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京都の島原住吉神社

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 島原住吉神社(しまばらすみよしじんじゃ)は島原の鎮守社で、島原中堂寺町の住吉屋太兵衛宅に祀られていた住吉大明神が始まりだそうです。1732(享保17)年に大な境内を伴って社が建立されました。1999(平成11)年に社殿、拝殿が改修され、新たに社務所も建設されたそうです。

島原住吉神社
1732(享保17)年 / 1999(平成11)年改修
設計・施工 : 不明
京都市下京区西新屋敷下之町1−6
撮影 : 2014.9.30
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 摂社の幸天満宮(さいわいてんまんぐう)です。かつては揚屋町の会所にあったのですが、1734(享保19)年に住吉神社に遷座したとあります。
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by gipsypapa | 2015-04-06 10:04 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都祇園の仲源寺

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 大雲寺から相国寺へ向かうため四条通を西に向かって歩きました。祇園の商店街の隙間のようなところに小さな寺院があります。

 仲源寺(ちゅうげんじ)は、京都市東山区にある浄土宗の寺院で、山号は寿福山といいます。本尊は地蔵菩薩で、目疾(めやみ)地蔵とも称されて眼病に霊験があるとして信仰されているそうです。洛陽三十三所観音霊場第十六番札所で、観音堂の千手観音菩薩は平安期の作で国の重要文化財です。

 平安時代中期の開山で、1585(天正13)年現在の寺地へ移されたとありますが、現在の社がいつ建てられたかはわかりませんでした。

仲源寺
詳細不明
京都市東山区祇園町南側585−1
撮影 : 2014.9.29
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by gipsypapa | 2015-03-26 12:52 | 建築 | Trackback | Comments(2)

萬年山 相国寺

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 この日の「京の夏の旅」の文化財特別公開は地下鉄に乗ってもう一か所。臨済宗相国寺派大本山の相国寺(しょうこくじ)に行きました。

 創建は室町幕府3代将軍・足利義満の時代の明徳3年(1392年)という歴史のある禅寺です。足利将軍家、伏見宮家や桂宮家ゆかりお寺であり、初めて知りましたが、京都の観光名所として有名な鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)は、相国寺の山外塔頭(さんがいたっちゅう)なのです。

 境内は京都御苑の真北に位置し、御所の今出川御門から同志社大学の間の道路を北上したところにあります。

 境内には方丈:文化4年(1807年)や庫裏 :文化4年(1807年)、鐘楼:天保14年(1843)など江戸末期の古い建物が立ち並んでいますが、お目当てはもっとも古い重要文化財の法堂(はっとう)です。

 慶長10年(1605年)に豊臣秀頼の寄進によって再建されたもので、日本にある法堂建築としては最古のものだとか。天井にある狩野光信の手による龍の絵見どころで、特定の場所で手を打つと反響するため、「鳴き龍」と呼ばれています。

萬年山 相国寺法堂
1605(慶長10)年、
重要文化財
設計・施工 : 不明
京都市上京区相国寺門前町701
撮影 : 2014,9.29
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 同志社の間の道を北に進むと、参道わきに庭があり、
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 山門があります。
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 さらに北上すると、これが重要文化財の法堂。
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 狩野光信の龍の天井絵も見ましたが、ここも例にもれず撮影禁止です。仕方なくもらったパンフレットの写真です。
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 北側に回廊で法堂とつながる方丈。
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 さらに北に位置する書院との間に美しい庭園があります。裏方丈庭園は江戸末期の作庭です。
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 菊の御紋がある引手。どの建物にあったか忘れましたが、御所から移築されたのでしょう。
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 庫裏(くり):文化4年(1807年)の築です。
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 鐘楼は1843(天保14)年の築。
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 基礎部分に特殊な工夫がなされているようです。
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 一角にある大通院は相国寺専門道場。「相見謝絶」という見慣れない看板があります。禅の修行道場のようです。
by gipsypapa | 2015-03-24 14:45 | 建築 | Trackback | Comments(4)

