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耕三寺 未来心の丘

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耕三寺の裏山を登っていくと、西側にある「未来心の丘(みらいしんのおか)」。広さ5,000平方メートルにもおよぶ白い大理石の庭園です。高台に地中海かエーゲ海を思わせる大理石のシュールな彫刻やモニュメントがあります。

彫刻家の杭谷一東(くえたにいっとう)の手による作品群で、ここに使用されている大理石のすべては彼のアトリエがあるイタリア・カッラーラで採掘し、コンテナ船で運んできているそうです。まだまだ、発展中の公園だとか。

ウィキペディアによると、杭谷一東はイタリアでペリクレ・ファッツィーニに師事。イタリアカッラーラにアトリエを構え、制作活動を行なっているそうです。彫刻作品と自然景観との融合を目指した「環境彫刻」がライフワークとか。出身地の広島県を中心に多くの作品があります。

耕三寺 未来心の丘
彫刻 : 杭谷一東
尾道市瀬戸田町瀬戸田553-2
撮影 : 2017.02.13
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耕三寺本堂の裏にエレベーターがあります。
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上っていく道から、すでに大理石。
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光明の塔というそうです。
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展望を意識して作られたようです。造船所が見えています。内海造船の瀬戸田工場です。
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広場にあるカフェクオーレも大理石でできた店です。
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入らなかったので、食べログの写真をいくつか。
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それにしても耕三寺耕三さんの趣味も多彩です。


by gipsypapa | 2017-10-16 07:40 | | Trackback | Comments(1)

三原から生口島の瀬戸田へ

急に思い立って瀬戸田へ行くことにしました。お目当ては有形文化財が山盛りの耕三寺を見ることでしたが、他にも見所があります。今日からしばらく瀬戸田です。瀬戸田町は瀬戸内海に浮かぶ芸予諸島の生口島の大部分と高根島からなる町で、陸路は「しまなみ海道」を通って、海路は三原または尾道からフェリーで行くことができます。私たちは時間的に行きやすかった三原から高速船で渡りました。
撮影 : 2017.2.13
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新幹線「さくら」と「こだま」を乗り継いでJR三原駅へ。
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三原は「タコのまち」らしいです。
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これは在来線の電車です。
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町の中にもタコがいます。合格ダコ。
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駅からは数分の距離。地下道を通って三原港へ。
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弓場(ゆげ)汽船の高速船に乗ります。
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瀬戸田までは30分弱の船旅です。
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しまなみ街道の尾道大橋が遠くに見えています。
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途中、生口島の沢港を経由して瀬戸田港へ到着。
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あとで、知ることになりますが、町のあちこちで見かけた特徴のある人形がここにも。
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1814(文化9)年に建立された石灯籠。高さは約4メートルです。

by gipsypapa | 2017-10-09 08:26 | | Trackback | Comments(2)

東福寺常楽庵 開山堂

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東福寺の中心部から北へ向かい、通天橋を渡ったところにある開山堂、別名「常楽庵(じょうらくあん)」へ行きました。開山堂というのは、仏教寺院において開山の像を祀った堂のことだそうです。ここでも開山・聖一国師(円爾)を祀っています。

最初の建物が1819(文政2)年に焼失したため、1823(文政6)年に、江戸時代の公卿一条忠良(いちじょう ただよし)によって再建された2階建の楼閣で、開山円爾像を安置しています。また常楽庵は枯山水と池泉式の庭園が、ふたつでひとつの庭園を構成する、見所が多いところです。国の重要文化財の平屋建て、一部楼閣付き。

