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西海国立公園 九十九島クルーズ

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長崎市からバスで佐世保へ移動しました。九十九島くじゅうくしま)クルーズは西海国立公園九十九島を巡る遊覧船の旅です。九十九島パールシーリゾート発着で、九十九島南部の美しい島々を間近に感じることができる約50分の旅程です。

九十九島遊覧船パールクィーン
長崎県佐世保市鹿子前町1008
撮影 : 2016.3.14
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九十九島(は、長崎県の佐世保市、平戸市にかけての北松浦半島西岸に連なるリアス式海岸の群島である。全域が西海国立公園に指定されています。
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九十九島は単に数が多いという意味で、実際の島の数は208だとか。
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ネットにあった九十九島遊覧船パールクィーンのHPのイメージ図です。
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これもHPから。帆船の形をしていますが、動力はもちろんエンジンです。


by gipsypapa | 2017-06-10 08:13 | | Trackback | Comments(2)

長崎の平和公園

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長崎では有名な観光地で、修学旅行でおなじみの平和公園。ツアーの昼食を取る中華料理店へ向かうときに、ここを通りました。

平和公園は1945(昭和20)年8月9日に投下された原子爆弾落下の爆心地と、その北側の丘の上とを含めた地域に、平和を祈って設けられた広い公園です。戦後、しばらくして企画され、1950(昭和25)年に長崎市立公園として、「国際平和公園」が開設されました。

平和公園
長崎市松山町9
撮影 : 2016.3.14

平和祈念像
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平和祈念像は高さ9.7メートル、重さ30トン、青銅製の像で、長崎出身の彫刻家北村西望(きたむら せいぼう)によって建てられました。鉄骨を芯にして、青銅製のパーツをステンレスのボルトで縫ってあるとか。像は神の愛と仏の慈悲を象徴としていて、天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いが込められたそうです。

平和祈念像
1955(昭和30)年
製作 : 北村西望
撮影 : 2016.3.14
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ネットに右手の人差し指には避雷針が設置されてると書いてあったので、遠景写真を切り抜いてみました。ぼやけてます。私のカメラではこれ以上は無理です。
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「長崎の鐘」1975(昭和52)年に建立されました。
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「平和の泉」は1969(昭和44)年に完成。

by gipsypapa | 2017-06-09 08:54 | | Trackback | Comments(2)

長崎の眼鏡橋

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雲仙温泉から長崎市内へ移動。昼食をはさんで市内観光をしました。眼鏡橋(めがねばし)は市内を流れる中島川に架かる12の橋の一つ。江戸時代初期に中国人の興福寺の黙子如定禅師が造った石造アーチ橋です。川面に映る姿が「メガネ」に見えることから、この名前がついたとわけです。

『日本橋』『錦帯橋』と並び日本三名橋に数えられています。日本初のアーチ式石橋で現存最古のものとして貴重なことから、国の重要文化財に指定されている石造2連アーチ橋、高欄付き。

眼鏡橋
1634(寛永11)年
重要文化財
設計・施工 : 黙子如定禅師
長崎市魚の町古川町2付近
撮影 : 2016.3.14
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長崎でのツアーの合間にフリータイムがありました。大半のツアー客はガイドの案内がある南山手のグラバー園に行きましたが、私は前に行ったので、見のがしていた眼鏡橋に行くことに。
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1時間ほどの自由時間ですが、集合場所が大浦天主堂を下ったところ。眼鏡橋までは歩いて行ける距離ではありません。
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たまたま同じようなツアーのご夫婦がいらっしゃったので、タクシー相乗りで行きました。 
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黙子如定禅師の像が立っています。
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東新橋
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上流に架かる東新橋。初代の石橋は1673年架設。何度か架け替えられ、1982(昭和57)年の長崎大水害 で流出したため、現在はコンクリートアーチ橋だそうです。

東新橋
長崎市諏訪町4付近
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芋原橋(すすきはらばし)
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そのまた上流の芋原橋(すすきわらばし)。 1681年架設の石橋でしたが、これも崩壊して再架されましたが、1982(昭和57)年の長崎大水害によりより崩壊したため、1986年に鉄筋コンクリートで架設されたものです。

芋原橋(すすきわらばし)
長崎市桶屋町34付近
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ウィキペディアにあった中島川とその両岸のバイパス水路。写真中央の橋は袋橋、その向こうが眼鏡橋です。

by gipsypapa | 2017-06-08 07:54 | 建築 | Trackback | Comments(2)

