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淡水漁人瑪頭

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淡水河口に最近開発された多目的観光レジャー漁港です。サンフランシスコをイメージして開発されたとか。

淡水漁人瑪頭
新北市淡水区沙崙里觀海路199号
撮影 : 2016.9.4
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情人橋を渡り埠頭を見ました。
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それだけです。

by gipsypapa | 2017-08-19 07:49 | | Trackback | Comments(0)

鳴門公園から大鳴門橋を眺望

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徳島市と鳴門市を駆け足で回り、まだまだ見てないレトロ建築がいくつもありましたが、今回はこれまで。最後に鳴門公園に行って鳴門海峡と大橋を見ることにしました。鳴門公園は瀬戸内海国立公園の一部の山上にあり、鳴門海峡や大鳴門橋の眺望が素晴らしいことで観光客が多いところです。

鳴門公園
鳴門市鳴門町土佐泊浦福池
撮影 : 2016.3.29
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大鳴門橋架橋記念館エディという、タンクのような建物がありましたがパス。
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展望台へ向かいます。エスカヒル鳴門という全長68mのエスカレーターです。写真はネットから借用しています。
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急勾配で長いエスカレーターです。
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終点は鳴門山展望台。
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鳴門海峡の大鳴門橋が眼下に。天気はいいのですが、少しもやっていました。黄沙かも。大鳴門橋は1985(昭和60)年に完工した、中央支間長876mの吊橋です。
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再びエスカレーターで下って、大鳴門橋の橋桁の下を通る「渦の道」へ。渦が見れるかどうか。入り口に表示があり、その日の時間ごとの渦の大きさがわかるようになっています。
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行ってみると、ちょうど発生しない時間帯でした。残念ですが、せっかく来たし、橋からの眺めも見たかったので入ることに。渦の有無に関わらず(笑)入場料は510円です
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510円というのは不思議な値段設定。500円に消費税なら540円だし。どうでもいいですけど。
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大潮の際には渦の直径は最大で30mに達するといわれ、渦の大きさは世界でも最大規模らしいです。
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床にガラス張りの開口部がいくつかあり、真下の海面を見ることができます。
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予想通り渦はありません。
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少しくらい気配でも・・・と期待しましたが、まったく見えません。
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悔しいので、壁に貼ってあった渦の写真を撮りました。
渦の道のHPにダイナミックな動画があります。ぜひどうぞ。
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そしてネットにあった写真も。
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これもネットから。観光船からですね。迫力があります。見たかったです。
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一旦、市内に戻ったあと、高速バスに乗り大阪へ戻ります。
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市内から高速にある乗り場へは「すろっぴー」というスロープカーでアクセスすることができます。
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鳴門市観光情報センターにあると「すろっぴ〜乗り場」から90秒で高速鳴門バスストップに着きます。無料でした。これで徳島県を終わります。

次回からは長野県松本市です。

by gipsypapa | 2017-06-29 08:51 | | Trackback | Comments(2)

長崎の眼鏡橋

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雲仙温泉から長崎市内へ移動。昼食をはさんで市内観光をしました。眼鏡橋(めがねばし)は市内を流れる中島川に架かる12の橋の一つ。江戸時代初期に中国人の興福寺の黙子如定禅師が造った石造アーチ橋です。川面に映る姿が「メガネ」に見えることから、この名前がついたとわけです。

『日本橋』『錦帯橋』と並び日本三名橋に数えられています。日本初のアーチ式石橋で現存最古のものとして貴重なことから、国の重要文化財に指定されている石造2連アーチ橋、高欄付き。

眼鏡橋
1634(寛永11)年
重要文化財
設計・施工 : 黙子如定禅師
長崎市魚の町古川町2付近
撮影 : 2016.3.14
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長崎でのツアーの合間にフリータイムがありました。大半のツアー客はガイドの案内がある南山手のグラバー園に行きましたが、私は前に行ったので、見のがしていた眼鏡橋に行くことに。
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1時間ほどの自由時間ですが、集合場所が大浦天主堂を下ったところ。眼鏡橋までは歩いて行ける距離ではありません。
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たまたま同じようなツアーのご夫婦がいらっしゃったので、タクシー相乗りで行きました。 
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黙子如定禅師の像が立っています。
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東新橋
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上流に架かる東新橋。初代の石橋は1673年架設。何度か架け替えられ、1982(昭和57)年の長崎大水害 で流出したため、現在はコンクリートアーチ橋だそうです。

