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博物館明治村 聖ザビエル天主堂

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 この白亜の教会堂は、近世初頭日本に渡来しキリスト教の伝道に努めた聖フランシスコ・ザビエルを記念して、明治23年(1890)かつてザビエルがいたことのある京都の地に献堂されたカトリックの教会堂で、フランス人神父の監督の下に、本国から取寄せた設計原案に基づき、日本人の手で造られたものである。

 基本構造はレンガ造と木造との併用で、外周の壁をレンガ造で築き、丸い高窓の並ぶクリアストーリーの壁を木骨竹小舞の大壁構造にし、内部の柱や小屋組等を木造で組み上げており、内外の壁は漆喰を塗って仕上げている。正面入口の上には直径3.6mを超える大きな薔薇窓が付けられ、切妻の頂点には十字架が掲げられている。壁の出隅にはそれぞれ二方向のバットレスが付けられ、その上にピナクルが屹立する。

 当初は壁や窓のモールディング等はゴシック様式の異形レンガの積み込みにより作られていたが、移築に際し、建物強化のために躯体を鉄筋コンクリートに変更するのに合わせて、モールディングの部分もプレキャストコンクリートに変更するのに合わせて、モールディングの部分もプレキャストコンクリートに置き換えている。

身廊、側廊からなる三廊式で、前に玄関を張り出し、内陣の横には聖具室を配置している。大アーケード、トリフォリウム、丸窓のあるクリアストーリーの三層からなる典型的なゴシック様式で、身廊上部には交差リブヴォールトが架けられ、その頂点には木彫のボスが飾られている。

 身廊の両側に並ぶ柱は、軒まで達する太い角柱に幾本もの細い丸柱を付けた束ね柱になっているが、この柱やリブ等、天井板を除く全ての木造部分は欅で作られ、落着いた光沢を放っている。外光を通して美しい陰影を見せるステンドグラスは、色ガラスに模様を描いたもので、外に透明ガラスを重ねて保護されている。


博物館明治村 聖ザビエル天主堂
1890(明治23)年
登録有形文化財
設計 : フランス人神父
施工 : 不明
旧所在地 京都市中京区河原町三條
犬山市内山5-51博物館明治村内
撮影 : 2011.9.22 & 2012.3.10
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by gipsypapa | 2012-11-08 13:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館明治村 ハワイ移民集会所

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 ハワイ島の町ヒロのワイルック川のほとりに、日本人牧師岡部次郎氏によって日本人のために建てられた教会であった。その後教会の役目を終えると、周辺の日本人の集会所となり、さらにヒロの英字新聞社の倉庫として使われるに至った。その頃は屋根を取りはらわれ、二階が増築されて、姿がかなり変わっていた。

 移築当初、原形をとどめていた一階部分だけを復原したが、その後の調べで古写真が発見されたため、屋根を創建時の姿にもどし、建物周囲の柵や入口の橋などを補った。

 単純な長方形平面の教会で中は一室になっている。正面入口の上にペディメントを飾り、軒蛇腹にデンティルコース(櫛型装飾)をめぐらせ、正面妻壁の中央に三角形の屋根換気口を開けている。外壁は洋風下見板平張、屋根は波形鉄板葺である。

 この建物にある地方色としては、床が高いことが挙げられる。未だ開発の進まない土地では、治水もあまり完全ではなかったであろう。川のほとりの建物では、出水のことや日頃の湿気の心配があったと考えられる。

 この建物の傍らに掲げられている国旗はハワイ王国の国旗である。また、建物入口に取り付けられた太鼓橋は、ハワイ島のヒロ市が雨の多いところで、建物周辺は常にぬかるんでいるため、ぬかるみを歩かず室内に入ることができるように設けられたものである。建物左手の鐘は「ペペケオ耕地の鐘」といい、移民たちは毎朝4時半にこの鐘で起床し、朝6時の開始の鐘から昼の30分の休憩をはさみ夕方4時半の終了の鐘まで10時間の肉体労働に従事した辛い記憶の鐘である。建物右奥にある白い「×」印のものはさとうきびを運んだシュガートレインの「踏切」の標識である。


博物館明治村 ハワイ移民集会所
1889(明治22)年ころ
登録有形文化財
設計 : 岡部次郎牧師
施工 : 不明
旧所在地 アメリカ・ハワイ州ヒロ市
犬山市内山4-40博物館明治村内
撮影 : 2011.9.22
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by gipsypapa | 2012-10-29 13:51 | 建築 | Trackback | Comments(3)

博物館明治村 シアトル日系福音教会

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 日本からアメリカ本土への移民は、戊辰戦争に敗れた会津若松藩士数十名が明治2年(1869)カリフォルニア州に入植、若松コロニーを開いたことに始まると言われる。この試みは失敗に終わるが、日米間の労働力の需要・供給の関係で、日系移民は明治中期からその数を増し、明治29年(1896)シアトル航路が開かれたこともあり、明治末から大正期にかけて最盛期を迎えることになる。

