タグ:観光 ( 133 ) タグの人気記事

城崎温泉の外湯めぐり

c0112559_8132621.jpg
 城崎温泉の外湯は、さとの湯、一の湯、御所の湯、まんだら湯、地蔵湯、柳湯、鴻の湯の七湯です。加盟旅館の宿泊者は無料で利用できますが、外来客はそれぞれ600~800円の入湯料を払うか、1200円の入り放題のいずれかになります。

 温泉郷にある7ヶ所の外湯では浴衣の模様で旅館がわかるので、退出時にはその旅館の下駄を差し出す下足番がいました。

 これらの外湯は建物的には新しいものばかりですが、前代の一の湯とまんだら湯の設計者は、歌舞伎座、鳩山邸、明治生命館などを手掛けた、岡田信一郎だったようです。今の建物は建て替えられたものですが、オリジナルの意匠を継承しているようです。

城崎温泉の外湯めぐり
豊岡市城崎町
撮影 : 2014.10.26-27

では、それぞれの外湯を紹介します。説明文は城崎観光協会のHPから引用しました。

駅舎温泉 さとの湯
豊岡市城崎町今津290−36
c0112559_821092.jpg

ふれあいの湯
1,400年前より温泉が湧き続ける城崎では古くから心身を癒す風土が育まれ受け継がれています。そんな城崎らしさに現代性をプラスして誕生したのが「さとの湯」。
エキゾティックな雰囲気が漂いハーブの香りや滝の音に満ちた不思議な空間です。
悠々と流れる円山川や自然を眺めながら、ごゆっくりお過ごしください。
c0112559_82201.jpg
c0112559_8221288.jpg
c0112559_8222353.jpg
c0112559_8223229.jpg


一の湯
豊岡市城崎町湯島415−1
c0112559_8234364.jpg
合格祈願・交通安全、開運招福の湯
江戸中期温泉医学の創始者後藤艮山の高弟香川修徳がその著「薬選」の中で当時新湯といったこの湯を、天下一と推賞したことから名づけられた。横の小庭の「海内第一泉」の碑は近代温泉学の権威、藤浪博士の書である。桃山様式の歌舞伎座を思わせる建物で町の中央に位し、名実共に城崎温泉の象徴といってよい。
c0112559_8244322.jpg
c0112559_8245751.jpg
c0112559_82587.jpg
c0112559_8251917.jpg
c0112559_8253161.jpg
c0112559_8254321.jpg
c0112559_8255411.jpg
c0112559_826441.jpg
c0112559_8262619.jpg


御所の湯
豊岡市城崎町湯島448
c0112559_8274019.jpg
火伏防災・良縁成就、 美人の湯
南北朝時代の歴史物語「増鏡」に文永四年(1267年)後堀河天皇の御姉安嘉門院が入湯された記事がある、御所の湯の名はこれに由来する。江戸時代、西隣に陣屋がおかれ「殿の湯」または「鍵の湯」と呼ばれた湯があったが、明治になって、御所の湯に合せられた。京都御所を彷彿とさせる現在の建物は平成17年7月に四所神社となりに新築移転した。
c0112559_8282198.jpg
c0112559_8283274.jpg
c0112559_8284323.jpg
c0112559_8285460.jpg
c0112559_829647.jpg
c0112559_829163.jpg
c0112559_8292624.jpg


まんだら湯
豊岡市城崎町湯島565
c0112559_8304854.jpg
商売繁盛・五穀豊穣、一生一願の湯
養老元年(717年)温泉寺開祖道智上人の曼陀羅一千日祈願によって湧き出たのでこの名がある。その後八百年を経た頃、にわかに沸きあがって熱湯となったが、折よく来あわせた京都の僧日真上人が曼陀羅を書いて泉底に沈め、修法の結果数日にして適温に復したという。
前庭の碑はこの由来を書いたものである。 屋根は仏縁にちなんで御堂を模し、入口は唐破風、山すその緑に包まれて清楚な趣をもっている。