雲仙地獄を歩く

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翌朝は曇りでしたが、せっかくの雲仙なので早朝の散歩がてらに、地獄巡りに行きました。 硫黄の香りが立ち込め、地の底から吹き出す蒸気と熱気が辺り一面を覆い尽くす光景は、まさに地獄そのもの。ここはキリシタン殉教の舞台になったところでも知られ、殉職碑も建てられています。

雲仙地獄
長崎県雲仙市小浜町雲仙320
撮影 : 2016.3.14
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小雨交じりと湯煙で遠くが見えません。
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いわき旅館から地獄へ向かう途中に温泉神社があります。

温泉神社
長崎県雲仙市小浜町雲仙319
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雲仙岳を霊山として信仰する神社で、飛鳥時代に当地を訪れた行基が大乗院満明寺を開山し、同時に当神社を創祀したという歴史がありるそうです。
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もちろん社は詳細は泡借りませんが、そんなに古くはないです。
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ここ雲仙地獄は2009年にも訪れていますので、7年ぶりでした。そのときの方が天気がよかったので、以下に。
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別府鉄輪の地獄巡りも楽しいですが、ここは無料で楽しめます。

by gipsypapa | 2017-06-05 07:12 | | Trackback | Comments(6)

名湯の宿 雲仙いわき旅館

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初日の宿は雲仙温泉の中心にある雲仙いわき旅館でした。雲仙地獄のそばにあり、創業以来、百数十年の歴史があるそうですが、現在の建物は比較的新しかったです。木造3階建て。

雲仙いわき旅館
詳細 : 不明
長崎県雲仙市小浜町雲仙318
撮影 : 2016.3.13 & 14
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これらの外観写真はストリートビューから。
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ネットに露天風呂の写真がありました。ここに入ったかどうか、記憶にありません。
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旅館の横の駐車場に建つ2階建ては古そう。
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「普賢茶屋」という喫茶、食堂みたいです。
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by gipsypapa | 2017-06-04 07:58 | 建築 | Trackback | Comments(2)

有明フェリーで雲仙へ

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熊本城を下車観光した後は、熊本市の長洲港(ながすこう)から有明フェリーで、島原半島北部の雲仙市国見町にある多比良港(たいらこう)まで、45分間で有明海を横断しました。
撮影 : 2016.3.13
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熊本~長崎間を移動する最短ルートです。
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長洲港は小雨模様。
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バスごとフェリーに乗り込みます。
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船内はまずまずよい雰囲気でした。
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ずいぶん昔になりますが、逆のルートに乗ったことがあります。そのときよりは、かなり豪華になっています。
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我々ツアー客以外にも一般のお客さんも多いようです。陸上での移動は大回りだし、時間的にも旅費の面からも、このフェリーが有利なんですね。
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長洲を出向してから、多比良に着くまで、たくさんのカモメを同伴。
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途中で引き返すだろうと思いましたが、港の傍までぴったりとついていて来ました。
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帰りは逆ルートのフェリーに付き添うのでしょうか。

by gipsypapa | 2017-06-03 08:18 | | Trackback | Comments(2)

五島列島観光ツアーの訪問地

五島列島の最終回です。2泊3日で、五島に渡ってからはバスで移動します。お目当ての教会以外に訪ねたところを簡単に紹介します。
撮影 : 2015.11.3.& 4

道の駅 遣唐使ふるさと館
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二日目の昼食の場所は道の駅です。

道の駅 遣唐使ふるさと館
長崎県五島市三井楽町濱ノ畔3150-1
撮影 : 2015.11.3
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五島列島酒造
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道の駅 遣唐使ふるさと館の向かい側にある五島列島酒造は五島産の芋・麦・米を原材料にした焼酎「五島芋」「五島麦」「万葉」を製造しています。

五島列島酒造長崎県五島市三井楽町濱ノ畔3158
撮影 : 2015.11.3
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矢堅目
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矢堅目(やがため)は東シナ海に向かった奈摩湾入口にあり、円錐形の奇岩と複雑な海岸線が美しいロケーションです。

矢堅目の塩本舗
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自然海水を汲み上げ、昔ながらの手作業で塩を精製していて、隣接した道の駅で焼塩・藻塩・昆布塩・塩こしょう・ごま塩・いか墨塩などを販売しています。

