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羅臼から国後島を望む

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 阿寒湖を出て、ひたすら東へ向かい、知床半島の東側にある羅臼(らうす)へ向かいました。羅臼は海の幸もあって有名だと思いますが、思ったより小さな町でした。西側のウトロに比べると観光客も少なめな印象です。
撮影 : 2014.8.26 & 27
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道の駅 らうす深層館
北海道目梨郡羅臼町本町361-1
 唯一、人だかりのあるロケーションです。
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 お昼はその中にある知床食堂で海鮮どんぶり。
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 羅臼の町並みです。パチンコ屋は健在のようです。
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 裏山に登りました。水平線に見えるのが国後島です。
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羅臼国後展望塔
北海道目梨郡羅臼町礼文町32-1
 小高い山の中腹に展望塔があります。羅臼町から北方領土の一つである国後島(くなしりとう)までは約25kmしか離れていません。天気の良い日は国後島の建物まで見えるそうです。ご存知のようにロシアに占拠されている北方領土最大の島。早く返してね。
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 この日は「羅臼の宿まるみ」に泊まりました。
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 ホエールウォッチングの船が出るらしいのですが、時間がありません。
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 羅臼といえば海の幸。特にイクラのてんこ盛りに期待していましたが、この時は不漁だとかで、食卓に出てきませんでした。道の駅にはあったのにな・・・・
これは次に泊まったウトロでも同じでした。2年前のウトロではお代わり自由でした。残念。
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知床旅情 作詞・作曲:森繁久彌 をどうぞ。
1.
知床の岬に はまなすの咲くころ
思い出しておくれ 俺たちのことを
飲んで騒いで 丘にのぼれば
遥か国後に 白夜は明ける

2.
旅の情か 酔うほどに さまよい
浜に出てみれば 月は照る波の上(え)
君を今宵こそ 抱きしめんと
岩かげに寄れば ピリカが笑う

3.
別れの日は来た ラウスの村にも
君は出て行く 峠を越えて
忘れちゃいやだよ 気まぐれカラスさん
私を泣かすな 白いかもめを
by gipsypapa | 2015-03-05 09:19 | | Trackback | Comments(2)

道東の湖巡り

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 釧路で1泊した翌日は、レンタカーで北へ向かいました。旅行はできるだけ鉄道や路線バスを利用するのが好きなのですが、2年前の道東旅行で、この方面は車がないと行動範囲に制限があるのを実感したのです。

もう見たいレトロ建築はありません。ひたすら自然にひたる旅です。
撮影 : 2014.8.25 & 27
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 釧路川沿いを北上しています。
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 車の数が少なく、道路が整備されているので、無意識のうちにスピードが出てしまいます。

摩周湖
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 北海道川上郡弟子屈町。裏摩周湖の展望台に来ました。日本でもっとも、世界ではバイカル湖についで2番目に透明度の高い湖ですが、霧が濃くて何も見えません。
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 さすが霧の摩周湖。しかも8月というのに寒い。早々に退散です。

神の子池
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 北海道網走管内斜里郡清里町。2年前に網走に行ったときにタクシーの運転手さんのお勧めスポットだったところです。前回は時間がなく断念したので、今回行ってみました。摩周湖の北側、国道1115線を左折して細い未舗装の小道を入っていきます。
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 水の透明度が高く、池に沈んだ倒木が水の底に横たわる姿がはっきりと見えます。水面がエメラルドブルーに見え、神秘的な雰囲気です。
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 結果的にこの日では、ここが一番よかったです。

屈斜路湖
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 北海道川上郡弟子屈町。ひたすら北上して網走管内まで行った後、ほぼUターンして阿寒湖の西側の道路を南下。屈斜路湖畔にきました。
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 屈斜路湖はカルデラ湖として日本最大、世界でも第2位の大きさです。
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 火山地帯なので、周囲には火山や温泉が多数あります。湖岸を掘ると湯が湧き出す砂湯は観光名所となっています。とはいえ、生暖かい程度でした。
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 トイレのガラスにへばりついている蛾は見たことがない種類です。

