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襟裳岬と灯台

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3大岬巡りの最後は、最近北朝鮮のミサイル発射でよく聞くようになった襟裳岬(えりもみさき)です。襟裳岬は日高山脈の最南端で、太平洋に向かって南へ突き出した岬で、海上に岩礁群が伸びています。岬の周囲は高さ60 mの断崖で、眺望が開けているため、日高山脈襟裳国定公園の中核を成す観光地となっています。

襟裳岬
北海道幌泉郡えりも町えりも岬
撮影 : 2016.11.7
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「襟裳岬」の歌碑です。歌碑は二つあり、一つは島倉千代子の曲(1961年、丘灯至夫作詞・遠藤実作曲)のもので1971年建立、もう一つが森進一の曲(1974年、岡本おさみ作詞・吉田拓郎作曲)のもので1997年建立だとか。
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中には入りませんでしたが「風の館」という半地下の建物があります。
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風が強いことで知られるそうで、風速が計測できる全国900以上の山岳を除くアメダス地点で、年平均風速がもっとも大きいのが襟裳岬だとか。
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これと次の写真はネットから借用しました。
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中では強風の体験などができるようです。
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襟裳岬灯台
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襟裳岬先端に立つ白亜の大型灯台で、初点灯は1889(明治22)年の古くからある灯台ですが、 第二次世界大戦時の爆撃で破壊され、現在の灯台は1950(昭和25)に 再建された2代目です。「日本の灯台50選」にも選ばれている、白色 塔形 コンクリート造り。

襟裳岬灯台
1950(昭和25)年
日本の灯台50選
設計・施工 : 不明
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岬の遠景。ネットにあった写真を借用しました。右上に灯台と風の館が見えます。


by gipsypapa | 2017-09-23 08:33 | 建築 | Trackback | Comments(2)

納沙布岬(のさっぷみさき)と灯台

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3大岬巡りの2番目の訪問地は納沙布(のさっぷ)岬です。根室半島の先端、東経145°49′、北緯43°22′に位置し、離島(東京都小笠原村の南鳥島や北方四島)を除けば日本の本土最東端です。

先にアップした稚内の野寒布(のしゃっぷ)岬は樺太(カラフト)を望む岬でしたが、ここは北方四島や知床半島を望むことができる、風光明媚の地で、一般人が訪問可能な日本最東端地点です。
撮影 : 2016.11.6
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「四島のかけはしと祈りの火」のモニュメント。
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地図があります。北方四島の歯舞群島のうち、貝殻島と水晶島が目の前です。
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望郷の塔オーロラタワー。少し内陸側に立っています。
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納沙布岬灯台

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納沙布岬の突端に立つ白亜塔形の中型灯台で、現存する北海道最古の灯台です。初代納沙布岬灯台は1872(明治5)年に 「日本の灯台の父」と称される英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントンの設計により建設、点灯されました。

当時の灯台は六角木造で光源に石油を使用していたそうです。1930(昭和5)年に現在のコンクリート造りの灯台に改築され、職員が灯台に滞在し管理していましたが、 1998(平成10)年から無人化されています。「日本の灯台50選」の鉄筋コンクリート造り。

納沙布岬灯台
1930(昭和5)年
日本の灯台50選
設計・施工 : 不明
北海道根室市納沙布
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海上保安庁のHPにある写真を借用しました。
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これ以下もネットから借用しています。
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右上に見えているのは貝殻島か?


by gipsypapa | 2017-09-20 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(2)

宗谷岬と灯台

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三大岬巡りの最初は,、一般人の行く事のできる日本の本土最北端の地、宗谷岬。日本の最北端は、この宗谷岬の沖合い西北西約1 kmにある無人島の弁天島だとか。写真は宗谷岬の先端、北緯45度31分22秒の“日本最北端の地”を示す三角錐の記念石碑です。
撮影 : 2016.11.5
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地図があります。宗谷海峡を挟んで、樺太(サハリン)がすぐ近くなんですね。
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間宮林蔵の像。江戸時代に単独で樺太の北端まで行き、樺太が島であることを確認して、いわゆる間宮海峡を発見した、すごい人です。
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宗谷岬(作詞 吉田弘、作曲 船村徹)の歌碑で、スイッチを押すと千葉紘子の歌うメロディが流れます。知らない曲でした。
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柏屋という土産物店を覗きました。
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11月の初旬ですが、すでに零下です。昨日、大阪は20℃近くあったのに。
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バスは一日5本。まずまずですね。
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「食堂 最北端」。そりゃそうや。

