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箱根富士屋ホテル本館

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 クラシックホテルツアーの最後の宿泊は箱根富士屋ホテルです。山口仙之助(やまぐち・せんのすけ 1851-1915)という人が、 箱根宮ノ下に500年の歴史を有する藤屋旅館を買収して洋風に改造して、外国人専用のリゾートホテルとして1878((明治11)年に開業。日本を代表するクラシックホテルで、本館はこれまでに宿泊した万平ホテルや日光金谷ホテルよりも古く1891(明治24)年の竣工です。c0112559_948516.jpg

 本館はいずれも特徴的な富士屋ホテルの建物群の中で一番歴史のある建物です。明治時代に建てられた外国人向けホテルに共通した社寺建築を思わせる瓦葺屋根、唐破風の玄関が特徴です。一方、内装は欧風の意匠や設備を有し、和と洋が融合された、独特の雰囲気を感じさせる華麗な建物です。

 地下の回転扉を入ると、すぐに階段。そこを上った1階はテラスで広場のような空間があり、そこが玄関になっている特殊な形式です。1階の正面中央には唐破風屋根の玄関ポーチを置き,左右に八角平面の突出部を張り出した左右対称の外観です。

 ホテルにはこの後紹介する西洋館、花御殿と食堂棟が並び立っており、築年はばらばらですが、それぞれが雰囲気のある回廊でつながっていて、外に出なくても建物間の移動ができて便利です。築後120年を経ても高級感を保って、箱根のランドマークであり続ける名作です。

 工事請負の河原兵次郎は小田原の大工棟梁。国の登録有形文化財と近代化産業遺産の木造2階建て、地下1階。

箱根富士屋ホテル本館
1891(明治24)年
登録有形文化財
近代化産業遺産
設計・施工 : 河原兵次郎(工事請負)
足柄下郡箱根町宮の下359
撮影 : 2013.10.9-10
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 ホテルマップです。↑ クリックすると大きくなります。
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 外部からのアプローチは地下部分。この回転ドアから入ります。
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 富士屋ホテルの特徴でもある、4棟をつなぐ回廊の地下部分。西洋館への通路です。
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 階段を上った1階のアプローチは広いテラスのようになっています。
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 1階の玄関ポーチの左の大きなサンルームはティーラウンジ。
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 階の正面玄関からフロントをつなぐ階段にある面白い登り竜の親柱。
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 フロント前の柱には尾長鶏がいました。
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 1階から見下ろす地下1階の回転ドア。
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 2階の唐破風。
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 ここが正式の正面玄関。
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 正面玄関を覆うように羽を伸ばす鳳凰をアップで。
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by gipsypapa | 2014-03-22 10:15 | 建築 | Trackback | Comments(4)

横濵關帝廟と媽祖廟

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 関帝廟(かんていびょう)は、三国志で有名な関帝(関羽 字は雲長)を祀る廟。関羽は、信義や義侠心に厚い武将として名高く、中国の民衆によって様々な伝承や信仰が産まれ、また後の王朝によって神格化されていきました。その関羽を祭ったほこらが関帝廟の始まりで、世界中に華僑が散らばっていったときに、商売が繁盛を祈願して、その各地の居住区に関帝廟を立てました。そのため世界中の中華街などに関帝廟があります。

 日本では]函館市、横浜市、和歌山県那智勝浦町、京都福知山市、神戸市、大阪市、北天神、長崎市崇福寺、長崎市興福寺、沖縄那覇市などにあります。

 横浜の關帝廟は国内最大規模ですが、現在の建物は4代目になります。1986年(昭和61年)元旦の火災で廟は焼失しましたが、奇跡的にご本尊關羽と観音媽、地母娘娘の諸神明像は難を逃れました。

 その後、横濵關帝廟再建委員会が組織され、募金を集めて再建されたのは、1990(平成2)年です。 廟の設計は横浜華人の建築士が担当し、堂屋・堂宇の装飾、構築部分は可能な限り本国より寄せ、大陸・台湾の匠が技をふるたそうです。

