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補陀洛山 総持寺

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 しばらく寺社建築をやります。まずは近所の散歩コースから。総持寺(そうじじ)は、大阪府茨木市にある高野山真言宗の寺院です。山号は補陀洛山 (ふだらくさん)。西国三十三所第22番札所です。

 寺伝では元慶3年(879年)頃、藤原山蔭が創建し、山蔭の三回忌の寛平2年(890年)に伽藍が完成したとあるそうで、歴史のあるお寺です。現在の本堂は江戸初期の建立ですが、山門などの他の建造物のデータは見当たらず、おおむね最近に再建されたものと思います。

補陀洛山 総持寺本堂
1603(慶長8)年
設計・施工 : 不明
茨木市総持寺1-6-1
撮影 : 2014.12.25
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by gipsypapa | 2015-06-29 10:37 | 建築 | Trackback | Comments(2)

高松市の華下天満宮

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 中部地方のGitano Familyライブが終わり、姫路で一回やってから、海を渡って最後の会場になった高松市へ来ました。

 華下天満宮(はなしたてんまんぐう)は市中心部の片原町商店街の真ん中にあります。商店街から社殿へ至る参道は小路になっていて、居酒屋や飲食店などが軒を連ねていました。

 高松市内で最も古い神社でもとは現在の玉藻公園にあったのが、江戸初期の高松城築城時に現在地に遷座しました。神社としては珍しく社殿が北向きですが、これは高松城の方向を向いているためだそうです。

 ネット情報では「1945年(昭和20年)7月4日の米軍による無差別絨毯爆撃「高松空襲」によって当社の社殿など建築物は一切が失われ、戦後まもなく社地の敷地内を闇市のバラックが占めるようになり、それがそのまま酒場や飲食店に変わったため、戦前の社地はほとんどが失われた。」とあります。昭和20年代の創建でしょうか。

華下天満宮
詳細不明
高松市百間町3-8
撮影 : 2014.11.27
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 前日に海辺のレストラン・ミケイラでのライブシーンを少し。↓
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by gipsypapa | 2015-06-22 08:58 | 建築 | Trackback | Comments(2)

桑名の春日神社

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 石取会館に展示されているのは石取祭の祭車だったわけですが、その祭りが催されるのが春日神社です。桑名神社と中臣神社の両社を合わせて桑名宗社といい、奈良から春日大明神を勧請して合祀したため、「春日さん」の名で親しまれ、通称が春日神社となったそうです。

 文化4年(1807)建立の拝殿、天保4年(1833)建立の堂々たる楼門などがありましたが、戦災で焼失したため、拝殿は1954(昭和29)年、楼門は1995(平成7)年に再建されたものです。

桑名宗社(春日神社)拝殿
1954(昭和29)年
設計・施工 : 不明
桑名市京町46
撮影 : 2014.11.24
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 この立派な楼門は平成7年に再建されました。
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 拝殿です。
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by gipsypapa | 2015-06-15 08:51 | 建築 | Trackback | Comments(2)

築地本願寺本堂

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 蔵前のホテルに泊まっていますが、夜のライブまではすることがありません。この機会に前から見たかった築地本願寺に行きました。

 浄土真宗本願寺派の関東における拠点で、伊東忠太(いとう ちゅうた 1867 - 1954)の代表作、かつ重要文化財の寺院建築です。当時の浄土真宗本願寺派法主・大谷光瑞と親交があったため設計を依頼されたようです。

 インドの古代仏教建築をモチーフとした特異な外観です。本尊を安置する中央部と北翼部(向かって左)、南翼部(同右)からなる左右対称の配置。屋上中央に半筒形のヴォールト屋根があり、正面はインドの石窟寺院風のデザインになっています。北翼と南翼の屋上にはそれぞれインドの仏塔(ストゥーパ)風の塔屋があり、北側は鐘楼、南側は鼓楼だそうです。国の重要文化財の鉄筋コンクリート造り、一部鉄骨鉄筋コンクリート造り、2階建て、一部地下1階、塔屋二所付き。

