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下関市唐戸地区の観光

門司港に渡る前に、せっかくですから、建物巡りをお休みして、下関の唐戸周辺の観光スポットを紹介します。

撮影 : 2008.5.1-5.2
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 「赤間神宮」
 関門海峡を見下ろす高台にある赤間神宮は観光の名所。壇ノ浦の戦で幼くして亡くなった安徳天皇を祀る神社。平家一門を祀る塚があることでも有名で、「耳なし芳一」の舞台にもなっています。
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 赤間神宮の石段を下って、山陽道を渡った、海側の波打ち際に石灯篭が立っています。
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 平家の大将、平知盛が背負って幼帝安徳天皇のお供をして入水したことにちなむ海峡守護の「碇」。もちろん碇は現代のものです。
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 同じ場所から左に関門橋が見えます。
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 「唐戸市場」
 海産物の卸売市場として有名。朝早く出かけると新鮮な魚を安く買うことができます。市場内に寿司屋さんがあるとのことで、昼食時に出かけましたが、何軒かあるお店は店の外まで長い行列。ゴールデンウィーク中とはいえ、すごい人出。人気のスポットなのです。
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 待つのは嫌いなので、西側のカモンワーフという、土産物や飲食店街が入っているモールへ移動。ここもかなりの人が列を作っていましたが、大きな回転寿司の店へ。回転寿司なので回転がよく(笑)、しばらく待ったら席に着くことができました。魚介類はさすがに新鮮でおいしかったです。
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 下関といえばフグ。ここでは「ふぐ」は「ふく」つまり幸福の「ふく」なのです。
 まずは、ふくの料理旅館・春帆楼にある「ふくの像」
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 関門海峡を少し見下ろす亀山八幡宮の境内には巨大な「ふくの像」。八幡宮を見上げる山陽道からは「世界一のふくの像 下関ふく連盟」と書いた大きな横断幕が見えて像とともに笑ってしまいそう。しかし「ふくの像」は食べられるふくの供養のために造られたもので、人間の勝手な「業」ですね。
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 マンホールも御覧のように。下関はやっぱり「ふくの街」を実感。
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 ということで、夕食はふくしかない。カモンワーフのふく料理店でミニ会席。ひれ酒も飲んだし、安くて満足しました。
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 今回、唯一の建物紹介。
 関門海峡・ウォーター フロントの一環として、6年前に誕生した商業施設「下関カモンワーフ」のある唐戸地区は下関の主要観光地になっています。その前の船着き場のある湾(「あるかぽーと」というらしいです)の防波堤に建つ灯台。
 赤は下関外浜町防波堤灯台 1913(大正2)年 / 2000(平成12)年改築。
白は下関市あるかぽーと東防波堤灯台(下関外浜町西防波堤)で、こちらは最近設置されたものです。
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 カモンワーフの夕暮れ。
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 湾の向こうに見えるのは、しものせき水族館「海響館」。
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  一夜明けて、この関門連絡船で門司へ。1時間に3便あるので思ったより便利。運賃は390円でした。所要時間はなんと5分とすぐです。

 では、次回から対岸の門司をやります。
by gipsypapa | 2008-09-10 13:47 | | Trackback | Comments(4)

旧下関国鉄ビル(旧山陽ホテル)

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 下関シリーズの最後になります。ここも廃墟化の心配がある建物。

 戦前、朝鮮半島の釜山と下関を結んだ関釜連絡船や鉄道の旧下関駅を乗り降りする人達の宿泊施設として利用されていた山陽ホテル。明治時代にあった木造2階建が1922年(大正11年)に焼失、その後再建されたのがこの建物です。皇族や政府高官が利用したという、西日本でもひときわ格調の高いホテルであったということです。

 1942(昭和17)年、関門鉄道トンネルが開通してホテルの前にあった下関駅が西の竹崎町へ移ったことや、太平洋戦争の戦況が悪化し、大陸渡航者も減少したことの影響を受けて、ホテルとしての営業を停止。その後、建物は貸事務所に改造され、名を下関国鉄ビルになりました。