横濵關帝廟
1990(平成2)年
設計 : 横浜華人の建築士
施工 : 清水建築
横浜市中区山下町140
撮影 : 2006.4.30 & 2012.12.8
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横濱媽祖廟
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 中華街にあるもうひとつの寺院。
 横濱媽祖廟【よこはままそびょう】は、北宋時代(960年-1127年)に、神通力を使い、雲に乗って島を巡回し、お札の力で悪や災いを退け、人々の病を癒したと言われる、媽祖をまつる道教寺院です。航海の安全を護る海の神として、また 、自然災害や疫病、戦争、盗賊から人々を護る女神として、現在でも中国大陸や台湾はもとより華僑が住む世界各地で信仰されています。

この寺院は最近建てられたもので、私が最初に訪ねたのはできたばかりの時だったようです。

横濱媽祖廟【よこはままそびょう】
2006(平成18)年
横浜市中区山下町136
撮影 : 2006.4.30 & 2012.12.8
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 これで今回の横浜編を終わります。
 なお、明日からしばらく旅行のためお休みを頂き、来週末に再開します。
by gipsypapa | 2013-10-06 16:09 | 建築 | Trackback | Comments(2)

横浜中華街

 昼食は中華街で。横浜中華街は中区山下町一帯に所在するチャイナタウンです。1955年以前は唐人町や南京町と呼ばれていたそうです。約0.2平方キロのエリア内に500店以上の店舗があり、日本最大かつ東アジア最大の中華街。日本では、神戸南京町や長崎新地中華街とともに三大中華街と言われています。いずれも訪ねたことがありますが、確かにスケールでは横浜が一番大きいのは間違いありません。

 街は異国情緒いっぱいで、かつレトロな印象を受け、古そうな店舗が並んでいます。しかし、現実には昭和20(1945)年5月29日、中華街は大空襲によって焼き尽くされ、一面焼け野原となったそうなので、現在の建物は古いものでも、ほとんどが戦後の築と思われます。気になった建物を随時紹介します。

横浜市中華街
横浜市中区山下町
撮影 : 2012.12.9

中華菜館同發別館
 築年は不明ですが、今日紹介する建物の中では最も古いのではないでしょうか。
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こちらは同發本館 新しいようです。
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状元楼本店 1955年操業か?
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有名な高級料理店「萬珍楼」
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古そうで多分一番新しい「tef tef」という名前の店。
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横浜バザールという雑居店舗
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by gipsypapa | 2013-10-05 10:04 | | Trackback | Comments(0)

旧日本綿花実業横浜支店(ZAIM)

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 綿花や生糸の直輸入をする日本綿花実業(現 双日)の横浜支店として建てられたビル。戦後に関東財務局横浜財務事務所が使用していたため、ZAIM(ザイム)とうい名前で、文化芸術創造の場所として使用されていましたが、建物の老朽化のため、2010(平成22)年3月末に閉鎖され今は空き家になっています。

 褐色のタイル貼りに縦長窓が規則的に並ぶ典型的なオフィスビル。綿業会館旧大阪商船神戸支店(現商船三井ビルディング)旧大阪ビルジング旧館(解体)岸和田市立自泉会館旧神戸証券取引所(現神戸朝日ビルディング)旧乾邸旧和泉銀行本店(現C.T.L. BANK)など様式主義を用いた濃密な作品が多い渡辺 節(わたなべ せつ1884 - 1967)にしては、玄関周りと最頂部のロンバルディアバンドに古典様式主義が垣間見える程度で、比較的自己主張の少ない意匠です。c0112559_1533230.jpg

 なお、東側に隣接するネットがかかった背の低いビルは、同時に建設された同支店の倉庫で、かつては神奈川労働基準局などに使用されていたものです。2棟ともに鉄筋コンクリート造り、4階建て。

ZAIM
旧日本綿花実業横浜支店
1928(昭和3)年
設計 : 渡辺節
施工 : 佐伯組
横浜市中区日本大通34
撮影 : 2012.12.9
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by gipsypapa | 2013-10-03 15:06 | 建築 | Trackback | Comments(0)

三井物産横浜ビル

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日本大通にある三井物産の横浜ビル。三井物産横浜支店として建てられました。シンプルな白いタイル貼りの大正初期とは思えないモダンなオフィスビル。角に丸みを持たせた優雅な印象です。向って左が大正2年築の1号館。右が昭和2年に同じデザインで増築された2号館です。1号館は日本で最初の全鉄筋コンクリート造りの事務所建築だそうです。