矢堅目の塩本舗
長崎県南松浦郡新上五島町網上郷688−7
撮影 : 2015.11.3
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旅の宿 やがため
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二泊目の宿です。民宿とペンションをかねたような雰囲気。夕食は海の幸が満載でおいしかったです。

旅の宿 やがため
長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷910-29
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大曽魚市場
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最終日は朝早起きして大曽魚市場へ。セリを見学しました。

漁協大曽魚市場及びかき小屋
長崎県南松浦郡新上五島町青方郷2273
撮影 : 2015.11.4
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水揚げされたばかりの魚がトロ箱ごとにセリにかけられます。
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セリが終わって、ふと積み重ねられたトロ箱を見ると・・・みんな北海道!!まあ、箱だけでしょうが。



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後婦人方がさよならしています。セリの後は近くにある「びかき小屋」で朝食でした。ビニールハウスの温室のようなところで、地元の漁協婦人部が水揚げされたばかりの新鮮な魚介類を、豪快な漁師スタイルで提供してくれます。タイやヒラメの刺身をはじめとして、焼き物やアラ汁など旬な魚が食べ放題で十分楽しめました。

蛤浜
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蛤浜(はまぐりはま)は満潮と干潮の差が大きく、遠浅の白浜が美しいところで、夏は海水浴でにぎわうそうです。

蛤浜海水浴場
長崎県南松浦郡新上五島町七目郷1004
撮影 : 2015.11.4
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これで五島列島を終わります。次は伊豆半島へ行きます。

by gipsypapa | 2017-04-13 09:31 | | Trackback | Comments(2)

車窓から見た五島列島の教会


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五島列島へのキリスト教伝来は、フランシスコ・ザビエルから17年後(1566年)といわれています。近代的な教会が建てられたのは明治初期からですが、歴史的にキリスト教の信仰が厚いところであり、現在も多くの教会があります。↑の写真は「五島の島たび」というHPから借用しました。
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北部、中通島(上五島)周辺。
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南部、福江島(下五島)周辺。

これまで下車して見た教会が、いかに本の一部であるかがわかります。気持ちとしては、少なくとも歴史のある教会は全部見たいのですが、ツアーなので、行きたいところはバス任せです。いくつかの教会はバスの中から眺めるだけで通過しました。そのいくつかをネット写真を借用しながら紹介します。これ以上見たければ、個人的に訪ねるしかありませんが、どう見ても不便そうです。

カトリック水の浦教会
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福江島(下五島)にあるカトリック水の浦教会。ここは鉄川与助の作品なので、下車して見たかった教会です。現存する我が国の木造教会堂としては最大規模のもので、設計者鉄川与助にとってリヴ・ヴォールト天井の教会堂の最後の遺構です。横板張り、重層屋根構成瓦葺きの建物で、会堂内部は三廊式の比較的安定感のある印象です。木造平屋建て。

カトリック水の浦教会
1938(昭和13)年
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県五島市 岐宿町岐宿1644
撮影 : 2015.11.3
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バスから見えるのはここまでがやっとです。以下の写真はネットから借用しました。
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カトリック跡次教会
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国道からすぐの山手の緑のに映える白い外壁が美しい教会。創建は1914(大正3)年と古い教会ですが、現在の聖堂は最近建替えられたものです。鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

カトリック跡次教会
1984(昭和59)年
設計・施工 : 不明
長崎県南松浦郡新上五島町跡次
撮影 : 2015.11.3
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以下はネットから。
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カトリック冷水教会
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冷水(ひやみず)教会は明治時代に建てられた素朴な木造で、丸尾郷出身の鉄川与助(てるかわ よすけ)が棟梁となって初めて手掛けた教会。内部構造は三廊式のリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。木造平屋建て。

カトリック冷水教会
1907(明治40)年
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町網上郷623-2
撮影 : 2015.11.3
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遠景だし、バスも止まらず通過して今いました。以下はネットにあった写真です。
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by gipsypapa | 2017-04-12 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

頭ヶ島天主堂


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頭ヶ島天主堂(かしらがしまてんしゅどう)は五島列島中通島(上五島)の東方にある長径2km余の小島にあります。島の北側にある入り江に面し、山裾の一段高い位置に建っていて、天主堂の周辺には,石造の門や石垣,石段などが当時のまま残っています。