 設計は辰野葛西建築事務所。外観は煉瓦タイル貼りで、セセッションを基調とした近代的な設計です。鉄道会社らしい鉄骨装飾を持つ、車寄せ上屋が面白い。鉄筋コンクリート造り3階建て、地下1階。

旧下関国鉄ビル
旧山陽ホテル 1923(大正12)年
設計 : 辰野葛西建築事務所
施工 : 不明
下関市細江町3-2-7
撮影 : 2008.5.2
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 大型のビルですが、すでに古典主義ではなく近代的で、あまり特徴はありません。辰野葛西建築事務所の設計ですが、辰野金吾は1919年に他界してこの建築には関与していません。
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 1階にはアーチ窓が並びます。煉瓦積みのようなアーチ周りの仕上げ。
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 目を引く鉄骨の車寄せ上屋。しかし鉄骨は錆びています。
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 中はここも空き家です。ネットの記事↓
2003年の耐震検査で老朽化による危険が指摘され、翌年に店子の広成建設山口支店が退去して、以降は空き家になっている。地元自治会や文化団体などが「旧山陽ホテル保存推進会」を結成して保存を呼びかけ、当面の解体撤去は免れたが、下関市は財政事情が厳しいとして保存活用には及び腰だ。
 ここも存続が危ぶまれます。
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by gipsypapa | 2008-09-09 15:51 | 建築 | Trackback | Comments(8)

下関市庁舎第一別館

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 唐戸西之端町大通を旧ロダン美容室から元商工会議所のあった空き地を挟んで西に移動したところにある、大正時代の電話局舎。当時の逓信省営繕課には分離派で有名な山田守らがいて、この建物も装飾性と機能性を追求した「分離派」と呼ばれる建築様式です。

 外壁はモルタル階段仕上げ、フルーティング(縦溝彫り)のある円柱、3階の半円アーチ窓、階段室最上部の放物線のアーチが印象的な大正後期近代建築の名作。

 9年前に一時解体が決まっていたそうですが、市民の熱心な要望活動が実を結んで保存が決定。「今後の再活用が検討されている。」らしいのですが、現実には、建物右半分はネットが張ってあり、中は空き家の状態でした。下関市指定有形文化財に指定され、建物名が下関市庁舎第一別館となっていますので、市の資産になっているのでしょう。鉄筋コンクリート造と煉瓦造の3階建て。

下関市庁舎第一別館
旧下関郵便局電話課分室 1923(大正12)年
下関市指定有形文化財
設計 : 逓信省営繕課
施工 : 不明
下関市田中町5-7
撮影 : 2008.5.1
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 フルーティングの円柱が並び、シンメトリーではなく3階部分を西の端に置いた設計。古典主義とは明らかに違います。タイルで縁取りをした3階の半円アーチが印象的。
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 円柱の近接写真と木枠の窓。窓は傷みが目立ちました。
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 西側に田中川という小川が流れています。川越しに西面を見ると階段室があり、最上部は不思議な形のパラボラアーチ。
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 北側の裏へまわって階段室を。
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 ガラス越しに中を見たら、やはりもぬけの殻です。
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 今後はどうなるのか。地方自治体の財政問題がクローズアップされている折、活用のための改修費を予算化するのも大変でしょう。保存が決まってもうすぐ10年。見通しは明るいとは言えない気がします。
by gipsypapa | 2008-09-08 13:53 | 建築 | Trackback | Comments(4)

下関の旧ロダン美容室

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 今回の下関で期待していた建物の一つ。唐戸西之端町大通は、かつてのメインストリートだったところで、西側に商業会議所と旧下関郵便局電話課分室が立ち並んでいましたが、今は商工会議所は解体撤去されて、空地になっていました。このこじんまりした建物は、ネットで調べると、元はリード商会、ウール商会や貝島クラブだったとか色々な情報がありますが、よくわかりませんので、最も多かった宮崎商館を採用します。