弟子屈町屈斜路コタンアイヌ民俗資料館

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 北海道川上郡弟子屈町屈斜路市街1条通11番地先。1982年にオープンした資料館で、屈斜路湖畔のコタンにあります。建物は釧路市生まれの建築家で、釧路編で紹介した釧路フィッシャーマンズワーフMOOも手掛けた毛綱毅曠(もづな きこう1941 -2001)の設計。
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 常設展示にはアイヌ民族の生活や歴史に関連した450点の収蔵品が展示されていて、またアイヌの歴史を紹介するビデオの上映も行われています。
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阿寒湖
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 北海道釧路市阿寒町。この日の宿泊は阿寒湖温泉です。
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 阿寒湖は全域が阿寒国立公園に含まれ、道東を代表する観光地です。北海道で5番目に大きい淡水湖。阿寒湖といえばマリモが有名でマリモ展示観察センターまで船で行けるそうですが、時間がありません。
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 泊まったのは阿寒湖温泉 阿寒の森鶴雅リゾート「花ゆう香」。夕暮れの散歩のあとは食べるくらいしかすることがありません。
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 温泉に入った後は・・
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 食べて寝るだけです。
by gipsypapa | 2015-03-04 13:51 | | Trackback | Comments(4)

釧路を観る(その2)

釧路駅に戻り、夕食までの間、市内を散策しました。
撮影 : 2014.8.24

釧路和商市場
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 駅の近くに釧路屈指の市場があります。「わっしょい、わっしょい」という活気あふれる掛け声と、「和して商う」ことから和商市場と名付けられたそうです。↑ の写真はネットから借用しています。

釧路和商市場
1954(昭和29)年
詳細不明
釧路市黒金町13-25
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 1954年に結成された釧路で最も歴史ある市場で、この年は丁度60周年でした。
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 鮮魚をはじめカニ、塩干(えんかん)、青果、花、薬、そば、珍味、菓子、漬物、食品、精肉、茶、雑貨、寿司など百店舗近くが店を並べています。
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 市民の台所でもあり、有数の観光名所です。
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 ご飯にお気に入りの魚介類を買って載せ、自分好みの海鮮丼を作って行く勝手丼のサービスでも有名。漢字表記は客層に関係しているのでしょう。(写真はネットから借用しています)

釧路フィッシャーマンズワーフMOO
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 釧路川の河口にある釧路フィッシャーマンズワーフMOOは複合商業施設です。名前はサンフランシスコのフィッシャーマンズワーフに由来し、MOOはMarine Our Oasisの略です。

釧路フィッシャーマンズワーフMOO
1989(昭和64)年
設計 : 毛綱毅曠
釧路市錦町2-4
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 釧路市出身の建築家毛綱毅曠による設計で、商業施設のMOOと全天候型植物園のEGGが並んでいます。
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 多くのレストランや居酒屋などの飲食店、海産物などの土産物などが入っています。

釧路川河口の船着場
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  道東を代表する河川である釧路川は、屈斜路湖を源流として、釧路湿原を蛇行して流れ、釧路市の中心部を抜け、釧路港の旧港を河口としています。河口の両岸は近海漁船の船着場になっていて、この時はイカ漁船が多く係留して、出番を待っていました。
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 秋はサンマ漁船の基地になるそうです。

幣舞橋
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 そのすぐ上流に架かる幣舞橋(ぬさまいばし)。豊平橋(札幌市)、旭橋(旭川市)と並んで「北海道三大名橋」と称された前代の橋の老朽化と渋滞緩和を目的に1976(昭和51)年に架け替えたものです。
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 設計は市民参加型で行われたとか。
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 親柱やアーチなどは旧橋の面影を残しているそうです。
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 橋脚上に4人の彫刻家による作品「四季の像」が設置されています。
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 今回の旅程にはレトロ建築があるところがほとんどなく、釧路市だけ4軒を見ました。それらは明日から。
by gipsypapa | 2015-02-26 09:07 | | Trackback | Comments(2)

釧路を観る(その1)

