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六供浄水場ポンプ室

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 これも六供浄水場にある昭和初期の建物。ポンプ室は全面に淡い褐色の縦長タイルを貼り、要所にテラコッタの装飾を使用。角に丸みを持たせた軽快な印象を感じます。小さいながらステンドグラスがあるなど、こだわりの設計です。配水塔が岡崎市都市景観環境賞を受賞していますが、こちらは何も指定されていません。配水塔は遠くから見えるために受賞したのでしょうが、意匠的にはこのポンプ室のほうが優れていると思いました。鉄筋コンクリート造り、平屋建て、地下1階。

六供浄水場ポンプ室 1933(昭和8)年
設計 : 岡崎市臨時上水道部
施工 : 伊藤正次・田中昌司(ステンドグラス)
岡崎市六供町西二本木28
撮影 : 2009.4.4
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by gipsypapa | 2010-04-22 13:33 | 建築 | Trackback | Comments(2)

六供浄水場配水塔

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 昭和初期に建てられ、今も現役の六供(ろっく)浄水場配水塔。正面に高く伸びて上部がアーチ形になった階段室があり、円形の最上部には縦長窓が取り巻くユニークな形をしています。岡崎市都市景観環境賞の鉄筋コンクリート造り。

六供浄水場配水塔
1934(昭和9)年
岡崎市都市景観環境賞
設計 : 岡崎市臨時上水道部
施工 : 伊藤正次
岡崎市六供町西二本木28
撮影 : 2009.4.4
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 夏は全体を緑の蔦が覆っていますが、4月初旬では少し早かったようです。毎年6月初旬の水道週間に塔内に入ることができます。
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 手前の建物は事務所棟。ここで申し込めば敷地に入ることができます。こちらは新しい(戦後?)建物もようです。
by gipsypapa | 2010-04-21 09:59 | 建築 | Trackback | Comments(2)

八丁味噌本社蔵(資料館)

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 見学コースになっている資料館。本社事務所棟よりさらに前、明治40年に建てられた味噌仕込み用の蔵で、その大きさから「大蔵」と呼ばれました。現在は一般公開され、明治時代半ばの味噌造りの様子や宮内省御用達関係の史料、江戸時代に近隣の農家から田畑を買った証文など味噌造りの歴史に関する品物や資料が展示されています。

 大規模な総2階の土蔵建築で,下部は黒塗りの下見板貼り,上部は白漆喰塗り。壁面に開けられ、整然と並ぶ格子窓が特徴です。これも登録有形文化財の木造2階建て。

八丁味噌本社蔵(資料館)
1907(明治40)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
岡崎市八帖町往還通69
撮影 : 2009.4.4
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 巨大な木桶。新しいもので昭和初期から、古いものは天保年間(1830~44)から使い続けられているとか。
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 昔の看板。創業6百余年とあります。一時は創業を室町時代としていましたが、その後に正保2年(1645)創業という説が定着したそうです 。それでも今から360年以上昔です。
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 こちらは資料館の隣の旧味噌蔵。桶の上に積み上げられた重石は、矢作川の河原の転石。何でもない積み方に見えますが、実は職人技。地震でも崩れないように積めるようになるまで、5年はかかるとか。
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by gipsypapa | 2010-04-20 11:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

八丁味噌本社事務所

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 今日から名古屋市の東にある岡崎へ行きます。

 矢作川の東、徳川家康の生誕地、岡崎城より西へ八丁はなれた八帖町(旧八町村)に、江戸時代初期から、ここで伝統の味噌造りを守り続け、「カクキュー」の商号で知られる合資会社八丁味噌の本社社屋があります。敷地の中にある資料館を含め「八丁味噌の郷」として一般開放されていて、見学することができます(無料)。

 一見、教会風の建物が2棟並び、南側の1階建てが事務所、北側の2階建ては応接室、倉庫などに使われています。白い柱と壁面の下見板の濃茶色との対比が特徴で、昔ながらの蔵のようでありながら洋風を取り入れた、興味深い意匠です。登録有形文化財の木造平屋建て(南棟)、2階建(北棟)。