 一方、シアトルは1889年(明治22)町の中心部を焼き尽くす大火にみまわれたが、大改造をもって立ち直り、20世紀初頭からは漁業と林業の基地として発展していく。住宅地も周辺の山地を開発して新たに造成されていくが、この建物もその新興の住宅地の中に1907年(明治40)頃建てられたものである。

 大量生産による規格木材を使用して造られており、現代のプラットフォーム構法(2×4構法)の先駆的な実例である。屋根には地元産のそぎ板を葺き、外壁、床等は全て下地板と仕上げ板の二重張りになっている。

 当初はアメリカ人の住まいであったが、1930年代(昭和5~14)に日系移民の所有となった。アメリカに渡ってから長い苦難の年月を経て手に入れた一軒の家であったが、第二次世界大戦時、強制収容により家を追われ た。戦後は日系一世のための福音教会として使われてきたが、一世の高齢化と減少という時の流れの中でそ の役目を終え、明治村に移築された。

 玄関ホール正面に二階への階段が設けられている。細かい細工が施された階段の親柱は、プレハブ建築の通例通り、単に床の上に置かれているだけで、床下から釘止めされている。又、細かい細工も彫刻ではなく、細い木材を釘止めして作られたものである。

 玄関ホール横の会堂は、住宅として使われていた時には二つの居間に分かれていたが、間仕切扉が散逸してしまっているため復原できなかった。規格木材を釘打ちして造る2×4構法では、仕口、継手の痕跡がないため、改造個所の元の姿を推定することが難しい。


博物館明治村 シアトル日系福音教会
旧シアトル住宅
1907(明治40)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
旧所在地 : アメリカ・ワシントン州シアトル市
犬山市内山4-38博物館明治村内
撮影 : 2011.9.22 & 2012.3.10
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by gipsypapa | 2012-10-25 13:39 | 建築 | Trackback | Comments(0)

博物館明治村 聖ヨハネ教会堂

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 明治6年(1873)、鎖国以来二百数十年続いたキリスト教の禁止令が解かれ、各地に教会堂が建てられるようになった。

 この聖ヨハネ教会堂は、明治40年(1907)京都の河原町通りに建てられたプロテスタントの一派日本聖公会の京都五條教会で、二階が会堂に、一階は日曜学校や幼稚園に使われていた。中世ヨーロッパのロマネスク様式を基調に、細部にゴシックのデザインを交えた外観で、正面左右に高い尖塔が建てられ、奥に十字形大屋根がかかる会堂が配された教会である。正面の妻と交差廊の両妻には大きな尖塔アーチの窓が開けられ、室内が大変明るい。構造は、一階がレンガ造、二階が木造で造られ、屋根には軽い金属板が葺かれておりこれは日本に多い地震への配慮とも考えられる。また構造自体がそのまま優れたデザインとして外観・内観にあらわれている。

 開国後多くの宣教師が来日するが、その中には宣教だけでなく実業面、教育面でも業績を遺した人もいた。この教会堂を設計したアメリカ人ガーディナーもその一人である。ハーバード大学で建築を学んだガーディナーは明治13年(1880)来日、立教学校の校長として教育宣教にあたる一方、建築家としても立教大学校校舎、明治学院ヘボン館、日光真光教会等の作品を遺している。

十字形平面の会堂内部は、化粧の小屋裏をあらわし、柱などの骨組が細目に見えることもあって、実際より広く感じさせる。京都の気候に合わせて使ったと言われる天井の竹の簀も、明るい窓の光を反射させ、より開放感を増している。

 建物細部の随所にゴシック風の尖頭アーチが見られるが、特に正面入口がよい例で、レンガ積の角柱から柱頭飾りをはさんでレンガ積のきれいなアーチが立ち上っている。奥の欄間の二つの三葉形アーチの窓や板扉の大形の金具のデザインも中世風のものである。


博物館明治村 聖ヨハネ教会堂
旧日本聖公会京都聖約翰教会堂
1907(明治40)年
重要文化財
設計 : J.M.ガーディナー
施工 : 鈴木由三郎、山本住造
旧所在地 : 京都市下京区河原町通五條
犬山市内山1-6博物館明治村内
撮影 : 2011.9.22
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by gipsypapa | 2012-09-12 13:11 | 建築 | Trackback | Comments(3)

北海道開拓の村 旧浦河公会会堂

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 明治13年(1880)、神戸において北海道開拓会社「赤心社」が設立され、翌14年から西舎村や荻伏村に結社移民として入植した。「赤心社」の指導者の多くはキリスト教徒で、明治19年「浦河公会」が組織された。この会堂は、2代目の礼拝・集会所として明治27年(1894)に建てられたものである。

北海道開拓の村 旧浦河公会会堂
1894(明治27)年
設計・施工 : 不明
旧住所 : 浦河郡浦河町
現住所 : 札幌市厚別区厚別町小野幌50-1 北海道開拓の村 市街地群
撮影 : 2011.8.28
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by gipsypapa | 2012-06-08 15:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日本キリスト教会札幌北一条教会

