックのエッセンスをガウディ風に表現したようです。

 早稲田大学理工学部建築学科を卒業後、母校の教授を長く勤め、建築作品とともに教育者として研究室から優れた建築家、研究者を多数輩出しました。主な作品は、桃華楽堂早稲田大学図書館(現会津八一記念博物館1925)、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館(1928)、自邸(1930)、日本学園(旧日本中学校)校舎(1936)、西武ユネスコ村(1952)、成城カトリック教会(1955)、唐津小笠原記念館(1956)、碌山美術館(1958)、大多喜町役場(1959)、跣足男子カルメル会修院聖堂(カトリック上野毛教会1959)、聖母訪問会修院・聖堂(1965)、桃華楽堂(現楽部音楽堂/皇居内/1966)、佐賀大隈記念館(1966)、遠山美術館(1970)など。

 DOCOMOMO Japan 135に選ばれた、鉄筋コンクリート造り。

日本二十六聖人記念聖堂(聖フィリッポ教会) 1962(昭和37)年
DOCOMOMO Japan 135
設計 : 今井兼次
施工 : 不明
長崎市西坂町7-8
撮影 : 2009.5.17
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 道路に接した矩形の部分は神父館だそうです。
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 ガウディのような二つの尖塔のモザイク壁には、今井兼次が集めてきた陶器片が埋め込まれています。
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 聖堂内部にも行こうとしましたが、丁度夕方のミサが行われていたので、見学は遠慮しました。
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 日本二十六聖人殉教地に建つレリーフの記念碑(制作:船越保武)、そのすぐ横の建物が記念館です。
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 第1日目はこれで終わり。明日は長崎市の最終日です。まだまだ東山手、南山手の見どころがいっぱいあります。
by gipsypapa | 2010-01-13 13:33 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

長崎のカトリック中町教会天主堂

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フランス人の寄付によって明治中期に建てられた教会。原爆の被害で壊れましたが、戦後に修復、再建されました。外観は白を強調し、尖塔を持つ、鉄筋コンクリート造り、平屋(2層)建て。

カトリック中町教会天主堂
1896(明治29)年/1951(昭和26)年再建
設計 : パピノー神父
施工 : 川原正治
長崎市中町1-13
撮影 : 2009.5.17
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 ネットにあった原爆後の中町天主堂。周囲は悲惨な状況ですが、尖塔は残っています。
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by gipsypapa | 2010-01-12 11:26 | 建築 | Trackback(4) | Comments(3)

長崎の「つりがね堂薬局」

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 長崎には横浜、神戸と同じ港町。共通しているのは坂とレトロな建物、そして中華街です。いちばん大きな中華街はやはり横浜。ここ新地中華街はスケールとしては神戸の南京街と同じくらいでしょう。

 中華街の南大門の近くに、大きな釣鐘のある薬局があります。明治43年の創業。1階部分は現代風な店構えながら、2階部分は純和風の黒壁で歴史を感じます。釣鐘も珍しいのですが、軒下にプロペラが下がっていました。木造2階建て。

つりがね堂薬局
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
長崎市新地町11-11
撮影 : 2009.5.17
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木製の九一式戦闘機一型のプロペラ。昔、戦闘機を寄贈したお礼にもらったものらしいです。
by gipsypapa | 2010-01-11 10:36 | 建築 | Trackback | Comments(4)

長崎の陶々亭

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 旧品川医院を探して十人町を回っていて見つけた建物。黒塗りの外観と2階の窓の形が珍しく、目を引きました。最初は和風の住宅に見えましたが、「陶々亭」という表札があります。典型的な日本料理の料亭かと思うと、街灯に中華料理と書いてありました。調べると、明治初期に建てられた貿易商の邸宅だったそうです。現在は50年以上の歴史を持つ、高級中華料亭になっています。木造2階建て。

陶々亭
明治初期
設計・施工 : 不明
長崎市十人町9-4
撮影 : 2009.5.17
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 2連の窓に鉄の扉。
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 この角を落とした大きな窓も珍しい。
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 高級素材の良さを生かし、脂っこさがない上品でおいしい料理だとか。また機会があれば、一度味わってみたいと思います。ただし完全予約制で、1日4組のみ。お値段も高そうです。
by gipsypapa | 2010-01-08 11:18 | 建築 | Trackback(1) | Comments(6)

長崎の旧品川病院

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c0112559_10175177.jpg 旧唐人屋敷のある館内町から西へ進むと、坂のある小高い丘があります。ネット情報でここ十人町に大正中期に建てられた旧病院兼住宅があることを知り、ついでに見ていくことに。ところがなかなか見つかりません。そのはずで、ネットで見た玄関の向こうに見える建物が、生い茂る木に隠れてしまっていて、一部しか垣間見ることができませんでした。白い下見板貼りの木造2階建て。

旧品川病院
1919(大正8)年
設計・施工 : 不明
長崎市十人町9-11
撮影 : 2009.5.17

→ がネットにあった写真。主屋の玄関周りと2階部分にベランダが見えます。





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 今はこのように樹木が生い茂って門だけしか見えません。最初は気づかずに通り過ぎてしまいました。
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 このように側面の一部だけがかろうじて。
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 煉瓦塀に囲まれています。
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 さらに石畳の小道を上ると、長崎らしい煉瓦塀が続いています。閑静な住宅地です。
by gipsypapa | 2010-01-07 10:23 | 建築 | Trackback | Comments(4)

旧唐人屋敷 天后堂

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 元文元年(1736)に南京地方の人々が航海安全を祈願し、天上聖母をまつるために建立した天后堂。この建物も煉瓦造りで、周囲も煉瓦塀に囲まれています。現在の建物は明治39年(1906)全国の華僑の寄付によって建て替えられたものです。煉瓦造り、平屋建て。

旧唐人屋敷 天后堂
1736(元文元)年 / 1906(明治39)年建替
長崎市指定史跡
設計・施工 : 不明
長崎市館内町35
撮影 : 2009.5.17
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by gipsypapa | 2010-01-06 10:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)