 宮崎商館は石炭輸出業の商社の事務所でした。建物は明治後期の煉瓦造りで、赤煉瓦と白い石の組合せが旧英国領事館に似ています。領事館の完成(1906年)翌年の建設ですから、意匠的に影響を受けたようです。出かける前に調べた時は今も「ロダン美容室」として使われているとありましたが、実際には空き家になっていました。旧を頭につけなければなりません。

 時代を感じる少し色あせた煉瓦の色。1階中央のアーチ型エントランス、2階には旧英国領事館に似た5つのアーチが連なるバルコニーが特徴の煉瓦造り2階建て。

 追記 : コメントを頂いていたのに忘れていました。現在、この建物は吉田メディカルクリニックとして使われています。院長さんの奥様からコメントを頂きました。(2014.3.9)

旧ロダン美容室
旧宮崎商館 1907(明治40)年
設計・施工 : 不明
下関市田中町4-10
撮影 : 2008.5.1
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色褪せていい感じになったレンガと木の出窓の枠。
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 今はなき商工会議所の跡地から見た西側の側面。
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個人的に一番気に入った、正面右側の隣のビルとの間のレトロな通路。鉄製のアーケードや門扉が錆びています。右隣のビルは新しいビルになっていますが、壁だけは残したようで、この不思議な空間が今もあります。
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エントランスと天井のレトロな照明器具。美容室は別に店を閉めたわけではないようで、移転案内の張り紙がありました。唐戸の交差点近くへ移ったとか。ここの立地の問題か、古い建物が使いにくかったのか。
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 窓越しに中をのぞくと・・・もぬけの殻。
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実は下関には、この後紹介するように、現在使用されてない、廃墟化の恐れのある建物があります。山口銀行旧本店はなんとか、維持されているのですが、この価値のある煉瓦建築のこの後の利用計画はあるのでしょうか。何とか廃墟化しないよう祈りたいものです。
by gipsypapa | 2008-09-07 12:18 | 建築 | Trackback | Comments(5)

山口銀行旧本店

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 ろうきん下関支店(旧不動貯蓄銀行下関支店)のある旧銀行街の通りを西の端まで行くと、少し大型の銀行建築があります。当初、三井銀行下関支店として建てられた後、百十銀行本店、山口銀行本店、同観音崎支店を経て、現在は山口銀行旧本店として一般開放されています。(無料)

 正面の外壁は御影石。イオニア式とコリント式を組み合わせた柱頭をもつピラスター(付け柱)、正面窓上部の午頭彫刻、頂部に櫛型のペディメント(妻飾り)、軒上の飾り壷など、古典主義建築そのもの。内部は2層吹き抜けの営業室の周囲に歩廊を巡らせた典型的な銀行建築です。

 辰野金吾の下で学び、銀行建築の設計に多く関わった長野宇平治の設計。奈良県庁舎などの和風意匠や日本銀行をはじめとした銀行建築における古典主義系のデザイン建築で知られています。山口県指定有形文化財の鉄筋コンクリート(一部煉瓦造)2階建。

