タグ:平山久左衛門 ( 1 ) タグの人気記事

長浜慶雲館

c0112559_07594712.jpg
慶雲館(けいうんかん)明治20年に、明治天皇皇后の行在所として、地元の実業家、浅見又蔵が資材を投じて建てた和風建築です。命名は、同行していた初代内閣総理大臣の伊藤博文だそうです。

地元の宮大工の平山久左衛門が施工したり総檜造りの書院風建築の本館や茶室などがあります。その後、市に寄付され、長浜の迎賓館として使われてきました。

明治45年に造営された庭園は、このブログでも数多く取り上げた七代目小川治兵衛(屋号 植治)によるもので、国の名勝に指定されています。木造2階建て。

長浜慶雲館本館
旧長浜迎賓館
1887(明治20)年
史跡名勝天然記念物
設計・施工 : 平山久左衛門
作庭 : 7代目小川治兵衛(植治)
滋賀県長浜市港町2-5
撮影 : 2016.11.18
c0112559_08010491.jpg
c0112559_08012093.jpg
c0112559_08013762.jpg
門を入ると前庭です。
c0112559_08024794.jpg
大灯篭があります。
c0112559_08032348.jpg
中にも門。
c0112559_08043961.jpg
玄関前庭から中門を振り返ります。中庭は巨石と松を配置しています。
c0112559_08063477.jpg
慶雲館には多く巨石がありますが、ほとんど大津市(旧志賀町)から琵琶湖上を船で運ばれたと伝えられています。
c0112559_08071303.jpg
c0112559_08073258.jpg
ここまでは自由に見ることができます。建物内部の見学は300円。
c0112559_08082253.jpg
まず2階から。
c0112559_08090477.jpg
明治19年(1886年)秋、明治天皇皇后両陛下が翌年京都行幸啓の帰路に大津から船を利用し、長浜に上陸されるとの報が入ってから、3ヶ月余りの突貫工事だったそうです。
c0112559_08100049.jpg
c0112559_08114838.jpg
梅の花型の電灯。本館2階の照明器具は、明治時代に作られたとは思えないハイカラなデザインで、文明開化の香りがしますね。。
c0112559_08122506.jpg
鶴の襖絵や欄間など、建設当初のものが残っているそうです。
c0112559_08133671.jpg
なかなかの優れものと思いますが、誰が描いたかは分かりませんでした。
c0112559_08144092.jpg
2階には両陛下をお迎えする為に設けられた「玉座の間」があります。天皇皇后両陛下は同日の13時前に長浜に到着され、慶雲館で休憩し13時45分の列車で名古屋へ向かわれたとか。う~む、たった45分のご休憩のために・・・。
c0112559_08154733.jpg
c0112559_08161789.jpg
1階は大広間。
c0112559_08165850.jpg
c0112559_08171699.jpg
c0112559_08173460.jpg
c0112559_08175347.jpg
c0112559_08181249.jpg
c0112559_08183465.jpg
本庭は1912(明治45年)に 小川治兵衛により作庭された広大な池泉回遊式庭園です。
c0112559_08191899.jpg
ただし、池に水はありません。
c0112559_08200081.jpg
縁側から庭に下りて散策できるのが、うれしい。
c0112559_08211367.jpg
c0112559_08213537.jpg
c0112559_08215533.jpg
c0112559_08221910.jpg
この写真はウィキペディアから借用しました。
c0112559_08224177.jpg
c0112559_08230215.jpg
この写真はHPから。天皇や皇室方の行啓のための行在所は、日本各地だけでなく、台湾に今でもいくつか残っていますが、いずれも急ごしらえされた割には、素晴らしいものです。

by gipsypapa | 2017-08-05 08:24 | 建築 | Trackback | Comments(2)