タグ:愛知 ( 96 ) タグの人気記事

名古屋の太洋ビル

c0112559_12562492.jpg
 四国を終わって中部地方へ移動します。

 ずいぶん前に名古屋シリーズをやった時にアップするのを忘れた物件です。

 日本陶磁器センタービルの左に隣接する昭和初期のビル建築。玄関には大洋商工ビルとも書かれていました。太洋商工といえば陶磁器の貿易商だった春田鉄次郎氏が経営した会社で、このブログでも明治に建てられた旧大洋商工社屋旧春田鉄次郎邸を紹介しています。現在は太洋商工という会社はすで存在せず、貸しビルになっているようです。
 
 全体の印象はモダニズム建築で、装飾の少ない四角いビルですが、壁面頂部の小アーチが連なるロンバルジアバンド、中央の小さなテラスや玄関部分の疑似石貼りなど、古典主義様式も踏襲して、まさに昭和初期に流行したスタイルです。設計は愛知県建築課長から独立し、旧名古屋銀行協会会館(現存せず)も手掛けた星野保則。鉄筋コンクリート造り、5階建て、地下1階。

太洋ビル(大洋商工ビル)
1931(昭和6)年
設計 : 星野保則
施工 : 星野工務店
名古屋市東区代官町39-22
撮影 : 2009.7.23
c0112559_1332653.jpg
c0112559_1331986.jpg
c0112559_1331978.jpg
c0112559_1333026.jpg
c0112559_1333538.jpg
c0112559_1334825.jpg
c0112559_13404.jpg
c0112559_134286.jpg

by gipsypapa | 2013-08-20 13:04 | 建築 | Trackback | Comments(0)

豊橋ハリストス正教会聖使徒福音者馬太聖堂

c0112559_13454891.jpg
 豊橋市のもう一つのお目当て、豊橋ハリストス正教会。豊橋市公会堂から吉田城跡である豊橋公園の横の道を行ってすぐのところにあります。

 この日は快晴。まぶしいほどに真っ白な下見板張の外壁に銅板葺の屋根。玄関上部に尖頭屋根とクーポラを戴く八角形平面の鐘塔を持つ、典型的なハリストス正教会です。平面形状が、西から東へ、玄関、啓蒙所、聖所、至聖所を一直線に並ぶのは、ハリストス正教会聖堂に共通する形式だとか。細部は開口部上部の台形と山形の破風。玄関ポーチの柱は幾何学的立体の組合せたくびれ柱の独特な意匠です。

 設計は明治・大正期の建築家であり、ハリストス正教会副輔祭で、主に日本正教会の聖堂の設計と建築を行ったモイセイ河村伊蔵(かわむら いぞう、モイセイ」は聖名1860 - 1940)。他に函館ハリストス正教会聖堂、白河ハリストス正教会聖堂、釧路ハリストス正教会の旧聖堂(現存せず)などの設計・建築監督を手がけました。国の重要文化財と愛知県指定文化財の木造平屋建て、正面八角鐘楼付、銅板葺、聖障付き。

豊橋ハリストス正教会聖使徒福音者馬太聖堂
1913(大正2)年
重要文化財
愛知県指定文化財
設計 : 河村伊蔵
施工 : 中神組
豊橋市八町通3-15
撮影 : 2011.9.23
c0112559_13475037.jpg
c0112559_13475823.jpg
c0112559_1348527.jpg
c0112559_13482943.jpg
c0112559_13483697.jpg
c0112559_1348303.jpg
c0112559_13485714.jpg
c0112559_13484976.jpg

by gipsypapa | 2012-12-11 13:51 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

豊橋市公会堂

c0112559_12551195.jpg
 豊橋市には見たい物件が他にも数多くありますが、中でもお目当てが2つありこれはその一つ。

 豊橋市市制25周年を記念して昭和6年に建てられ、今も現役の公会堂。大階段とコリント式列柱による玄関と回廊がまず目に入ります。玄関両脇に立つ階段室が堂々とした様式主義的な正面ファサードを形成。上部の半球ドームと四方に配置された羽ばたく大鷲がシンボルになっています。