地蔵湯
豊岡市城崎町湯島796
c0112559_8315560.jpg
家内安全・水子供養、衆生救いの湯
江戸時代、村民多数の入浴が見られ里人の外湯として親しまれていた。
この湯の泉源から地蔵尊が出たのでこの名があり、此来庭内に地蔵尊をまつっている。
外観は和風とうろう、六角形の広い窓は玄武洞をイメージしており、外湯中一番モダンな建物である。
c0112559_8323779.jpg
c0112559_8325128.jpg


鴻の湯
豊岡市城崎町湯島610
c0112559_8335434.jpg
夫婦円満・不老長寿、しあわせを招く湯
舒明天皇の御代(1400年前) こうのとりが足の傷をいやしたことから発見されたといういわれにもとづいて名づけられた、山の湯風をとり入れた素朴な様式の建築で町の奥深く街路から離れた閑静な湯で、散策をかねた入浴に適している。

柳湯
豊岡市城崎町湯島647
c0112559_8345293.jpg
子授安産、子授けの湯
中国の名勝西湖から移植した柳の木の下から湧き出たというのでこの名がある、以前はこの裏側にあり、外傷やはれものに著効があったといわれる。

 実際に入浴したのは一の湯と御所の湯の二つです。いずれも超満員。芋の子を洗うような、というのがぴったりの込みようでした。その時は日曜日の夕刻です。一番空いていると思う日なのですが、なぜ?
 旅行者ばかりなのでしょうが、最近は宿泊費が割高な金曜日と土曜日を避け、同じ有給休暇をとるなら月曜日に、という風になったのかもしれません。それとも外国人客か?
 この日は10月なので、カニの解禁日前。それでこれなら、11月になったらもっと増えるのでしょう。いずれにしろ、予想以上の人気。結構なことです。
by gipsypapa | 2015-04-12 08:47 | | Trackback | Comments(2)

城崎の温泉街

c0112559_99090.jpg
 秋の旅行に2泊3日で北近畿に出かけました。まずは最初の宿泊地の城崎温泉です。

 城崎温泉(きのさきおんせん)は、兵庫県豊岡市城崎町(旧城崎郡城崎町)にある温泉で、平安時代から1300年の歴史があります。昨年はある号泣兵庫県会議員が何度も訪れたことで全国的に知られた町でもあります。

 基本的に中心を流れる大谿川(おおたにがわ)沿いにある七湯の外湯めぐりが主体の温泉ですが、木造の和風旅館が連なって町並みを形成し、浴衣を着て下駄を履くのが正装と言われ、古き温泉街の情緒を残しています。

城崎温泉の温泉街
豊岡市城崎町
撮影 : 2014.10.26-27
c0112559_9103569.jpg
c0112559_9104943.jpg
c0112559_911217.jpg
c0112559_9111546.jpg
c0112559_9112997.jpg
c0112559_9114012.jpg
c0112559_911534.jpg
c0112559_912825.jpg
c0112559_9121849.jpg
c0112559_9122944.jpg

by gipsypapa | 2015-04-11 09:14 | | Trackback | Comments(2)

京都の島原住吉神社

c0112559_1015823.jpg
 島原住吉神社(しまばらすみよしじんじゃ)は島原の鎮守社で、島原中堂寺町の住吉屋太兵衛宅に祀られていた住吉大明神が始まりだそうです。1732(享保17)年に大な境内を伴って社が建立されました。1999(平成11)年に社殿、拝殿が改修され、新たに社務所も建設されたそうです。

島原住吉神社
1732(享保17)年 / 1999(平成11)年改修
設計・施工 : 不明
京都市下京区西新屋敷下之町1−6
撮影 : 2014.9.30
c0112559_1023623.jpg
c0112559_1024666.jpg
c0112559_1025616.jpg
c0112559_103761.jpg
 摂社の幸天満宮(さいわいてんまんぐう)です。かつては揚屋町の会所にあったのですが、1734(享保19)年に住吉神社に遷座したとあります。
c0112559_1033955.jpg
c0112559_1035082.jpg

by gipsypapa | 2015-04-06 10:04 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都島原の輪違屋

c0112559_85473.jpg

c0112559_865837.jpg こちらは揚屋です。輪違屋(わちがいや)は、現在も営業されている花街島原の置屋兼お茶屋で、当時を伝える貴重な文化遺産といえます。