 年中行事になった8月末の北海道家族旅行。今年は大阪伊丹空港から釧路空港に飛び、北上して女満別空港から帰る、4泊5日の旅程でした。

vまずは、午前中に市内に着いたので、昼食を頂いたあと、釧路湿原を観光したあと、再び市内に戻り、街を散策することにしました。
撮影 : 2014.8.24
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 釧路駅の近くのホテルを予約していたので、まず荷物をホテルに預けて、お昼を駅構内で食べることにしました。
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 向うに教会が見えます。お~!レトロな建物か・・・。下調べに出てこなかったし、そんなはずはないです。やはり流行の結婚式専用教会でした。
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 いくつかあるお店のうち、レトロな感じの庶民的な食堂「なつかし館 蔵」に決定。
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 鶴がいます。
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 「挽歌」のポスターがいくつか貼ってあります。
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 1957年上映の五所平之助監督、久我美子主演の釧路を舞台にした松竹映画だそうです。
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 頂いたのがメニューで一番目を引いた「釧路石炭ラーメン」。
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 興味津々で食べてみました。石炭というのは、麺が竹炭入りで真っ黒だから。スープは普通のあっさり味です。昭和レトロなチャーシューやメンマ、ゆで卵、ナルト、ネギが入った定番でした。癖がなく、おいしかったです。
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 駅のトイレ。
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 今晩泊まるホテルの前に明治大学アイスホッケー部の車が止まっていました。何かの大会があるのでしょうね。
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 食事が終わってしばらく時間をつぶしたあとは、釧路駅からノロッコ号に乗ります。釧路湿原ノロッコ号は釧路湿原の中、釧路と塘路間をのんびりと走ります。
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 途中の釧路湿原駅で下車。山道を登って展望公園へ。
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 国立公園です。
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 展望台に着きました。
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 あいにくの曇り空。下界がよく見えません。
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 さらに8月というのにうすら寒い。
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 公園内にはこのような東屋がありますが、
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 誰も休憩していません。8月でこれなら、ここを使う時期はちょっとしかなさそう。
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 レストハウスは混み合っていました。
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 ストーブが大活躍。
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 これ以上見るところもないので、来たノロッコ号の折り返しに乗って市内へ戻りました。
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 車窓から見える湿原に給水塔のようなものが見えました
by gipsypapa | 2015-02-25 08:42 | | Trackback | Comments(0)

文京区向丘を歩く

 東京聖テモテ教会から左折し、東大農学部の西側を南下して、農学部の正門を目指して歩いています。

 この通りにはお寺が二つありました。つい最近までは、見どころが多い町の、この手の無名なお寺や寺院は見ずに、通過することがほとんどでしたが、今はそれなりに興味が出てきたので立ち寄るようになりました。そのために、ずいぶん時間を食うようになり、忙しいのです。
撮影 : 2014.7.30

願行寺
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 浄土宗寺院の願行寺(がんぎょうじ)は、既成山光明院と号します。開山は1494(明応3)年と古く、元は馬喰町にありましたが、明暦大火の後に、この地へ移転したそうです。江戸期には真行院、見光院、浄入院、勤修院、周楽院、顕性院、諦笈院、蓮乗院、真樹院の塔頭9ヶ院を擁していたとか。

願行寺
江戸中期か
設計・施工 : 不明
東京都文京区向丘2-1-5
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 山門横の通用門から。
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 正面の不動堂は屋根が反り返った中華風の意匠で珍しい。
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 本堂です。
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西教寺
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c0112559_11515382.jpg すぐ近くにあるのが山号、涅槃山究竟院(ねはんざん)の西教寺(さいきょうじ)。浄土真宗本願寺派の寺院です。 境内地は、関東大震災、戦災による焼失被害から免れたとかで、江戸時代の建築である鐘楼、表門を始め、本堂(明治4年再建)、書院(明治28年再建)など貴重な寺院木造建築を今に伝えています。



西教寺
江戸初期 / 明治初期
設計・施工 : 不明
東京都文京区向丘2-1-10
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 表門は旧姫路藩の酒井雅楽頭(大老)の屋敷にあった朱殿門で、明治7年(1874)移築されました。文京区指定有形文化財です。
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 左が本堂、右は鐘楼。

更新館
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 この通りの西教寺の傍にある、もう一つ気になった建物。更新館(こうしんかん)という戦後すぐに建てられた旅館です。

 ネット情報では「モーレツにレトロな宿」、「50人収容の宴会広間あり」、「東京のど真ん中なのにとにかく安い」、「素泊まり3500円から」とか、「部屋に鍵がかからない」などの情報がありました(笑)。

 東大を訪ねる人が使うのでしょうか。興味深い旅館ではあります。木造2階建て。

更新館
1948(昭和23)年
設計・施工 : 不明
東京都文京区向丘2-1-5
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 奥まで行きませんでしたので、ネットにあった写真を借用します。↓
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by gipsypapa | 2015-01-25 09:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

晴鴨樓

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 五条大橋の東側、半兵衛麩本店のある細い問屋町通りを南に進むとすぐの場所にある観光旅館の晴鴨樓(せいこうろう)です。創業は天保2年(1831)という歴史のある旅館で、現在の建物は明治と大正期に建てられたもの。 
c0112559_983769.jpg 外観は純和風に見えますが、玄関周りは京風にちょっと中華風も感じる不思議な意匠です。また内部にはステンドグラスがあるそうで、照明器具や看板などに洋風を加味した和洋折衷のレトロ感一杯です。俵屋、柊家、炭屋の3大老舗ほど有名ではありませんが、やはり高級旅館です。センスの良い雰囲気があり一度は泊まってみたい、木造の2階建て。