八丁味噌本社事務所
1927(昭和2)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
岡崎市八帖町往還通69
撮影 : 2009.4.4
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 ここまでは正面。見学のため敷地に入ると裏側が見えます。
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 この小さな建物は昔の守衛詰所のようです。
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 見学すると八丁味噌のお土産がもらえます。愛知県では広く八丁味噌が使われていて、名古屋では味噌カツや味噌煮込みうどん、きしめんなどがポピュラーです。色も濃いが味も濃い、独特の食文化が形成されているのは、この八丁味噌の伝統でしょう。
by gipsypapa | 2010-04-19 10:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)

揚輝荘 三賞亭

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三賞亭(さんしょうてい)は、松坂屋初代社長の伊藤次郎左衞門祐民(すけたみ)氏が揚輝荘を造るときに、茶屋町の自邸にあったものを移築改修したもので、揚輝荘最初の建物です。池に面していて、座敷から障子戸を開けると、全面に池と白雲橋の眺めが目に入るようになっています。床脇にある大きな障子のある丸窓も、池の眺めを意識したものでしょう。壁は砂壁塗り、天井は杉柾板。現在も茶会が開かれるようです。名古屋市登録有形文化財の木造平屋建て。

揚輝荘 三賞亭
1918(大正7)年移設
名古屋市登録有形文化財
設計・施工 : 不明
名古屋市千種区法王町2-5-21
撮影 : 2009.7.24
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by gipsypapa | 2010-04-18 16:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)

揚輝荘 白雲橋

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 揚輝荘の北園の池に架かる白雲橋(はくうんきょう)。大正時代の開発当時に作られた亭橋(屋根のある橋)で、京都の修学院離宮にある千歳橋(ちとせばし)を真似たといわれています。橋は両側にある切石の石垣に架けられ、屋根は緑袖和瓦。通行はできませんが、特別なイベントでは、橋の上を舞台にして音楽や踊りなどが催されているそうです。名古屋市有形文化財の木造橋。

揚輝荘 白雲橋
1918(大正7)年
名古屋市有形文化財
設計・施工 :不明
名古屋市千種区法王町2-4
撮影 : 2009.7.24
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by gipsypapa | 2010-04-16 10:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)

揚輝荘 伴華楼

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 揚輝荘の南側は入れませんでしたが、北側の一角は一般開放されています。ここの見どころは伴華楼(ばんがろう)。尾張徳川家から移築した茶室のある和室に洋間が増築され、「バンガロー」をもじって伴華楼と呼ばれました。c0112559_9401376.jpg

 洋室部分は建物腰部に別荘らしさを強調するような石積みを多用し、洋室2階にスレート張りにも見える椹(サワラ)板のうろこ壁を見せ、市松模様の煙突を切妻面の中央に配して、もとの和室と調和させながらも、モダンな印象を与えています。内装は木口の寄木細工の市松模様床など随所に木材を使用しつつ、漆喰の梁に古典様式も取り入れた格調高く、高級感のある造りです。

 設計はすでにこのブログで、日本第一麦酒半田醸造工場増築(現半田赤レンガ建物)鶴舞公園奏楽堂鶴舞公園噴水塔旧中埜家住宅(現T’s CAFÉ)中埜銀行本店(現ミツカングループ本社研究所)松坂屋大阪店(現高島屋東別館)を紹介した、名古屋の近代建築の巨匠、鈴木禎次。名古屋市登録有形文化財の木造地上3階、地下1階建て。

揚輝荘 伴華楼
1929(昭和4)年
名古屋市登録有形文化財
設計 : 鈴木禎次
施工 : 不明
名古屋市千種区法王町2-5-21
撮影 : 2009.7.24



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by gipsypapa | 2010-04-15 09:49 | 建築 | Trackback | Comments(2)

揚輝荘 聴松閣

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 最近、若者にも知られるようになった名古屋市千種区の覚王山商店街。その一角、日泰寺の参道東の丘陵地に揚輝荘(ようきそう)という、大正から昭和初期に開発された広大な別荘地がありました。