 創業は1688(元禄元)年。置屋「養花楼」として始まりました。1872(明治5)年からお茶屋を兼業。かつては芸妓等も抱えていましたが、現在は太夫のみを抱え、太夫の教育の場であり、また、宴席の場として営まれています。明治初期まではここに住む太夫が揚屋まで行く道中が見られたはずです。

 現在の建物は江戸末期、安政4年に再建されたもので、1971(明治4)年にはほぼ現在の姿となったそうです。表に「観覧謝絶」の札(いわゆる「一見さんおことわり」)の札があります。京都市指定有形文化財の木造2階建て。

輪違屋
1857(安政4)年 / 1871(明治4)年改築
京都市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
京都市下京区西新屋敷中之町120-1
撮影 : 2014.9.30











c0112559_872317.jpg
c0112559_874914.jpg
c0112559_88133.jpg
c0112559_881365.jpg
c0112559_88248.jpg
c0112559_883443.jpg
c0112559_88449.jpg
c0112559_885398.jpg
c0112559_8939.jpg
c0112559_891783.jpg
c0112559_893264.jpg
c0112559_894366.jpg
c0112559_895455.jpg
c0112559_81063.jpg
c0112559_8101883.jpg
c0112559_81029100.jpg
c0112559_8104033.jpg
c0112559_811169.jpg
c0112559_8111682.jpg
 極端に急な階段。太夫は重い着物でここを上り下りしたのでしょうか。
c0112559_8112976.jpg
c0112559_8114276.jpg
 2階の「傘の間」の襖には実物の道中傘が貼りこんでありますが、撮影禁止です。↑は仕方なく入場券をスキャンしたものです。ちなみにの傘に「高」の文字が入っているのは、当主の姓が「高橋」だったということに由来するとか。
c0112559_814787.jpg
 お庭がありますが、揚屋ではないので、坪庭といえる規模でした。
c0112559_814433.jpg
 なぜかマリア像が彫り込まれたキリシタン灯篭がありました。
c0112559_8154665.jpg
c0112559_816422.jpg
c0112559_8161931.jpg
c0112559_8163967.jpg
c0112559_8165458.jpg
c0112559_817826.jpg
c0112559_8172386.jpg
c0112559_8173961.jpg
c0112559_8175246.jpg

by gipsypapa | 2015-04-03 08:23 | 建築 | Trackback | Comments(0)

京都の島原大門

c0112559_983824.jpg
 「京の夏の旅 文化財特別公開」の最終日。一度行ってみたかった京都の花街、島原へ行きました。

 島原は1641(寛永18)年に六条三筋町から移されたわが国最初の公許の花街です。京都には上七軒、祇園甲部、祇園東、嶋原、先斗町、および宮川町の6つの花街があり、これらを総称して京都の六花街と呼ぶことがあるそうで、嶋原は旧名です。

 街の周囲を塀と堀で囲み、大門を一か所に設ける当初の構成は、江戸の吉原がここに倣ったといわれ、遊里を隔離し、遊女を疎外するように作られていました。

 島原大門(しまばらおおもん)は、京都の花街である島原の東入口にあたる高麗門形式の大門で、1854年(嘉永7)年の大火で島原の東側は大半が類焼しており、このとき門も焼失したとか。大火後、門は再建されましたが、1867(慶応3)年に再び建て替えられたものです。