 設計は日本における鉄筋コンクリート技術の先駆者の一人で、横浜に数多くの作品を残した遠藤於莵(えんどう おと1866 - 1943)。既にこのシリーズで横浜正金銀行(現 神奈川県立歴史博物館)、生糸検査所(現 横浜第二合同庁舎)、生糸検査所倉庫事務所(現 北仲BRIC)を紹介しています。鉄筋コンクリート造4階建て、地下1階。

三井物産横浜ビル
旧三井物産横浜支店
1号館 : 1913(大正2)年 / 2号館 : 1927(昭和2)年
設計 : 遠藤於菟(1号館は遠藤於莬+酒井祐之助)
施工 : 直営
横浜市中区日本大通14
撮影 : 2012.12.9
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 最初の写真の左奥にちらっと見える低いビルは1910(明治43)年で同じ遠藤於菟設計の旧三井物産横浜支店附属倉庫で、現在は日東倉庫日本大通倉庫になっています。これは煉瓦造3階建て、地下1階。
by gipsypapa | 2013-10-02 10:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)

横浜市発展記念館

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 日本大通沿いに横浜市情報文化センターと隣接するビル。昭和初期に横浜市外電話局として建てられました。現在は昭和戦前期を中心に都市横浜の発展の歩みと、ユーラシア大陸を舞台とした多数の民族の文化と交流の歴史を紹介する横浜市発展記念館になっています。

 逓信省営繕課の一連の建物に共通するモダニズムの草分けのようなデザイン。前面にあずき色のタイルを貼り、各階の床高さを変えています。1階に大きな半円アーチ窓と3連アーチの玄関部を並べたのが特徴です。戦前の逓信省営繕組織の設計による貴重な現存例として横浜市認定歴史的記念物に認定された鉄筋コンクリート造り、4階建て、地下1階。

横浜市発展記念館
旧横浜市外電話局
1929(昭和4)年
横浜市認定歴史的建造物
設計 : 逓信省営繕課(中山広吉)
施工 : 安藤組
横浜市中区日本大通12
撮影 : 2012.12.9
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by gipsypapa | 2013-10-01 14:01 | 建築 | Trackback | Comments(2)

横浜市情報文化センター

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 道路を挟んで横浜地方簡易裁判所の対面にある横浜市情報文化センター。昭和初期に建てられた旧横浜商工奨励館の背後に高層ビルを建て、旧館を理想的な形で保存したものです。

 南北の角に丸みを持たせ、それぞれに大きな円形の庇の特徴のある出入口を配しています。1階は石貼りで、2階以上は凝石仕上げ。最上階の窓は半円アーチ窓が並んでいます。中央の玄関部は4本の飾り柱を立て、両側に6個の八角形の小窓があるアール・デコスタイルの意匠とし、ポーチの上部に小さなバルコニーを配した凝ったデザインです。横浜市認定歴史的建造物と近代化産業遺産の鉄筋コンクリート造り、4階建て、地下1階。

横浜市情報文化センター
旧横浜商工奨励館
1929(昭和4)年
横浜市認定歴史的建造物
近代化産業遺産
設計 : 横浜市建築課(木村龍雄)
施工 : 岩崎金太郎
横浜市中区日本大通11
撮影 : 2012.12.9
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 このときは内部には入りませんでしたが、後でネット情報を読むと「建物は道路に面する3面の外壁を極力残し、正面玄関から1階と、中央階段をあがり2階に及ぶ空間には、東洋的な意匠が随所にみられる。3階にある、旧貴賓室は和風趣味で照明器具は創建当初のものである。格天井には鳳凰と水蓮の天井画を再現している。この部屋は、竣工後まもなく復興状況を視察した昭和天皇の休息所として造られたものである。」とのこと。もう一度出直さなければ。
by gipsypapa | 2013-09-30 10:16 | 建築 | Trackback | Comments(2)

