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かじか橋と恋谷橋

かじか橋
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古い橋ではありませんが、三朝橋の両側に架かっているのを二つ。下流にある「かじか橋」は三朝温泉の三橋の中で、唯一の歩行者専用橋です。橋の中央には雨もしのげる足湯や、休憩所があります。

かじか橋
鳥取県東伯郡三朝町三朝
撮影 : 2015.04.28

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橋の中ほどにある足湯。
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橋を渡って南側の小道は旅館などの建物はなく、緑の遊歩道です。ここから「旅館大橋」の全貌を見ることができます。
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恋谷橋
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上流に架かるのは「恋谷橋」。1951年当時のフランス大使が命名した「プァレ・ドゥ・ラムールLa Vallee de l'Amour」、直訳すると「恋の谷」からきているそうです。

恋谷橋
鳥取県東伯郡三朝町三朝
撮影 : 2015.04.28
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この橋にも途中に二つ東屋があります。
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橋の中央には、三朝温泉で良く見るマスコットのカジカガエルがいて、「縁結びかじか蛙」と呼ばれています。
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映画「恋谷橋」の舞台になりました。映画.comの解説。”東京のデザイン事務所で働いていた朋子は不景気でリストラされ、鳥取県の温泉街で老舗旅館「大橋」を経営する実家に戻ってくる。そんな折、父・和夫が病気で倒れてしまい、母・祥子は自分が旅館の旦那として役割を果たすかわりに、朋子に若女将として働いてほしいという。デザイナーの夢をあきらめきれない朋子だったが、温泉街に失われた活気を取り戻そうと奮闘する。ダンス&ボーカルグループ「SPEED」の上原多香子が映画初主演。”
本編は見てませんが、Youtube の予告編にチラリと「旅館 大橋」の玄関がでてきます。

by gipsypapa | 2017-02-10 08:29 | | Trackback(1) | Comments(2)

三朝橋

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三朝温泉街を東西に貫流する三徳川に架かる三朝橋は武田五一が設計したものです。武田五一は大阪の大江橋、淀屋橋、高麗橋、桜宮橋、堂島大橋などの橋の設計に関与していますが、このような地方にもあったわけです。

文化遺産オンラインによると「4本の円柱と貫,肘木等から構成される橋脚に,桁高を抑えたT形桁を載せ,床版両端で板敷風に目地を切り,橋上には擬宝珠高欄,春日燈籠を設けるなど木橋を意識した丁寧なデザイン。」とあります。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造り、7連桁橋。

三朝橋1934(昭和9)年
登録有形文化財
設計 : 武田五一
施工 : 不明
鳥取県東伯郡三朝町三朝
撮影 : 2015.4.28.& 29
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袂に男女の像がありますが、これは、『温泉悲話 三朝小唄』という無声映画のシーンらしいです。さすがに古すぎて知りません。
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橋の向こう、北側に見えるのは「万翠楼」という老舗旅館です。
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河原にある露天風呂。
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↑ はネットの写真を借用しました。
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by gipsypapa | 2017-02-09 08:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)

蔵前の厩橋

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 恒例のジプシーバンド、Gitano Family の2014年ライブが昨年11月に始まりました。関東では神奈川県大磯から始まり、東京は原宿、広尾から神奈川に戻り横浜と横須賀と全5公演を行いました。

 この後、中部地方、四国の高松と続く、かなり厳しいツアーです。今回も全行程同行しました。東京でのホテルが蔵前だったので、合間を見て周辺の建築探索もやりましたので、アップします。

 ホテルの近くの隅田川に架かる厩橋(うまやばし)です。橋全体に馬を連想させるレリーフなどがあります。橋名は西岸にあった「御厩河岸(蔵前の米蔵の荷駄馬用の厩)」にちなむそうです。

 明治中期にできた橋が関東大震災で被災し、その復興計画により架橋されたのが現在の橋です。3径間下路式タイドアーチ橋。

厩橋
1929(昭和4)年
設計・施工 : 東京市土木局
橋桁制作 : 浅野造船所
東京都台東区蔵前2 ~台東区蔵前1
撮影 : 2014.11.16
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 今は溶接とボルトですが、昔の鉄橋はこのようにリベットでつないでいます。
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 橋の中ほどからスカイツリーが見えます。
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 会場へ出勤途中のバンドメンバーを記念撮影。
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by gipsypapa | 2015-05-25 10:25 | 建築 | Trackback | Comments(4)

城崎温泉の弓形橋群

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 温泉街の中心を流れる大谿川(おおたにがわ)にはレトロな橋が架かっています。上流の王橋から、愛宕橋、柳湯橋、桃島橋、弁天橋とあり、いずれも弓形橋と呼ばれる形をしています。

 弓形橋群は1926(昭和元)年、王橋護岸は1927(昭和2)年に建設されました。城崎温泉は1925(大正14)年に起こった北但大震災の被害により、焼け野原となったための復興事業の一環として作られたもの。

 その際に大谿川の治水も大きな課題であったため、岸に玄武岩を積み上げ、高さ70~80cmの側壁を巡らせ、橋も側壁分高くしなければならず、それで弓形の橋となったそうです。一見石造りに見えますが、いずれも鉄筋コンクリート造りです。