晴鴨樓
1901(明治34)年/1921(大正10)年
設計・施工 :不明
京都市東山区西橘町467
撮影 : 2014.6.13




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 門から玄関先を覗いていたら、若い外人男性が中から出てきました。聞くとここに宿泊しているそうです。
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 玄関先を見ると若い女性が出てくるところ。カップルです。「高そう。」というと「特別な旅館なので当然」とおっしゃいます。お金持ちですねぇ。ちなみにHPを見ると「政府登録国際旅館」とあります。なるほど。
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 この蔵も晴鴨樓のものでしょう。
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 裏に回って鴨川沿いの川端通から。
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 愛読書の宮本和義著「和風旅館建築の美~生き続ける木造の宿探訪」(日本交通公社)の表紙になっています。

 内部の写真が記事の中にあります。「古都に潜むエキゾチシズムの館」というキャッチフレーズがついています。
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  こちらは晴鴨樓のHPから借用しました。↓
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c0112559_9171219.jpgc0112559_9172890.jpg 部屋が開いている日に限り、京料理を食べるだけも可能だそうです。
by gipsypapa | 2014-12-24 09:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)

新橋通り

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 三条から四条通りへ向かっています。途中にある新橋通り(しんばしどおり)は京都市東山区内の東西の通りの一つ。東は東大路通から西は大和大路通まで約400mの通りです。

 元は京都市電の軌道だった通りに石畳が敷かれています。祇園のお茶屋が軒を連ね、南側の白川の流れと相俟って風情のある通りとして有名。現在は茶屋、割烹や料亭のほかにバーも多く、昔の面影は薄らいだそうですが、格子戸の続く家並みには往時の風雅と格調がしのばれます。

 ネット情報では、現在50数軒の京風町家が建っているそうです。個人的に区別は分かりませんが、本2階建て町家茶屋様式、本2階建て川端茶屋様式、本2階建て町家数寄屋風様式、大正期に生まれた本2階建て町家へい造り様式などが混在しているとか。北部の新橋通から白川沿いの地区は国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されています。

新橋通り
重要伝統的建造物群保存地区
京都市東山区元吉町48 付近
撮影 : 2014.6.13
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 石畳の両側にお茶屋や料亭が並び、独特の風情があります。この通りを東に歩きます。
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 夜はどういう感じなのでしょう。
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 これだけの飲食店がありながら、
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 チェーン店の居酒屋や、怪しいネオンとか自動販売機などがまったくなく、
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 バーなどもすべて2階建てまでの京町屋風のお店で統一されています。
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 日本でも他にはまずない、稀有な町並みです。しいて注文をつけるなら、電柱と電線は地下に潜って欲しいかな。
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 新橋通りと白川南通りが交差する三角地に・・・
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 辰巳大明神があります。祇園の舞妓さん、芸妓さんが芸事の上達を願って訪れるそうです。
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 その傍ある巽橋は祇園の白川に架かる小さな石畳の橋です。風情があり、何とも京都らしさを味わえるこのエリアは、祇園の中でも華やかな雰囲気、情緒を感じさせる場所になっています。撮影スポットとしても人気があり、多くの人たちが橋の上でも撮影していました。
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 少し夜の雰囲気を・・・「橋写真紀行」というブログにあった写真を借用しました。
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 この狭い通りは新橋通りではなく巽橋を渡った南側です。
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 新橋通りの半分ほどのところです。まだまだ東に続いていますが、少し覗くと、この先はビルも建つネオン街になるようです。「昔の面影は薄らいだ」といわれるのは、この先のことでしょう。そういうわけで今回はここで折り返しました。
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 新橋通りの一筋南にある白川南通りを西に戻ります。新橋通りと白川南通り。それぞれの通りには、整然と石畳が敷かれ、同じ高さに揃った町家の風景がいかにも京都らしく印象的です。
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 白川南通りという名称ですが、通りは白川の北側にあります。
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by gipsypapa | 2014-12-14 10:29 | | Trackback | Comments(4)

寺町通の商店建築

 京都市役所を北上し寺町通を歩きます。この一角に並ぶ商店群はいずれも古そうで、寺町の静かな雰囲気によく馴染んだ佇まいです。この通りを歩いたのは目的のお店があったからですが、それは次回に。
撮影 : 2014.6.4

菊屋雑貨店
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 最初は角地に建つ菊屋雑貨店。古い町屋を改装した商店で手作りのアクセサリー、輸入雑貨やオリジナル家具、元友禅染の職人さんが手書きした図柄入りの洋服などを扱う、アジアン・アフリカン雑貨のお店だそうです。木造2階建て。


菊屋雑貨店
詳細不明
京都市中京区妙満寺前町469 ‎
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福田元永堂商店
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 右隣は書画、骨董を扱う福田元永堂商店。5枚のガラスの引き戸が並ぶ格調高い町屋です。木造2階建て。

