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倉吉のぎゃらりい和(やわらぎ)

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旧日本産業貯蓄銀行倉吉支店として、昭和初期に建てられた倉吉初の鉄筋コンクリート造りの本格的な西洋建築です。間口が狭い2階建てですが、古典主義の重厚さを残しながら簡略化して、当時流行のセセションスタイルを取り入れています。

旧日本産業貯蓄銀行という名前はなじみがありませんが、本社は山陰地方にあったローカルな銀行だったとか。この倉吉支店は昭和6年に建設されましたが、わずか2年後の昭和8年には銀行が破産したそうです。幸いこの建物は取り壊されることはなく、町の集会所、日本生命の所有を経て今の「ぎゃらりい和(やわらぎ)」になりました。

型染めの暖簾(のれん)やテーブルクロス、ストール、クッションなどの草木染と雑貨を販売している店舗で、喫茶コーナーもあるそうです。鉄筋コンクリート造り、2階建て。

ぎゃらりい和
旧日本産業貯蓄銀行倉吉支店
1931(昭和6)年
設計・施工 : 不明
鳥取県倉吉市東仲町2577
撮影 : 2015.4.29
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内部はあまり銀行を感じさせませんが、玄関を入った一角はそれらしく吹き抜けです。
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ネットにあった写真。上部に☆印のロゴがあり、一階、二階ともに2本のピラスター(付け柱)と小ぶりなわりに装飾が多い建物でした。

仲町公民館
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東隣にある2階建てには東仲町公民館という表札があります。和風ですが、これも古そう。

東仲町公民館
詳細 : 不明
倉吉市東仲町2575
撮影 : 2015.4.29
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by gipsypapa | 2017-02-24 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

白壁倶楽部(赤瓦十三号館)

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倉吉でのお目当ての一つです。旧街道「倉吉往来」の四つ角にある明治後期に建てられた土蔵造りの疑洋風建築。第三銀行の倉吉支店ととして建造されたのち、いくつかの金融機関を経て,協同組合倉吉大店会の事務所として使われていました。現在は「レストラン&カフェ 白壁倶楽部」として観光客でにぎわっています。

1905(明治38)年に倉吉支店のある魚町一帯が火災により消失したため不燃構造の土蔵造りに立て替えられました。壁と軒裏は漆喰塗り、腰は石張り、1階の窓には銀行らしく鉄格子がはめられています。赤瓦十三号館になっている、国の登録有形文化財の木造土蔵造り2階建て。

白壁倶楽部(赤瓦十三号館)
旧第三銀行倉吉支店
1908(明治41)年
登録有形文化財
設計・施工 : 山田幸一(大工)
鳥取県倉吉市魚町2540-1
撮影 : 2015.4.29
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外観は和風ですが、中に入るとやっぱり元銀行。
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吹き抜けに周囲を回廊が取り囲んでいます。支店長が時々出てきて、店内を視察するところですね。
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1階がレストラン&カフェです。
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2階も案内してくれました。元支店長室らしい部屋と・・・
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会議室。ここは貸切で食事ができるのかな。
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天井の真ん中にはレリーフがある天井飾り。メダリオンと呼ばれるシャンデリアを吊り下げる部分です。
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このときは開店直前の準備中でしたが、快く見学させてもらえました。ありがとうございました。


by gipsypapa | 2017-02-20 09:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

桑名市石取会館

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 Gitano Family のツアーは関東が終わり、中部地方に移動しました。名古屋、四日市と桑名の3会場です。桑名のライブ会場へは駅から徒歩で向かい、ゆっくり途中の町並みを見ながら行きました。

 東海道筋に位置し、桑名の経済の中心地の京町にある石取会館は、大正末期に建てられた四日市銀行桑名支店だった建物です。その後、信用組合桑名金庫庫の本店、ついで京町支店を経て、1991(平成3)年に土地と建物が桑名市に寄贈され、桑名市石取会館として石取祭を紹介している施設になっています。

 当時の銀行建築の様式を色濃く残すデザインで、古典様式が簡略化され、角を円形にした印象的なアールデコ風の外観です。大きな柱の柱頭は装飾がなく、柱と柱の間には縦長長方形の上げ下げ窓が整然と並んでいます。窓の上部には歯飾りがある、陰影の深い意匠となっています。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造2階建て。

桑名市石取会館
旧四日市銀行桑名支店
1925(大正14)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
桑名市京町16
撮影 : 2014.11.24
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 中には入りませんでしたが、銀行なので2階建てとはいえ、吹き抜けに回廊が取り巻く構造になっていたと想像します。
by gipsypapa | 2015-06-12 08:56 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧日本銀行釧路支店

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 幣舞橋を南に渡ったところに白亜のビルがあります。元は日本銀行の釧路支店だったもので、店舗の移転によって空き家になっています。戦後の築だからでしょう、銀行特有の様式主義の重厚な雰囲気はなく、モダンで軽快なデザインです。