常楽庵 開山堂・昭堂
1823(文政6)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
京都市東山区本町15−778
撮影 : 2016.12.2
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上層は楼閣風で「伝衣閣」(でんねかく)と呼ばれます。金閣(鹿苑寺)、銀閣(慈照寺)、飛雲閣(西本願寺)、呑湖閣(大徳寺塔頭芳春院)と並ぶ「京の五閣」の一つだとか。
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参道をはさんで二つの日本庭園があります。作庭者は不明ですが、いずれも江戸時代のものです。
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西側は枯山水庭園で、波紋で市松模様がつけられていました。
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反対の参道東側は緑が美しい池泉と築山で構成された池泉回遊庭園。
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石組みと石橋が、刈り込んだサツキの間に配置されています。
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建物が普門院ともいわれるため、庭園は東福寺普門院庭園と呼ばれるようです。
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これで東福寺を終わり、次回から尾道市の生口島をアップします。

by gipsypapa | 2017-10-07 09:14 | 建築 | Trackback | Comments(2)

慧日山 東福寺

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東福寺(とうふくじ)は、1236(嘉禎2)年に創建された臨済宗東福寺派大本山の寺院で、山号は慧日山(えにちさん)です。鎌倉時代初期に九条道家(くじょう みちいえ)により九条家の菩提寺として伽藍を建立したことに始まるとか。寺名は、奈良の東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとって東福寺としたそうです。

25の塔頭(たっとう)寺院を持つ巨大な寺院で、三門、本堂、方丈、庫裏などの主要伽藍が軒並み、国宝や国の重要文化財に指定されています。また、秋は紅葉の名所として賑わうことで知られるほか、重森三玲(しげもり みれい)作庭の庭園が有名で見所になっています。

慧日山 東福寺
京都市東山区本町15−778
撮影 : 2016.12.2
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この年は、初めて紅葉の見ごろの11月12日から30日まで、事故防止と混雑緩和のため、主な紅葉の撮影スポットになる通天橋と臥雲(がうん)橋上での撮影が禁止されているというニュースをテレビで見ました。
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警備員や誘導係を多く配置して混雑解消に努めてきたが、近年は海外からの観光客が増えて、撮影で立ち止まる人が多く、行列が動かなくなる時もあるそうです。
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ということで、紅葉の見ごろ期間が終わるのを待ちました。12月になったので、通行禁止も解けたので、紅葉も終わりかけのはず。重森三玲の庭が見たかったこともあり、出かけました。

臥雲橋(がうんきょう)
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東福寺の洗玉澗(三ノ橋川の渓谷)に架けれた3つの橋は、「東福寺三名橋」と呼ばれています。この臥雲橋は三名橋の中で最も下流に架かっている橋で、境内というより公道の間にある橋です。最盛期を過ぎたとはいえ、多くの観光客です。警備の人が、同じ場所で長い間撮影していると、注意する光景も見受けました。

臥雲橋
詳細 : 不明
京都府重要文化財
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日下門(にっかもん)というところから境内へ。これも京都府指定文化財です。

禅堂
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入ってすぐ右手にあるのは禅堂。切妻造りの国の重要文化財です。

禅堂
室町前期
重要文化財

本堂(仏殿)
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境内中央に建つ本堂は新しい建物です。明治後期に仏殿と法堂が消失したため、1934(昭和9)年再建されました。昭和期の木造建築としては最大級のものです。

本堂(仏殿)
1934(昭和9)年
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三門

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境内の南に構える三門。室町時代に足利義持が再建した、現存する禅寺の三門としては日本最古のものだとか。正面に巨大な6本の柱が並び、中央3間が通路になっています。東福寺の建造物としては、唯一、国宝に指定されている二重門。建造年についてはネット上では1405(応永12)年と1425(応永32)年と二つあり、正解はわかりません。

三門
室町初期
1405(応永12)年
国宝
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門の南にある思遠池(しおんち)は放生池で、中央に三門へとつながる石橋が懸けられています。
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六波羅門(ろくはらもん)
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境内南側の通用門は鎌倉前期のもので、1221年(承久3年)に後鳥羽上皇により起こされた「承久の乱」の後、朝廷を監視する目的で執権北条氏により京都に置かれた六波羅探題の遺構を移築したものと伝わっています。寺内で最も古い建築物の一つで、国の重要文化財に指定されています。

六波羅門
鎌倉前期
重要文化財

浴室(よくしつ)
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境内の南、三門の東側にある入母屋造りの浴室。国内最大で、室町時代の築と考えられ、禅宗では現存最古の浴室であることから、重要文化財にも指定されています。