宗谷岬灯台
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小高い丘に白地に赤横帯2本塗り、四角形の灯台があります。宗谷岬灯台で、日本国政府が管理する灯台としては、日本の最北に位置します。「日本の灯台50選」認定灯台。先にアップした稚内灯台と並んで樺太の対岸にある国境の灯台で、国際海峡である宗谷海峡の航路を守る重要な役割を果たしています。初点灯は1885(明治18)年で、現在の灯台は明治時代の2代目を改築したものです。

宗谷岬灯台1912(明治45)年 / 1954(昭和29)年改築
日本の灯台50選
設計・施工 : 不明
北海道稚内市宗谷岬2-8
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一昨日は道東や道南では大雪が降ったそうです。稚内市内は積雪はなかったし、ここも、気温は低いですが、雪はうっすっら積もっている程度です。
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これ以降はウィキペディアやネットにあった写真です。
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遠くに樺太が写っています。
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宗谷岬灯台の東側にある旧海軍望楼。1902(明治35)年に旧帝国海軍によって建造されました。ロシアのバルチック艦隊の動きを監視するのが目的。稚内市の有形文化財。
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こちらは祈りの塔です。

by gipsypapa | 2017-09-14 08:22 | | Trackback | Comments(2)

野寒布(のしゃっぷ)岬と稚内灯台

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一夜明けて、二日目は稚内市を観光した後、三大岬の一つの宗谷岬を経由。オホーツク海を見ながら、一挙に阿寒湖温泉まで南下する行程です。

稚内観光の初めは、野寒布(のしゃっぷ)岬。岬にある恵山泊漁港公園(えざんどまりぎょこうこうえん)には「ノシャップ岬の碑」の他、「イルカのモニュメント」があり、観光ポイントになっています。この翌日訪れる根室半島先端の納沙布(のさっぷ)岬と紛らわしい。

野寒布岬
北海道稚内市野寒布2
撮影 : 2016.11.5
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ノシャップ(野寒布)はアイヌ語でノッ・シャムといい「岬が顎のように突き出たところ」「波の砕ける場所」の2つの意味があるとか。ノサップ(納沙布)の語源も同じだそうです。
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岬の最北端には稚内灯台があります。晴れた海霧の立たない日には利尻島(利尻富士)、礼文島が望めるらしいのですが、この日は全然見えませんでした。

稚内灯台
1966(昭和41)年
北海道稚内市野寒布2-2
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この写真以下はネットから借用しています。
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by gipsypapa | 2017-09-11 07:50 | | Trackback | Comments(2)

大瀬崎灯台展望所

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二日目は下五島を観光スポットやお目当ての教会を訪ねながら北上しました。大瀬崎灯台展望所は「九州本土で最後に夕陽が沈むところ」、九州本土最西端に位置し、東シナ海に面しています。ここには展望台と展望デッキがあり、美しい海を眼下に望むことができます。
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大瀬埼灯台
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大瀬崎の断崖に建てられた灯台です。『日本の灯台50選』の一つになっています。断崖の標高80m地点に岩石を切り落として基盤として建てられています。現在は灯塔がコンクリート造りに建替えられていますが、元の灯塔は明治初期にR・プラトンが設計したといわれています。

大瀬埼灯台
1879(明治12)年 / 1961(昭和46)年灯塔建替(コンクリート造)
設計 : R・プラトン(旧灯台)
施工 : 不明長崎県五島市玉之浦町玉之浦
撮影 : 2015.11.3
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by gipsypapa | 2017-04-05 08:42 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

チキウ(地球)岬

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室蘭市の南端の太平洋に面したチキウ岬です。ネット情報では「チキウ」はアイヌ語の「チケウェ」に由来し、「秘するところ」あるいは「削れたもの」を意味するそうです。一般的には地球岬(ちきゅうみさき)として知られています。

