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岐阜市の宮田土地事務所

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 加納桜道に広い敷地のある和風住宅がありました。趣のある敷石の門の廻りがいいですね。北側には蔵がある旧家ですが、宮田土地事務所という表札が見えました。

宮田土地事務所
詳細不明
岐阜市加納桜道2-1
撮影 : 2014.5.21
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 これもストリートビューで。 ↓
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清水緑地
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 加納大石町付近に流れる清水川沿いにある緑地公園です。岐阜市は水の町でした。
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 これで岐阜編を終わります。次回から京都です。
by gipsypapa | 2014-11-03 16:11 | 建築 | Trackback | Comments(2)

岐阜市の市街地を歩く

 徐々に市街の中心部へ向かっています。
撮影 : 2014.5.20

蚕糸会館
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 旧岐阜県庁舎の一筋南の道を西へ向かって歩くと面白いビルがあります。今どき「蚕糸」という言葉は見聞きすることがなくなりました。

 調べると大日本蚕糸会のHPがあり「財団法人大日本蚕糸会は、1892年(明治25年)に任意法人として創設され、1942年には財団法人となりました。蚕糸、絹に関する基礎科学および応用技術の研究を行い、あわせて科学・技術を助長振興し、かつ蚕糸絹業の改良発達を図り、社会文化の向上発展に寄与することを目的としています。」とのことでした。まだ日本の各地にあるようです。建物の詳細は不明ながら、戦後の建物であるのは間違いなさそうです。鉄筋コンクリート造り5階建て。

蚕糸会館
詳細不明
岐阜市美江寺町2-1
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徹明通の商店建築
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 南に下って国道157号線を西に。この通りは徹明通(てつめいどおり)と呼ばれ、北側のアーケード越しに4階から5階建ての似たようなビルが並んで、独特な雰囲気を作っています。

徹明通の商店建築
岐阜市徹明通2 付近
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 通りの反対側(南側)は少しさびしい。捨てられた屋台がありました。

岐阜問屋町
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 JR岐阜駅前にあり、アパレル企業が密集する地区。戦後に北満州からの引き揚げ者たちが中心となってバラック小屋を作り、古着や軍服などの衣料を集めて売っていました。これはハルピン街とよばれた、岐阜問屋街の始まりとなったそうです。

 また、昭和23年頃からは、古着ばかりでなく、布を一宮や羽島から仕入れ、新しい服を作って売るという、岐阜の既製服産業(アパレル産業)が始まりました。

 現在は再開発が進められていますが、一角には昭和レトロな雰囲気の商店街が残っています。

岐阜問屋町
問屋町3・4丁目付近
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by gipsypapa | 2014-10-29 09:31 | | Trackback | Comments(2)

御鮨街道を歩く

 大通りの長良橋通りから南北に通る狭い道に入ります。御鮨(おすし)街道と呼ばれる街道です。
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 ネット情報では、尾張藩が毎年長良川でとれた鮎の御鮨を江戸幕府に献上していました。その際、東海道の宮宿で中継して運ばれた道なので、御鮨街道と呼ばれるようになったそうです。将軍に献上される鮎鮨は、岐阜街道から美濃路に入り、東海道を経由して運ばれましたが、御鮨街道と呼ばれたのは笠松まで。笠松では鮎鮨街道と呼んでいたとか。

 ここ岐阜街道は御鮨街道の出発点からの街道で、今なお、昔をしのばせる建物が点在していて、「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に選ばれています。特に注目した建物は次回から個々に紹介するとして、今日は街道を北から南に、商家の並ぶ川原町、本町から靭屋町に入り米屋町辺りを歩きます。
撮影 : 2014.5.20



空穂屋の前の町屋
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空穂屋の前の町屋
岐阜市靱屋町13
 登録有形文化財の空穂屋の前にある大型の町屋。この街道には多くの町屋が残っていますが、ほとんどが2階建てです。この建物は1階2階ともに窓や玄関引き戸が大きいのが特徴で、腰に石材を使うなど見どころがあり、文化財級といえます。
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河田剣道具店
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河田剣道具店
岐阜市靱屋町33-3
 新しい建物ですがむくり屋根の玄関が面白い。

旧喫茶店
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旧喫茶店
岐阜市靱屋町25
 町屋を改造して喫茶店か美容院か何かに使っていたのでしょうが、廃墟化しています。
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野々村聴松軒
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野々村聴松軒
岐阜市靱屋町21-2
 現代建築です。茶道具や美術品全般を取り扱っている古美術店のようです。
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学志舎
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学志舎
岐阜市白木町92
 町屋が進学塾になっています。
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学志舎対面の町屋
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学志舎対面の町屋
岐阜市白木町10
 そのはす向かいにも町屋。
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学志舎南隣りの町屋
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学志舎南隣りの町屋
岐阜市白木町87
 南隣りにも。