築地本願寺本堂
1934(昭和9)年
重要文化財
設計 : 伊東忠太
施工 : 松井組
東京都中央区築地3-15-1
撮影 : 2014.11.16
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 正門、北門と南門の門柱も重要文化財です。
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 中央部正面には4本の列柱を有する向拝と大階段。
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 左右に2体の獅子像。
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 このライオンは飛びますね。羽が生えています。
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 独特の曲線を描く、大階段の手摺。
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  「広間」と称する横長の前室を経て・・・
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 参拝者のための空間である外陣は椅子席。
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 左に見えるのはパイプオルガンのようです。むむむ。
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 奥は本尊を安置する内陣です。
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 2階の窓は日本の仏教寺院にみられる花頭窓。
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 中庭もあります。
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 自分のカメラでは撮れない広角ショット。ウィキペディアから借用します。
by gipsypapa | 2015-05-27 10:15 | 建築 | Trackback | Comments(4)

本城山 経王寺

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 佛性寺の次は南側にある経王寺(きょうおうじ)へ。日蓮宗の寺院で慶長7年(1602)に宮津藩主、京極高広の帰依を受け、日依上人により開かれました。

 現在の本堂は弘化2年(1845)に再建されたもの。本堂の中央間の天井に幕末の郷土画家、和田屏山による龍雲図が描かれています。

 また内陣の天井には天女の飛天図があります。作者は不明です。

本城山経王寺
1845(弘化2)年
設計・施工 : 不明
宮津市金屋谷886
撮影 : 2014.10.28
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 本堂が閉まっていたので、横にある居住区に声をかけたら、歓迎されました。
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 このお寺も龍の彫刻と・・・
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 なんでしょう?駕籠?
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 木鼻は獏です。
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 本堂の照明をつけていただき、後はご自由にとのことでした。
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 いわゆる火焔太鼓です。
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 和田屏山作の龍雲図。天井が低いので迫力満点ですが、全体を撮ることはできませんでした。
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 内陣の円形天井には極彩色の飛天図があります。
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 ネット情報では、かつては回転したとか。位牌が倒れたりしたそうで、もちろん今は回転していません。
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 奥の仏壇の両側に天女と鳳の絵。観光案内のパンフレットには龍の図しか書いてなかったけど、飛天図とともにこれも素晴らしい。
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 ゆっくり見学させていただいた上に、最後にはお茶まで頂きました。ありがとうございました。
by gipsypapa | 2015-05-19 10:59 | 建築 | Trackback | Comments(4)

金谷山 佛性寺

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 古い寺院が集合している寺町の玄関口にある佛性寺(ぶっしょうじ)。彫刻や襖絵などに見どころが多く、優美な佇まいを残す古寺です。細川家と縁の深い古刹で、本堂は、幕末にイギリス船が入港したときイギリス船員の休憩場所に使われたとか。

 見どころに一つは本堂の木鼻は獅子と獏。また唐破風下に鷲の彫刻が施されています。大阪城を作った棟梁の一人、中井権次(なかい ごんじ)の作です。4代目から枝別れして彫刻家になった名匠で、現在は10代目が市内で中井彫刻店として続いているそうです。

 本堂の襖絵(紙本彩色源氏物語澪標図)は天保年間(1830~43)のもので勤皇の画家といわれた佐藤正持の作。極彩色で大和絵風の画法が用いられ、彼の作品の中でも優れたもの。

 また山門は幕末の安政5年に建立されたもので、門扉には細川の紋所「細川九曜」があり、扉上には迫力のある龍があります。

金谷山佛性寺
本堂 1625(寛永2)年
山門 1858(安政5)年
設計・施工 : 不明
宮津市金屋谷879
撮影 : 2014.10.28
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 向うに見えるのは江戸時代に建てられた経堂です。
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 獅子と獏の木鼻。
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 折り上げ格天井。
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 佐藤正持の作の襖絵。
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 山門は江戸末期に建てられたものです。
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 細川の紋所「細川九曜」
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 龍がいます。
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 「寺社の装飾彫刻 近畿編」という本に取り上げられています。 ↓ はその写真です。
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 自分では撮りきったと思っていましたが、まだまだあったようです。視線が低いので仕方ないです。
by gipsypapa | 2015-05-18 08:52 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松渓山 智源寺

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 宮津市の市街地南部には寺院が集中しています。事前には何の情報も持っていませんでしたが、旅館でもらった観光案内に歴史的価値があるお寺が紹介されていたので、それに従って散歩を兼ねて行ってみました。

 智源寺は曹洞宗の修行道場としても知られ、寛永2年(1625)に宮津城主・京極丹後守高広が母堂・惣持院殿松渓智源大禅定尼追善のために建立したお寺です。現在の本堂は寛政9年(1792)の火災で焼失後、文化元年(1804)に、宮津の大工の嶋川清治郎によって建てられ、後見に冨田弥四郎、柴山羽左衛門の名が見られるとあります。