チキウ岬灯台は大正期に建造された白い八角形の灯台で、「日本の灯台50選」「土木学会選奨土木遺産」に選定されています。鉄筋コンクリート造り。

チキウ(地球)岬灯台
1920(大正9)年
土木学会選奨土木遺産
設計・施工 : 航路標識管理所
北海道室蘭市母恋南町4
撮影 : 2015.8.22
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これ、トイレです。
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地球岬なのでこんなモニュメントがあります。よく見ると電話ボックスです。
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一番高い地点には鐘も。
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「地球岬の絶景」は室蘭八景になっており、100メートルくらい断崖絶壁が連なっています。
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白亜の灯台というのがぴったり。
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海の反対側はかなり険しい。
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駐車場近くの土産物屋には地球岬名物「毒まんじゅう」を売っています。
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6個入りで普通のまんじゅうですが、1個だけが激辛だとか。ロシアンルーレットですね。


by gipsypapa | 2017-03-25 08:33 | 建築 | Trackback | Comments(2)

美保関灯台(美保関灯台ビュッフェ)

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美保関灯台(みほのせきとうだい)は、島根半島東端の地蔵崎にある山陰最古の石造灯台です。「世界灯台100選」および「日本の灯台50選」に選ばれている日本を代表する灯台の一つで、灯台としては初の登録有形文化財に登録されました。

明治31年に、フランス人技師の設計により、片江の石工寺本常太郎によって施工されて、初点灯しました。当初は地蔵崎灯台と呼ばれていました。併設された灯台の旧吏員退息所主屋、倉庫、便所と石塀も登録有形文化財で、美保関灯台ビュッフェとして営業して、観光スポットになっています。石造平屋建て。

美保関灯台(美保関灯台ビュッフェ)
1898(明治31)年 / 1972(昭和47)年改修
登録有形文化財、近代化産業遺産
設計 : フランス人技師
施工 : 寺本常太郎(石工)
島根県松江市美保関町美保関1338-17
撮影 : 2015.4.30
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夏場はコミュニティバスが運行しているようですが、4月は便がありません。美保館から歩いていけない距離ではありませんが、登り坂なので旅館の車で送ってもらいました。ちなみに、帰りは海を眺めながら徒歩で下りました。
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灯台は石造り。底部直径は5.7mの円形灯塔で、総高は14mです。
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石塀は折れ曲がって総延長87m。
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表面を平滑に仕上げた砂岩の石垣の上に、江戸切仕上げの砂岩の塀を乗せた2段構造になっています。西・南面には、大小様々な江戸切仕上げの砂岩を組み合わせた門柱。
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美保関灯台ビュッフェ食堂になっているのは美保関灯台旧吏員退息所主屋。つまり燈台守の宿舎です。
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江戸切仕上げの砂岩を布積した壁面に欠円アーチ形連続窓を設けた寄棟造り、鉄板葺き、平入りの石造平屋建てです。
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てっ、定休日!
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東南隅に配された車寄せは、破風に逓信省章と唐草文様をあしらう装飾の多い意匠。
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このあたりが美保関灯台旧吏員退息所倉庫でしょうか。現在はビュッフェの厨房になっています。
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地蔵崎からの眺め。
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たまたまこの日は木曜日でビュッフェの定休日でした。ということで中に入れませんでした。以下はネットにあった内部写真です。
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美保関の海の幸を地魚料理の店で、洋風だけでなく和風のメニューもあるそうです。
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古いかどうかはわかりませんが、灯具が展示されています。
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鳥取から島根の旅はこれで終わります。次は北海道です。

by gipsypapa | 2017-03-21 08:45 | 建築 | Trackback | Comments(2)

能取岬灯台

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 網走監獄を見て廻ったあと、まだ日暮れまで時間があったので、空港でもらったパンフレットにあった能取岬(のとろみさき)まで行ってみました。

 能取岬は網走国定公園に含まれ、アイヌ語の「ノッ・オロ」(岬のところ)に由来するとか。岬は標高40m程度の高台にあり、断崖絶壁がせり出して、オホーツク海を一望に見渡せるロケーションにあります。冬には一帯に流氷が着岸し、高台の上からは流氷を遠くまで見渡せることから流氷の名所ともなっているそうですが、今は夏。とはいえ、かつては美岬とも呼ばれ、岬の周囲は馬や牛の放牧された網走市営の美岬牧場が広がり、能取岬灯台が建つ美しい風景が広がっていました。

