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飛騨萩原の天領酒造

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 歴史のある酒造所を見学しに飛騨萩原まで足をのばしました。天領酒造株式会社は、1680年(延宝8年)創業 の蔵元です。「天禄拝領」や「天のしずく」など、各種の大吟醸酒に加え、最近は麦・米・蕎麦の3種類の焼酎「天真」も製造・販売しています。

天領酒造
詳細不明
岐阜県下呂市萩原町萩原1289−1
撮影 : 2015.1.31
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 店舗はかなり古そうですが、逐年はわかりませんでした。
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 帳場のような部屋の前をぬけて奥にある工場へ。
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 工場見学と試飲を楽しんだわけですが、興味を引いたのはこの機械。
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 NEW SUPER CARBON FILTER と刻印されています。活性炭で吸着ろ過して不純物の除去と消臭をするんしょう。今の酒造りはこういう新しい技術が使われているわけです。

しばらく酒談義です。

 日本酒がおいしくなったと感じるようになったのは、30年以上前からでしょうね。吟醸酒が出回るようになってからです。出始めは値段が高かったけど、最近は買いやすくなってきました。精米技術に加えてこういう技術革新が行われてきたのですね。

 それ以前は自分が若くてお金がなかったからでもありますが、安酒しか飲めませんでした。清酒といわれるもので、昔の安い酒には醸造用アルコールが多く混ぜられていました。そんな酒は飲みすぎると悪酔いするし、味もすっぱい感じで、まがりなりにも上品といえる代物ではなかったですね。悪酔いやすっぱい味は醸造用アルコールのせいではないでしょうから、酒自体が工場での速成が多く、洗練されていなかったためでしょう。

 今は吟醸、大吟醸から純米酒など多彩で、仕込み方法も山廃仕込み(やまはいじこみ)などバリエーションが豊富で、ずいぶんイメージがよくなりました。大企業以外にも地酒を造る地方の蔵元も活性化しているのは、いいことです。海外進出しているところもあるようで、日本酒が世界にも広がりそうです。

 私は家ではウィスキー派です。日本酒やワインも好きで、常にストックしていて、時々飲むのですが、普段は醸造酒は控えめにして蒸留酒を飲むようにしています。

 ちなみにビールは清涼飲料水です(笑)。夏には晩酌にコップ一杯。飲み会では中ジョッキ一杯まで。最初の一口ののど越しが命。それ以上飲むと、お腹が膨れるので、料理がおいしくなくなるのが困るのです。

 飲み会では焼酎が多いです。一般的に仲間が飲むからです。親しい仲間との飲み会は、酒の味よりも会話が主目的なので、安いのがいいですよね。個人的に焼酎は無味なので、匂いが強い方が好みです。芋焼酎が一般的ですが、意外と知られてないのは米焼酎、特に熊本の球磨焼酎も匂いが強いです。ただこの匂いは癖があるので、一般的じゃないかもしれません。女性は普通は焼酎のお湯割りや水割りを飲みません、チューハイですね。

 この匂いが強い系統が好きな人にお勧めは泡盛です。ご存知のように沖縄の米焼酎(タイ米といわれます)で、安くて焼酎よりアルコール度数が高いのでコストパーフォーマンスが高いのです。泡盛は新酒と3年以上寝かした古酒(クース)と分かれます。アルコール度数は基本的に43度、30度、25度です。焼酎は20度か25度なので、一般的に泡盛の方が度数が高いのです。
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 天領酒造の筋向いにある和菓子処「かつぶん」も町家風で古そうです。
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 歴史を感じさせる町並みでした。

 次回から大阪へ移動します。
by gipsypapa | 2017-01-12 09:17 | | Trackback | Comments(2)

下呂温泉

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 下呂温泉の町並みを紹介します。歴史的には1000年以上前からあった温泉。現在の温泉地の東方にある湯ヶ峰(1,067m)の山頂付近に温泉が湧出したのがはじまりだそうです。泉効があり、当時から湯治客があったと言われています。その後、山頂からの湧出は止まりましたが、現在の飛騨川の河原に湧出しているところを発見されとか。現在の温泉街は大正末期から岩田武七(現・マドラスの創業者)が採掘事業に乗り出し、湯之島館を開業したことをきっかけに、昭和になって開発されました。