山口銀行旧本店
旧三井銀行下関支店 1920(大正9)年
山口県指定有形文化財
設計 : 長野宇平治
施工 : 竹中工務店
下関市観音崎町10-6
撮影 : 2008.5.1
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 柱は強度材ではなく溝掘りのある付け柱。柱頭は渦巻状のイオニア式とアカンサスの葉飾り、コリント式を組み合わせたものでコンポジット式というそうです。緩やかなアーチ窓の上部に牛がいます。
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 一般開放されているのを知りませんでした。あらかじめ調べたネット情報では「空家同然の建物となり放置されている」と書いてあったのです。近づいてみると予期せぬことに中央の玄関扉が開いていたので、中に。
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 玄関を通ったら風除室があり左右にドアがある形は、辰野金吾の京都文化博物館・別館(旧・日本銀行京都支店)と同じです。
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 吹き抜けの営業室に窓口が並んだ姿や2階に歩廊を巡らしたのも京都文化博物館・別館と同じ、典型的な銀行のスタイル。もぬけの殻の営業室の高い天井。しばらく中を見ていると別の見学のグループがあって、案内人がいらっしゃいました。元山口銀行にお勤めだったとか。私たちも合流。
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 銀行ですから金庫がありますが、扉はあまり厚くはありません。
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 欅造りの階段は複雑な曲線を描くワニス塗の手摺りに特徴があり非常に珍しいものとの説明を受けました。当時の絨毯と共に残っています。
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 階段を上って2階歩廊へ。2階には山口銀行創立当時、頭取室、頭取応接室、人事部として使われていた小部屋がならんでいました。この歩廊を回って頭取が行内を見張っていたのかも。
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 2階から見た亀甲タイル張りのロビーの床。
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 屋上へ上がる途中に屋根裏も見せてもらいました。一部煉瓦造りというのを、ここにきて納得。
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 さらに小さな階段を上って屋上へ。
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 石の飾り壺。クラーテールという渦巻形把手の形をした古代ギリシャ時代の器形装飾とか。
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 同じく石材を使ったパラペットと瓶子型のバラスター。関門海峡を見下ろす眺めがいいですね。
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 ホームページを見ると株式会社山口銀行旧本店となっています。会社組織として維持管理されているのでしょうか。私が訪ねた時は二組だけの見学者でしたが、ぜひこのまま続けてほしいものです。
by gipsypapa | 2008-09-05 14:52 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

春帆楼(日清講和記念館)

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 明治4年創業のふく料理公許第一号の老舗割烹旅館・春帆楼(しゅんぱんろう)。その敷地の中に日清講和記念館があります。明治28年(1895)に日清戦争の講和会議が開かれ、清国の李鴻章と日本の伊藤博文の間で日清講和条約が締結されました。それにちなんで昭和12年に建てられた記念館。

 内部は当時の講和会議の部屋が再現してあり、会議で使用された椅子やテーブル・硯などの調度品や貴重な資料が公開されています。特に椅子は、浜離宮の調度品が下賜されたもの。純和風数寄屋造り平屋建て。

春帆楼(日清講和記念館)
日清講和記念館 1937(昭和12)年
設計・施工 : 不明
下関市阿弥陀寺町4-2
撮影 : 2008.5.2
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 由来はこれを読んでください。
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 敷地内にある漢文の碑。何が書いてあるのかさっぱり・・・
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 春帆楼図。昭和12年、和田三造、稗田研二、木下茂作の油絵。
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 中央にガラス張りの会議室が再現されてあり、周りからガラス越しに中の様子をみるようになっています。
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会議の部屋。卓上に硯箱が置いてあるのが見えますが、近寄れません。確かに椅子は高級そう。
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 建物というより、内装と調度品が見どころ。
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 春帆楼の門にあるガス燈。
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 春帆楼の本館は昭和60年に建て替えられて、現代的な建物でした。
by gipsypapa | 2008-09-04 15:40 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

藤原義江記念館(紅葉館)

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 関門海峡を見下ろす小高い丘にある、緑に囲まれた紅葉館と呼ばれるモダンな洋館。英国系商社ホーム・リンガー商会の社長令息のために建てられた住宅です。
 
 1978(昭和53)年から下関出身の世界的オペラ歌手・藤原義江の記念館になりました。藤原義江(1898 – 1976)はこのリンガー商会の支配人N・B・リードと日本人妻「キク」との間にできた子供であり、その縁で記念館として利用されているそうです。藤原氏自身が住んだわけではありません。

 高台に建つ白い装飾性のない外観はいわゆるモダニズム。単純な中に飽きのこない優れた設計で、下関で訪れたなかでも、最も印象に残る建物です。鉄筋コンクリート造り、3階建ての登録有形文化財

