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雲仙市の小浜温泉

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 長崎で建物ばかり見て廻ったので、妻への罪滅ぼし。2泊目は温泉旅館に1泊しました。今日は建物ではなく旅行ブログです。

撮影 : 2009.5.18

 小浜温泉は島原半島の西岸にあり、雲仙普賢岳の麓、橘湾に面した温泉地。雲仙の麓ということもあり海岸に何本もの湯煙が立ち上がる温泉街。お湯の温度が高く、一日の湧出量が15,000トンあるため、日本一熱量が多い源泉といわれています。ホームページでもわかるように25軒以上の温泉旅館が海岸線に並び、海の幸が豊富なことで、九州では知られた温泉です。

 とはいえ私達が泊ったのが平日のせいか、観光客はまばら。町並みもひなびた印象です。小浜といえば2008年のアメリカ大統領選挙の民主党予備選でバラク・オバマ上院議員の応援で有名になった、福井県の小浜市を思い出しますが、ここ小浜温泉でも同じように応援運動が行われたそうです。
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 泊った旅館から見えた別の旅館の前に朽ちかけたコンクリートから湯けむり。
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 96℃のお湯。この周辺はいたるところに湯気が出ています。
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 レトロ風な観光案内所。雲仙市役所の支所でした。
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 やはりオバマさんがいました。等身大、着ているスーツはかなり上質の手触り。
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 上の川湧水。同じ地下水でも一方は100℃近くの高温。ここは冷たいのです。どうなっているのか。
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 石積みのある坂を下って光泉寺へ。
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小浜町の町並み。向こうに見えるインド風の建物は伝明寺。
by gipsypapa | 2010-03-04 10:01 | | Trackback(1) | Comments(2)

JR諫早駅

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 島原半島の西岸にある小浜へ移動するため、JRに乗って諫早へ。ここでバスに乗り換えて小浜に向います。

 洋館風のデザインを見ると新しいと思ってしまいますが、昭和初期の築。10年ほど前に外壁の塗り替えが行われた以外は、当時のままだそうです。確かにプラットフォームから見る駅舎の窓や扉周りに当時のままの装飾がありました。木造平屋建て。

JR諫早駅
1934(昭和9)年
設計・施工 : 不明
諫早市永昌町1-1
撮影 : 2009.5.18
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by gipsypapa | 2010-03-03 10:27 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長崎市べっ甲工芸館

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 長崎市の最後です。同じ大浦海岸通りに面し、旧香港上海銀行長崎支店の少し北東にある煉瓦造りの建物。明治時代に貿易港だった長崎の税関として建てられ、近年改修されて、長崎市のべっ甲細工の展示施設として一般公開されています。

 小ぶりな擬洋風の建物で、煉瓦造りの外面に白い漆喰壁。正面の中央に二つのアーチ形の玄関があり、両端に三角破風を持つ左右対称形の端正な外観です。和瓦葺きの屋根にある、二つの明かり彩りの丸い屋根窓がアクセントになっています。国の重要文化財に指定された煉瓦造り、平屋建て。

長崎市べっ甲工芸館
旧長崎税関下り松派出所
1898(明治31)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
長崎市松ケ枝町4-33
撮影 : 2009.5.18
& 2016.3.14
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 もう時間がありませんでした。長崎名産のべっ甲も見たかったし、内部は明治時代の税関施設の状況をよく伝えているそうなので、残念。この建物の前にあるバス停からJR長崎駅へ向いました。次の宿泊地、雲仙市の小浜温泉へ移動します。

九州横断ツアーの途中に再訪する機会がありました。(2016.3.14)
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by gipsypapa | 2010-03-02 10:14 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧香港上海銀行長崎支店