大雲院祇園閣

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 毎年催されている「京の夏の旅」という文化財特別公開。この年は7月12日から9月30日までの開催でした。京都の夏は暑いので、おいそれとは行く気にはなりませんが、この時しか見ることができないものなので、いくつか訪ねることにしました。

 まずは大雲院。1587(天正15)年の開山で、織田信長の子信忠の菩提を弔うための寺院です。何度か移転を繰り返した後、1972(昭和47)年に、ここ大倉喜八郎旧邸を買得して再移転したそうです。

 祇園閣は大倉財閥の創始者・大倉喜八郎が別邸建設にあたり、伊東忠太に依頼して別邸とし建てた別邸「真葛荘」の一部で、展望台を兼ねた高閣を建てたもの。塔の上方に祇園祭の山鉾をかたどった塔が立つことから「祇園閣」いわれています。屋根が銅板葺きで、大倉が金閣、銀閣に次ぐ銅閣として作ったためだそうです。

 国の登録有形文化財。下層と基礎部分は鉄筋コンクリート造り,中層以上は鉄骨鉄筋コンクリート造り、「総高約34mの3階建ての塔状建築。

大雲院祇園閣
旧大倉喜八郎別邸高楼
1927(昭和2)年
登録有形文化財
設計 : 伊東忠太
施工 : 大倉土木
京都市東山区祇園町南側594-1
撮影 : 2004.5.26&2014.9.29
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 入り口が分かりにくく、うろうろしました。入場はこの南門から。
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 狛犬。というか狛獅子も怪奇物好きらしい伊東忠太の作。
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 高楼内部は見ることはできますが、撮影禁止です。それだけではなく、最上階からの下界の展望も撮影禁止。当いうことで、以下2枚はネットにあった写真です。
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 ということで、内部写真は入場券の写真をスキャンしたものです。螺旋状の階段の両側には鮮やかな色彩の壁画がいっぱいでした。この壁画は敦煌壁画を模したもので、当初からではなく1988(昭和63)年に完成したもの。それにしても撮影禁止は残念。
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 東側にあるのが、総門。
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 本堂の屋根。1972(昭和47)年に移転したお寺なので、古い建造物は大倉邸ゆかりのものしかありません。
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 鐘楼。これも新しいのでしょうか。
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 近づくことはできませんでしたが、本堂から見えた和風建築は大雲院書院で、これも祇園閣と同時期に伊藤忠太の設計で建てられたものです。こちらも国の登録有形文化財の木造・鉄筋コンクリート造り、2階建て。

大雲院書院
旧大倉家京都別邸 
1927(昭和2)年
登録有形文化財
設計 : 伊東忠太
施工 : 大倉土木
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 裏の墓地には織田信長、信忠の碑と・・・
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 石川五右衛門の墓があります。これは処刑前に市中を引き回された五右衛門が大雲院門前に至った際、貞安が引導を渡した縁によるそうです。
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 10年前に境内の外から撮影した祇園閣。
by gipsypapa | 2015-03-23 09:42 | 建築 | Trackback | Comments(2)

上賀茂神社

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 上賀茂神社(かみがもじんじゃ)というのは通称で、正式には賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)といい、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社となっています。

 境内には国宝や重要文化財の建造物が立ち並び、ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されています。ウィキペディアによると、国宝は本殿 と権殿、いずれも1863(文久3)年建造、重要文化財は唐門や楼門、いずれも1826(文政9)年建造などを含めた35棟以上の建造物があります。