横浜地方簡易裁判所

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 関内地区の日本大通に面して建つ官庁建築。老朽化により改修工事が行なわれ2001(平成13)年に完工。ファサード保存の一種ですが、大通りに面した正面中央は従来の4階建てのままとして建設当時の面影を残し、後方に鉄筋コンクリート13階建高層棟が増築されました。ある意味、理想的な保存方法といえます。

 庁建築らしい左右対称の建物で、スクラッチタイル貼りの外壁は昭和初期の特徴。車寄せのある大きな玄関ポーチは花崗岩の石貼りで、裁判所にふさわしい重厚で威厳のある意匠となっています。横浜市認定歴史的建造物の鉄筋コンクリート造り、3階、中央部4階建て。

横浜地方簡易裁判所
旧横浜地方裁判所
1930(昭和5)年
横浜市認定歴史的建造物
設計 : 大蔵省営繕管財局(小野武雄+保岡豊)
施工 : 大倉土木
横浜市中区日本大通9
撮影 : 2012.12.9
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by gipsypapa | 2013-09-29 10:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日本キリスト教団横浜海岸教会

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 開港資料館を東側に出ると開港広場の一角に横浜海岸教会の尖塔が見えます。

 1871(明治4)年に石造の小会堂が建てられた、日本のプロテスタント教会発祥の地です。1875(明治8)年には大会堂が建設されて横浜海岸教会と改称されました。両会堂は1923(大正12)年の関東大震災で焼失したため現会堂が再建されました。 塔屋には1875年(明治8年)に鋳造された鐘があるそうです。

 まっ白な壁に上部にローソクの炎をかたどる縦長の窓が整然と並び、ゴシック様式のとがった三角屋根の鐘塔が印象的な教会です。礼拝堂はプロテスタントらしくシンプルで清潔なイメージ。柱のない天井の支持構造はヴォールトではなく△形となっているのが珍しい。

 設計は東京美術学校を出て宮内省内匠寮(ないしょうりょう)に入り、帝室博物館の実施設計にあたった雪野元吉。宮内省内匠寮の技師が何故このような教会の設計を手がけたのかは謎です。横浜市認定歴史的建造物の鉄筋コンクリート造り、3階建て。

日本キリスト教団横浜海岸教会
1933(昭和8)年
横浜市認定歴史的建造物
設計 : 雪野元吉
施工 : 宮内工務店
横浜市中区日本大通8
撮影 : 2012.12.9
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 キャンドル形の階段手すり。
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 フランク・ロイド・ライトのような幾何学形の天井。
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 窓もキャンドル形です。
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by gipsypapa | 2013-09-27 13:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

横浜開港資料館旧館

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 緑の一角に横浜開港資料館があり、新館と旧館が口の字に建っています。南西側にある旧館は1972(昭和47)年まで英国総領事館として使用されていた建物です。ちなみに北東にある新館は1956(昭和31)年に浦辺建築事務所の設計で建てられたもの。

 旧館に行くには東西の門を通って、アールヌーヴォーの窓枠が付いた入口から入りますが、本来の玄関は口の字の内側、今の中庭に面しています。

 玄関には大きな二本のコリント式円柱、丸天井、弓形の一部が切れた入口上の飾り、大きな要石など18世紀のジョージアンスタイルの都市邸宅の建築様式がこの周辺に凝縮されています。
 
 設計は旧長崎英国領事館本館(1908年)、函館市旧イギリス領事館(1913年)、英国大使館(1930年)と同じく英国工務省。中でも築年が近い英国大使館と似た意匠です。古き横浜のモダンな風情を良い形で残した建物でした。近代化産業遺産の鉄筋コンクリート造り3階建て、地下1階。

横浜開港資料館旧館
旧英国領事館
1931(昭和6)年
近代化産業遺産
設計 : 英国工務省
施工 : 昭和土木建築
横浜市中区日本大通3
撮影 : 2012.12.9
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 ここから建物入りました。かつての通用門です。
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 本来の玄関は新館が出来て、口の字に閉じた中庭側にあります。ど真ん中に大きな木があって、正面がうまく写せません。
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 住宅なのに玄関には大きな二本のコリント式円柱。
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 1枚目の写真はは西側、こちらは東側から見ています。
by gipsypapa | 2013-09-26 10:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)