聖堂は鉄川与助(てつかわ よすけ)の設計・施工により、明治43年に着工,10年を費やして大正8年に竣工したものです。ロマネスク調の教会堂で、平面は単廊式。天井はアーチやヴォールトを用いず、二重持送りのハンマー・ビーム架構で支えられています。

小規模ながら貴重な石造りで,内外とも斬新な意匠。長崎を中心に数多く残る離島,辺地の教会堂のなかでも傑出した遺構として,国の重要文化財に指定された石造り平屋建て。

頭ヶ島天主堂
1919(大正8)年
重要文化財
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町友住郷638番地1
撮影 : 2015.11.4
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主任司祭は常駐しておらず、カトリック鯛ノ浦教会の巡回教会になっています。
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ネット情報によれば、上五島に属する頭ヶ島は、1859年頃から入植が始まり、役人の目もあまり届かないことから、潜伏キリシタンが増えたとか。
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1867年以降、上五島には長崎から密かに外国人神父が訪れるようになるが、翌年にはキリシタン弾圧「五島崩れ」が起きました。頭ヶ島でも主だった信者が拷問を受け、島民全員が島を一時脱出したそうです。
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大崎八重神父の指導により、近くの島から切り出した石を、信者らが船で運び組み立てたそうです。
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ちなみに今、頭ヶ島は橋で上五島とつながっていて、車で来ることができますが、当時は小船で石を運んだでしょうから、着工から10年かかったのは仕方がありません。
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窓が開放されていたので、外からも内部が見えます。
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以下の内部写真はネットから。
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ハンマービームを多用した船底のように複雑な折上天井です。
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随所にツバキの花柄文様があしらわれているので「花の御堂」とも呼ばれるとか。
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このような斬新な意匠と構造を設計した鉄川与助の実力に脱帽です。
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世界遺産登録を目指している「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ「頭ヶ島の集落」にあります。
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敷地のそばにあるキリシタン墓地。
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天主堂と周辺環境が一体となって良好な風致を形成しているのが、世界遺産へ応募する理由です。


by gipsypapa | 2017-04-11 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック鯛ノ浦教会

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鯛ノ浦教会は上五島における布教の中心として明治14年(1881)に設立されました。明治 36 年(1903) に、フランス人のペルー神父の指導により場所を現在地に移して教会堂を造り替えたのが現在の旧聖堂です。鉄川与助(てつかわ よすけ)が設計や建設に関わったそうです。

1979(昭和54)年に、新しい天主堂が出来てからは図書室その他宗教教育施設として使われています。旧聖堂は木造の単層屋根構成桟瓦葺き、外壁は下見板張りです。戦後すぐ、正面に煉瓦造りの鐘塔を増設する改造が行われました。聖堂の内部は三廊式で、見事なリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。木造瓦葺き平屋建て。

カトリック鯛ノ浦教会旧聖堂
903(明治36)年 / 1946(昭和21)年増築
設計 : ペルー神父(指導)か(旧聖堂)
      鉄川与助(増設部)
施工 : 野原棟粱、鉄川与助副棟梁(旧聖堂)
      鉄川与助(増設部)
長崎県南松浦郡新上五島町鯛ノ浦326
撮影 : 2015.11.3
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ネット情報では、「戦後の改造時に窓枠の裏側に鉄川与助の墨書が見つかったと伝えられているが、この旧聖堂の建設時には鉄川与助は副棟梁的な立場で建設に関わっていたようである。」とあります。
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正面に増設された鐘楼は長崎の原爆で壊された旧浦上天主堂の煉瓦が使われているそうです。
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「おじいちゃんが建てた教会」という与助のお孫・鉄川さんのホームページにも作品リストにも旧聖堂は明治36年に野原棟粱施工とあり、昭和21年の増設部は鉄川与助の施工と記載されています。
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敷地にあるマリア像を祀ったルルドがここにも。
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詳細はわかりませんでした。
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新しい天主堂が建ったので、この旧聖堂は役目を終えました。図書館などに使われていて、内部は撮影可能です。
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この旧聖堂は木造ですが、屋根組みはリブ・ヴォールト(こうもり)天井。
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手前の現代的な建物が新しい天主堂です。
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by gipsypapa | 2017-04-10 08:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)