上賀茂神社(賀茂別雷神社)
国宝、重要文化財
ユネスコ世界遺産
江戸初期~末期、明治初期
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂本山339
撮影 : 2014.9.12
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 手前に広大な草原が左右に広がった空間が出迎えます。これだけ植樹がないアプローチは、神社では珍しいです。
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 境内手前にある御所舎。
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 境内入り口の神馬舎。
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 楽屋 - 1628年建造の重要文化財。
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 土屋(到着殿) - 1628年建造の重要文化財。
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 舞殿(橋殿) - 1863年建造の重要文化財。
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 拝殿(細殿) - 1628年建造の重要文化財。
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 細殿の前の立砂(たてずな)。円錐状の2つの砂の山は神体である神山(こうやま)を模したもので、鬼門にまく清めの砂の起源とされています。
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 楼門 - 1628年建造の重要文化財。
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 この奥に国宝の本殿と権殿- 1863年建造がありますが、有料(500円)です。時間がなくパスしました。
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 この周辺も重要文化財であるのは間違いないのですが、回廊でつながっていて、区別がつきません。
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 片岡橋 - 明治初年建造の重要文化財。谷重雄の設計。
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by gipsypapa | 2015-03-11 09:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)

文京区向丘を歩く

 東京聖テモテ教会から左折し、東大農学部の西側を南下して、農学部の正門を目指して歩いています。

 この通りにはお寺が二つありました。つい最近までは、見どころが多い町の、この手の無名なお寺や寺院は見ずに、通過することがほとんどでしたが、今はそれなりに興味が出てきたので立ち寄るようになりました。そのために、ずいぶん時間を食うようになり、忙しいのです。
撮影 : 2014.7.30

願行寺
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 浄土宗寺院の願行寺(がんぎょうじ)は、既成山光明院と号します。開山は1494(明応3)年と古く、元は馬喰町にありましたが、明暦大火の後に、この地へ移転したそうです。江戸期には真行院、見光院、浄入院、勤修院、周楽院、顕性院、諦笈院、蓮乗院、真樹院の塔頭9ヶ院を擁していたとか。

願行寺
江戸中期か
設計・施工 : 不明
東京都文京区向丘2-1-5
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 山門横の通用門から。
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 正面の不動堂は屋根が反り返った中華風の意匠で珍しい。
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 本堂です。
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西教寺
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c0112559_11515382.jpg すぐ近くにあるのが山号、涅槃山究竟院(ねはんざん)の西教寺(さいきょうじ)。浄土真宗本願寺派の寺院です。 境内地は、関東大震災、戦災による焼失被害から免れたとかで、江戸時代の建築である鐘楼、表門を始め、本堂(明治4年再建)、書院(明治28年再建)など貴重な寺院木造建築を今に伝えています。



西教寺
江戸初期 / 明治初期
設計・施工 : 不明
東京都文京区向丘2-1-10
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 表門は旧姫路藩の酒井雅楽頭(大老)の屋敷にあった朱殿門で、明治7年(1874)移築されました。文京区指定有形文化財です。
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 左が本堂、右は鐘楼。

更新館
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 この通りの西教寺の傍にある、もう一つ気になった建物。更新館(こうしんかん)という戦後すぐに建てられた旅館です。

 ネット情報では「モーレツにレトロな宿」、「50人収容の宴会広間あり」、「東京のど真ん中なのにとにかく安い」、「素泊まり3500円から」とか、「部屋に鍵がかからない」などの情報がありました(笑)。

 東大を訪ねる人が使うのでしょうか。興味深い旅館ではあります。木造2階建て。

更新館
1948(昭和23)年
設計・施工 : 不明
東京都文京区向丘2-1-5
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 奥まで行きませんでしたので、ネットにあった写真を借用します。↓
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by gipsypapa | 2015-01-25 09:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

根津神社

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 根津周辺を歩くと、目指していなくても、ここに来てしまうようです。根津神社は日本武尊が1900年近く前に創祀したと伝えられる古社で、東京十社の一社に数えられています。昔は根津権現とも呼ばれたとか。森鴎外や夏目漱石が近辺に住んでいたことから、多くの文豪の作品に取り上げられています。

 現在の社殿は宝永3年(1706年)の創建で、江戸幕府第五代将軍の徳川綱吉による造営。本殿・幣殿・拝殿が一体にまとめられた権現造という形式だそうです。本殿、拝殿、唐門と瑞垣、楼門など7棟が国の重要文化財に指定されている東京の名所の一つです。