白木油店
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白木油店
岐阜市白木町31
 いまも商店として使われています。
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すず野の隣の町屋
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すず野の隣の町屋
岐阜市白木町36
 これも典型的。

丸屋旗店
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丸屋旗店
岐阜市白木町60
 旗屋というのは今となっては珍しい。隣も小さな町屋です。
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宗教法人大乗教岐山教会
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宗教法人大乗教岐山教会
岐阜市駿河山1-3 ‎
 路地の隙間から山の中腹に横長の建物が見えました。車では行けない。急な階段を上るのがしんどそうです。調べると宗教施設でした。
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 ↑ ネットに写真がありました。自分が登ったわけではありません。

ときわ荘
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ときわ荘
岐阜市常盤町14
 いわゆる「下駄ばきアパート」(1階が商店、2階は居住区)のようにみえます。間違いなく昭和レトロです。
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コアフィール柴田
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コアフィール柴田
岐阜市笹土居町18
 緑が目立つ4階建ての現代ビル。1階に見える「みのひだ屋」はお菓子屋です。ここも上層階は居住区のようです。

 次回から鮨街道の印象的な建物を見ていきます。
by gipsypapa | 2014-10-16 11:21 | | Trackback | Comments(0)

岐阜市長良橋通りの町並み

岐阜公園から南に下って市街地を目指しています。岐阜市を縦断する3大通りの一つ、長良橋通りを歩きました。
撮影 : 2014.5.20

正法寺

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 正法寺(しょうほうじ)は黄檗宗の寺院です。山号は金凰山といい萬福寺の末寺。本尊の釈迦如来は、岐阜大仏として有名ですが、知らずに見逃しました。建物は中国風で、一般的な日本の寺院とは違っているのが黄檗宗の寺院の特徴だとか。

正法寺
元禄時代
岐阜市大仏町8
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 知らなかったので大仏様を見逃しました。

妙照寺
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 日蓮宗(身延山久遠寺を総本山とする)の寺院です。1600(慶長5)年に、当時の岐阜城主、織田秀信からこの土地の寄進を受け、1662(寛文2)年の本堂建立に伴い移転したといわれる歴史のある寺院です。なおこの場所は軍師、竹中半兵衛の屋敷跡だそうです。

妙照寺
1662(寛文2)年
岐阜市梶川町14
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常在寺
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 常在寺(じょうざいじ)は日蓮宗京都妙覚寺の旧末寺。斎藤道三以後斎藤氏3代の菩提寺として知られ、国の重要文化財に指定されている斎藤道三肖像画と斎藤義龍肖像画が所蔵されています。斎藤道三と長井新左衛門尉が2代にわたって、美濃国を制する拠点とした寺だそうです。

常在寺
詳細不明
岐阜市梶川町9
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町屋
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 歴史を感じる通りです。いくつか町屋風の民家がありましたが、これらは古そうです。

町屋
詳細不明
岐阜市本町1-84 付近
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安藤商店
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 軒先の人形が目を引きました。日本人形店です。

安藤商店本町工房
詳細不明
岐阜市本町1-35
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日本料理後楽荘
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 明治時代後期から続く老舗の料亭、後楽荘。通りからは玄関周りしか見えませんが、奥には伝統的で風情のある家屋と広大な日本庭園があるそうです。

日本料理後楽荘
明治後期
岐阜市本町1-30 ‎
c0112559_8202526.jpgc0112559_8203783.jpg ↑ サッポロビールのHPにあった写真です。高級感ありますね。高そう。
by gipsypapa | 2014-10-15 08:22 | | Trackback | Comments(0)

岐阜公園

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 鏡岩水源地から名和昆虫博物館に行くには、岐阜公園を通るのが近道です。岐阜公園は金華山山麓にある都市公園。岐阜市が管理していて、岐阜城・金華山の麓にあり金華山ロープウェーの山麓駅があります。

 1887年(明治21年)11月に正式開園した歴史のある公園で、1992年に岐阜公園周辺地区が「都市景観100選」に、2006年には「日本の歴史公園100選」に選ばれています。といっても、お目当てはレトロ建築なので、その辺はパスです。
岐阜市大宮町1-46
撮影 : 2014.5.20
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 鏡岩から歩いて行くと公園の手前に護国神社儀式殿が見えます。
岐阜市御手洗393
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 さらに歩くと岐阜公園のすぐ手前にホテルパークがあり、その裏庭に面白いモニュメントがありました。何を表現したものか、説明を読みましたが、忘れました。
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 足元にはカエル。
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 公園に入ると日中友好庭園があります。岐阜市と杭州市の友好都市提携10周年を記念して作られた庭園で、杭州市の名所・西湖を模して作られた池のそばに中国風の東屋がありました。
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 屋根の上に色々な動物が整列しています。姿勢が上向きでよろしい。
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 トイレも中華風。
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 信長居館、発掘調査案内所とあります。織田信長が行った楽市楽座にちなんだ土産屋らしいのですが、ここも閉まっています。
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 これは見逃した物件です。大正天皇御大典を記念して建立された伊東忠太の三重塔。ここにお寺があるわけではなく、五穀豊穣、市内繁興を祈願したものです。現在は解体修理中です。写真はウィキペディアから借用しました。