 JR下呂駅から飛騨川沿いを中心に旅館やホテルが林立しています。しかし、道路が狭く、自動車の通行量が多いので、別府や城之崎、修善寺温泉のような、下駄履き・浴衣がけで散策するにはあまり向かない所が多そうです。

 1枚目の写真は飛騨川の河原露天風呂。Wikipedia から借用しました。

下呂温泉
岐阜県下呂市
撮影 : 2015.1.31
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 飛騨川の東側。
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 西側です。いずれもビルが並んでいます。
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 下呂大橋を渡って東岸へ向かいます。
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 飛騨川に直交する小さな川幅の阿多野川沿いにも旅館やホテルが並んでいます。
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 下呂温泉には湯之島館以外にはレトロ建築はないようです。というか木造の和風旅館は見かけませんでした。路地に入ったら、あるようですが、時間的余裕がなく、パスしました。
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 老舗も鉄筋コンクリート作りのホテル形式になっていますね。これは有名な水明館。飛騨川西岸にあります。中には能舞台もあるとか。
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 東岸にある山形屋。いずれも高級旅館です。
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 昼食の場所を探しましたが、なかなか手ごろな飲食店には出会いませんでした。結構うろうろしたあげくに、桔梗屋支店という飛騨川沿いのそば屋を見つけました。
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 昭和レトロがいいですね。
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 飛騨川が眼下に見えました。おいしかったし、ゆったりさせてもらいました。
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 JR下呂駅に戻ってきました。
by gipsypapa | 2017-01-11 09:36 | | Trackback | Comments(0)

下呂温泉合掌村

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 下呂温泉合掌村は温泉街から東に進んだ町外れの高台にあります。明治村や開拓の村、四国村のような、いわゆる野外建物博物館で、下呂温泉でもっとも大規模な観光施設です。

 国の重要文化財「旧大戸家住宅」や、有形文化財の旧岩崎家住宅、旧遠山家板倉を中心に、合掌造りの集落として有名な白川郷と五箇山から移築保存された家屋10棟が点在しています。これらの茅葺家屋はいずれも江戸時代のものまたそれぞれの住宅内で、飛騨地方の民具など生活文化が展示などがされていたり、日本で唯一常設の影絵劇場の影絵昔話館「しらさぎ座」があります。

下呂温泉合掌村
江戸時代
設計・施工 : 不明
岐阜県下呂市森2369
撮影 : 2015.1.31
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 旧大戸家住宅
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  江戸中期の建築で、本を伏せたような屋根の形である切妻造り茅葺。木造1階建てで屋根裏にも部屋がある大規模な住宅です。
 
 富山県南砺市の五箇山から移築されました。白川郷の合掌造りは、屋根の三角部分が側面になる「平入り」であるが、この建物は三角部分が家の正面になる「妻入」で、五箇山の伝統的な合掌造りと言われています。国の重要文化財の一重三階、切妻造、茅葺。

旧大戸家住宅
1833(天保4)年 / 1968(昭和43)年移築
重要文化財
設計・施工 : 不明
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 旧岩崎家住宅
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 切妻造妻入茅葺。南に土間、北半部は「田」の字型四間取りになっています。五箇山地方合掌造民家の古例だそうですが、白川郷のそれとの区別はつきませんね。ここは民族資料館になっています。国の登録有形文化財の木造平屋建、茅葺。

旧岩崎家住宅
江戸時代 / 1968(昭和43)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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 旧遠山家板倉
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 白川郷御母衣にある「旧遠山家住宅」(1971年に国の重要文化財に指定)の倉を1963年に移築。

 1810年に建てられた木造倉庫で、板で壁を二重にしているため板倉と呼ばれています。2階の床板と横木が1階の天井となっている「根太(ねだ)天井」で、養蚕農家の建築様式だそうです。国の登録有形文化財の木造平屋建、茅葺。