 1867年といえば、大政奉還の年。政争たけなわの京都でも、花街では門が建て替えられていたわけです。京都市の登録有形文化財。

島原大門
1867(慶応3)年
京都市登録有形文化財
設計・施工 : 不明
京都市下京区薬園町150
撮影 : 2014.9.30
c0112559_91038.jpg
c0112559_9101311.jpg
c0112559_9102375.jpg
c0112559_9103991.jpg
c0112559_910516.jpg
 前には「出口の柳」が植えられ「さらば垣」があり、今も当時の趣を伝えており島原の由緒を伝える地域の文化財として貴重です。
c0112559_9113586.jpg
c0112559_9114673.jpg
 本柱上の屋根のほかに後方の控柱上にも小屋根を載せた、いわゆる高麗門という形式です。
by gipsypapa | 2015-04-01 09:17 | 建築 | Trackback | Comments(0)

上賀茂伝統的建造物群保存地区

c0112559_13363377.jpg
 梅辻家や西村家のある一角は国の伝統的建造物群保存地区になっています。上賀茂神社の境内を流れる清流「ならの小川」が境内を出ると明神川と名を変えて東に流れます。道路脇を流れる明神川に沿って,神官の屋敷である社家が建ち並んでいます。主屋とこれを囲む門,土塀,庭園が静寂な環境を造る美しい町並みです。

 室町時代からの門前集落で、明治以降に多くの社家町が京都の近郊農村的性格を徐々に強め,社家町の性格は薄らいでいったなか、ここ明神川沿いには今日も社家が旧来のまま清々しく残っていました。

上賀茂伝統的建造物群保存地区
京都市北区上賀茂北大路町39付近
撮影 : 2014.9.12
c0112559_13372386.jpg
c0112559_13373629.jpg
c0112559_13374940.jpg
c0112559_1338293.jpg
 明神川沿いに京都らしい料亭などが並んでいます。
c0112559_13384756.jpg
御すぐき處 なり田
京都市北区上賀茂山本町35
c0112559_13392697.jpg
c0112559_13393896.jpg
京料理 さくらい
京都市北区上賀茂山本町39
c0112559_13402061.jpg

いせき
 角地にある大きな屋敷は,通りに面して土塀をめぐらせています。「いせき」の看板がある井関家も代々上賀茂神社につかえていた社家だそうです。主屋は,江戸時代後期の建築と推定され,鳥居形の内玄関と式台を並べ,社家住宅としての外観を備えているとか。

いせき(井関家住宅)
江戸後期 / 明治後期
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂北大路町1 ‎
c0112559_13413049.jpg
c0112559_13414186.jpg
 主屋の中央には明治後期に増築された望楼風の3階建てがあり,道路からその威容を見ることができます。現在は手作りの香袋・匂い袋の店「いせき」になっています。
c0112559_13433495.jpg
 明神川の畔にある藤木社(ふじのきのやしろ)。上賀茂神社の末社で、明神川の守護神として信仰されてきました。後の大木は楠(くす)の木で、樹齢推定五百年といわれ、この地のシンボルになっています。
by gipsypapa | 2015-03-14 13:45 | | Trackback | Comments(2)

女満別から帰路へ

ウトロを出て、女満別空港へ向かいました。2年前は空港バスを利用して通ったので、気になったところも車窓からしか見ることができませんでした。今回は停車しながらそれらを見ていきました。
撮影 : 2014.8.28

オシンコシンの滝
c0112559_8102249.jpg
 ウトロの中心から少し南下したところにあるオシンコシンの滝は、北海道斜里郡斜里町のチャラッセナイ川の河口付近にある日本の滝百選にも選ばれた滝。標高は70メートルで落差は50メートルです。
c0112559_8111220.jpg
c0112559_8114489.jpg
c0112559_812840.jpg
c0112559_8122970.jpg
 知床半島を出て網走方面に向かいます。ヨーロッパのような風景が続きます。

濤沸湖
c0112559_8135290.jpg
 濤沸湖(とうふつこ)は、網走市と小清水町にまたがり、オホーツク海とつながる汽水湖です。網走国定公園に含まれ、ラムサール条約に登録されています。

