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車窓から見た五島列島の教会


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五島列島へのキリスト教伝来は、フランシスコ・ザビエルから17年後(1566年)といわれています。近代的な教会が建てられたのは明治初期からですが、歴史的にキリスト教の信仰が厚いところであり、現在も多くの教会があります。↑の写真は「五島の島たび」というHPから借用しました。
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北部、中通島(上五島)周辺。
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南部、福江島(下五島)周辺。

これまで下車して見た教会が、いかに本の一部であるかがわかります。気持ちとしては、少なくとも歴史のある教会は全部見たいのですが、ツアーなので、行きたいところはバス任せです。いくつかの教会はバスの中から眺めるだけで通過しました。そのいくつかをネット写真を借用しながら紹介します。これ以上見たければ、個人的に訪ねるしかありませんが、どう見ても不便そうです。

カトリック水の浦教会
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福江島(下五島)にあるカトリック水の浦教会。ここは鉄川与助の作品なので、下車して見たかった教会です。現存する我が国の木造教会堂としては最大規模のもので、設計者鉄川与助にとってリヴ・ヴォールト天井の教会堂の最後の遺構です。横板張り、重層屋根構成瓦葺きの建物で、会堂内部は三廊式の比較的安定感のある印象です。木造平屋建て。

カトリック水の浦教会
1938(昭和13)年
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県五島市 岐宿町岐宿1644
撮影 : 2015.11.3
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バスから見えるのはここまでがやっとです。以下の写真はネットから借用しました。
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カトリック跡次教会
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国道からすぐの山手の緑のに映える白い外壁が美しい教会。創建は1914(大正3)年と古い教会ですが、現在の聖堂は最近建替えられたものです。鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

カトリック跡次教会
1984(昭和59)年
設計・施工 : 不明
長崎県南松浦郡新上五島町跡次
撮影 : 2015.11.3
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以下はネットから。
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カトリック冷水教会
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冷水(ひやみず)教会は明治時代に建てられた素朴な木造で、丸尾郷出身の鉄川与助(てるかわ よすけ)が棟梁となって初めて手掛けた教会。内部構造は三廊式のリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。木造平屋建て。

カトリック冷水教会
1907(明治40)年
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町網上郷623-2
撮影 : 2015.11.3
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遠景だし、バスも止まらず通過して今いました。以下はネットにあった写真です。
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by gipsypapa | 2017-04-12 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

頭ヶ島天主堂


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頭ヶ島天主堂(かしらがしまてんしゅどう)は五島列島中通島(上五島)の東方にある長径2km余の小島にあります。島の北側にある入り江に面し、山裾の一段高い位置に建っていて、天主堂の周辺には,石造の門や石垣,石段などが当時のまま残っています。

聖堂は鉄川与助(てつかわ よすけ)の設計・施工により、明治43年に着工,10年を費やして大正8年に竣工したものです。ロマネスク調の教会堂で、平面は単廊式。天井はアーチやヴォールトを用いず、二重持送りのハンマー・ビーム架構で支えられています。

小規模ながら貴重な石造りで,内外とも斬新な意匠。長崎を中心に数多く残る離島,辺地の教会堂のなかでも傑出した遺構として,国の重要文化財に指定された石造り平屋建て。

頭ヶ島天主堂
1919(大正8)年
重要文化財
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町友住郷638番地1
撮影 : 2015.11.4
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主任司祭は常駐しておらず、カトリック鯛ノ浦教会の巡回教会になっています。
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ネット情報によれば、上五島に属する頭ヶ島は、1859年頃から入植が始まり、役人の目もあまり届かないことから、潜伏キリシタンが増えたとか。
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1867年以降、上五島には長崎から密かに外国人神父が訪れるようになるが、翌年にはキリシタン弾圧「五島崩れ」が起きました。頭ヶ島でも主だった信者が拷問を受け、島民全員が島を一時脱出したそうです。
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大崎八重神父の指導により、近くの島から切り出した石を、信者らが船で運び組み立てたそうです。
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ちなみに今、頭ヶ島は橋で上五島とつながっていて、車で来ることができますが、当時は小船で石を運んだでしょうから、着工から10年かかったのは仕方がありません。
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窓が開放されていたので、外からも内部が見えます。
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以下の内部写真はネットから。
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ハンマービームを多用した船底のように複雑な折上天井です。
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随所にツバキの花柄文様があしらわれているので「花の御堂」とも呼ばれるとか。
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このような斬新な意匠と構造を設計した鉄川与助の実力に脱帽です。
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世界遺産登録を目指している「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ「頭ヶ島の集落」にあります。
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敷地のそばにあるキリシタン墓地。
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天主堂と周辺環境が一体となって良好な風致を形成しているのが、世界遺産へ応募する理由です。


by gipsypapa | 2017-04-11 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック鯛ノ浦教会

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鯛ノ浦教会は上五島における布教の中心として明治14年(1881)に設立されました。明治 36 年(1903) に、フランス人のペルー神父の指導により場所を現在地に移して教会堂を造り替えたのが現在の旧聖堂です。鉄川与助(てつかわ よすけ)が設計や建設に関わったそうです。

1979(昭和54)年に、新しい天主堂が出来てからは図書室その他宗教教育施設として使われています。旧聖堂は木造の単層屋根構成桟瓦葺き、外壁は下見板張りです。戦後すぐ、正面に煉瓦造りの鐘塔を増設する改造が行われました。聖堂の内部は三廊式で、見事なリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。木造瓦葺き平屋建て。