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 海岸通りにある明治の銀行建築。1896(明治29)年に長崎支店を開設した香港上海銀行でした。在留外国人の貿易商を主な取引先として外国為替や、ロンドン、上海、香港における外貨の売買を主要業務とした特殊為替銀行でした。1931(昭和6)に閉鎖されたのち、長崎市が買い取り、警察署庁舎や歴史民俗資料館として利用されました。近年改修され、1996(平成8)年から記念館として一般開放されています。

 設計は明治から昭和初期に活躍した建築家、下田菊太郎。アメリカの建築設計事務所勤務の後、横浜に建築事務所を開設しました。当時の建築界では異色の存在といわれ、昭和初期の官庁建築等に多く見られる帝冠様式を初めて提案したことでも知られています。c0112559_145532.jpg大陸、特に上海を中心に作品がありましたが、この建物は国内に現存する唯一の作品で、長崎市内の石造り洋館としても最大級のものです。

 海側の正面ファサードは、1階部分は連続アーチのアーケード。2・3階部分に4本のコリント式の大オーダーを並べ、その上に三角破風の屋根を載せた銀行らしい重厚な意匠です。国の重要文化財に指定された、煉瓦及び石造り、3階建て。

旧香港上海銀行長崎支店
1904(明治37)年
重要文化財
設計 : 下田菊太郎
施工 : 矢田鉄三
長崎市松ケ枝町4-27
撮影 : 2009.5.18
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 内部も見ることができます(有料)が、もう列車の時間が迫って来ました。玄関口から覗いただけです(無料)。
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by gipsypapa | 2010-03-01 14:10 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長崎市南山手町のM邸

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 須加五々道美術館から海岸通りの一つ山側の小道を北東に進んだところにある、これも明治の洋館。石垣の上部に面白い積み方の煉瓦塀。白い下見板貼りの外壁やベランダの軒の形など、凝った設計です。今も個人の住宅として使われていました。木造平屋建て。

M邸
明治中期
設計・施工 : 不明
長崎市南山手町3
撮影 : 2009.5.18
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by gipsypapa | 2010-02-26 11:30 | Trackback | Comments(2)

南山手乙9番館(長崎市須加五々道美術館)

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 宝製鋼のすぐ横に明治中期に建てられた南山手乙9番館(旧中村邸)があります。長崎市が買い取り改修したのち、長崎市出身の日本画家・須加五々道(すかごごどう)の作品を展示する須加五々道美術館として一般開放しています。水墨画に西洋美術の遠近法を融合させた独特の画風で、その作品は「新日本画」と呼ばれているそうです。

 下見板貼りの外壁にベランダとバルコニーを持った、長崎ではおなじみの形をした明治の洋館です。国の重要伝統的建造物群保存地区にある、木造2階建て。

南山手乙9番館(長崎市須加五々道美術館)
旧中村邸
明治中期
設計・施工 : 不明
長崎市南山手町3-17
撮影 : 2009.5.18
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 ↑にリンクしているホームページにある須加五々道の絵画はよさそうです。残念ながら時間がなく、前を通り過ぎただけでした。
by gipsypapa | 2010-02-25 10:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長崎の宝製綱株式会社

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 南山手を下ると、交通量の多い海岸通りに出ます。その一角に明治の煉瓦建て工場が今も残っています。すでに旧ウォーカー邸で紹介したウォーカー商会が設立した、清涼飲料水、いわゆるラムネを作っていた工場です。現在は宝製綱株式会社が引き継ぎ、ロープ製造工場になっています。

 工場らしく細長い2階建て。一部は金属のシャッターになったりしていますが、木製のドアや窓枠が残っており、イギリス積みの煉瓦なども、あまり手が加えられずに使い続けられているようです。煉瓦造り、2階建て。

宝製綱株式会社
旧バンザイ炭酸水工場(Banzai Aerated Water Factory)
1902(明治35)年
設計 : R.F.ウォーカー
施工 : 不明
長崎市小曽根町1-39
撮影 : 2009.5.18
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by gipsypapa | 2010-02-24 10:51 | 建築 | Trackback | Comments(2)