浴室
1459((長禄3)年ころ
重要文化財
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蒸し風呂だったようで、現在でも使用できるほどの近代的なシステムだそうです。

五社成就宮(ごしゃじょうじゅきゅう)
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入口にある石の鳥居、この鳥居をくぐって石段を上がった先に本殿があります。東福寺の鎮守社で、石清水八幡・賀茂・稲荷・春日・日吉の五社を祀ることから「五社明神社」とも呼ばれています。京都府の有形文化財の一間社流造り。

五社成就宮
1594(文禄3)年
京都府指定文化財
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十三重石塔(じゅうさんじゅうせきとう)
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花崗岩製の石塔で比良の魔王を祀ったもので、南北朝時代に東福寺の創立祈願のために建立されたそうです。国の重要文化財の石塔。

十三重石塔
1343(康永2)年
重要文化財

鐘楼
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五社成就宮のある広場のにあるのは鐘楼。江戸時代の建立で、京都府指定文化財。梵鐘には1954年(昭和29年)の刻印があるそうです。鐘は戦時中に徴収されたのでしょうか。

鐘楼
1671(寛文11)年
京都府指定文化財

庫裏(くり)
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本堂(仏殿)の北側に方丈に接続して建っています。明治14年に消失したため、明治45年に再建されました。明治天皇皇后であった昭憲皇太后の恩賜建築だそうです。庫裡(庫裏)は寺院における台所、つまり食事を作る建物を指しますが、住職やその家族、あるいは僧侶の生活する場所であったり、寺務などが執り行われる場合もあるそうです。

庫裏
1910(明治43)年

経蔵(きょうぞう)
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開山の円爾弁円(聖一国師)は、仁治2年(1241)宋持ち帰ったの多くの経典が納められていた経蔵で、江戸時代の寛政5年(1793)の再建されたものです。

経蔵
1793(寛政5)年

愛染堂(あいぜんどう).
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朱色が鮮やかな八角形の愛染堂。元は、南北朝時代、東福寺の塔頭だった三聖寺に建てられましたが、室戸台風で倒壊。この場所に移築再建されたものだそうです。愛染明王を祀っています。

愛染堂
詳細不明

通天橋
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通天橋は、境内中央の仏殿・方丈から北側にある開山堂(常楽庵)に至る渓谷の洗玉澗に架けられた橋廊で、紅葉を楽しむ最良のスポットになっています。1380年に春屋妙葩(しゅんおくみょうは)が谷を渡る苦労から僧を助ける為に、橋を架けたと伝えられています。元の橋が伊勢湾台風で倒壊したため、昭和36年に建て替えられました。上部は木製の橋ですが、橋脚部分は鉄筋コンクリートです。

通天橋
1961(昭和36)年
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通天橋の向こうにある開山堂(常楽庵)へ向かうのに通天橋拝観券販売所で拝観料400円を払って、洗玉澗(せんぎょくかん)という渓谷のそばを通ります。最盛期を過ぎたとはいえ、まだ見事な紅葉でした。
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これ以降はウィキペディアから。
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安藤広重の通天橋。次回からは、東福寺の美しい庭園に注目します。

by gipsypapa | 2017-10-04 09:45 | 建築 | Trackback | Comments(4)

巣鴨地蔵通り商店街と「とげぬき地蔵」高岩寺

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翌日は大阪に帰る前に。一度は行ってみたかった巣鴨へ。高岩寺がある巣鴨地蔵通り商店街周辺は、「おばあちゃんの原宿」として、多くの高齢者で賑わっているとかで有名です。

巣鴨地蔵通り商店街
東京都豊島区巣鴨
撮影 : 2016.11.27
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JR巣鴨駅から歩いて数分。巣鴨地蔵通り商店街の南の入り口へ。
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確かに歩いている年齢層は高いかな。でも若い観光客もちらほら。
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「日本一の赤パンツ」が目印の「赤パンツ」専門店。赤パンツの元祖「巣鴨のマルジ」があります。東京都豊島区巣鴨4-22-8
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チンドン屋の3人組と遭遇。これ巣鴨では日常風景らしいです。