カトリック鯛ノ浦教会旧聖堂
903(明治36)年 / 1946(昭和21)年増築
設計 : ペルー神父(指導)か(旧聖堂)
      鉄川与助(増設部)
施工 : 野原棟粱、鉄川与助副棟梁(旧聖堂)
      鉄川与助(増設部)
長崎県南松浦郡新上五島町鯛ノ浦326
撮影 : 2015.11.3
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ネット情報では、「戦後の改造時に窓枠の裏側に鉄川与助の墨書が見つかったと伝えられているが、この旧聖堂の建設時には鉄川与助は副棟梁的な立場で建設に関わっていたようである。」とあります。
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正面に増設された鐘楼は長崎の原爆で壊された旧浦上天主堂の煉瓦が使われているそうです。
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「おじいちゃんが建てた教会」という与助のお孫・鉄川さんのホームページにも作品リストにも旧聖堂は明治36年に野原棟粱施工とあり、昭和21年の増設部は鉄川与助の施工と記載されています。
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敷地にあるマリア像を祀ったルルドがここにも。
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詳細はわかりませんでした。
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新しい天主堂が建ったので、この旧聖堂は役目を終えました。図書館などに使われていて、内部は撮影可能です。
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この旧聖堂は木造ですが、屋根組みはリブ・ヴォールト(こうもり)天井。
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手前の現代的な建物が新しい天主堂です。
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by gipsypapa | 2017-04-10 08:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック青砂ヶ浦教会

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青砂ヶ浦天主堂(あおさがうらてんしゅどう)は五島列島の主要五島の最北に位置する中通島北部にあります。明治43年の竣工で、設計施工は長崎県を中心に九州地方北部に数多くの教会堂を手がけた鉄川与助(てつかわ よすけ)です。

重層構成の教会堂で、聖堂内部は三廊式バシリカ型という形式で、木造の円柱で身廊と側廊に区切った、リブ・ヴォールト(こうもり)天井になっています。日本人設計者の手で建設された煉瓦造教会堂の最初期のもので,かつ教会堂建築の基本である重層屋根構成にもとづく外観や内部空間が形成されるようになった初めての例で,価値が高いとして国の重要文化財に指定されました。躯体は煉瓦造り、内部構造は木造の平屋建て。

カトリック青砂ヶ浦天主堂
1910(明治43)年
重要文化財
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷1241
撮影 : 2015.11.3
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西側正面は3層に区切りられ、バラ窓や縦長のアーチを見せています。
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正面入口左右には柱頭にコリント式と思われる葉形装飾のある円柱があり、その上部は、多分テラコッタ製の尖頭アーチになっています。
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外壁はイギリス積の煉瓦。
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以下、内部写真はネットから借用しています。
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見事なリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。
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外観・内部とも全体に均整のとれた構成です。また細部の意匠も優れています。
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地元では五島を世界遺産の島に~長崎の教会群とキリスト教関連遺産~の運動が続いています。

by gipsypapa | 2017-04-08 08:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)

熊本市のカトリック手取教会

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 熊本に一泊しましたが、前日の夜到着し、この日の夕方には大阪へ戻らねばなりません。主目的はヴォーリズを訪ねることでしたので、他の近代建築はまったく調べずに出かけました。朝、ヴォーリズの建築を訪問しようとホテルを出ると、泊まったホテルの横に素晴らしい教会を発見。これが手取教会でした。

 
 写真を撮って帰って調べると、なんと以前から興味のあった鉄川与助(明治12~昭和51)の教会だったのです。彼の作品は雑誌太陽別冊の「日本の教会をたずねて」を見て、いつかは訪れたいと思っていました。ただ彼の作品はかつての隠れキリシタン集落の教会を数多く手掛けており、そのため長崎県の五島や平戸、熊本県の天草といった地方に作品が集中しています。なかなか簡単には行けないのです。

 
 そう思っていたところ偶然に熊本の中心街で最初の出会いが実現しました。 熊本の繁華街の真っ只中にある、与助にとっては初の鉄筋コンクリート造の教会だといわれます。

 
 なお、鉄川与助についてはお孫さんのHP↓をご覧ください。与助は自分の建設会社を持っていたので設計から施工まで一貫して請け負うことが可能であり、そのため単に建築家と言うより棟梁建築家と呼んだ方がふさわしいでしょう。
http://www1.odn.ne.jp/tetsukawa/
 

カトリック手取教会天主堂
1928(昭和3)年
設計、施工 : 鉄川与助
熊本県熊本市上通町3-34
撮影 : 2007.4.1
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 正面中央に方形平面の鐘塔を設け、その頂部には独特の八角ドーム屋根があります。外壁面には石造を模した溝がありました。
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 正面エントランス。
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 正面入口の左右と会堂側面には柱間毎に上部円形アーチ形縦長窓が配置され、会堂中程には左右脇出入口が簡単な切妻屋根を架し設けられています。
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 残念ながらこの日は小雨模様。雨脚が強くなって走る神父さん。(^^) 左側に見えるのは聖マリア学院の建物。
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 教会の裏にも木造のレトロな建物があります。
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 堂内は淡い色彩に包まれ繊細な雰囲気を特っています。天井が特に印象的です。
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 正門には聖マリア学院の表札。桜が咲いていい季節なのですが、雨が残念。小規模とは言え都市中心部にあって、訪れる人に安らぎを与える空間でした。
by gipsypapa | 2007-04-10 14:30 | 建築 | Trackback | Comments(0)