岐阜公園三重塔
1917(大正6)年
登録有形文化財
設計 : 伊東忠太
施工 : 蔦山鉄造、河島岩吉
岐阜市槻谷13-2
by gipsypapa | 2014-10-14 08:50 | | Trackback | Comments(0)

岐阜の町並み~その1(長良川)

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 友人と二人で岐阜市を訪ねました。岐阜といえば長良川の鵜飼か織田信長の岐阜城でしょうか。それとも歓楽街の柳ケ瀬かも。しかし鵜飼の季節には早すぎるし、岐阜城は不便。もっぱらレトロ建築を追いかけます。
撮影 : 2014.5.20-21

 友人はnakajima akiraさん。写真が趣味というより、カメラが趣味といったほうが適切かも。とはいえカメラ片手に私の趣味のレトロ建築探索にも快く付き合ってくれました。行ったのは5月末。友人は、その週のうちに彼のブログにこのときの写真をアップしてしまいましたが、ようやく順番が回ってきました。彼の岐阜は1回だけで終わっていますが、こちらは対象物ごとに紹介しますので、しばらく時間がかかります。お付き合いください。
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 長良橋の北詰に平成9年3月に完成した長良広場です。
岐阜市長良福光 2595
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 川灯台
長良広場の階段を上ると、かつては物流の主役であった船便のための川灯台があります。長良川の上流から、和紙や石を、いかだで木材が運ばれ、下流からは帆掛け舟で生活用品などさまざまなものが運ばれたとか。灯台自体は復元されたものでしょう。
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 やはり新しいようで、時計があります。すでにゆったりと家を出たので、ここに着いたら午後1時15分になっていました。
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 鵜飼のポスターが近くの街角の店頭に貼ってありました。
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 長良橋。1955(昭和30)年竣工の、橋梁形式:5径間連続鋼鈑桁橋(5径間連続プレートガーダー橋)、 橋床形式:鉄筋コンクリート。
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 長良川の南には鵜飼の船だまり。まだ季節には少し早いのです。
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 長良橋陸閘
長良川はかつて水害が多発したため、その対策として陸閘が設置されました。商用電源・発電機により操作を行う大規模な物で、この他にも付近には大小約100箇所の陸閘があるそうです。1962(昭和37)年に設置されたものを 2008(平成20)年に全面改築しました。
岐阜市長良丘地先
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 次回以降にも、水に関する建物や施設を紹介しますが、岐阜市は長良川とともにあるのを認識させる施設の一つです。
by gipsypapa | 2014-10-08 09:36 | | Trackback | Comments(4)

香椎宮本殿

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 ずいぶん昔の写真です。このブログはレトロな近代建築、特に洋風建築を訪ねて各地を巡った記録の紹介を目的としています。日本ですから、当然ですが、洋館を訪ねる行き帰りに、和風建築も目に入るわけです。純和風の旅館や住宅はこれまでも数は少ないとはいえ、取り上げてきましたが、神社仏閣は多すぎてきりがないこともあり、あまり撮影しないし、たまたま撮ってもお蔵入りにすることがほとんどでした。

 しかし、ここ1年間に日光東照宮をはじめとして、まだ紹介していませんが京都など、かなりの神社仏閣を訪ねる機会があり、段々興味がわいてきました。たまたま大宰府天満宮と光明禅寺をアップしたついでに、遅ればせながら3年前の写真を思い出しました。なにぶんそれほど気乗りがしない頃の撮影のため、まったく見どころをとらえていないです。
 
 香椎宮(かしいぐう)は福岡市東区にある神社で、旧官幣大社(官すなわち朝廷や国から幣帛乃至幣帛料を支弁される神社)で、仲哀天皇、神功皇后を主祭神とし、応神天皇、住吉大神を配祀するそうです。