城崎温泉の弓形橋群
1926(昭和元)年 / 1927(昭和2)年(王橋)
登録有形文化財
兵庫県景観形成重要建造物
設計・施工 : 不明
豊岡市城崎町湯島
撮影 : 2014.10.26-27
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橋にはその橋の名前と「昭和元年十二月架之」の銅板がはめ込まれています。実は個人的に昭和元年築の建造物を見たのは初めてでした。

今まで知りえた1926年築の建造物は、すべて大正15年となっていたのです。それは、その年の昭和は12月25日以降の1週間だけだったからです。昭和元年は大変珍しいです。

12月25日1時25分に大正天皇が崩御。12月26日付紙面によると大正15年12月25日付で詔書が出されている。「大正十五年十二月二十五日以後ヲ改メテ昭和元年トナス」とあり、これによれば25日は昭和となる。

ということは、この銅版はあらかじめ用意されたものではなく、昭和に年号が変わってから制作して、昭和2年以降にはめ込まれたわけです。
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 一番上流に架かる王橋。他の4つの橋は同じ形の歩道専用ですが、王橋は大型でバスがすれちが得る幅の車道になっています。この橋だけは昭和2年の完工です。
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 親柱は巨大な和風の橋で、すべて御影石造です。
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 高欄に、青銅製の飾り窓や装飾をふんだんに使っています。
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by gipsypapa | 2015-04-13 08:36 | 建築 | Trackback | Comments(0)

京都の白川橋

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 「京都のお屋敷めぐり」の第4回目は左京区でヴィーリズ設計の駒井家住宅と重森美玲庭園美術館でした。駒井家住宅はすでに何回か訪問していたのでスキップ。地下鉄の東山駅で下車し、東に少し、あとはひたすら北へ約2km歩いて重森美玲庭園美術館を目指しました。途中、見たい建物が色々あり、寄り道もするつもりです。

 三条通の白川に架かる白川橋です。照明が灯る橋柱が良さそうなコンクリート橋ですが、詳細は分かりませんでした。多分、戦後に架けかえられたのでしょう。

白川橋
詳細不明
京都市東山区五軒町113付近
撮影 : 2014.7.18
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 三条通に象嵌を売っている店がありましたが、どこだったか忘れてしまいました。
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 ここは東山区ですが、北に行くと左京区。次回から左京区を歩きます。
by gipsypapa | 2014-12-28 09:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都の大和橋

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 白川南通りを西に進むと、白川の最も下流で鴨川に注ぐ直前の大和大路通りに架かるのが「大和橋(やまとばし)」です。最初の大和橋は江戸幕府によって石柱、石桁、石板形式で架けられました。現在の橋は1912(明治45)年に架け替えられたもので、2003(平成15)年に高欄と石畳舗装の改修が行われました。

大和橋
1912(明治45)年 / 2003(平成15)年改修
設計・施工 : 不明
京都市東山区常盤町164 付近
撮影 : 2014.6.13
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 石の下部構造は明治末期のままです。白川は、この先少し向こう側に流れて鴨川に合流します。
by gipsypapa | 2014-12-15 08:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧国鉄佐賀線筑後川昇開橋

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 柳川で1泊した翌日は、福岡市で同窓会がある日ですが、夜のことなので、まだまだ時間があります。ということで隣の大川市へ行きました。

 大川市は、福岡県の南西部にある市です。自分が福岡市で生まれ育ったので、同じ福岡県にある大川市は、家具の町として有名で、知っていましたが、訪ねるのは今回が初めてでした。現在も家具の生産高日本一を維持しているそうです。

 家具の町のイメージから、観光が主たる産業の柳川より都会ではないかという、漠然とした思いがありましたが、現実は違いました。最新の調査で、人口は柳川が68,812人に対し、大川は35,538人と半分近くです。

 地方都市の衰退現象は日本全体の問題ですが、大川市も人口は年年減少しています。色々な理由があるでしょうが、その一つは1987(昭和62)年に旧国鉄の佐賀線が廃線になったこともあるのではないでしょうか。まずはその頃の遺産である旧国鉄佐賀線筑後川昇開橋に行ってきました。

 筑後川昇開橋(ちくごがわしょうかいきょう)は、国鉄時代にあった佐賀線にあり、筑後川をまたいで福岡県大川市と佐賀県佐賀市諸富町を結んでいた鉄道用可動式橋梁です。佐賀線の廃線後も保存され、今も現在は歩道橋として利用されています。

 可動橋には旋回橋、跳開橋(跳ね橋)、昇開橋などがありますが、この橋は橋桁の一部が垂直方向に上下する昇開橋です。日本に現存する最古のものだそうです。橋の全長は507.2メートル、可動部分の長さは24.2メートル、昇降差は23メートル。竣工当時は「東洋一の可動式鉄橋」と呼ばれました。

 設計施行に中心的役割を果たしたのは、鉄道技師の釘宮磐(鉄道省熊本建設事務所長)で、昇開橋の仕組みそのものは、坂本種芳が考案したそうです。国の重要文化財と日本機械学会の機械遺産に認定された、昇開可動式鉄橋。