旧遠山家板倉
1810(文化7)年 / 1963(昭和38)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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 ↑ は影絵劇場の影絵昔話館「しらさぎ座」として使われています。
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 旧伊並家住宅。食堂と茶屋になっています。
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 それぞれの家屋は民芸品の展示場やみやげ物や、小物の売店になっています。
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 村内には小さいながらも日本庭園もありました。
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by gipsypapa | 2017-01-09 10:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

楽水園

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 最近は冬の福岡への帰省は混雑回避のために正月明けの1月中旬にしています。このブログでは何回か書いていますが、市内の洋風のレトロな建物の数が少なく、しかもほぼ全部見てしまいました。行くところがなくなってきたので、今回は東区の寺社を中心に一回りすることにしました。

 JR博多駅の近傍は博多区です。自分の実家は西区なので反対側。生まれてから就職するまで過ごした福岡市ですが、この周辺はほとんど歩いたことがないのです。

 最初の訪問地は楽水園(らくすいえん)、博多駅近くのオフィス街の一画にある日本庭園。ここは明治39年に建てられた、博多商人の下澤善右衛門親正(しもざわ ぜんえもん ちかまさ)の住吉別荘があった跡地です。親正は、父尚正(なおまさ)と親子二代にわたり、家業と並んで福博の発展に貢献した人物で、「楽水」とは、親正の雅号だそうです。

 戦後は旅館「楽水荘」として使用され、平成7年に福岡市が池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)の日本庭園として整備して開園しました。風雅な茶室を備えた日本庭園に博多の町の復興の象徴である博多塀を再現しています。

楽水園
明治後期
設計・施工 : 不明
福岡市博多区住吉2-10-7
撮影 : 2015.1.19
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 アプローチにあるのが博多塀。
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 豊臣秀吉が博多の町の戦災復興、いわゆる太閤町割りを行ったとき、神社・仏閣や豪商の屋敷に築かれた土塀の一種。兵火による焼石、焼け瓦を粘土で固めてつくられ、「博多塀」と呼ばれました。
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 博多塀の細道の奥が受付です。
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 池泉回遊式の日本庭園の自然石を配した滝口。
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 飛び石の上に小石が乗っています。これ以上奥へ行かないように印の止め石です。
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 水琴窟。蹲踞(つくばい)の水落ちの箇所にある排水口の下の地中に伏瓶や小洞窟を設け、その中に生じる水滴の反響音を楽しむものです。耳をすますと地中から、かすかな音色が響きます。伊豆半島の松崎でも見ました。
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 園内の茶室「楽水庵」は、下澤親正が建てた茶室を復元したものです。
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 和室は炉を設けた8帖の和室2間と、6帖の和室を備えた続き間。
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by gipsypapa | 2015-07-15 09:01 | | Trackback | Comments(2)

高槻市旧魚屋町の町家

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 初詣が済んで、阪急の高槻市駅へ戻る途中に古い町屋が立ち並ぶ一角がありました。高槻市旧城下町で、昔は魚屋町といわれた町並みです。「魚屋町」というからに、江戸時代に魚屋さんが並んでいたのかもしれません。現在は魚屋町という地名はなく、大手町になっています。

旧魚屋町の町家
詳細不明
高槻市大手町5 付近
撮影 : 2015.1.3
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 横長の町家の屋根にあるのは煙出しでしょう。かなり古い住宅だと思われます。
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 自治会は今も魚屋町なのでしょうか。
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 江戸時代の町家建築の特徴の虫籠窓(むしこまど)です。
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by gipsypapa | 2015-07-08 08:56 | 建築 | Trackback | Comments(2)

桑名の料亭とレストラン

 江戸時代から「その手は桑名の焼きはまぐり」といわれるほど蛤が名物の桑名市。町の規模の割には飲食店が多いと感じました。さらにいずれも高級な店ばかり。街歩きの途中に目を引いたいくつかの店を紹介します。
撮影 : 2014.11.24