藤原義江記念館(紅葉館)
旧リンガー邸 1936(昭和11)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
下関市阿弥陀寺町3-14
撮影 : 2008.5.2
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 緑の中の狭い小道を登っていくと、煉瓦塀と・・
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 オタマジャクシの飾りがある門柱。
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 ちょっと見るとよくあるアパートか何かのように見えますが・・
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 よく見るとヨーロッパ調の美しい緑色の木製扉に窓枠。
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 玄関でチャイムを押すと「しばらくお待ちください。」そして管理人さんが隣の家から出てこられました。中に案内してもらいます。
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 外観も白ですが、内部も壁・天井ともに白壁。館内に「我等のテナー」として親しまれた藤原義江の歌声が聞こえてきて。
 藤原義江氏は子供のころテレビで見たことがあります。唄声だけでなく、スコットランド人とのハーフなので容姿もよかったです。館内の写真を見てもそれがわかりますね。
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 2階には居間と食堂があります。
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 藤原義江の一生を書いた下関市出身の古川薫の直木賞受賞作「漂泊者のアリア」にちなみ、3階はマリア記念室です。この階段を上ると・・
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 書斎が二部屋。彼が使っていた机や小物、書籍などが並んでいました。
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 関門海峡を眺望できるテラス。
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 前庭の風見鶏。宙に浮いた義江の姿と何かの文字。なんて書いてあるのでしょう。上部は「漂泊のマリア」。下のバーには「THE LAST RECITAL JUN. 1959 HIBIYA」 かな。61歳の時に最後のリサイタルをやったのでしょう。
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 下から丘を見上げたショット。右の建物が管理人さんの家のようです。今ではよくありそうな風景ですが、当時は高台に建つこの白亜の洋館はかなりモダンだったはずです。

 訪れた時は見学者は私たち二人だけ。無料なので、市の管理なのでしょうが、どうかこのままこの美しい建物と貴重な資料を維持していただきたいものです。

 なお、私は何も知らずに出かけてしまいましたが、事前の電話連絡が必要だったようです。突然なのに快く見学させていただいた管理人さんに感謝します。

●開館:10:00~16:00(事前に電話連絡が必要)
●休館:毎週火曜日
●TEL:083-234-4015
by gipsypapa | 2008-09-03 14:42 | 建築 | Trackback | Comments(4)

ろうきん下関支店(山口県労働金庫下関支店)

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 唐戸の交差点から西に進み、筋を北に進んだところには、昔の下関の銀行街があったところ。その一角に昭和初期の関根要太郎設計の銀行建築があります。多くの不動貯蓄銀行を設計した建築家。

 外観は下部基礎周りと玄関廻りが石造で、大半はモルタル仕上げに目地をいれ石造りに似せています。正面ファサードは、2本のトスカナ式の円柱が設置され、一部玄関の庇とモールディングに古代ギリシャ風の葉(アカンサス)模様が刻まれて古典的な趣を出していますが、銀行建築としては、総じて装飾が少なく大人しい印象。

 当時では最先端の免震構造建築を取り入れた設計で、地下室に装置があるらしいのですが、現在地下室は封鎖されているそうです。不動貯蓄銀行下関支店として建てられ、日本貯蓄銀行、協和銀行を経て、今は労働金庫。鉄筋コンクリ-ト造り、2階建地下1階。

 関根要太郎研究室@はこだてに詳しい解説がありますので、そちらもどうぞ。

ろうきん下関支店(山口県労働金庫下関支店)
旧不動貯蓄銀行下関支店
1934(昭和9)年
設計 : 関根要太郎
免震基礎設計 : 岡隆一+小幡慶次
施工 : 籠寅組
下関市南部町21-23
撮影 : 2008.5.1
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 石造り風の外観は主に正面だけ。側面は手抜きされています。この周辺には銀行建築が並んでいたらしいので、近接してビルが立ち並んで側面は見えなかったのが理由ではないでしょうか。
by gipsypapa | 2008-09-02 15:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧下関英国領事館

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 唐戸交差点を旧秋田商会と南部町郵便局から陸橋で反対側に渡ったところに、もう一つ明治時代のレンガ造りの建物があります。