筑後川昇開橋
1935(昭和10)年
重要文化財
設計 : 釘宮磐、坂本種芳(鉄道省技師)
施工 : 飛島組、横河橋梁ほか
大川市-佐賀県佐賀市諸富町
撮影 : 2014.5.15
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 橋の両端には公園が整備されています。これは大川市側にある公園と展望棟でしょうか。「幸福の鐘」という看板がありました。
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 この公園は筑後若津駅があった跡地にできました。佐賀線に使われていた3灯式信号機や警報機などが保存されています。
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 登録有形文化財のプレートがありますが、この後2003年に重要文化財に出世しました。
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 橋の中央に行ったら、丁度可動桁が上がっていました。聞くと、定期検査のため昇降させているということでした。
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 可動橋桁が下りている遠景しか撮れませんでしたので、ウィキペディアにある開いた時の写真を借用します。
by gipsypapa | 2014-09-30 08:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松崎町の橋

 松崎町を流れる那賀川には、歴史的な町並みを象徴するような橋が二つ架かっています。なまこ壁を基調としたデザインで、ときわ大橋は時計塔と近くの浜丁通り一体で、松崎らしさを演出したとして、新日本建築家協会静岡部会賞の第1回 優秀賞を受賞しています。

ときわ大橋
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 まずはときわ橋。桜の花の絵となまこ壁で欄干装飾したピクチャレスクなデザインです。

ときわ大橋
1985(昭和60)年
設計 : 石山修武
施工 : 不明
賀茂郡松崎町松崎315付近
撮影 : 2014.4.21
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 遠くに下流の浜丁橋があります。全体的に、雨模様で写りが悪いです。ウィキペディアから、晴れのときの写真を借用します。 ↓
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浜丁橋
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 ときわ大橋の一つ下流に架かる浜丁橋も特徴があるデザインです。らんかん両側に、りんどうの花のような透かしと空を飛ぶツバメが飾られています。ときわ大橋とともに10年前のTBSドラマ「世界の中心で、愛をさけぶ」 通称:セカチューのロケ地だそうですが、もちろん見ていません。

浜丁橋
築年 : 不明
設計 : 石山修武
施工 : 不明
賀茂郡松崎町松崎308付近
撮影 : 2014.4.21
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 「伊豆長八の世界」という本で、設計者が長八美術館と同じ石山修武(いしやま おさむ)氏ということが判明したので修正しました。(2014.8.22)
by gipsypapa | 2014-08-17 09:27 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大阪の橋~天神橋

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 読売文化センターに行くため地下鉄で天満橋駅へ行きました。帰りに大川(淀川の支流で中之島を流れる)沿いを梅田に向かって西へ歩きました。たまたまこの日は造幣局の桜の通り抜けの初日。天満橋は人の行列でした。

 天神橋は難波橋、天満橋と共に浪華三大橋と称され、全長が一番長く、3つの真ん中に位置します。最初に架けられたのは豊臣秀吉の時代で、その後、何度も架けかえられ、昭和初期に現在の3連アーチになりました。なお、鋼構造を請け負った大阪鉄工所は今の日立造船、汽車製造は川崎重工業です。鉄筋コンクリートアーチ、上路鋼アーチ橋。

天神橋
1934(昭和9)年
設計 : 川上暢夫
製作・施工 : 大阪鉄工所+汽車製造+ 大林組
大阪市北区天神橋1~京橋3
撮影 : 2014.4.11
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 前に紹介したルポンドシエルビル(旧大林組本社ビル)を裏から見ることができました。
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 ちなみに天満橋は現代的な橋に架けかえられていて、特に見るべきものはありません。造幣局の通り抜けに向かう人の長い列が見えます。

 ちなみに大川に架かるレトロな橋は、すでに淀屋橋大江橋堂島大橋桜宮橋難波橋水晶橋錦橋をアップしています。それぞれが個性的なデザインです。ご覧ください。
by gipsypapa | 2014-07-10 09:54 | 建築 | Trackback | Comments(0)

大阪の橋~十三大橋

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 中津高架橋下を北に抜けると淀川べりに出ます。そこに架かる十三(じゅうそう)大橋は鋼製アーチ橋で、大阪市北区中津と同市淀川区新北野を結んでいます。

 橋の中央部に路面電車を敷設することが可能な設計になっていたそうですが、車しか通っていません。親柱のたもとの欄干にある歯車をモチーフとした意匠が時代を反映しています。

 設計者の増田 淳(ますだ じゅん、1883- 1947 )は、全国各地で多数の橋梁を設計した橋梁技術者。鋼タイドアーチ、ゲルバー式鋼板桁橋。

十三大橋
1932(昭和5)年
設計 : 増田淳
施工 : 不明
大阪市北区中津~淀川区新北野
撮影 : 2014.2.27
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 欄干にある歯車の模様。
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 溶接やボルトではなく、リベットです。
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 東側(上流側)に並行して架かる阪急新淀川橋梁。
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 西側(下流側)はNTT十三専用橋という通信線専用橋。
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by gipsypapa | 2014-06-08 16:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)