東新橋
長崎市諏訪町4付近
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芋原橋(すすきはらばし)
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そのまた上流の芋原橋(すすきわらばし)。 1681年架設の石橋でしたが、これも崩壊して再架されましたが、1982(昭和57)年の長崎大水害によりより崩壊したため、1986年に鉄筋コンクリートで架設されたものです。

芋原橋(すすきわらばし)
長崎市桶屋町34付近
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ウィキペディアにあった中島川とその両岸のバイパス水路。写真中央の橋は袋橋、その向こうが眼鏡橋です。

by gipsypapa | 2017-06-08 07:54 | 建築 | Trackback | Comments(2)

かじか橋と恋谷橋

かじか橋
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古い橋ではありませんが、三朝橋の両側に架かっているのを二つ。下流にある「かじか橋」は三朝温泉の三橋の中で、唯一の歩行者専用橋です。橋の中央には雨もしのげる足湯や、休憩所があります。

かじか橋
鳥取県東伯郡三朝町三朝
撮影 : 2015.04.28

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橋の中ほどにある足湯。
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橋を渡って南側の小道は旅館などの建物はなく、緑の遊歩道です。ここから「旅館大橋」の全貌を見ることができます。
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恋谷橋
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上流に架かるのは「恋谷橋」。1951年当時のフランス大使が命名した「プァレ・ドゥ・ラムールLa Vallee de l'Amour」、直訳すると「恋の谷」からきているそうです。

恋谷橋
鳥取県東伯郡三朝町三朝
撮影 : 2015.04.28
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この橋にも途中に二つ東屋があります。
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橋の中央には、三朝温泉で良く見るマスコットのカジカガエルがいて、「縁結びかじか蛙」と呼ばれています。
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映画「恋谷橋」の舞台になりました。映画.comの解説。”東京のデザイン事務所で働いていた朋子は不景気でリストラされ、鳥取県の温泉街で老舗旅館「大橋」を経営する実家に戻ってくる。そんな折、父・和夫が病気で倒れてしまい、母・祥子は自分が旅館の旦那として役割を果たすかわりに、朋子に若女将として働いてほしいという。デザイナーの夢をあきらめきれない朋子だったが、温泉街に失われた活気を取り戻そうと奮闘する。ダンス&ボーカルグループ「SPEED」の上原多香子が映画初主演。”
本編は見てませんが、Youtube の予告編にチラリと「旅館 大橋」の玄関がでてきます。

by gipsypapa | 2017-02-10 08:29 | | Trackback(1) | Comments(2)

三朝橋

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三朝温泉街を東西に貫流する三徳川に架かる三朝橋は武田五一が設計したものです。武田五一は大阪の大江橋、淀屋橋、高麗橋、桜宮橋、堂島大橋などの橋の設計に関与していますが、このような地方にもあったわけです。

文化遺産オンラインによると「4本の円柱と貫,肘木等から構成される橋脚に,桁高を抑えたT形桁を載せ,床版両端で板敷風に目地を切り,橋上には擬宝珠高欄,春日燈籠を設けるなど木橋を意識した丁寧なデザイン。」とあります。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造り、7連桁橋。

三朝橋1934(昭和9)年
登録有形文化財
設計 : 武田五一
施工 : 不明
鳥取県東伯郡三朝町三朝
撮影 : 2015.4.28.& 29
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袂に男女の像がありますが、これは、『温泉悲話 三朝小唄』という無声映画のシーンらしいです。さすがに古すぎて知りません。
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橋の向こう、北側に見えるのは「万翠楼」という老舗旅館です。
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河原にある露天風呂。
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↑ はネットの写真を借用しました。
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by gipsypapa | 2017-02-09 08:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)