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 比較的新しい教会堂ですが、田上義也(たのうえよしや)の作品ということで訪ねました。1927(昭和2)年に建てられた、同じ田上義也設計の会堂が北1条西6丁目にありましたが、ここに移転した際に解体され、この新しい会堂も田上義也が手掛けたものです。

c0112559_12301869.jpg「絵葉書の世界」というHPから
借用した旧北一条教会の写真。→


















 新しい会堂は、さすがにこの時代になると非常に現代的なデザインです。正面左側にそびえ立つような真っ白の外壁と急勾配の片流れの屋根が印象的。ここは階段室と思われます。右側の平屋建てが会堂になっています。会堂内部はプロテスタントらしい簡素な聖壇があり、両側に縦長窓が並びます。最上部の6角形の窓がフランク・ロイド・ライトの影響を感じさせる幾何学的な美しい形状です。鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

日本キリスト教会札幌北一条教会
1979(昭和54)年
設計 : 田上義也
施工 : 不明
札幌市中央区北1条西13-2
撮影 : 2011.8.26
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by gipsypapa | 2012-05-03 12:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日本福音ルーテル札幌教会

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 北欧風デザインによる古典的な構えの教会。フィンランド福音ルーテル教会の宣教師らによって昭和9(1934)年に建設されました。

 正面は札幌軟石を使い石造風に仕上げた古典的なデザインですが、側面はクリーム色の下見板張りに赤い三角屋根。重厚感とやさしさを兼ね備えたデザインとなっています。東隣に併設している幼稚園と外観デザインの調和をさせ、2つの建物が一体となった景観を作っています。札幌市景観重要建造物の木造平屋、一部2階建て。

日本福音ルーテル札幌教会
1934(昭和9)年
札幌市景観重要建造物
設計 : 内田平次郎
施工 : 不明
札幌市中央区南12条西12-2-2
撮影 : 2011.8.26
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by gipsypapa | 2012-04-18 13:01 | 建築 | Trackback | Comments(4)

カトリック姫路教会 ザビエル館

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 姫路城の西側に終戦まで陸軍第十師団司令部のあった広大な敷地があり、カトリック姫路教会とカトリック淳心会の本部が並んで建っています。

 ザビエル館といわれるこの聖堂は、元賀陽宮師団長の宮邸跡に聖ザビエルを守護者として奉献された、戦後の建物です。現在は新聖堂が横にあり、この旧聖堂は大講堂として残っています。

 訪ねた時は扉が閉まっていたので内部を見ることができませんでしたが、カフェ・ロッジ・バルチザンに美しい写真がありますので、見てください。鉄筋コンクリート造り、2階建て。

カトリック姫路教会 ザビエル館
カトリック姫路教会旧聖堂
1949(昭和24)年
設計・施工 : 不明
姫路市本町68 県道518号
撮影 : 2011.5.1
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by gipsypapa | 2012-03-05 13:01 | 建築 | Trackback | Comments(2)

神の愛の宣教者会

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 日豊本線の南側の小高い丘に建つ美しい建物。孤児収容施設として、小百合愛児園と名付けられ,戦後はアメリカ軍が駐留し、180名近くの乳幼児を養育していたそうです。現在はマザー・テレサが設立した神の愛の宣教者会(Missionaries of Charity)の女子修道院として、ホームレスへの炊き出し、未婚女性や高齢者の支援をおこなうなどの社会福祉活動をおこなっていまるそうです。

 横長の白い外壁にアーチ窓が並ぶ清楚で美しい建物で、正面の玄関上部にマリアの像を安置し、さらにその上に鐘塔があります。左に見える聖堂をもつ主屋棟は木造2階建寄棟造で、昭和23年に建設されたものとか。

 大変気になった建物で、近くで撮影したかったのですが、別府市内散策の最後になり、さすがに足が疲れて、丘を上るだけの気力も体力もありませんでした。ということで遠景をどこから撮っても同じに見えるので写真は2枚だけです。鉄筋コンクリート造り2階建て。

 ほりいさん、という方から設計者の情報を頂きました。(2014.3.28)

神の愛の宣教者会
旧小百合愛児園
1933(昭和8)年/1948(昭和23)年
設計・施工 : 不明岩本留吉
別府市浦田3307
撮影 : 2011.3.20
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by gipsypapa | 2012-02-19 17:58 | 建築 | Trackback | Comments(12)

カトリック別府教会

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 また大分編に戻ります。
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 児童館を訪ねたときに偶然背後にあるのを見つけたゴシック風のカトリック別府教会。華やかな模様のステンドグラスがはめ込まれた尖塔アーチ窓が並んでいます。イタリア人神父を中心に欧米日の国際的協力によってできた聖堂だとか。ベージュの濃淡で塗り分けた外壁が戦後の築ながらレトロ感をだしています。尖塔には鐘が吊られているのが見えました。鉄筋コンクリート造り。

カトリック別府教会
1950(昭和25)年
設計・施工 : 不明
別府市末広町6-6
撮影 : 2011.3.20


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by gipsypapa | 2012-02-15 13:14 | 建築 | Trackback | Comments(2)