根津神社
1706(宝永3)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
東京都文京区根津1-28-9
撮影 : 2014.7.30
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 まず楼門を通って社殿の方へ。
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 社殿の手前にもう一つ唐門と両側の瑞垣。
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 ふーむ、神社なのに 卍 です。
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 一番奥にある拝殿です。
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 本殿と・・・
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 神楽殿。
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by gipsypapa | 2015-01-22 08:56 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

千里寺本堂

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 阪急千里山駅の南西すぐの小高い丘に興味深い寺院があります。浄土真宗本願寺派(西本願寺)の千里寺(せんりじ)。普通のお寺と思ったら大間違いです。

 昭和3年(1928)に京都御苑内で行われた昭和天皇即位の御大典のため建てられた饗宴場の一部を移築したものなのです。この辺は「思いつくまま 近代歴史遺産の旅」というブログに詳しく書かれています。

 引用すると

 「御大典終了後、解体された饗宴場は3分割され、大阪の観心寺と関西大学、奈良の橿原神宮にそれぞれ移築された。観心寺のものは恩賜講堂として現存、橿原神宮のものは平成10年の台風で大破、解体され現存しない。関西大学に移築されたものが今日千里寺本堂として使われている建物である。」

 すなわち1957(昭和32)年に千里寺の落慶と同時に、移築されたわけです。

 入母屋造りの大屋根の寺院で、昭和初期の和風宮殿建築の様式をよく伝えていて貴重です。見どころは本堂内部。花模様の天井画が描かれた黒漆塗りの二重折上げ格天井と饗宴場時代のシャンデリアが華やかで素晴らしい。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

千里寺本堂
1928(昭和3)年/1932(昭和7)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
吹田市千里山西1-37-42
撮影 : 2014.6.19
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 小さな外灯も当時のものでしょう。
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 本堂です。
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 美しい花模様の折上げ格天井と・・・
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 華やかで大きなシャンデリア。葡萄のように連なった電球は全部で35灯あるそうです。
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 襖絵もいいですね。
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 橿原神宮の観心寺恩賜講堂も見たくなりました。
by gipsypapa | 2015-01-14 08:40 | 建築 | Trackback | Comments(2)

摩利支尊天堂

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 建仁寺の南側にある摩利支尊天堂(まりしそんてんどう)は1333(正慶2)年の創建。

 建仁寺の境内の一角にある塔頭(たっちゅう)のひとつで、禅居庵(非公開)の境内にあります。摩利支天とはインドの神様で陽炎を神格化したものだとか。猪はこの神様のお使いとされ、いたるところにありました。京都府指定文化財の木造平屋建て。

摩利支尊天堂
1911(明治44)年
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
京都市東山区小松町146
撮影 : 2014.6.13
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 狛犬ではなく、狛猪(こまいのしし)です。
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by gipsypapa | 2014-12-17 09:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東山 建仁寺

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 四条を過ぎて大和大路通りを南下していると、建仁寺(けんにんじ)の前に出ました。基本的に洋館と旅館などがターゲットでしたから、ここは想定外でしたが、門の傍に「双龍図」の写真がある立て看板が見えました。そういえばこの龍の絵はkafe3232さんの「バルチザン2・・・夢と希望」で見た記憶があり、急に予定変更して見に行くことにしました。

 建仁寺の歴史は古く、1202(建仁2)年に将軍源頼家が寺域を寄進し、栄西禅師を開山として宋国百丈山を模して建立されたそうです。元号を寺号とし、山号を東山(とうざん)といいます。

 戦乱と幕府の衰退により荒廃しましたが、天正年間(1573-1592年)に安国寺恵瓊(あんこくじえけい)が方丈や仏殿を移築しその復興が始まり、徳川幕府の保護のもと堂塔が再建修築されました。

