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宗谷岬と灯台

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三大岬巡りの最初は,、一般人の行く事のできる日本の本土最北端の地、宗谷岬。日本の最北端は、この宗谷岬の沖合い西北西約1 kmにある無人島の弁天島だとか。写真は宗谷岬の先端、北緯45度31分22秒の“日本最北端の地”を示す三角錐の記念石碑です。
撮影 : 2016.11.5
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地図があります。宗谷海峡を挟んで、樺太(サハリン)がすぐ近くなんですね。
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間宮林蔵の像。江戸時代に単独で樺太の北端まで行き、樺太が島であることを確認して、いわゆる間宮海峡を発見した、すごい人です。
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宗谷岬(作詞 吉田弘、作曲 船村徹)の歌碑で、スイッチを押すと千葉紘子の歌うメロディが流れます。知らない曲でした。
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柏屋という土産物店を覗きました。
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11月の初旬ですが、すでに零下です。昨日、大阪は20℃近くあったのに。
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バスは一日5本。まずまずですね。
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「食堂 最北端」。そりゃそうや。

宗谷岬灯台
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小高い丘に白地に赤横帯2本塗り、四角形の灯台があります。宗谷岬灯台で、日本国政府が管理する灯台としては、日本の最北に位置します。「日本の灯台50選」認定灯台。先にアップした稚内灯台と並んで樺太の対岸にある国境の灯台で、国際海峡である宗谷海峡の航路を守る重要な役割を果たしています。初点灯は1885(明治18)年で、現在の灯台は明治時代の2代目を改築したものです。

宗谷岬灯台1912(明治45)年 / 1954(昭和29)年改築
日本の灯台50選
設計・施工 : 不明
北海道稚内市宗谷岬2-8
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一昨日は道東や道南では大雪が降ったそうです。稚内市内は積雪はなかったし、ここも、気温は低いですが、雪はうっすっら積もっている程度です。
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これ以降はウィキペディアやネットにあった写真です。
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遠くに樺太が写っています。
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宗谷岬灯台の東側にある旧海軍望楼。1902(明治35)年に旧帝国海軍によって建造されました。ロシアのバルチック艦隊の動きを監視するのが目的。稚内市の有形文化財。
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こちらは祈りの塔です。

by gipsypapa | 2017-09-14 08:22 | | Trackback | Comments(2)

野寒布(のしゃっぷ)岬と稚内灯台

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一夜明けて、二日目は稚内市を観光した後、三大岬の一つの宗谷岬を経由。オホーツク海を見ながら、一挙に阿寒湖温泉まで南下する行程です。

稚内観光の初めは、野寒布(のしゃっぷ)岬。岬にある恵山泊漁港公園(えざんどまりぎょこうこうえん)には「ノシャップ岬の碑」の他、「イルカのモニュメント」があり、観光ポイントになっています。この翌日訪れる根室半島先端の納沙布(のさっぷ)岬と紛らわしい。

野寒布岬
北海道稚内市野寒布2
撮影 : 2016.11.5
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ノシャップ(野寒布)はアイヌ語でノッ・シャムといい「岬が顎のように突き出たところ」「波の砕ける場所」の2つの意味があるとか。ノサップ(納沙布)の語源も同じだそうです。
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岬の最北端には稚内灯台があります。晴れた海霧の立たない日には利尻島(利尻富士)、礼文島が望めるらしいのですが、この日は全然見えませんでした。

稚内灯台
1966(昭和41)年
北海道稚内市野寒布2-2
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この写真以下はネットから借用しています。
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by gipsypapa | 2017-09-11 07:50 | | Trackback | Comments(2)

旧花田屋番屋

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台北シリーズを終わり、一挙に北へ移動して、しばらく北海道の旅行記をやります。昨年の11月に北海道の三大岬を巡るツアーに参加しました。バスに乗って、北海道を1周して、宗谷岬、納沙布(のさっぷ)岬から襟裳(えりも)岬を3泊4日で見て回る、弾丸ツアーでした。

初日は新千歳空港から稚内まで、道央自動車道とオロロンラインから国道232号線を経由して日本海側を北上する、約5時間半の工程です。途中何ヶ所か休憩するわけですが、今回のツアーでは縁のないレトロ建築の唯一の例外、旧花田屋番屋です。隣が「おびら鰊番屋」という道の駅なのです。