 見どころは本堂格天井の20枠に描かれた花草図で、江戸時代後期の円山四條派と土佐派20人の傑作で、京都府指定文化財なのですが、観光案内に書かれていたにも関わらず、見落としてしまいました。木造平屋建て。

松渓山智源寺本堂
1804(文化元)年
設計・施工 : 嶋川清治郎(大工)ほか
宮津市京街道769
撮影 : 2014.10.28
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 赤門です。
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 堂々とした山門ですが、これは、つい最近再建されたものだそうです。
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 経蔵。
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 鐘楼。
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 江戸後期に建立された本堂。
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 この本堂の真上に天井画があったのですが気づかず、残念でした。ということでネットにあった写真です。↓
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 よさそうな日本庭園がありますが、朝食前の散歩なので旅館へ戻らなくては・・・
by gipsypapa | 2015-05-17 08:51 | 建築 | Trackback | Comments(2)

宮津の一色稲荷社

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 宮津駅前から大通を西へ進んだところにある一色稲荷(いっしきいなり)。江戸初期に細川忠興(ほそかわ ただおき)により謀殺された丹後守護、一色五郎(実名は不明)の墓であると伝えられているそうです。

 一色氏の当主で細川藤孝の娘むこの亊と思われ、その復讐戦に挑んだ一色義清が果たせずに自刃した地でもあるようです。一色氏の鎮魂のために建てられた神社です。木造平屋建て。

一色稲荷社
詳細不明
宮津市鶴賀2084付近
撮影 : 2014.10.28
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by gipsypapa | 2015-05-15 07:53 | 建築 | Trackback | Comments(2)

宮津の和貴宮神社

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 今日からしばらく宮津の神社仏閣をアップします。まずは室町時代の創建といわれる和貴宮神社(わきのみやじんじゃ)です。

 市内のかなり南側にありますが、創建時にはこの辺りまで海辺だったとかで、水越岩と呼ばれる岩を神の依代としています。

 本殿、拝殿と門などは江戸時代後期の築で、その当時に北前船を作っていた関係から、地元宮本町の大工が丹精こめて作ったそうです。彫刻が素晴らしいとのことですが、内部を見ることはできませんでした。木造平屋建て。

和貴宮神社
本殿 1804(文化4)年
拝殿 1820(文政3)年
設計・施工 : 清水清助(棟梁)、富田弥四郎ら
宮津市宮本428
撮影 : 2014.10.28
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by gipsypapa | 2015-05-14 08:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)

天橋山 智恩寺

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 智恩寺(ちおんじ)は、駅から天橋立へ向かう途中にある臨済宗妙心寺派の寺院で、山号は天橋山(てんきょうざん)または五台山です。開創は醍醐天皇の延喜年間(901~922)といわれています。通称「知恵の文殊」と呼ばれ、また地名から「切戸の文殊」・「九世戸の文殊」とも呼ばれていて、古くから信仰の厚いところだそうです。

 境内には歴史的な建物があります。現存する多宝塔は室町時代のものですが、本堂、山門や方丈等はいずれも近世以降のものです。

文殊堂
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 解説書によると「本堂に相当する文殊堂は明暦年中および宝暦年中の江戸期に修理を経たと伝える。内陣中央の「神建の柱」と称する四本柱や天井は室町初期を下らぬ古いものといわれるが、全体的には江戸初・中期頃の建築という。」とあります。

 屋根はわずかに起(むく)りがある優美な宝形造り。正面に三間の向拝を葺き降ろしています。木造平屋建て。

天橋山智恩寺 文殊堂
江戸初期から中期
設計・施工 : 不明
宮津市文珠466
撮影:2014.10.27
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 無相堂です。詳細は分かりませんでした。

多宝塔
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 丹後国守護代だった延永春信によって建立された、こけら葺きの塔屋で高さは 18.1mあります。塔は、石造り基壇に立ち、高欄のない縁をめぐらしています。国の重要文化財。

天橋山智恩寺 多宝塔
1501(明応10)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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山門(黄金閣)
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 駅方面から境内に向かうと文殊堂側に出ます。境内を通り抜けると山門に出たので、参拝としては逆行したわけですが、帰りは山門から入ってので、お許しいただきたく、お願いします。

 江戸中期に建立された唐様楼門は黄金閣とよばれています。宮津市指定文化財。

天橋山智恩寺 山門(黄金閣)
1767(明和4)年
宮津市指定文化財
設計・施工 : 不明
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by gipsypapa | 2015-04-23 09:34 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)