萬頂山 高岩寺
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「とげぬき地蔵」の高岩寺です。開基は古く、慶長元年(1596年)。江戸湯島に開かれた高岩寺は、明治24年(1891年)に、ここ巣鴨に移りました。ある女性が、口にくわえた針を誤って飲み込んでしまったとき、このお寺の本尊・延命地蔵菩薩の写しを飲ませたところ、針が地蔵尊の御影を貫いて出てきたというのが「とげ抜き地蔵」と呼ばれる由来です。本堂は1957年(昭和32年)の建立で、設計者は東北大学教授の横山秀哉。国の登録有形文化財に登録された鉄筋コンクリート造り、平屋建て、地下1階。

萬頂山 高岩寺本堂
1957(昭和32)年
登録有形文化財
設計 : 横山秀哉
施工 : 不明
東京都豊島区巣鴨3-35-2
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文化遺産オンラインの写真。地下に事務機能があるらしいです。地下室があるとは知りませんでした。
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by gipsypapa | 2017-09-29 06:36 | 建築 | Trackback | Comments(2)

JR日高本線沿いの街道を走って帰路へ

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最後の観光地の襟裳岬を後にしたあとは、北海道の太平洋岸をひたすら走って、新千歳空港へ。道路は一本、北海道道236号から235号へ、JR日高本線と平行していますが、線路に列車を見ることはありませんでした。
撮影 : 2016.11.7
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最初とこの写真は休憩した道の駅の隣にあるレ・コード館。時間があれば、覗いてみたかったところです。馬のひづめにレコードが飾ってあります。
北海道新冠郡新冠町字中央町1-4
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この周辺の日高地方は日本一の競走馬の産地です。競走馬の牧場の7割近くが日高にあるとか。浦河警察署です。ここにも馬のひづめのモニュメントがあります。
北海道浦河郡浦河町築地2丁目2−4
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街灯には馬があしらわれているのは、そのためです。
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海岸沿いを走っています。カモメの群れ。
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数年前のウィキペディアの写真。JR日高本線と平行して走りましたが列車とは遭遇しませんでした。2015年と2016年の台風被害でかなりの区間が不通になったままらしいです。
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これもウィキペディアから。かなりの距離は海岸線のすぐそばを通っています。この優雅な風景が戻ってくる日があるんでしょうか。
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4日間、バスで走り続けて北海道を1週する、弾丸ツアーが終わり、新千歳から伊丹空港へ飛びました。
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大阪の夜景です。
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再び20℃近い通常の生活へ戻ります。


by gipsypapa | 2017-09-24 08:38 | | Trackback | Comments(2)

襟裳岬と灯台

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3大岬巡りの最後は、最近北朝鮮のミサイル発射でよく聞くようになった襟裳岬(えりもみさき)です。襟裳岬は日高山脈の最南端で、太平洋に向かって南へ突き出した岬で、海上に岩礁群が伸びています。岬の周囲は高さ60 mの断崖で、眺望が開けているため、日高山脈襟裳国定公園の中核を成す観光地となっています。

襟裳岬
北海道幌泉郡えりも町えりも岬
撮影 : 2016.11.7
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「襟裳岬」の歌碑です。歌碑は二つあり、一つは島倉千代子の曲(1961年、丘灯至夫作詞・遠藤実作曲)のもので1971年建立、もう一つが森進一の曲(1974年、岡本おさみ作詞・吉田拓郎作曲)のもので1997年建立だとか。
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中には入りませんでしたが「風の館」という半地下の建物があります。
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風が強いことで知られるそうで、風速が計測できる全国900以上の山岳を除くアメダス地点で、年平均風速がもっとも大きいのが襟裳岬だとか。
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これと次の写真はネットから借用しました。
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中では強風の体験などができるようです。
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襟裳岬灯台
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襟裳岬先端に立つ白亜の大型灯台で、初点灯は1889(明治22)年の古くからある灯台ですが、 第二次世界大戦時の爆撃で破壊され、現在の灯台は1950(昭和25)に 再建された2代目です。「日本の灯台50選」にも選ばれている、白色 塔形 コンクリート造り。