時間的に閉まっていて中は見ることができませんでしたが、北海道に残る大型鰊漁場建築の数少ない遺構の一つで、ヤン衆(雇い漁夫)の宿泊設備がよく残っているとか。使われている梁などの巨材は、すべて地元の大椴(おおとど)山から切り出した木材を三半船(さんばせん)で海上を運び集め、製材されたものだそうです。国の重要文化財の木造平屋、一部2階建て。

旧花田屋番屋
1905(明治38)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
北海道留萌郡小平町字鬼鹿広富35-2
撮影 : 2016.11.4
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地元の網元だった花田家が建てた番屋です。
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北海道の鰊番屋はすでにこのブログでは旧茨木番屋旧茨木與八郎番屋旧白鳥家番屋(群来陣)旧田中家住宅(小樽市鰊御殿)旧青山家漁家などを紹介しています。
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道内で現存する番屋では最大の規模だそうです。
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雇い人が200人を超えたという大鰊漁家でした。
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天登雁(てんとかり)村とあります。昔はそういわれた場所だったわけです。
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北側に並ぶ道の駅「おびら鰊番屋」。
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番屋の雰囲気です。
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海岸沿いに鰊番屋と書かれた小屋がありますが、新しいようです。
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中を見れなかったので ↑ 以下はネットの写真を借用します。
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大広間は吹き抜けです。
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ちなみに入場料は350円だそうです。

by gipsypapa | 2017-09-10 09:02 | 建築 | Trackback | Comments(0)

鶯歌陶瓷老街

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ツアー最後の訪問地は鶯歌陶瓷老街(おうかとうちろうがい)。広い石畳の道路の両側に、多くの陶器の店が並んでいて、高く伸びた椰子の木がエキゾティックな印象的を与える、おしゃれな町並みです。

近郊に良質の粘土を産出する山があるため、古くから陶器の製造が盛んで、陶磁工場が立ち並び、200年以上の歴史があるそうです。以前は工場が多かったらしいのですが、近年は陶芸観光に力を入れ、陶磁食器の専門店、陶芸家の仕事場、陶芸教室などの陶芸関連の店が軒を連ねています。

鶯歌陶瓷老街
新北市鶯歌区尖山埔路
撮影 : 2016.9.5
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街の手前にある大中華芸品有限公司。この近くでバスを降りました。
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この塀に沿ってゆるい坂道を登ります。
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重慶街と尖山埔路の分かれ道、扇の要に建つ清山陶芸工廠。
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右に行けば重慶街。
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左に行けば尖山埔路。
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尖山埔路は高い椰子の木の並木道。
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南国らしいエキゾティックな雰囲気です。
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扇形をした町並み。一周しました。
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扇の開いた部分。カーブを描く道路に合わせてビルが建っています。
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石畳もいい感じ。
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いくつか覗いた店の中です。
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これで台北編を終わります。この翌年にも台湾をほぼ一周するツアーに参加しましたが、それはまたいずれ。次回からは北海道です。

by gipsypapa | 2017-09-08 08:39 | 建築 | Trackback | Comments(2)

民権街三峡老街

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三峡清水祖師廟の正面に、両側に赤レンガの建物が整然と並ぶ、レトロな風情がある通りがあります。民権街三峡老街(みんけんがいさんきょうろうがい)と呼ばれている通りで、全長約200m。大正時代の建物群で、日本統治時代に完成したといわれています。

民権街は昔は三峡地方の商業の中心地でした。レンガ造りの建物のファサードには当時の商店の名前や商号などがレリーフなどで標記されていて、往時の繁栄がを偲ばれます。建物はヨーロッパ風、中華風、日本風の多様な形式が混ざり合った意匠ですが、基本的にはヨーロッパのバロック様式といえそうです。また、ほぼすべてが台湾や東南アジア独特の、「亭仔脚 (ディ. ン・ア・カ)」、つまり二階部分が一階入口の上に張り出し、一階部分を回廊のような通路にした、いわゆる軒下歩道(アーケード)。三級古跡に指定された老街です。

