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大浦天主堂

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 江戸末期に建てられたゴシック風の日本最古の教会で、長崎では最も有名な建物の一つ。知る限り日本で唯一国宝に指定されている洋風建築です。

在留外人のための教会として建てられ日本26聖殉教者天主堂と呼ばれました。豊臣秀吉によって処刑された、ペドロ神父、パウロ三木ら26人の殉教者を顕彰したもので、大浦天主堂という名称は、地名を付ける日本の習慣に従った通称です。c0112559_13292695.jpg

 フランス人宣教師ジラール、プチジャン両神父の設計図をもとに、プチジャン神父の指導により、天草出身の棟梁・小山秀之進(後の小山秀)が施工しました。

 当初は木造の天主堂でしたが、明治12年(1879)に改修・増築を行い、外壁を煉瓦構造にするとともに、間口を左右に広げ、奥行きも深くして当初の2倍の大きさに拡張。典型的なゴシック建築様式になりました。現在の天主堂は原子爆弾の被害を受けたため、戦後日本政府の援助により、5年をかけて修復したものです。

 煉瓦の表面に白い漆喰塗が施された美しい外観。内部は高い天井はゴシック建築の特徴の一つであるリブ・ヴォールト*(別名 こうもり天井)になっています。当時のステンドグラスと復元されたものとが混在しているそうで、差し込む光が幻想的で荘厳な祈りの空間をつくっていました。国宝の煉瓦造り(一部木造)、平屋建て、鐘楼付き。

(*石やレンガで天井やアーチをつくる場合は、ブロック状に加工した石やレンガを上方の中央部をアーチ状に積んで崩れ落ちないようにしています。この構造をヴォールト天井といいますが、これにリブと呼ばれるアーチ状の筋をつけたものがリブ・ヴォールト。鉄川与助設計の天主堂にも多く見られます)

大浦天主堂(日本二十六聖殉教者天主堂)
1864(元治元)年 / 1879(明治12)年改修・増築
国宝
設計 : ジラール神父+フューレ神父、
施工 : プチジャン神父(指導)、小山秀之進
長崎市南山手町5-3
撮影 : 2009.5.18
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by gipsypapa | 2010-02-18 13:34 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長崎コレジオ(旧長崎教区大司教館)

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 c0112559_11201949.jpg グラバー園から坂を下って大浦天主堂へと続く通りから切妻の煉瓦壁が見えてきます。大正初期に建てられた司教館でした。現在は長崎コレジオといわれるカトリックの司祭を目指す学生が学ぶ神学校になっています。コレジオという聞きなれない名前はポルトガル語のcollegio。英語ではカレッジcollege ですね。

 大型の建物で、北側は煉瓦造りの切妻屋根ですが、南側は和瓦の寄せ棟。北側からは四階建てに見えますが、大浦天主堂に上る階段の手前で東側の側面を見ると二階建てのベランダとバルコニーを持つコロニアル風。傾斜地に建てられたために、何階建てと言い切れない、不思議な形状をしています。

 フランス人のマルク・マリー・ド・ロ(Marc Marie de Rotz, 1840 - 1914)神父と鉄川与助の共同設計といわれています。ド・ロ神父は布教活動とともに、出津教会、大野教会、旧羅典神学校などの建築も手掛けた人ですが、この司教館の工事中に事故で亡くなったため、この建物が神父の遺作になりました。



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 鉄川与助(1879 - 1976)は、長崎県を中心に数多くのカトリックの教会堂建築を手がけた棟梁であり建築家です。個人的に実家が九州なので、いつかは鉄川氏の教会めぐりをしたいと思いますが、何しろ五島列島や遠隔地に多く、まだ熊本の手取教会しか見ていません。将来、「毎日が休日」状態にならないと無理でしょう。

旧長崎教区大司教館
1915(大正4)年
設計 : ド・ロ神父+鉄川与助
施工 : 鉄川与助
長崎市南山手町5-3
撮影 : 2009.5.18






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by gipsypapa | 2010-02-17 11:30 | 建築 | Trackback | Comments(5)