 岬に建つ灯台は高さ約21mで、1917(大正6)年に初点灯されました。白黒の帯に塗り分けられた八角形のコンクリート造り。

能取岬灯台
1917(大正6)年
設計・施工 : 不明
網走市美岬
撮影 : 2012.8.27
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 こちらは能取岬にあるオホーツクの塔というモニュメント。
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 見渡す限り緑の草原。
by gipsypapa | 2013-07-05 13:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四国村 旧クダコ島燈台退息所

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 クダコ島燈台は愛媛県松山市の沖、クダコ水道にあります。明治35年(1902)7月に着工、翌年3月に竣工、初点燈。クダコ島は周囲1.8kmの小さな島で、この退息所は隣の周囲13.5kmの怒和島(ぬわじま)にあったそうです。毎日船で通ったのでしょうか。戦後、燈台の無人化にともない、この退息所が不要になったため、平成10年に四国村に移築復原されました。

 なおクダコというのは中世の頃、この島を拠点にしていた水軍の呼び名で、鎌倉から戦国時代の水軍だった忽那(つくな)家文書に「久田子衆」や「九多児衆」と書かれているそうです。

 建物は本館と別館の2棟があります。本館は寄棟造、桟瓦葺。内部は左右二つに分かれ、二家族用として、畳敷き押入付き和風の部屋が配してあります。この退息所は明治後期の建築のため、灯台守も日本人に変わったようで、部屋も和風の要素が強くなっています。洋式燈台初期のものとは違い、日本人灯台守用の官舎の標準といわれ、日本の燈台建築の変遷を知るうえで貴重です。別棟ともに国の登録有形文化財の煉瓦造り、モルタル仕上げの平屋建て。

四国村 旧クダコ島燈台退息所
 1903(明治36)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
高松市屋島中町91 四国村
撮影 : 2012.2.25
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 南側には本館と棟を直交させて建つ小ぶりな別棟。寄棟造、桟瓦葺で、ほぼ中央部に防火壁を立ち上げて、手前が風呂場、後方は倉庫です。国の登録有形文化財
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 これは日時計。花崗石製で、八角平面の二重礎盤に徳利状の円竿を建て、饅頭状の台が載っています。高さは1.15m。灯台吏員退息所の必要不可欠な施設のひとつとか。 こちらも国の登録有形文化財
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 なお、文化遺産オンラインのデータでは鉄筋コンクリート造りで、他のサイトでもそうなっているのが多いのですが、四国村の解説では、煉瓦造りのモルタル仕上げとあります。

 実際に見た感じでも鉄筋コンクリートとは思えず、かつ時代的にも1903(明治36)年は、まだ普及していないはずですから、煉瓦造りとしました。確かに表面がモルタル仕上げなので、コンクリートが使われたのは間違いないでしょうが、鉄筋は入ってないでしょう。無筋コンクリートの可能性はあります。

 ちなみに調べてみると、日本で初めて鉄筋コンクリート構造物が出来たのは田邊朔朗がメラン式アーチ桁橋を琵琶湖疏水に採用した1903年、まさにこの建物の築年だそうです。
by gipsypapa | 2013-02-22 13:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四国村 旧大久野島灯台

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 大久野島灯台(おおくのしまとうだい)は広島県竹原市の沖合いにある、大久野島の南端に1893(明治26)年に建てられた灯台です。点灯は翌年の明治27年5月。約100年間照らし続けたのち、1992(平成4)年に建替えとなり、それに伴って四国村に移築されました。

 比較的小さな灯台で、基礎は3.8mの円形、高さ5.1m、直径3.1m。塔部は初期の灯台に多く見られる花崗岩の切石の積み重ねで、その上に乗る鋳鉄製の塔器は高さ2.4m。地上から頂部までは8.53mになります。

四国村 旧大久野島灯台
1893(明治26)年
設計・施工 : 不明
高松市屋島中町91 四国村
撮影 : 2012.2.25
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by gipsypapa | 2013-02-19 13:20 | 建築 | Trackback | Comments(4)