 コンクリート造りの近代建築が少ないという釧路市内の貴重な財産です。売却が計画されていましたが、北海道建設新聞によると、道東の金融経済の発展を象徴する歴史的建物。さらに幣舞橋を中心とした釧路の代表的な都市景観を構成することから、釧路市が取得に向け、今年度(2015年)の予算化を決めたそうです。

 設計は多くの銀行建築を設計した西村好時(にしむら よしとき1886- 1961)。鉄筋コンクリート造り、3階建て、地下1階。

旧日本銀行釧路支店
1952(昭和27)年
設計 : 西村好時(西村建築事務所)
施工 : 清水建設
釧路市大川町2-26
撮影 : 2014.8.24
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 釧路川河口の景観を構成する、存在感のある建物です。市によって管理され、ひいては有効活用されるのは、喜ばしいことで大歓迎したいです。
by gipsypapa | 2015-02-27 08:21 | 建築 | Trackback | Comments(0)

文京区の郁文堂

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 本郷通りの東京大学本郷キャンパスの向い側に、どう見ても銀行だったという建物があります。現在は郁文堂(いくぶんどう)という出版社、書店になっていますが、元は日本昼夜銀行の本郷支店だったものです。

 日本昼夜銀行というのは聞きなれない名前ですが、1929(昭和4)年に小口の融資を目的に設立された銀行で、消費者金融業の先駆けだったそうで、東京にしか店舗がなかったようです。ちなみに1943(昭和18)年に安田銀行に合併されました。安田銀行は富士銀行を経て、今のみずほ銀行になりました。

 一方、郁文堂書店は1899(明治32)年創業の本屋で、出版物は語学関連、特にドイツ語の図書に特化していて、独検関連の参考書・問題集を多数出版しているとか。明らかに顧客は目の前にある東大でしょうね。

 建物は石張りの腰に、大オーダーを4本正面に並べた銀行建築らしい重厚な外観です。コンクリート造りに見えますが、木骨造りだそうです。築後、すぐにあった関東大震災にも無傷だった、木骨人造石張り、2階建て。

郁文堂
旧日本昼夜銀行本郷支店
1923(大正12)年
設計・施工 : 不明
東京都文京区本郷5-30-21
撮影 : 2014.7.31
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by gipsypapa | 2015-02-10 09:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

てつめいギャラリー

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 昭和初期に岐阜貯蓄銀行として建てられた銀行建築。岐阜貯蓄銀行は1943(昭和18)年に十六銀行に吸収合併され、十六銀行徹明支店として2005(平成17)年まで使われました。

 その後、十六銀行が創立130周年記念事業の一環として改修し、展示スペースを市民に無料で貸し出すギャラリーとして再生されました。

 銀行建築らしい重厚さはあるものの、外観はシンプル。内部も2階までの吹き抜け構造にの3方周囲に回廊がある典型的な意匠となっています。

 設計は台湾銀行横浜アイランドタワー(旧第一銀行横浜支店)函館市文学館(旧第一銀行函館支店)山二証券成瀬証券京都中央信用金庫丸太町支店(旧第一銀行丸太町支店)愛知県庁本庁舎など多くの銀行や官庁建築を手がけた西村好時(にしむら よしとき、1886 - 1961)。

 曾禰・中條建築事務所嘱託から清水組設計部技師、第一銀行建築課長を経て、このときは独立して西村建築事務所を経営していました。岐阜市都市景観重要建築物の鉄筋コンクリート造り、3階建て、地下1階。

てつめいギャラリー
旧岐阜貯蓄銀行→旧十六銀行徹明支店
1937(昭和12)年
設計 : 西村建築事務所
施工 : 竹中工務店
岐阜市徹明通1-3
撮影 : 2014.5.20
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 アーケードが邪魔です。時々こういう風景を見ますね。
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 古い銀行建築には2階建ての吹き抜けなので、トップライト(天井窓)をよく見ますが、ここは3階建てなので、上層階があります。ということで照明つき。今は蛍光灯ですが、元は電球だったはずです。
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 支店長が行内を見回る2階の回廊。ここは3方向に巡らされています。
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 金庫が残っています。
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by gipsypapa | 2014-10-30 09:18 | 建築 | Trackback | Comments(0)

三潴銀行記念館

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 大川を訪ねた目的の一つだった旧三潴(みずま)銀行本店です。明治の洋館らしいレンガ造りで、表面に白いモルタルを塗り、窓周りなどの装飾部分には花崗岩を使っています。

 屋根は石板葺に小さなドーマー窓で、周囲は銅板葺とありますが、石板は天然スレートのように見えます。現在は三潴銀行記念館として、隣接の九州貨幣博物館とともに一般公開されているということですが、閉まっていました。

 建築の棟梁はもう一つの目的地だった福岡県指定文化財「旧清力酒造株式会社事務所」(現在の大川市立清力美術館)を建てた中古賀の名工筬島傳太郎(おさしま でんたろう)、石工は上方から呼んだといわれています。内部吹き抜けという典型的な銀行建築で大川市指定有形文化財の煉瓦造り、2階建て、内部は吹き抜け。