 ロマネスク様式(城閣風)といわれ、壁面頂部の小アーチが連なるロンバルジアバンド(帯状の装飾)、半円アーチを形成する列柱や窓、そして玄関ホールの天井のリブヴォールトなどがその特徴。

 一方、階段室の半円形ドーム屋根はモザイクタイルで幾何学的に波形を描き出していてイスラムのモスクを連想させます。また随所に用いられているステンドグラスやタイルにセセッションの影響を見ることができ、単純なロマネスク様式に様々な様式を混在させたものといえます。

 現在は講演会や式典、舞踊大会、歌謡大会など幅広く利用されているようで、この日はコスプレの大会の練習?が行われていたようで、若者が多かったです。

 設計は辰野葛西建築事務所に入ったのち、朝鮮銀行の建築顧問として多くの銀行建築を手がけた中村與資平(なかむらよしへい、1880 - 1963)。朝鮮銀行大連支店や朝鮮銀行奉天支店のほかに、国内でも遠州銀行本店(現 静岡銀行浜松営業部)、静岡銀行本店、静岡市役所、静岡市公会堂、静岡県庁本館などが現存しています。静岡市に作品が多いのは、彼が現在の浜松市出身のためです。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造3階建て。

豊橋市公会堂
1931(昭和6)年
登録有形文化財
設計 : 中村與資平(中村工務所)
施工 : 松村組
豊橋市八町通2-22
撮影 : 2011.9.23
c0112559_125830100.jpg

c0112559_1259273.jpg
c0112559_1259462.jpg
c0112559_12594268.jpg
c0112559_12595947.jpg
c0112559_1301786.jpg
c0112559_1301559.jpg
c0112559_1303352.jpg
c0112559_1304227.jpg
c0112559_1305138.jpg
c0112559_1305727.jpg
c0112559_1311520.jpg
c0112559_1312685.jpg
c0112559_1312846.jpg
c0112559_1313642.jpg
 コスプレの若者がちらほら。練習中のようです。本番は明日?
c0112559_1321091.jpg
c0112559_1323254.jpg
c0112559_1324272.jpg
c0112559_1324465.jpg
c0112559_133398.jpg
 昭和6年の建設当時の2羽の鷲が地上に展示されています。
c0112559_13327100.jpg

by gipsypapa | 2012-12-07 13:06 | 建築 | Trackback | Comments(5)

中京銀行豊橋支店

c0112559_13105461.jpg
 明治村を見て、名古屋に1泊。翌朝少し遠回りして豊橋市に立ち寄ることにしました。お目当ての豊橋公会堂と豊橋ハリストス正教会へ行く途中、小さな銀行建築の前を通りました。

 外観からは古さを感じませんが、昭和2年に建てられた銀行です。名古屋銀行豊橋支店から始まり、戦後は宝無尽豊橋出張所、東海銀行など一貫して銀行として使用され、現在の中京銀行豊橋支店になっています。

 銀行建築ですが、列柱や古典様式的要素がないので、権威的な感じを受けず、すっきりした現代的な印象です。列柱の代わりに彫りを深くした玄関や窓周りが銀行らしさを表現しています。鉄筋コンクリート造り2階建て。

中京銀行豊橋支店
旧名古屋銀行豊橋支店
1927(昭和2)年
設計・施工 : 不明
豊橋市札木町70
撮影 : 2011.9.23
c0112559_13115038.jpg
c0112559_13115763.jpg
c0112559_13115525.jpg

by gipsypapa | 2012-12-06 13:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館明治村

明治時代の建物等を移築・復元し、当時の歴史や文化を今日に伝えようとする野外博物館、通称「明治村」は愛知県犬山市、入鹿池のほとりにあります。
c0112559_13493196.jpg
 価値ある建築物は元の場所にそのまま保存するのが最も望ましい姿ですが、1960年代は経済発展にともなう新しい街づくりが最優先された時期。次善の策として、土地開発の妨げになるなどの理由で保存が難しいとされた建物を譲り受けて移築し、それらの修復・保存を行う取り組みが企画されました。その目的で財団法人が1962年(昭和37年)に設立され、1965年(昭和40年)に明治村としてオープン。歴史的に貴重な文化財を保存しているとともに、明治時代を追体験できる日本のテーマパークの走りといえます。