長崎伝統芸能館

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 グラバー園を出たすぐそばにある洋館。1860年(万延元年)に建てられた初代アメリカ領事館員の宿泊所でした。昔は東山手16番地にあり活水学院の前身として使用されたのち、現在地へ移設されました。

 当初の形状は不明ですが、現在は南山手の崖沿いにあり、広大な地下室(とはいえ傾斜に沿っているので、半地下室)に歴史資料館としてグラバーやシーボルトの愛用品、キリシタン資料、南蛮貿易のギヤマン、ビードロなど19世紀の長崎をしのぶ展示品が並び、その一角は土産物屋になっています。

 現在のデータでは旧グラバー邸より3年早い築なので、これが日本で一番古い木造洋館です。しかし移設復元されたという背景からグラバー邸が現存最古とも言えます。木造平屋建て(地下室付き)。

長崎伝統芸能館
旧東山手十六番館
1860年(万延元年)
設計・施工 : 不明
長崎市南山手町4-15
撮影 : 2009.5.18
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 グラバー園を出た道路からは普通の洋館に見えます。
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 玄関を入って・・
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 すぐ巨大な地下室があり、各種の展示品。
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 奥は土産物売り場。近代的なヴォールト天井の形状から見て、地下部分は最近追加されたようです。
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by gipsypapa | 2010-02-16 14:29 | 建築 | Trackback | Comments(5)

旧グラバー邸

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 グラバー園で最も有名な建物。エレベーターで最も上層にある旧三菱第2ドックハウスから丘を下ってきた、最下層にあります。個人的には、ずいぶん昔にグラバー園を訪れているわけですが、これだけの建物が揃う前だったこともあり、ぼんやり記憶に残っているのは、この旧グラバー邸だけ。といっても当時は今ほど建物に興味がなかったせいもあって、どちらかというと、庭園からの長崎港や対岸の稲佐山の眺めの記憶が強い場所です。

 江戸末期、安政6年(1859)に来日した英国人貿易商トーマス・ブレイク・グラバーが建てた、接客を目的としたベランダ・コロニアル様式の住宅。次回紹介する旧十六番館と並ぶ日本最古級の木造洋風住宅で、長崎港や長崎の市街地を見下ろす高台にあります。プッチーニの「蝶々夫人」の舞台になり、長崎観光の名所となっています。c0112559_11152232.jpg

 江戸末期に来日した西欧人はインドの英国植民地や香港、上海のいずれかを経由して来たことから、当時の彼らが住んだ家は熱帯地方のベランダ・コロニアル・スタイルが一般的に採られており、この建物もそれを踏襲しています。寒いヨーロッバから来た人々がアジアの高温と強い陽射しを避けるため、住宅に幅の広い庇を張り出してベランダを巡らせ、家の中に涼しい風を入れるように考えられた様式ですが、日本は冬が寒いため、ある時期からベランダをガラス窓で囲うようになったそうです。

 クローバー型といわれる珍しい平面形状。ほぼ円形に近い多角形の壁面で囲われた3つの部屋が三方に突き出し、その周りに幅の広いベランダが巡らされ、玄関を設けずにベランダから出入するバンガロー・タイプです。外壁はベランダが廻らされた部分が漆喰壁。丘に面した外壁は一部下見板貼り。屋根は桟瓦葺きで、先端部に鬼瓦を有する和風です。部屋割は多様な形状でバンガロー形式のため、廊下がありません。窓は内向きの両開きフランス窓で、上部に櫛形アーチのファンライトがあります。有名だけあって見どころが多い建物です。

 グラバーの書いた簡単な間取り図を元に、小山秀之進(のちの小山秀)が請負って建てたものといわれています。国の重要文化財指定の木造平屋建て。

旧グラバー住宅(旧グラバー邸)
1863(文久3)年
重要文化財
設計 : 不明
施工 : 小山秀之進(小山商会)
長崎市南山手町8-1(グラバー園内)
撮影 : 2009.5.18
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 こちらは付属棟。
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 私は上から降りてこの門を出ましたが、こちらかも旧グラバー邸に行くことができます。
by gipsypapa | 2010-02-15 11:27 | 建築 | Trackback(5) | Comments(2)