福田元永堂商店
詳細不明
京都市中京区妙満寺前町468

富屋商店
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 さらに北へ行きます。富屋商店は昭和の初めから輸入酒や輸入食品を扱いホテルやレストランに収めている老舗の商店です。小さな町屋ですが、洋酒がならんでいるせいか、独特の雰囲気があります。木造2階建て。

富屋商店
1932(昭和7)年
設計・施工 : 不明
京都市中京区妙満寺前町465
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ばんてら
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c0112559_9265814.jpg さらに北側にある「ばんてら」は、竹栞(しおり)や竹コースター、竹箸など、竹を使った雑貨や小物から、高級茶道具、掛軸や工芸品を扱う店です。ちなみに“ばんてら”は竹を意味するBambooと、京都の様々な分野の老舗が集まる寺町通り(Teramachi)から由来しているそうです。木造2階建て。

ばんてら
旧髙野竹工芸店
詳細不明
京都市中京区妙満寺前町464
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 「京都寺町美術通り」の指定店舗です。

熊谷道具處
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 1ブロック北側に来ました。熊谷道具處は大正時代から伊万里や国焼きの器皿・置物・御茶道具・掛け軸などの古美術、骨董、茶道具、書画の店です。木造2階建て。

熊谷道具處
大正初期
設計・施工 : 不明
京都市中京区常盤木町63 ‎
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 この店も「京都寺町美術通り」の指定店舗です。

岡野貴金属店
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 寺町通りの町屋風建物群とは違った戦後すぐに建てられた近代建築です。岡野貴金属店は宝飾品製作・販売・加工・修理を行っています。創業は1855年(安政元年)で、両替商だったそうです。最上階に並ぶ5連のアーチが特徴です。鉄筋コンクリート造り、4階建て。

岡野貴金属店
1949(昭和24)年
設計・施工 : 不明
京都市中京区常盤木町66 ‎
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 次回は寺町通りの目的地をやります。
by gipsypapa | 2014-12-06 09:45 | 建築 | Trackback | Comments(2)

炭屋旅館

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 3大老舗旅館の最後は炭屋。同じ麩屋町通りですが、俵屋旅館や柊家旅館から2ブロック南側にあります。創業は大正初期で、建物は明治時代からある本館と昭和30年代に建てられた新館があるそうです。

 炭屋はもともと茶の湯、俳諧、謡などの文化人のサロンとして始まったのだとか。茶の湯の宿として知られ、由緒ある複数の茶室をもつ伝統と格式の高い老舗旅館。京都の町中とは思えない静けさをたたえる数奇屋造りの名旅館といわれています。本館は木造2階建て。

炭屋旅館
1920(大正9)年+1960(昭和35)年代
設計・施工 : 不明
京都市中京区白壁町431
撮影 : 2014.6.4
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 HPがないので、一休.comの写真を借用します。 ↓↓
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 三つの旅館は規模の違いこそあれ、塀で囲まれた建物の佇まいは共通点があります。
by gipsypapa | 2014-12-03 09:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柊家旅館

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 俵屋旅館の向かいにあるのがこれも有名な老舗旅館の柊家(ひいらぎや)。木造で数奇屋造りの純和風の宿です。

c0112559_7401192.jpg 幕末に福井出身の先祖が運送業、海産物商を始めたのが始まりで、下鴨神社の境内にあり柊の木が自生していた比良木神社から名前をとったそうです。1864(文久元)年に旅館として創業。幕松の志士たちから皇族方、さらに川端康成、三島由紀夫、チャップリン、アラン・ドロンなどの文化人や有名人が利用した老舗です。

 江戸末期から昭和までの風情が残る数奇屋造りの旧館と2006(平成18)年築の新館があります。塀を巡らしたお寺のような門を持つ外観は、荘厳な雰囲気を醸し出しています。旧館は木造2階建て。

柊家旅館
1818(文政1)年 / 1952(昭和27)年
設計・施工 : 不明
京都市中京区中白山町277
撮影 : 2014.6.4
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 柊家旅館のHPから内部写真を借用します。 ↓↓
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 柊家。俵屋、炭屋と「屋」がついていますが、ここだけは「家」です。

柊屋別館
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 京都市役所の近くにもう1軒、柊屋別館があります。こちらも純和風の高級旅館です。築年などの情報は見つかりませんが、檜造りの木造2階建て。

柊屋別館
詳細不明
京都市中京区山本町431
撮影 : 2014.6.4
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 HPから。 ↓↓
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by gipsypapa | 2014-12-02 07:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)