小清水原生花園
c0112559_8155094.jpg
 北海道斜里郡小清水町にある砂丘上の草原地帯に広がる原生花園です。網走国定公園の一部で、オホーツク海と濤沸湖の間に形成された細長いエリアに約40種類の野花が原生しているとか。北海道遺産に選定されています。
c0112559_817216.jpg
 国道244号線と濤沸湖の間の草原にぽつんと建っている大きな東屋のような建物は展望牧舎です。
c0112559_8171732.jpg

c0112559_8204487.jpg
c0112559_821027.jpg
c0112559_8211690.jpg

c0112559_8244149.jpg
c0112559_825366.jpg
 草原には馬が放牧されています。夏場だけですが、草原全体で50頭ほどの馬がいるそうです。
c0112559_825203.jpg
c0112559_8253772.jpg
c0112559_8255539.jpg
c0112559_8261121.jpg
 さらに北上して網走市の郊外を走って女満別空港へ向かいました。北海道らしい風景が続きます。
c0112559_8264849.jpg
c0112559_827638.jpg
c0112559_8272071.jpg
 これで北海道編を終わり、次回からは関西に戻ります。
by gipsypapa | 2015-03-07 08:31 | | Trackback | Comments(2)

知床半島のウトロへ再び

c0112559_9474475.jpg
 知床半島東岸の羅臼から山越えをして反対側のウトロへ。道東の天気は変わりやすいです。山越えの途中はまたまた濃霧と寒さ。
撮影 : 2014.8.27

知床五湖
c0112559_950555.jpg
 知床五湖
北海道斜里郡斜里町遠音別村。2年前も訪ねましたが、熊の出現で下界を歩くことができずに、一湖まで高架木道を歩いただけでした。
c0112559_9505419.jpg
 小雨模様です。傘を差しながら原生林に囲まれてたたずむ幻想的な5つの湖を回りました。
c0112559_10183235.jpg
五湖から一湖に向けて歩きます。
c0112559_951433.jpg
c0112559_9515495.jpg
c0112559_9522198.jpg
c0112559_9523436.jpg
c0112559_9524584.jpg
c0112559_9525962.jpg
c0112559_9531028.jpg
c0112559_95325100.jpg
c0112559_9534171.jpg
c0112559_9535426.jpg
c0112559_9541583.jpg
c0112559_9543296.jpg
c0112559_9544976.jpg
c0112559_9551351.jpg
c0112559_9552631.jpg
c0112559_9555042.jpg
c0112559_956317.jpg
c0112559_9562423.jpg
c0112559_9564710.jpg
 去年歩いた高架木道に来たころには、天気が良くなってきました。
c0112559_957346.jpg
c0112559_957512.jpg


ウトロ崎灯台とフレベの滝
c0112559_1014766.jpg
 北海道斜里郡斜里町遠音別村岩宇別531。次に立ち寄ったのは知床自然センター。
c0112559_1023445.jpg
c0112559_1025188.jpg
c0112559_103162.jpg
 センターからフレペの滝の展望台までは片道約1kmの遊歩道が続いています。
c0112559_1042743.jpg
 断崖に近づいてくると、入り江の強風によって木々の成長が妨げられた草原に出ます。
c0112559_10551378.jpg

c0112559_1124190.jpg

 チカポイ岬に設置された展望台から滝の流れ落ちる広大なオホーツク海が目の前に臨める絶景です。
c0112559_1055332.jpg
 フレベの滝は高さ約100mの切り立った断崖の途中から山々から流れてきた地下水が染み出し、海へと直接流れ落ちる滝です。
c0112559_1072310.jpg
  ウトロ崎灯台です。
c0112559_1074239.jpg

 断崖にいたエゾシカの夫婦。二組見ました。
c0112559_1113724.jpg
c0112559_1115539.jpg
c0112559_1121168.jpg