 本殿は香椎造と呼ばれる様式で、神社建築としては日本で唯一無二とありますが、よくわかりません。国の重要文化財。

香椎宮本殿
1801(享和元)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
福岡市東区香椎4-16-1
撮影 : 2011.5.21
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 楼門は1903(明治36)年に再建されたもの。
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 本殿。
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 狛犬。頭がないのかと思いましたが、小さいだけだそうです。
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 鷲。そういえば福岡はソフトバンクホークスの本拠地です。
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 拝殿までは行くことができます。
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 官幣大社なので菊の御紋があります。
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 神社には場違いな砲筒。1911(明治44)年に進水した標的艦「摂津」に載っていた12cm砲(40口径)です。
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 武内宿祢像 。武内宿祢が応仁天皇を抱いている像。
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 菖蒲(しょうぶ)池です。
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 香椎宮社殿は、参拝する拝殿(はいでん)、その奥に勅使参拝の時に幣帛(へいはく)を捧げる幣殿(へいでん)、そしてその奥に本殿が築かれています。拝殿、幣殿は近くから写真が撮れるのですが、本殿は透塀(すきべい)で囲まれている為、通常は中に入れません。ウィキペディアの写真を借用します。 ↓
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 手前が拝殿、奥が本殿です。
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 本殿。軒下の色鮮やかな装飾など、近くで見たいものです。
by gipsypapa | 2014-10-06 09:09 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大宰府天満宮本殿

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 大川市ではこれ以上やることがなくなり、柳川に戻って遅い昼食をいただきましたが、まだまだ夜の同窓会まで時間があります。c0112559_933848.jpg西鉄電車に乗るしかないので、途中下車して大宰府天満宮に立ち寄ることにしました。

 太宰府天満宮は菅原道真公(菅公)を祭神として祀る天満宮の一つ。自分が福岡市で生まれ育ったので、大宰府は身近な存在です。初詣はもとより、学問の神様ということから、合格祈願に何度か足を運んだ神社です。京都の北野天満宮とともに全国天満宮の総本社とされ、また菅公の霊廟として篤く信仰されています。久しぶりのお参りになりました。

大宰府天満宮本殿
桃山時代
重要文化財
設計・施工 : 不明
太宰府市宰府4丁目7番1号
撮影 : 2014.5.15
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 西鉄電車の本線といえる天神大牟田線の二日市駅で太宰府線に乗り換えます。
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 二つ目が終点の大宰府駅。すぐ目の前に石の鳥居があります。
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 参道は土産物屋が並んでいます。名物は「梅ケ枝餅」で、子供のころはこれを食べるのが楽しみでした。
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 学問の神様なので修学旅行客が多いところです。
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 ギョッ!「スタバがあるとばいね。」←博多弁です。なんと隈研吾さんの設計でした。
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 有名な太鼓橋を渡ります。記憶は定かではありませんが、その頃もコンクリートだったのでしょうか。
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 形が「心」の字なので「心字池」といわれます。架かる橋は「太鼓橋」「平橋」「太鼓橋」の三つで、過去、現在、未来をあらわしているとか。
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 「心字池」の途中にある志賀社も国の重要文化財です。

末社志賀社本殿
室町時代中期
重要文化財
設計・施工 : 不明
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 楼門
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 太宰府天満宮のシンボルは「梅」の花。
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 一番奥が本殿。
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 狛犬はつぶらな瞳で、なんか変。
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by gipsypapa | 2014-10-03 09:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳川の最終回

 気になった建物で積み残しのものです。

煉瓦の煙突
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 煉瓦造りの煙突がありました。

北原米穀店
詳細不明
柳川市稲荷町102-2
撮影 : 2014.5.14
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シンドウ
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 国道沿いにある店舗。新しいのかな。

宝石・時計シンドウ
詳細不明
柳川市本町40-13
撮影 : 2014.5.15
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 これから御花に戻り、バスで隣の大川市へ移動します。
by gipsypapa | 2014-09-29 08:24 | | Trackback | Comments(4)

柳川の鶴味噌並倉

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 川下りの観光スポットの一つである鶴味噌並倉。3棟の赤い煉瓦妻面が掘割に面する風景は、水郷柳川の歴史的景観形成に大きく寄与しています。

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 鶴味噌醸造は1870(明治3)年創業の味噌醸造業の老舗で、今も営業を続けています。通称「並倉」と呼ばれる3棟の蔵は、麹室として使われていた建物で、明治末期から1918(大正7)年にかけて、遂次、建て増しされたもの。いずれも国の登録有形文化財の煉瓦造平屋建て。

鶴味噌並倉(北棟、中棟、南棟)
1909(明治42)年~1918(大正7)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
柳川市三橋町江曲216
撮影 : 2014.5.15
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 堀の反対側の路地に店舗兼工場の入口があります。
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 なまこ壁の土蔵があります。並倉とどっちが古いかわからない風情です。
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 相当長大な蔵でした。
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 西側に掘割があり、並倉が見えてきました。
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 煉瓦はフランス積みです。
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 Wikipedia にある写真を借用します。
by gipsypapa | 2014-09-25 09:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)