旧スチイル記念学校

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グラバー園の中間レベルの奥まった位置にある明治中期のミッション系の学校建築。アメリカのダッチ・リフォームド教会の外国伝導局長スチイル博士が、18歳で亡くなった息子ヘンリーを記念するために寄贈した資金により開設された学校で、東山手9番地に建てられていました。c0112559_1064752.jpg当初はスチイル・メモリアル・アカデミーと呼ばれ、その後、東京の明治学院と合併した東山学院など、さまざまな学校の校舎として使われました。最後は1972(昭和47年)に海星学園より長崎市が寄贈を受け、現在地に移築復元されて一般公開されています。

 3階建部分を中央に置いた左右対称のオーソドックスな造り。白い下見板貼りの外壁、窓には外開きの鎧戸を持つ、簡素で美しい建物。内部は学校だったために、他の住宅建築とは違って、部屋割はシンプル。廊下を挟み、大きな部屋(教室)が並んでいました。木造2階(一部3階)建て。

旧スチイル記念学校
1887(明治20)年
設計 : 不明(オランダ人牧師)
施工 : 不明
長崎市南山手町8-1(グラバー園内)
撮影 : 2009.5.18
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by gipsypapa | 2010-02-12 10:15 | 建築 | Trackback | Comments(4)

旧オルト邸付属施設

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 旧オルト邸の、裏側には当時のままの煉瓦造りの厨房と倉庫が残っています。これらも国の重要文化財に指定された煉瓦造り平屋建て。

旧オルト邸付属施設
重要文化財
設計 : 不明(英国人建築家)
施工 : 小山秀之進(小山商会)
長崎市南山手町8-1(グラバー園内)
撮影 : 2009.5.18
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 オルト邸と厨房は渡り廊下でつながっています。
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 窓越しに覗くと、内部は確かに厨房。
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 こちらは小さな煉瓦倉庫。
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 崖をくりぬいて造られた天然の貯蔵庫。年間を通して20℃前後に保たれるらしく、ワインも貯蔵されていたのでしょうか。
by gipsypapa | 2010-02-10 10:56 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧オルト邸住宅

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 これも当初からこの地にある洋館。旧オルト邸は江戸時代末期に建てられたイギリス人貿易商ウィリアム・オルトの住宅。後にF・リンガーの長男フレデリック・エラスマス・エドワード・リンガーが昭和の初期にこの邸に住んでいたので、リンガー(兄)邸とも呼ばれたことがありました。c0112559_1462270.jpg

 寄棟屋根桟瓦葺きに、3方をベランダが取り巻き、窓は外開きの鎧戸のあるフランス窓。軒高が高く、三角ペディメントの切妻屋根の大きなポーチが前方に突き出しています。高い天井のベランダを支える列石柱が印象的な、コロニアル・スタイルの本格的洋風建築です。ベランダの内側の外壁は石材を規則正しく積み上げ、窓が一定の間隔で配列されています。江戸時代にこれほどの優れた意匠の洋館があったのが驚きです。設計はイギリス人の技師と思われ、施工は天草出身の棟梁、小山秀之進(小山秀)。国の重要文化財の石造り平屋建て。

旧オルト邸住宅
1864(元治元年)ころ
重要文化財
設計 : 不明(英国人建築家)
施工 : 小山秀之進(小山商会)
長崎市南山手町8-1(グラバー園内)
撮影 : 2009.5.18
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by gipsypapa | 2010-02-09 14:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧リンガー住宅

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 グラバー園は長崎の明治村のようなところで、市内各所から移設された明治の洋館が並んでいますが、このリンガー邸は、このあとに紹介するグラバー邸、オルト邸と共に、元からこの場所に建てられたもの。これらはグラバー園の3大建物と呼ばれています。