 先に紹介した北海道開拓の村よりさらにスケールが大きく、建物群も鉄道、郵便、酒造業、病院、裁判所、芝居小屋、学校、教会、灯台などバラエティに富み、華やかなイメージで飽きることがありません。明治の社会、文化の様々な領域を取上げ、当時の建物とその内部や関連の物品の展示を一望することが出来ます。

 開村当時の施設は札幌電話交換局、京都聖ヨハネ教会堂、森鴎外・夏目漱石住宅など15件でしたが、現在では67件(建物以外の蒸気機関車等も含む)に達し、博物館の敷地も当初の2倍近くの100万平方メートルに広がっています。建物群は重要文化財が10棟あり、それ以外のほとんどの建物も登録有形文化財に指定されています。なお当初は明治時代の建物からスタートしましたが、現在は大正期や昭和初期の建物も混在しています。

 建物マップはこちら。クリックすると大きくなります。
c0112559_13505524.jpg
 明治村には昔一度行ったことがあるのですが、当時は今のように建物の写真も撮ってなく、記憶が薄れていたので、札幌から帰って間もない2011年9月に行ってみました。早朝に大阪を出たのですが、見どころが多く、1日では見きれません。ということで2012年の3月に再訪。ようやく全部を見ることができました。

 以下、各々の建物を紹介していきますが、ここも北海道開拓の村と同様に、基本的にはHPの記事を引用します。
c0112559_1352395.jpg
c0112559_13521263.jpg
c0112559_13521676.jpg

by gipsypapa | 2012-09-04 13:52 | | Trackback | Comments(2)

大津橋

c0112559_13525918.jpg
 名古屋城三の丸のお堀と大津通りの交点に架かる大津橋。大津通りは県庁や市役所のある官庁街から南へ、栄、大須、金山に向かう名古屋の南北の目抜き通りの一つです。欄干にあるベイス(飾り花瓶)と球形電球が4本ある照明がレトロ感を出しています。 設計は名古屋市と思われます。

大津橋
1933(昭和8)年
設計・施工 : 不明
名古屋市中区丸の内3-4
撮影 : 2008.7.11
c0112559_13534036.jpg
c0112559_13534946.jpg
c0112559_13535868.jpg
c0112559_1354622.jpg
 ↓こちらはそのすぐ東側、久屋大通りに架かる久屋橋。これは新しいようです。
c0112559_135592.jpg
c0112559_13552255.jpg
c0112559_13553058.jpg

by gipsypapa | 2011-08-08 13:56 | 建築 | Trackback | Comments(2)

リアルスタイル

c0112559_1612429.jpg
 東本願寺名古屋別院の東側にある、こじんまりしてお洒落な洋風建築。当初は結核予防会診療所として建てられたもので、戦後は中日孔版デザイン社として使用されました。現在はリアルスタイルというインテリアショップになっています。

 築年は昭和12年というデータが多いのですが、リアルスタイルのホームぺージでは「大正末期の建物を改修した」とあります。鉄筋コンクリート造り、2階建て、地下1階。

リアルスタイル
旧中日孔版デザイン社
1937(昭和12)年
設計・施工 : 不明
名古屋市中区大井町1-41
撮影 : 2010.11.20
c0112559_1613375.jpg
c0112559_1614039.jpg
c0112559_16142896.jpg
c0112559_16145515.jpg
c0112559_16153367.jpg

by gipsypapa | 2011-08-05 16:16 | 建築 | Trackback | Comments(4)

旧伊藤耳鼻咽喉科

c0112559_2191788.jpg
 レトロ建築ファンにはけっこう有名な建物。名古屋市の幹線道路の一つ、空港線に面していて、信号の傍なので、停車するときに、ひときわ目を引くこの建物を見たひとは多いと思います。