マリア園(清心修道院)

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 大浦天主堂からグラバー通りを南西に下っていくと、レンガ造りの大きな建物が見えてきます。明治31年に建てられた、幼きイエズス修道会・清心修道会(女子修道会)と養護施設マリア園が併設されて、修道女により運営されている施設です。

c0112559_11204713.jpg フランス人宣教師センネツの設計によって建てられた修道院で、ロマネスク様式の赤煉瓦造りの北フランス風様式。建物は3階建。2階までが煉瓦造で、3階は屋根裏を利用した木造になっていて、アーチ型の窓が並んでいます。屋根は銅板張りで、煉瓦色と白い鎧戸との対比が美しく、南山手の閑静な雰囲気に溶け込んでいました。なお、内部には素晴らしい聖堂があるそうで、ネットで紹介されています。国の重要伝統的建造物群に指定された、煉瓦造り、3階建て。

マリア園(清心修道院)
1898(明治31)年
設計 : センネツ
施工 : 不明
長崎市南山手町12-17
撮影 : 2009.5.18
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 ゲラバー坂を降りて、反対側のドンドン坂からも近づけるようですが、そろそろ長崎を発つ時間がせまってきました。心残りでしたが、これ以上の追及は断念しました。
by gipsypapa | 2010-02-23 11:26 | 建築 | Trackback | Comments(2)

南山手8番館(南山手地区街並み保存センター)

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 国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている南山手地区の資料センター。明治中期建てられた英国人ウィルソン・ウォーカーの住宅でした。元は南山手12番地にあり、昭和期には雨森医院兼住宅として使われましたが、昭和63年に解体が決まり、町並み保存のために長崎市が寄贈を受けて現在地に移築復元した洋館です。

 白い下見板貼りの外観に、1階・2階ともにベランダと、その側面にベイ・ウィンドーのある変化に富んだ明治の洋風建物で、伝統的建造物に指定されています。現在、一般開放されており、1階は展示室、2階は会議室として利用されています。木造2階建て。

南山手8番館(南山手地区街並み保存センター)
旧雨森邸
1883(明治中期)ころ
設計・施工 : 不明
長崎市南山手町4-33
撮影 : 2009.5.18
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by gipsypapa | 2010-02-22 11:07 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧羅典神学校

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 大浦天主堂に向って右側に隣接している建物。プチジャン神父が日本人聖職者育成の目的に設立した旧羅典(ラテン)神学校です。神学校の校舎兼宿舎として使用されました。

 骨組が木造で壁に煉瓦を積んだ、木骨煉瓦造り。外開きの鎧戸がついた窓や階段など西欧建築技術が随所に取り入れられていますが、全体的には部屋割りはいたってシンプル。和風の土蔵のような雰囲気もあります。

 設計と施工監督は敷地内に建つ旧長崎教区大司教館と同じく、フランス人のマルク・マリー・ド・ロ神父。現在はキリシタン資料室として一般開放されています。国の重要文化財に指定された、木骨煉瓦造り、3階(屋根裏部屋付き)建て。

旧羅典神学校 
1875(明治8)年
重要文化財
設計・施工 : ド・ロ神父
長崎市南山手町5-3
撮影 : 2009.5.18
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 傾斜地に建っているので、入口は2階部分に。
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 大浦天主堂とは狭い道を挟んで隣接。開け放たれた窓から天主堂が間近に見えていました。
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 1階と2階をつなぐカーブ状の階段。
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 明治初期のキリスト教布教に使われた版画や、江戸時代の隠れキリシタン関連の資料などが数多く展示、販売されています。
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 正面に見えるのが旧羅典神学校。そこからさらに坂の小道を上った所に白い鐘楼のような塔が建っています。下見板貼りに見えましたが、近づくとパネル貼りのようでした。新しい建物でしょう。
by gipsypapa | 2010-02-19 11:28 | 建築 | Trackback | Comments(4)