民権街三峡老街
大正時代
三級古跡
新北市三峡区民権街 三峽老街
撮影 : 2016.9.5
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ちょうどお昼にかかる頃。ツアーの今日の昼食はないので、名物の「金牛角麵包」(台湾風クロワッサン)を購入。
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食べながら街を散策します。
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名前の通り、牛の角の形をしています。とはいえ、クロワッサンもそうですが。↑↓はネットから借用しました。
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生地の味や、中身にもバラエティがあります。
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通りは200メートルしかないので、すぐに往復できます。この高いアングルは撮れないので、ネットの写真を借用しています。
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さまざまな紋章のレリーフや商号、店名が見えます。
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これはわき道です。欧風の意匠が強いです。
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アーチの部分が亭仔脚(ディ. ン・ア・カ)です。もともとはヨーロッパ発祥のアーケードやパサージュが原型でしょう。
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もとから東南アジアにはこういう建物が多くありましたが、日本の植民地時代に道路の沿いの建物に亭仔脚を設置するよう義務づけたそうです。
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台湾の各地にある最新のビルにも、歩道がちゃんとあって、そのビル側にこ軒下歩道があるのが多かったです。
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暑い日差しをよけたり、亜熱帯の雨よけにいいですね。
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そういえば、日本では少ない軒下歩道ですが、東南アジアだけでなく、中近東やヨーロッパでもよく見かけました。
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この写真はネットから借用しました。


by gipsypapa | 2017-09-07 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

三峡清水祖師廟

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祖師廟は清代の乾隆34年(1769)に創建された、清水祖師を祭る廟(死者を祀る宗教施設)です。創建以来、地震や日本軍の進駐により損壊した後に再建された歴史があるそうです。

更に台湾光復後の1947(昭和22)年に、祖師廟を中国の歴史と文化、寺廟藝術の殿堂にしようと、芸術家、李梅樹の企画設計によって工事が始まりました。「東方芸術の殿堂」と呼ばれるようになったこの廟は、再建開始以来、いまだに建設途中だとか。ガウディのサグラド・ファミリアを想起します。

建物は石段、床、壁、柱、基礎部分など、下部は石造り。一方、柱の上部は木材で作られ、接着剤や釘を用いない、木組みで構成されています。石造り、一部木造、2階建て。

三峡清水祖師廟
1947(昭和22)年以降
設計 : 李梅樹
施工 : 不明
新北市三峡区常福街1号
撮影 : 2016.9.6
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長い参道の入り口の門。
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参道に中華風の東屋が並んでいます。
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廟に到着。
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派手な装飾彫刻がいっぱい。
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おみくじの引き出しです。
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金色の天蓋がいくつかありました。
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この辺の内部の彫刻も派手です。
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清水祖師の像。ネットから借用しました。
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妻面はレンガ張り。
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2階は回廊になっています。
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派手なオレンジ色の反り返った屋根といい、台湾全体でよく見かける典型的な中国風寺院でした。


by gipsypapa | 2017-09-06 08:15 | 建築 | Trackback | Comments(4)

黄金博物園区 四連棟日式宿舎

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ここも黄金博物館区内にある4棟の日本式住宅です。日本統治時代に建てられた日本鉱業株式会社の日本人社員宿舎だった建物。当時の木材も使用しながら、2005年に修復工事を終え、2007年から一般開放されています。木造平屋建て。

四連棟日式宿舎
1930(昭和5)年代 / 2005(平成17)年改修
設計・施工 : 不明
新北市瑞芳区金光路69号
撮影 : 2016.9.6
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レンガ塀と木製の両開戸はかなり洋風。
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早朝だったので、まだ開いてなく中の見学ができませんでした。
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道路もレンガ敷です。
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「福」が逆さま。古代中国から伝えられた「倒福」というもので、「福気・福運」の意味で使用されているとか。
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建物自体は木造の和風建築です。外からの見学だけだったのが残念でした。
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ネットの「台北ナビ」にあった内部写真を借用しています。
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内部はかなり洋風を取り入れていますね。

by gipsypapa | 2017-09-05 08:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

黄金博物園区 金瓜石太子賓館

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黄金博物園区の一角にある太子賓館。日本統治時代の皇太子(後の昭和天皇)が、金瓜石を視察するという計画があったため、金瓜石の採掘権を持つ、田中鉱山株式会社が建てた木造の和風建築で、いわゆる迎賓館です。

広い敷地と美しい日本庭園に、主に杉とヒノキを使った日本式書院をしつらえた、質の高い建築です。ただ、実際には皇太子の視察は実現せず、使われることはなかったそうです。木造平屋建て。

金瓜石太子賓館
1922(大正11)年
設計・施工 : 不明
新北市瑞芳区金瓜石金光路8号
撮影 : 2016.9.6
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日本庭園もよく手入れされています。
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日本の邸宅、そのものです。

by gipsypapa | 2017-09-04 08:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)

黄金博物園区 黄金博物館

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ツアー最終日、再び九份の方向へ向かいました。金瓜石(きんかせき)と呼ばれる一角です。金瓜石鉱山は台湾北部の新北市瑞芳にあった金鉱山で、かつては、東北アジア第1の金山といわれ、非常に栄えたそうです。