 昭和初期に建てられた大型の医院建築で、当時流行したスクラッチタイル貼りの左右対称なレトロで重厚な建物。中央に玄関ポーチと2階部分には銅版葺きの洋風ペディメント。またポーチとペディメントの屋根に洋風花瓶形の棟飾りがあります。玄関ポーチは3方に開放された人造石仕上げのアーチ型になっていて見どころになっています。今は使われておらず、空き家になっています。正面から見ると鉄筋コンクリートに見えますが、側面は下見板貼りで、木造建築です。2階建て。

旧伊藤耳鼻咽喉科
1932(昭和7)年
設計 : 荒川惣七
施工 : 三共工務店
名古屋市昭和区御器所1-9-9
撮影 : 2010.11.20
c0112559_21102587.jpg
c0112559_21104464.jpg
c0112559_211129.jpg
c0112559_21112277.jpg
c0112559_21113712.jpg
c0112559_21115862.jpg
c0112559_21121594.jpg
c0112559_21123266.jpg
c0112559_21125143.jpg

by gipsypapa | 2011-08-04 21:13 | 建築 | Trackback | Comments(6)

養心殿

c0112559_1523190.jpg
 愛知学院大学研究棟(旧昭和塾堂)の傍、一段下がった場所にある木造の和風建築物。昭和塾堂の付属体育館として建てられ、現在は武道場「養心殿」になっていて、金剛禅総本山少林寺や無双直伝英信流居合兵法の道場として使われています。木造平屋建て。

養心殿
旧昭和塾堂付属体育館
1931(昭和6)年
設計・施工 : 不明
名古屋市千種区城山町2-88
撮影 : 2010.11.20
c0112559_153259.jpg
c0112559_153936.jpg
c0112559_1531535.jpg
c0112559_1532377.jpg
c0112559_1532921.jpg
c0112559_1533793.jpg

by gipsypapa | 2011-08-03 15:04 | 建築 | Trackback | Comments(2)

愛知学院大学研究棟

c0112559_1314936.jpg
 愛知学院大学の西側の小高い丘にある城山八幡宮の境内に、八角形の塔がある珍しい建物があります。大正から昭和初期かけて、盛んだった青年会(青年団)の活動を推進するために、愛知県が精神修養の場として建てた昭和塾堂です。c0112559_1325748.jpg戦前は青年団の幹部や指導者の養成のための合宿や婦人会、修養団体が使用。戦時中は、陸軍(いかり部隊)や東海軍司令部として、戦後は名古屋大学医学部基礎医学系諸教室や、愛知県教育文化研究所、千種区役所仮庁舎として利用されたそうです。現在は愛知学院大学の大学院歯学部研究棟になっています。

 建物は上空から見ると、塔を中心に棟が3方向にほぼ120°に突き出した形状。「人造りの殿堂」として、上から見ても横から見ても“人”の字形に見えるようにデザインされたそうです。(右の写真はGoogle Earth から)

 本屋は2階建てで、2階部分は窓が3連アーチ型の塊がいくつも並び、屋根は日本風です
目を引くのは中央にそびえる立つ八角形の塔。和風というより中国の寺院のようです。頭に尖塔と飾りのある銅葺き屋根と、中華風の丸窓が周囲を取り巻いています。

 愛知県営繕課の設計ですが、設計者の一人、黒川己喜は黒川紀章の父で、建築家であり、俳人でもあるそうです。帝冠様式の先駆けとして、大正末期から昭和初期の建築様式をよく残した、建築史的にも貴重な近代建築。鉄筋コンクリート造地上2階、地下1階、塔は4階建て。

愛知学院大学研究棟
旧昭和塾堂
1928(昭和3)年
設計 : 愛知県営繕課(酒井勝、安藤武郎、黒川己喜(意匠図)、尾鍋邦彦(構造図))
施工 : 志水組
名古屋市千種区城山町2-90
撮影 : 2010.11.20
c0112559_1331658.jpg
c0112559_1332492.jpg
c0112559_1333167.jpg
c0112559_1333958.jpg
c0112559_1335256.jpg
c0112559_134051.jpg
c0112559_1341165.jpg
c0112559_1342196.jpg
c0112559_1343176.jpg
c0112559_1344091.jpg
c0112559_1345124.jpg
c0112559_135064.jpg
c0112559_1351325.jpg

by gipsypapa | 2011-08-02 13:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)