歌行灯本店
桑名市江戸町10
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 歌行灯本店はうどんと日本料理と蛤料理のお店です。歌行灯は泉鏡花の小説の題名からとっています。これはこの後の船津屋で出てきます。
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 食べログに内部写真がありましたので借用します。
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割烹日の出
桑名市川口町19
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 蛤鍋が有名な、割烹・季節料理のお店、割烹日の出です。
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 食べログの写真です。↓
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 これが名物の蛤鍋のようです。
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料理旅館山月
桑名市船馬町32
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 旧東海道「七里の渡」船着場には江戸時代の本陣と脇本陣がありました。山月は脇本陣駿河屋だったもので、創業明治38年の老舗料理旅館です。ここも蛤料理と懐石料理で、少人数なら宿泊でき、宴会なら100名規模までできるとか。
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 大きな店みたいですが、HPや食べログの写真情報が見つかりませんでした。

ザ フナツヤ(船津屋)
桑名市船馬町30
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 その隣が本陣だった船津屋。明治8年創業の老舗料理旅館で桑名ではよく知られています。1990年代まで旅館として、その後は料亭営業していました。現在はリニューアルして和を生かしたモダンなレストランと結婚式場なっています。
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 泉鏡花がこの宿で執筆した小説「歌行燈(うたあんどん)」の舞台になっています。
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 その歌行燈句碑が塀に掲げてありました。
 以下も食べログから。↓
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れすとらん あずまや
桑名市川口町10
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 七里の渡の近くにある桑名では数少ない洋食店。とはいえ、ここも蛤を洋風焼き蛤やグラタン、チャウダー、フライなど、洋食のレシピでアレンジしているそうです。ネット情報では全5品をコース仕立てにした「蛤セット」がおすすめだとか。さすが桑名!
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 ハマグリ・・・ハマグリ・・・

柿安料亭本店
桑名市江戸町36
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 創業明治4年の柿安料亭本店。こちらは牛料理の店です。やっと普通のお店が・・・(笑)
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 以下は食べログから。
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タイル張りの民家
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 おまけです。「あずまや」の隣に陸屋根の変わった建物があります。白いタイル張りの洋風建築なのに、玄関回りは和風です。
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by gipsypapa | 2015-06-18 10:01 | | Trackback | Comments(2)

桑名の街歩き(その1)

 桑名は揖斐川の西岸にあり、江戸時代には桑名藩11万石の城下町で、東海道五十三次で知られる東海道42番目の宿駅・桑名宿として栄えました。桑名城跡は九華公園として整備されています。

 揖斐川(いびがわ)に面する川口樋門から南大手橋に至る三之丸掘の石垣約500mが現存する城壁です。この日は堀に沿って南から北へ歩きました。
撮影 : 2014.11.24

北大手橋
三重県桑名市三之丸
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 堀にはいくつかの橋が架かっています。まず北大手橋です。
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 堀は船寄場になっています。ここから堀を北上すると揖斐川に出るので、ひいては海に通じているわけです。

多聞橋
三重県桑名市三之丸
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 意匠を凝らした橋です。
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 この袂も船寄場です。
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七里の渡跡
桑名市東船馬町
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 七里の渡し(しちりのわたし)は東海道五十三次で知られる宮宿(愛知県名古屋市熱田区)から桑名宿(三重県桑名市)までの海上の渡しで、東海道における唯一の海上路でした。
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 七里の渡しの名称は、移動距離が7里であったことに由来します。渡し船によって移動し、所要時間は約4時間だったそうです。
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 ここにある大鳥居は、これより伊勢路に入ることから「伊勢国一の鳥居」と称され、伊勢神宮の遷宮ごとに建て替えられています。
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蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)
桑名市川口町
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 七里の渡に面して建てられた河口のまち桑名を象徴する蟠龍櫓。かつては東海道を行き交う人々が必ず目にした桑名のシンボルを忠実に復元しましたものです。「蟠龍」とは、天に昇る前のうずくまった状態の龍のことだそうです。龍は水を司る聖獣で、航海の守護神としてここに据えられたものと考えられています。
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 徳川家康の重鎮、本田忠勝。武勇をはせた武将ですが、桑名10万石の城主になったのですね。
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 揖斐川が眼下に見えます。
by gipsypapa | 2015-06-17 10:00 | | Trackback | Comments(2)

宮津のレトロ建築

城崎温泉からスタートした北近畿の旅。宮津編の最後です。残りの物件をまとめてアップします。
撮影 : 2014.10.28

古川歯科医院
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 茶六別館の南側の角にある病院。かなりレトロ感があります。