 元は英国領事館だった建物で、石柱で支えられた3連アーチにベランダを持った植民地風の建築。典型的な明治の香りを残す、石と赤レンガ。本館と附属屋が当時の姿を留めていて、下関を代表する建築遺産です。現在は市民ギャラリーとして自由に見学(無料)できます。また附属屋は喫茶室「異人館」として使われています。

 設計者のウィリアム・コーワンは、英国王立建築家協会員の資格をもつ建築家で、翌年に設計された旧長崎英国領事館の設計も担当。重要文化財の煉瓦造2階建。


旧下関英国領事館 1906(明治39)年
重要文化財
下関市指定有形文化財
設計 : W・コーワン
施工 : 不明
下関市唐戸町4-11
撮影 : 2008.5.1 & 5.2
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 エントランスのある西側ファサード。白色の石と英国から輸入した赤レンガとのコントラスト。
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 煉瓦塀と門扉。1階南側ベランダが見えます。
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 段状切妻に煙突がある東側ファサード。
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 3つのアーチが連なる2階南側ベランダ。煉瓦造りにベランダというのは、珍しいと思いますが、後に紹介する旧ロダン美容室にもありました。
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 窓周りと玄関。窓枠や玄関などにも補強材は石。レンガはもちろんイギリス積みです。
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 1階はショールームになっている海事監督官室。
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 2階は寝室と居間でした。当時をしのばせる暖炉や照明器具が残っています。
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 寝室にあるアールヌーボー調の美しい色タイル貼りの暖炉。
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 屋根裏部屋に登る急な階段。
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 使用人の部屋や物置、台所として使用されていた附属屋は、喫茶「異人館」になっています。
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 夜はライトアップされて観光の名所になっています。
by gipsypapa | 2008-09-01 11:13 | 建築 | Trackback | Comments(4)

下関南部町郵便局

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 旧秋田商会の左に隣接する明治の建物、下関南部(なべ)町郵便局(旧赤間関郵便電信局)。日本最古の郵便局建築で、今も現役です。煉瓦造りに、外壁をモルタル仕上げしています。コの字型の中庭のある建物で、1階は半円アーチで2階はギリシャ風の窓がある古典主義をシンプルにした外観。またファサードも入口上部のペディメントや窓枠には彫刻的な装飾がなく簡素。明治の後期に生まれた、典型的な西洋古典主義から脱却する動きをよく表した設計といえます。登録有形文化財。屋根は木造瓦葺き、外壁はモルタル横目地仕上げのレンガ造り2階建。

 設計の三橋四郎は当時逓信省の技師で、その後、東京市営繕課を経て独立し、三橋建築事務所を東京に開設。領事館をはじめとする多くの官庁建築の設計を行いました。
関根要太郎研究室@はこだてに詳しい解説があります。

下関市南部郵便局
旧赤間関郵便電信局 1900(明治33)年
登録有形文化財
設計 : 三橋四郎
施工 : 岩崎組
下関市南部町22-8
撮影 : 2008.5.1 & 5.2
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 明治の公共施設の建物にしては装飾の少ないファサードとエントランス。
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 旧秋田商会の窓から見える外壁。
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 現役の特定郵便局ですので多少雑然としていますが、1階のアーチ窓が美しい。中で写真の許可をとるのに職員の人に声を掛けると、左奥のカフェから中庭に行けると教えていただきました。
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 このカフェの入口をくぐって・・
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 カフェの中にあるレトロなオルゴールを見ながら、
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 この出入り口を出ると、
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 中庭があります。いわゆるパティオで、カフェのオープンスペース。コンサートや結婚式等のイベントスペースとしても活用されています。
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 中庭に面した壁はあまり手を加えられていないようで、崩れかけたような漆喰塗の煉瓦。いいですねぇ。歳月を感じます。
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 コの字型の奥の一面に新しく壁が追加されてロの字になっています。
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 面白いモニュメントがありました。
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 内側から見たエントランス。上部のファンライトが美しい。
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 旧秋田商会と旧赤間関郵便電信局の並ぶ姿は唐戸を代表する風景です。
by gipsypapa | 2008-08-29 13:48 | 建築 | Trackback(1) | Comments(8)