蔵前の厩橋

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 恒例のジプシーバンド、Gitano Family の2014年ライブが昨年11月に始まりました。関東では神奈川県大磯から始まり、東京は原宿、広尾から神奈川に戻り横浜と横須賀と全5公演を行いました。

 この後、中部地方、四国の高松と続く、かなり厳しいツアーです。今回も全行程同行しました。東京でのホテルが蔵前だったので、合間を見て周辺の建築探索もやりましたので、アップします。

 ホテルの近くの隅田川に架かる厩橋(うまやばし)です。橋全体に馬を連想させるレリーフなどがあります。橋名は西岸にあった「御厩河岸(蔵前の米蔵の荷駄馬用の厩)」にちなむそうです。

 明治中期にできた橋が関東大震災で被災し、その復興計画により架橋されたのが現在の橋です。3径間下路式タイドアーチ橋。

厩橋
1929(昭和4)年
設計・施工 : 東京市土木局
橋桁制作 : 浅野造船所
東京都台東区蔵前2 ~台東区蔵前1
撮影 : 2014.11.16
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 今は溶接とボルトですが、昔の鉄橋はこのようにリベットでつないでいます。
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 橋の中ほどからスカイツリーが見えます。
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 会場へ出勤途中のバンドメンバーを記念撮影。
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by gipsypapa | 2015-05-25 10:25 | 建築 | Trackback | Comments(4)

城崎温泉の弓形橋群

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 温泉街の中心を流れる大谿川(おおたにがわ)にはレトロな橋が架かっています。上流の王橋から、愛宕橋、柳湯橋、桃島橋、弁天橋とあり、いずれも弓形橋と呼ばれる形をしています。

 弓形橋群は1926(昭和元)年、王橋護岸は1927(昭和2)年に建設されました。城崎温泉は1925(大正14)年に起こった北但大震災の被害により、焼け野原となったための復興事業の一環として作られたもの。

 その際に大谿川の治水も大きな課題であったため、岸に玄武岩を積み上げ、高さ70~80cmの側壁を巡らせ、橋も側壁分高くしなければならず、それで弓形の橋となったそうです。一見石造りに見えますが、いずれも鉄筋コンクリート造りです。

城崎温泉の弓形橋群
1926(昭和元)年 / 1927(昭和2)年(王橋)
登録有形文化財
兵庫県景観形成重要建造物
設計・施工 : 不明
豊岡市城崎町湯島
撮影 : 2014.10.26-27
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橋にはその橋の名前と「昭和元年十二月架之」の銅板がはめ込まれています。実は個人的に昭和元年築の建造物を見たのは初めてでした。

今まで知りえた1926年築の建造物は、すべて大正15年となっていたのです。それは、その年の昭和は12月25日以降の1週間だけだったからです。昭和元年は大変珍しいです。

12月25日1時25分に大正天皇が崩御。12月26日付紙面によると大正15年12月25日付で詔書が出されている。「大正十五年十二月二十五日以後ヲ改メテ昭和元年トナス」とあり、これによれば25日は昭和となる。

ということは、この銅版はあらかじめ用意されたものではなく、昭和に年号が変わってから制作して、昭和2年以降にはめ込まれたわけです。
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 一番上流に架かる王橋。他の4つの橋は同じ形の歩道専用ですが、王橋は大型でバスがすれちが得る幅の車道になっています。この橋だけは昭和2年の完工です。
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 親柱は巨大な和風の橋で、すべて御影石造です。
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 高欄に、青銅製の飾り窓や装飾をふんだんに使っています。
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by gipsypapa | 2015-04-13 08:36 | 建築 | Trackback | Comments(0)

京都の白川橋

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 「京都のお屋敷めぐり」の第4回目は左京区でヴィーリズ設計の駒井家住宅と重森美玲庭園美術館でした。駒井家住宅はすでに何回か訪問していたのでスキップ。地下鉄の東山駅で下車し、東に少し、あとはひたすら北へ約2km歩いて重森美玲庭園美術館を目指しました。途中、見たい建物が色々あり、寄り道もするつもりです。