日本統治時代の1896(明治29)年に基隆山山頂を境として一帯が東西に分けられ、東の金瓜石は田中長兵衛の田中組に、西の瑞芳は藤田伝三郎の藤田組にそれぞれ採掘権が与えられました。現在は廃鉱となっていますが、黄金博物館などが整備され、黄金博物園区という観光地になっています。

黄金博物園区
新北市瑞芳区金瓜石金光路8号
撮影 : 2016.9.6
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これ、派出所です。レトロ風ですが、新しそう。
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これもレトロ風の環境館。
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入りませんでしたが、金瓜石の自然環境や地質学的特徴などが説明されているとか。
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更に奥に上っていきます。
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トロッコのレールが残っています。
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レンガ造りの坑道。 見学も可能みたいですが、見ていません。
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黄金博物館に到着しました。
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中ではポケモン禁止です。
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1階は金瓜石の金鉱脈の発見の歴史や坑道の模型、作業員の人形などが展示されています。
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これはネットにあった写真を借用しています。
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2階は金製品などの展示。
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220.3kgの大金塊。触って金運を高めます。


by gipsypapa | 2017-09-02 08:44 | | Trackback | Comments(2)

台北の美食レポート

ツアーは3日目が終わりました。残すは明日一日になりました。この辺でいくつか食レポです。

士林夜市
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初日の夕食後にガイドに案内してもらった士林夜市(しりんよいち)は、台北市士林区にある観光夜市です。士林市場は、1909(明治42)年開場した歴史ある市場ですが、老朽化による、衛生上・安全上の問題があったため、一時閉鎖して臨時市場に移転していました。

2011(平成23)年に、従来の士林市場を改修して拡大した「新士林市場」が開業し、昔ながらの雰囲気をそのままに、安全で衛生的な環境で食べ歩きやショッピングが楽しめるようになったそうです。

士林夜市
台北士林区文林路113号
撮影 : 2016.9.3
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食料品店が多いのですが、日本の夜店のゲームと同じようなのもあります。
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飲食店に興味はありますが、すでに夕食を済ませていますので、パス。
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台湾名物、マンゴーかき氷。さすがに美味しかったです。
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1杯、800円くらいだったかと。量が多いです。3人で取り分けてちょうどいい分量でした。



鼎泰豊(ディンタイフォン)本店
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ツアーは基本的に1日3食が付いています。色々、バラエティのある郷土料理を食べましたが、一番のお気に入りは鼎泰豊(ディンタイフォン)でした。小籠包(ショーロンポー)を始めとする点心料理の店で、日本にも多くの支店を出している有名店の本店です。

鼎泰豊(ディンタイフォン)本店
台北市信義路二段194号
撮影 : 2016.9.4
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入り口には常に行列です。申し込んで番号札をもらって、呼ばれるまで、店の前で待つ必要があるようです。ツアー客はあっさり入場できました。写真はネットから。
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名物の小籠包。さすがに美味しい。
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これ以降の写真は食べログやそのほかのネットから借用しました。
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日本にも各地に支店ができましたが、ガイドの話では、やはり台湾が1枚上とか。一部の材料や酢、醤油などが違うそうです。←これ現地ガイドの談。私の感想ではありません。あしからず。
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そのうち大阪か福岡の店に行ってみましょう。

欣欣魚翅坊 (ディンジーユーツー)
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3日目の夜は、唯一夕食が付いていない日でした。オプションはあったのですが、ちょっと贅沢をして、単独でフカヒレを食すことにしました。ホテルから近いところで娘が選んだ欣欣魚翅坊 (ディンジーユーツー)に行ってみました。

欣欣魚翅坊 (ディンジーユーツー)
台北市長春路66号
撮影 : 2016.9.5
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この辺の写真はネットから借用しています。
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コースがいろいろありますが、私たちは黄金セットの黄金フカヒレ(並)とオーストラリアーロブスター(250g)にしました。
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フカヒレスープは並サイズでしたが、それでも十分すぎるくらい。
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ネギとロブスターの蒸し料理。これはいけます。美味しかったです。ガーリックバター風味です。
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これ以下はネットの写真を借用しています。
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前菜っぽいものから、チャーハン、デザートなどが付いているので、お腹一杯。
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それに当然ながらお酒(このときはビールとワイン)も飲むので、結局、一人1万円くらいかかりました。それでも日本ではありえない値段かも。

by gipsypapa | 2017-09-01 09:10 | | Trackback | Comments(2)