知床世界遺産センター(道の駅うとろ)
c0112559_10103056.jpg
c0112559_10104736.jpg
c0112559_1011695.jpg
c0112559_10112510.jpg
c0112559_10114248.jpg
 この日の宿は知床グランドホテル 北こぶし。北海道斜里郡斜里町ウトロ東172
c0112559_10124294.jpg

c0112559_10125721.jpg
 ビュッフェスタイルの夕食は、2年前に経験済みで、豪華絢爛でした。今回ここを選んだのもそれが理由でしたが、羅臼で書いたように、今年はイクラが不漁のためありません。
by gipsypapa | 2015-03-06 10:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)

羅臼から国後島を望む

c0112559_8592619.jpg
 阿寒湖を出て、ひたすら東へ向かい、知床半島の東側にある羅臼(らうす)へ向かいました。羅臼は海の幸もあって有名だと思いますが、思ったより小さな町でした。西側のウトロに比べると観光客も少なめな印象です。
撮影 : 2014.8.26 & 27
c0112559_8595877.jpg
c0112559_901258.jpg
道の駅 らうす深層館
北海道目梨郡羅臼町本町361-1
 唯一、人だかりのあるロケーションです。
c0112559_905555.jpg
c0112559_911765.jpg
c0112559_912752.jpg
 お昼はその中にある知床食堂で海鮮どんぶり。
c0112559_92011.jpg
c0112559_92133.jpg
 羅臼の町並みです。パチンコ屋は健在のようです。
c0112559_941387.jpg
c0112559_944438.jpg
 裏山に登りました。水平線に見えるのが国後島です。
c0112559_945541.jpg
羅臼国後展望塔
北海道目梨郡羅臼町礼文町32-1
 小高い山の中腹に展望塔があります。羅臼町から北方領土の一つである国後島(くなしりとう)までは約25kmしか離れていません。天気の良い日は国後島の建物まで見えるそうです。ご存知のようにロシアに占拠されている北方領土最大の島。早く返してね。
c0112559_955412.jpg
c0112559_963021.jpg
c0112559_965572.jpg
c0112559_97840.jpg
c0112559_98395.jpg
 この日は「羅臼の宿まるみ」に泊まりました。
c0112559_984522.jpg
 ホエールウォッチングの船が出るらしいのですが、時間がありません。
c0112559_910156.jpg
c0112559_9102854.jpg
 羅臼といえば海の幸。特にイクラのてんこ盛りに期待していましたが、この時は不漁だとかで、食卓に出てきませんでした。道の駅にはあったのにな・・・・
これは次に泊まったウトロでも同じでした。2年前のウトロではお代わり自由でした。残念。
c0112559_9113583.jpg
c0112559_9115029.jpg

知床旅情 作詞・作曲:森繁久彌 をどうぞ。
1.
知床の岬に はまなすの咲くころ
思い出しておくれ 俺たちのことを
飲んで騒いで 丘にのぼれば
遥か国後に 白夜は明ける

2.
旅の情か 酔うほどに さまよい
浜に出てみれば 月は照る波の上(え)
君を今宵こそ 抱きしめんと
岩かげに寄れば ピリカが笑う

3.
別れの日は来た ラウスの村にも
君は出て行く 峠を越えて
忘れちゃいやだよ 気まぐれカラスさん
私を泣かすな 白いかもめを
by gipsypapa | 2015-03-05 09:19 | | Trackback | Comments(2)

道東の湖巡り

c0112559_13134233.jpg
 釧路で1泊した翌日は、レンタカーで北へ向かいました。旅行はできるだけ鉄道や路線バスを利用するのが好きなのですが、2年前の道東旅行で、この方面は車がないと行動範囲に制限があるのを実感したのです。

もう見たいレトロ建築はありません。ひたすら自然にひたる旅です。
撮影 : 2014.8.25 & 27
c0112559_13143047.jpg
 釧路川沿いを北上しています。
c0112559_1315182.jpg
 車の数が少なく、道路が整備されているので、無意識のうちにスピードが出てしまいます。