襟裳岬灯台
1950(昭和25)年
日本の灯台50選
設計・施工 : 不明
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岬の遠景。ネットにあった写真を借用しました。右上に灯台と風の館が見えます。


by gipsypapa | 2017-09-23 08:33 | 建築 | Trackback | Comments(2)

十勝平野を走る

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3泊目、最後の宿は十勝幕別温泉のホテルでした。最終日は十勝平野を南下して襟裳岬に向かいました。十勝平野(とかちへいや)は、北海道東部の十勝川流域に広がる平野で、西は日高山脈、北は石狩山地、東は白糠丘陵に囲まれ、南部は太平洋に面した台地性の平野。広大な畑作地帯で、豆類やジャガイモの生産が多く、酪農も盛んな地域です。
撮影 : 2016.11.7
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関係ありませんが、泊まったホテルのロビーにクラシックカーがありました。1929年型フォード・キャブリオレのレプリカだとか。
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十勝川本支流の流域に広がっています。
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一昨日の雪が残っています。
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土壌浸食を防ぐカラマツやシラカバの防風林が見事な景観。
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「日本のウクライナ」ともいわれるほど畑作が盛んな地域なのです。

by gipsypapa | 2017-09-22 08:06 | | Trackback | Comments(2)

霧多布湿原センター

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三日目の宿に向かう途中に休憩した霧多布湿原(きりたっぷしつげん)です。釧路湿原、別寒辺牛川流域湿原、根釧原野湿原群、サロベツ原野に次いで国内5番目の広さがあるとか。]春から秋まで、さまざまな花が咲いて、花の湿原とも呼ばれています。

霧多布湿原センター
北海道厚岸郡浜中町6番沢20番地
撮影 : 2016.11.6
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湿原センターです。ネットの写真を借用しました。
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湿原を眺めながら食べる牛乳とソフトクリームがお勧めです。
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見所は9月までらしく、このときは草原と湿原しか見えませんでした。
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これ以下はネットにあった花の湿原です。
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エゾカンゾウ。
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白いワタスゲの実。、

by gipsypapa | 2017-09-21 08:16 | | Trackback | Comments(0)

納沙布岬(のさっぷみさき)と灯台

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3大岬巡りの2番目の訪問地は納沙布(のさっぷ)岬です。根室半島の先端、東経145°49′、北緯43°22′に位置し、離島(東京都小笠原村の南鳥島や北方四島)を除けば日本の本土最東端です。

先にアップした稚内の野寒布(のしゃっぷ)岬は樺太(カラフト)を望む岬でしたが、ここは北方四島や知床半島を望むことができる、風光明媚の地で、一般人が訪問可能な日本最東端地点です。
撮影 : 2016.11.6
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「四島のかけはしと祈りの火」のモニュメント。
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地図があります。北方四島の歯舞群島のうち、貝殻島と水晶島が目の前です。
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望郷の塔オーロラタワー。少し内陸側に立っています。
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納沙布岬灯台

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納沙布岬の突端に立つ白亜塔形の中型灯台で、現存する北海道最古の灯台です。初代納沙布岬灯台は1872(明治5)年に 「日本の灯台の父」と称される英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計により建設、点灯されました。

当時の灯台は六角木造で光源に石油を使用していたそうです。1930(昭和5)年に現在のコンクリート造りの灯台に改築され、職員が灯台に滞在し管理していましたが、 1998(平成10)年から無人化されています。「日本の灯台50選」の鉄筋コンクリート造り。

納沙布岬灯台
1930(昭和5)年
日本の灯台50選
設計・施工 : 不明
北海道根室市納沙布
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海上保安庁のHPにある写真を借用しました。
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これ以下もネットから借用しています。
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右上に見えているのは貝殻島か?


by gipsypapa | 2017-09-20 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(2)