 フレデリック・A・リンガーは1864(元治元)年頃長崎に来日。グラバー商会に勤めましたが、 1868(明治元)年に同じグラバー商会にいたライル・ホームとともに、のれん分けしてホーム・リンガー商会を設立。外国貿易, 商社代理店, 製茶, 製粉など幅広い分野で活動し、長崎の発展に大きく寄与しました。ホーム・リンガー商会は現在も存続していて、門司港にホーム・リンガー商会の事務所が、また下関には昭和初期のホーム・リンガー商会の社長令息の住宅、旧リンガー邸(現藤原義江記念館)が現存しています。ちなみに長崎ちゃんぽんの全国チェーン店、リンガーハットはリンガー氏に由来していると思われます。

 建物は明治の初めに建てられた住宅。寄せ棟寄棟屋根桟瓦葺きの木造に石積みの外壁をもった優雅な建物です。グラバー邸と同様の南欧風バンガロー洋式で、周りがベランダで囲われています。使われている石は天草の下浦石。設計者オルト邸と同様イギリス人の建築家によるものと見られています。施工はその前に建てられたオルト邸と同じ石材などが使われている事から、小山商会あるいは天草出身の棟梁、小山秀之進(後の秀 ひいで)が請負ったようです。国の重要文化財の木造石壁造り平屋建て。

旧リンガー住宅
1869(明治2)年
重要文化財
設計 : 不明(英国人建築家)
施工 : 小山秀之進(小山商会)?
長崎市南山手町8-1(グラバー園内)
撮影 : 2009.5.18
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by gipsypapa | 2010-02-08 13:52 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長崎市南山手町の旧自由亭

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 この日は朝から東山手、南山手と歩いてきたので、喉も乾きました。ここで一休み。

 この建物は元は自由亭という西洋料理のレストランだったもの。長崎出身の草野丈吉が出島のオランダ人から料理を教わり、1863(文久3)年に自宅を改造して開業。日本最初の西洋料理店でした。現在の建物は1878(明治11)年に市内の馬町に進出して、新しく建てたレストランです。明治天皇をはじめ、ロシア皇太子やイタリアの皇族、元アメリカ大統領やグランド将軍をはじめとした各国の賓客が訪れ繁盛していたとか。

 その後、建物は長崎裁判所の検事正官舎として使われていましたが、1984(昭和49)年に建物の一部がグラバー園に移築復元されて喫茶店になっています。木造2階建て。

旧自由亭
旧長崎裁判所検事正庁舎
1878(明治11)年ころ
設計・施工 : 不明
長崎市南山手町8-1(グラバー園内)
撮影 : 2009.5.18
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 玄関ポーチが左端にあります。一部が移設されたということなので、昔はこの車寄せのある玄関は中央にあったのではないでしょうか。
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 喫茶室は2階。
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 非常に変わった形のシャンデリアが目を引きます。由来はわかりませんが、やはりレストランだったころの名残でしょう。
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 水出しコーヒーの抽出器。24時間かけて、水で一滴ずつ抽出した薫り高く濃厚なダッチコーヒーが名物です。
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by gipsypapa | 2010-02-05 11:44 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧長崎地方裁判所長官舎

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 旧ウォーカー邸の向い側にある旧長崎地方裁判所長官舎。1883(明治16)年に長崎地裁、控訴院(二つとも原爆で被災、現存していません)など同時に建てられたもので、元は今の桜町、市役所近くにあったそうです。

 明治初期の典型的な擬洋風の官庁建築。下見板貼りの洋風建築に、車寄せのある玄関ポーチは和風の破風。当時の日本における洋風建築の模索を象徴しているようです。1979(昭和54)年にグラバー園に一部を移築。現在はレトロ写真館として一般公開されています。木造2階建て。


旧長崎地方裁判所長官舎
1883(明治16)年
設計・施工 : 不明
長崎市南山手町8-1(グラバー園内)
撮影 : 2009.5.18
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by gipsypapa | 2010-02-04 10:02 | 建築 | Trackback | Comments(4)