摩周湖
c0112559_1316598.jpg
 北海道川上郡弟子屈町。裏摩周湖の展望台に来ました。日本でもっとも、世界ではバイカル湖についで2番目に透明度の高い湖ですが、霧が濃くて何も見えません。
c0112559_131656100.jpg
c0112559_13175514.jpg
c0112559_1318894.jpg
 さすが霧の摩周湖。しかも8月というのに寒い。早々に退散です。

神の子池
c0112559_13195976.jpg
 北海道網走管内斜里郡清里町。2年前に網走に行ったときにタクシーの運転手さんのお勧めスポットだったところです。前回は時間がなく断念したので、今回行ってみました。摩周湖の北側、国道1115線を左折して細い未舗装の小道を入っていきます。
c0112559_1321418.jpg
c0112559_13212022.jpg
c0112559_13213282.jpg
c0112559_13223696.jpg
 水の透明度が高く、池に沈んだ倒木が水の底に横たわる姿がはっきりと見えます。水面がエメラルドブルーに見え、神秘的な雰囲気です。
c0112559_1323443.jpg
c0112559_13232365.jpg
 結果的にこの日では、ここが一番よかったです。

屈斜路湖
c0112559_13242730.jpg
 北海道川上郡弟子屈町。ひたすら北上して網走管内まで行った後、ほぼUターンして阿寒湖の西側の道路を南下。屈斜路湖畔にきました。
c0112559_13275191.jpg
 屈斜路湖はカルデラ湖として日本最大、世界でも第2位の大きさです。
c0112559_13285448.jpg
c0112559_1329994.jpg
 火山地帯なので、周囲には火山や温泉が多数あります。湖岸を掘ると湯が湧き出す砂湯は観光名所となっています。とはいえ、生暖かい程度でした。
c0112559_13325475.jpg

c0112559_13301316.jpg
 トイレのガラスにへばりついている蛾は見たことがない種類です。

弟子屈町屈斜路コタンアイヌ民俗資料館

c0112559_13332138.jpg
 北海道川上郡弟子屈町屈斜路市街1条通11番地先。1982年にオープンした資料館で、屈斜路湖畔のコタンにあります。建物は釧路市生まれの建築家で、釧路編で紹介した釧路フィッシャーマンズワーフMOOも手掛けた毛綱毅曠(もづな きこう1941 -2001)の設計。
c0112559_1334317.jpg
c0112559_13341560.jpg
c0112559_13343880.jpg
c0112559_13345421.jpg
c0112559_13351857.jpg
c0112559_13353194.jpg
 常設展示にはアイヌ民族の生活や歴史に関連した450点の収蔵品が展示されていて、またアイヌの歴史を紹介するビデオの上映も行われています。
c0112559_1336421.jpg
c0112559_1336178.jpg
c0112559_13363012.jpg


阿寒湖
c0112559_13373740.jpg
 北海道釧路市阿寒町。この日の宿泊は阿寒湖温泉です。
c0112559_13382991.jpg
c0112559_13384475.jpg
c0112559_13391111.jpg
c0112559_13404490.jpg
 阿寒湖は全域が阿寒国立公園に含まれ、道東を代表する観光地です。北海道で5番目に大きい淡水湖。阿寒湖といえばマリモが有名でマリモ展示観察センターまで船で行けるそうですが、時間がありません。
c0112559_13395074.jpg
 泊まったのは阿寒湖温泉 阿寒の森鶴雅リゾート「花ゆう香」。夕暮れの散歩のあとは食べるくらいしかすることがありません。
c0112559_13405789.jpg
c0112559_13411734.jpg
c0112559_13413283.jpg
c0112559_13415145.jpg
c0112559_1342540.jpg
c0112559_13422135.jpg
c0112559_13423556.jpg
c0112559_13424899.jpg
c0112559_1343314.jpg
 温泉に入った後は・・
c0112559_1344235.jpg
c0112559_13432681.jpg
c0112559_13434069.jpg
 食べて寝るだけです。
by gipsypapa | 2015-03-04 13:51 | | Trackback | Comments(4)