古川歯科医院
詳細不明
宮津市島崎2039
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NM邸
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 古川歯科医院東側の和風の邸宅。

NM邸
詳細不明
宮津市島崎
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正体不明の木造建築
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 府道9号線沿いにある2階建ての木造建築。住宅かもしれませんが、窓が少ないし、ベランダが北に1か所の変化のない外観なので、公民館みたいなものだったのかもしれません。

正体不明の木造建築
詳細不明
宮津市宮本425
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TD邸
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 はっきり覚えていませんが、昔の花街だった新浜通りにある町屋の一つだったと思います。

TD邸
詳細不明
宮津市魚屋
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by gipsypapa | 2015-05-22 09:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)

一色稲荷社

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 宮津駅前から大通を西へ進んだところにある一色稲荷(いっしきいなり)。江戸初期に細川忠興(ほそかわ ただおき)により謀殺された丹後守護、一色五郎(実名は不明)の墓であると伝えられているそうです。

 一色氏の当主で細川藤孝の娘むこの亊と思われ、その復讐戦に挑んだ一色義清が果たせずに自刃した地でもあるようです。一色氏の鎮魂のために建てられた神社です。木造平屋建て。

一色稲荷社
詳細不明
宮津市鶴賀2084付近
撮影 : 2014.10.28
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by gipsypapa | 2015-05-15 07:53 | 建築 | Trackback | Comments(2)

城崎から天橋立へ

翌朝は城崎温泉を発って、次の宿泊地の宮津市に向かいました。朝から小雨模様でしたので、雨が降っていたら直行、止んだら途中下車して天橋立を歩く予定でした。
撮影:2014.10.27
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 城崎温泉駅はJR山陰本線の駅。ここから南下して豊岡駅へ。
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 豊岡で北近畿タンゴ鉄道(KTR)に乗り換えて、宮津方面へ向かいます。
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 観光列車「あかまつ」「くろまつ」「あおまつ」が走っているそうです。
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 乗ったのは西舞鶴行の普通列車です。ローカル色がいっぱいですが、車内はがらがらでした。
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 車中では雨が降っていましたが、天橋立駅に着くころには雨も止んでいたので下車しました。天橋立(あまのはしだて)は、京都府宮津市の宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔てる砂州で日本三景の一つです。
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 まず駅前の食堂で腹ごしらえです。
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 まず廻旋橋へ。 天橋立の大橋立と小橋立を結び、橋の中央部分が90度回転する可動橋です。1923年に人力で動く橋が完成し、1957年から現在の電動式になったそうです。
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 着いた時にはほとんど閉まりかけでしたので、開いているウィキペディアの写真を借用します。
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 観光船の船着場です。
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 知恵の輪灯篭。元々近くを往来する船の安全を祈って建立されたそうです。
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 もう一つ大橋立を渡ります。
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 すぐ左にあるのは「はしだて茶屋」。
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 あとは松林の一本道。天橋立を歩いて渡って片道1時間弱かかりました。
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 途中にいろいろな見どころがありました。なぜか軍艦春日の大砲もあります。
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 天橋立神社(橋立明神)。
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 環境省選定の名水百選に選ばれている磯清水。
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 砂嘴にある井戸で両側が海であるにもかかわらず、口に含んでも塩味を感じない不思議な名水として古くから珍重されているそうです。ただし湧き水なので飲まないように注意する立て札が立っていました。
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 これが砂浜です。白砂青松といわれた天橋立ですが、白砂ではないです。天気が悪いだけではありません。
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 テレビで見たことがあります。近年は砂州の侵食が顕著になり、縮小・消滅の危機にあるとかで、砂浜の維持のために砂を補給しました。その砂に雑草などの種子が混ざっていて、草が生えてきたのです。
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 南から渡って北側に到着。また歩いて南の駅を目指し戻りました。
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 天気も悪いし砂浜もイマイチでした。ウィキペディアの写真を借用します。これくらいきれいだったらいいのに。
by gipsypapa | 2015-04-22 09:50 | | Trackback | Comments(2)