 三条通の白川に架かる白川橋です。照明が灯る橋柱が良さそうなコンクリート橋ですが、詳細は分かりませんでした。多分、戦後に架けかえられたのでしょう。

白川橋
詳細不明
京都市東山区五軒町113付近
撮影 : 2014.7.18
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 三条通に象嵌を売っている店がありましたが、どこだったか忘れてしまいました。
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 ここは東山区ですが、北に行くと左京区。次回から左京区を歩きます。
by gipsypapa | 2014-12-28 09:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都の大和橋

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 白川南通りを西に進むと、白川の最も下流で鴨川に注ぐ直前の大和大路通りに架かるのが「大和橋(やまとばし)」です。最初の大和橋は江戸幕府によって石柱、石桁、石板形式で架けられました。現在の橋は1912(明治45)年に架け替えられたもので、2003(平成15)年に高欄と石畳舗装の改修が行われました。

大和橋
1912(明治45)年 / 2003(平成15)年改修
設計・施工 : 不明
京都市東山区常盤町164 付近
撮影 : 2014.6.13
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 石の下部構造は明治末期のままです。白川は、この先少し向こう側に流れて鴨川に合流します。
by gipsypapa | 2014-12-15 08:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧国鉄佐賀線筑後川昇開橋

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 柳川で1泊した翌日は、福岡市で同窓会がある日ですが、夜のことなので、まだまだ時間があります。ということで隣の大川市へ行きました。

 大川市は、福岡県の南西部にある市です。自分が福岡市で生まれ育ったので、同じ福岡県にある大川市は、家具の町として有名で、知っていましたが、訪ねるのは今回が初めてでした。現在も家具の生産高日本一を維持しているそうです。

 家具の町のイメージから、観光が主たる産業の柳川より都会ではないかという、漠然とした思いがありましたが、現実は違いました。最新の調査で、人口は柳川が68,812人に対し、大川は35,538人と半分近くです。

 地方都市の衰退現象は日本全体の問題ですが、大川市も人口は年年減少しています。色々な理由があるでしょうが、その一つは1987(昭和62)年に旧国鉄の佐賀線が廃線になったこともあるのではないでしょうか。まずはその頃の遺産である旧国鉄佐賀線筑後川昇開橋に行ってきました。

 筑後川昇開橋(ちくごがわしょうかいきょう)は、国鉄時代にあった佐賀線にあり、筑後川をまたいで福岡県大川市と佐賀県佐賀市諸富町を結んでいた鉄道用可動式橋梁です。佐賀線の廃線後も保存され、今も現在は歩道橋として利用されています。

 可動橋には旋回橋、跳開橋(跳ね橋)、昇開橋などがありますが、この橋は橋桁の一部が垂直方向に上下する昇開橋です。日本に現存する最古のものだそうです。橋の全長は507.2メートル、可動部分の長さは24.2メートル、昇降差は23メートル。竣工当時は「東洋一の可動式鉄橋」と呼ばれました。

 設計施行に中心的役割を果たしたのは、鉄道技師の釘宮磐(鉄道省熊本建設事務所長)で、昇開橋の仕組みそのものは、坂本種芳が考案したそうです。国の重要文化財と日本機械学会の機械遺産に認定された、昇開可動式鉄橋。

筑後川昇開橋
1935(昭和10)年
重要文化財
設計 : 釘宮磐、坂本種芳(鉄道省技師)
施工 : 飛島組、横河橋梁ほか
大川市-佐賀県佐賀市諸富町
撮影 : 2014.5.15
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 橋の両端には公園が整備されています。これは大川市側にある公園と展望棟でしょうか。「幸福の鐘」という看板がありました。
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 この公園は筑後若津駅があった跡地にできました。佐賀線に使われていた3灯式信号機や警報機などが保存されています。
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 登録有形文化財のプレートがありますが、この後2003年に重要文化財に出世しました。
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 橋の中央に行ったら、丁度可動桁が上がっていました。聞くと、定期検査のため昇降させているということでした。
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 可動橋桁が下りている遠景しか撮れませんでしたので、ウィキペディアにある開いた時の写真を借用します。
by gipsypapa | 2014-09-30 08:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)