 元々は松坂屋初代社長の伊藤次郎左衞門祐民(すけたみ)氏の別荘として、約1万坪の敷地に、修学院離宮を参考にした池泉回遊式庭園や洋風の伴華楼・聴松閣、日本庭園には茶室をはじめ多数の日本建築や、テニスコート・温室・弓道場など30棟を超える建造物があったといわれています。当時は皇族、華族、政治家や著名人の他に外国人も多数ここを訪れたとか。また国内からの寄宿生に加えて留学生の受け入れも行っていたそうです。

c0112559_11334171.jpg 終戦直前の空襲で多くの建造物が焼失。また戦中は日本軍に、戦後は米軍に接収され、その後は松坂屋独身寮として使用されたそうです。近年、敷地の大部分が開発され、マンション群が建てられるなど、庭園は南北に分断されましたが、数棟の貴重な建物と庭園が残っています。2003年(平成15年)からNPO法人揚輝荘の会が管理を行い、現在は名古屋市に寄贈され一部が一般公開されています。

 敷地南側にある聴松閣(ちょうしょうかく)は昭和12年に新築された迎賓館で、和風の屋根にハーフティンバー様式の外観。石積み柱の玄関ポーチや自然木を真壁風にあしらった外壁など、多様な意匠や様式を取り入れた山荘風の建物です。

 設計は竹中工務店の小林三造。多くの住宅作品を手がけ、伝統的な和風意匠を近代的な機能、工法、デザインを取り込み、西本願寺大谷本廟守真所や白鶴美術館など公共的建造物も設計したことで知られています。名古屋市登録有形文化財の木造地上3階、地下1階建て。

揚輝荘 聴松閣
1937(昭和12)年
名古屋市登録有形文化財
設計 : 小林 三造(竹中工務店)
施工 : 竹中工務店
名古屋市千種区法王町2-15
撮影 : 2009.7.24
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 Google Earth で見た揚輝荘。下(南)の赤マルが聴松閣。上(北)の黄色マルは次回に紹介する伴華楼。南北の間をマンション群が分断していることがわかります。

 訪れた時は南側一角には入れず、門扉の隙間から見える正面からの一部しか撮影できませんでした。あらかじめ申し込めばこの一角も行けるようなので、いつか出直しします。
by gipsypapa | 2010-04-14 11:37 | 建築 | Trackback | Comments(2)

名古屋のエザキ(株)本社

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 桜通から1本北側に入った通り、名古屋陶磁器センターに対面した位置にある小ぶりなビル。元は大乗仏教系の会館として、大正末期に建てられたものです。

 玄関上の2階部分両側に配した、動物のレリーフがあるメダリオンが独特の雰囲気を醸し出しています。切妻屋根に、玄関ポーチは和風の瓦葺き。外観は当時流行した褐色のスクラッチタイルを貼りで、テラコッタの装飾をあしらうなど、仏教系の建物として建てられたことを想起させる、濃密なデザインです。現在は愛知県でガソリンスタンドや中古車販売を手掛けるエザキ株式会社の本社になっています。鉄筋コンクリート造り、2階建て。

エザキ(株)本社
旧同心会館
大正末期
設計・施工 : 不明
名古屋市東区代官町38-15
撮影 : 2009.7.23
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by gipsypapa | 2010-04-13 10:06 | 建築 | Trackback | Comments(6)

日本陶磁器センタービル

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 名古屋市の桜通りにあるビル。桜通りから正面を見ると変哲もない現代のビルですが、裏(北)側に昭和初期の姿が残っています。表はのちに増築されましたが、裏側は昭和初期のスクラッチタイル貼りに大型のアーチ窓や煙突を見ることができます。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

日本陶磁器センタービル
旧日陶連共同販売所 1934(昭和9)年
設計 : 志水正太郎
施工 : 志水組
名古屋市東区代官町39-18
撮影 : 2009.7.23
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こちらが裏。裏側なのであまり手が入れられていないので、くたびれてはいますが、レトロ感があります。
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桜通りから見た正面。
by gipsypapa | 2010-04-12 15:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)