三潴銀行記念館
旧三潴銀行本店
1909(明治42)年
大川市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
棟梁 : 筬島傳太郎(棟梁)
大川市向島2367
撮影 : 2014.5.15
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 柳川から乗ったバスをこの近くで下りて、行ってみましたが閉まっていました。仕方がないので筑後川昇降橋や千草薬局を見て、再びもどりましたが、開く気配がありません。

 大通りに戻って次の大川市立清力美術館に行きたいのですが、バスは何時間も待たないとありません。タクシーででも行こうと思いますが、全く通りませんし、町を歩いた限りでタクシーの会社も見かけませんでした。

 もうお昼です。腹が減ったのですが、食堂もないしコンビニもありません。ついに清力美術館をあきらめて、またバスで柳川へ戻ったのでした。つまり大川市はハズレでした。
by gipsypapa | 2014-10-02 08:50 | 建築 | Trackback | Comments(2)

熱海商工会議所

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 再び伊豆半島へ旅行しました。今回はツアーではなく自分で選んだところに3泊。最初は熱海です。熱海は通過したことがありますが、泊まるのは初めて。基本的に訪問した順に紹介します。

 ホテルに仮チェックインして、お目当ての一つの起雲閣へ向かって熱海の海岸通り、国道135号線を西へ歩きました。

 国道に面したところに、小ぶりながら重厚さを感じる建物があります。熱海商工会議所のビルですが、イオニア式の付け柱を装飾的に並べた、どう見ても銀行建築です。ネット情報でも、これといって断言できる記述はありませんでしたが、一つだけ横浜銀行熱海支店だったというのがありました。銀行であれば1階は吹き抜けで、2階部分は周囲にバルコニーを廻していると想像します。鉄筋コンクリート造り。

熱海商工会議所
旧横浜銀行熱海支店か
昭和初期
設計・施工 : 不明
熱海市渚町8-2
撮影 : 2014.4.20
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by gipsypapa | 2014-07-23 08:58 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧函館信用金庫本店

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 伊藤商事株式会社と塩瀬菓子舗の市電通りを挟んだ筋向いにある銀行建築。もとは富山の第十二銀行(のちの北陸銀行)の函館支店として、大正末期に建てられたもの。その後、函館信用金庫が本店として使用しましたが、本店が移転したため空家になっています。

 濃いあずき色のタイル貼りの外壁に、腰部や玄関周りに白い石貼りを使った地味な外観です。よく見ると細部に目立たない装飾もありセセッションの香りが漂う、優れた設計といえましょう。屋上側面にあるロゴの跡のような不思議な装飾は何でしょうか。

 設計は宮内省内匠寮技師を経て、後に木子建築事務所を設立。皇室関係の建築を多く手がけたことで知られる木子幸三郎(きご こうさぶろう1874 -1941)。木子七郎の兄で、父の木子清敬も平安神宮や富士屋ホテル菊華荘の設計を行った建築家です。幸三郎の作品は旧竹田宮邸洋館(現グランドプリンスホテル高輪貴賓館旧小樽区公会堂(現小樽市公会堂)、富士屋ホテル食堂、駐日ローマ法王庁(旧鈴木忠治邸)、東京本願寺(東本願寺東京本院)などがあります。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

旧函館信用金庫本店
元第十二銀行函館支店
1927(昭和2)年ころ
設計 : 木子幸三郎(木子建築事務所)
施工 : 不明
函館市豊川町15‐20
撮影 : 2013.8.29
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by gipsypapa | 2014-02-14 09:52 | 建築 | Trackback | Comments(2)

百石町展示館

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 弘前市に現存する最古の洋風建築。1883(明治16)年に地元の豪商だった宮本甚兵衛が「角三」宮本呉服店として建てた店舗でした。その後、1917(大正6)年に鉄扉を取り付けるなど最小限の改装がなされ、津軽銀行として、のちに青森銀行津軽支店として営業しました。平成13年に弘前市に寄贈され美術展示施設「百石町展示館」になり一般に開放されています。

 煉瓦積みの腰壁の上部は白亜の漆喰塗の土蔵造りで鮮やかな色の対比を構成。その数年前に1,064戸を焼失したという大惨事の弘前大火があり、それを教訓に「燃えない建物を」目指した設計になっています。ギリシャ風のオーダーを立てる玄関ポーチは1917(大正6)年の改修時に造られたもの。

 内部は銀行時代をそのまま残した上質の木製カウンターと大きな円柱を4本並べた華麗な姿を保っていて印象的。設計は宮本甚平衛の自家設計、施工は不明なるも今常吉の説があるとか。当時は珍しい洋風小屋組を採用するなど明治・大正期の建築手法を残す貴重な建物として弘前市指定有形文化財に選ばれた、土蔵造り2階建て。

百石町展示館
旧青森銀行津軽支店
元「角三」宮本呉服店
1883(明治16)年
弘前市指定有形文化財
設計 : 宮本甚兵衛
施工 : 不明
弘前市百石町3-2
撮影 : 2013.8. 27
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by gipsypapa | 2014-01-08 10:15 | 建築 | Trackback | Comments(2)