 京都最古の禅寺で、俵屋宗達の「風神雷神図」や海北友松の襖絵などの文化財を豊富に伝えています。

東山 建仁寺
室町時代 / 1599(慶長4)年移築
重要文化財(方丈)
設計・施工 : 不明
作庭 : 七代目小川治兵衛加藤熊吉(大雄苑)
京都市東山区小松町584
撮影 : 2014.6.13
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 門の左に立つている看板が目に入りました。
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 本坊
 本坊から入ります。HPに築年等のデータがないので、新しいものと思われます。拝観料は500円でした。
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 俵屋宗達の「風神雷神図屏風」は国宝です。二曲一双の屏風全面に金箔を押し、右に風神、左に雷神を描いています。

 こんな貴重で素晴らしいものを間近で見られる理由は、展示しているのが高精細デジタル複製だから。このあと襖絵がたくさん出てきますが、これらを含めた全50面の襖絵は、すべて栄西禅師800年大遠諱(だいえんき)記念事業として京都文化協会、キャノンの協力で複製したものです。

 個人的には大いに拍手したいところです。このような国宝や重文は非公開の寺社が多く、たまに公開されても撮影禁止だったりして、いつも不満を感じるので、このような試みには大賛成。実際、見た目も撮影しても、知らなければ複製とは思いません。十分満足です。
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方丈
重要文化財
室町時代 / 1599(慶長4)年移築
慶長四年(1599)恵瓊(えけい)が安芸の安国寺から移築したもので、優美な銅板葺の屋根が印象的な禅宗方丈建築。本尊は東福門院寄進の十一面観音菩薩像。
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 前庭に枯山水様式の石庭「大雄苑(だいおうえん)」があります。 七代目小川治兵衛の作庭で、植治の作品として枯山水は非常に珍しい。ネット情報をもとに植治としましたが、「京都の名庭園」という本では加藤熊吉(植熊)の作庭となっていますので、修正します。1014.12.20
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 石庭の向こうは興雲庵の鎮守稲荷、陀枳尼(だきに)尊天堂。
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 海北友松の「雲竜図」。桃山時代に描かれた襖絵。重要文化財です。海北 友松(かいほう ゆうしょう、1533-1615)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての絵師で、海北派の始祖。
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c0112559_8511696.jpg こちらも海北友松の「竹林七賢図」。重要文化財。いずれも高精細デジタル複製です。キャノンのHPに「綴」という名前で紹介されています。建仁寺のみならず、他の寺社の襖絵や海外に流出した日本画まで、多くの作品が紹介されていて、大変興味深いので是非どうぞ。

 方法は、キャノンが開発した特殊な装置を使って、数多くのコマに分割して撮影したのちにパソコンで画像処理するそうです。また金箔など手作業も加えられています。特殊撮影の器具は右→を。
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 これらの襖絵は何だったか、見忘れました。
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 ○△□乃庭。禅宗の四大思想(地水火風)を、地(□)、水(○)、火(△)で象徴しているそうです。
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 本坊の中庭「潮音庭(ちょうおんてい)」は中央に三尊石、その東には座禅石。廻りに紅葉を配した四方正面の禅庭です。
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法堂
明和2年(1765年)。
法堂(はっとう)は仏殿兼用の「拈華堂(ねんげどう)」。五間四間・一重・裳階付の堂々とした禅宗様仏殿建築。正面須弥壇には本尊釈迦如来座像と脇侍迦葉尊者・阿難尊者が祀られています。
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 大天井に描かれた双龍図。
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 よく見るとつぶらな瞳で可愛い。龍の天井画といえば松崎の「長八記念館(浄感寺)」の入江長八の龍、まだアップしていないのですが宮津の「経王寺」、毛色の変わったものでは大阪の「鯛よし百番」を見たことがありますが、いずれも瞳はぱっちりと大きいです。
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 パンフレットでは、この建仁寺法堂の双龍図は小泉淳作画伯」筆により、2002(平成14)年に創建800年を記念して描かれたもので、意外にも新しいものでした。
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三門
江戸時代末期
1923(大正12)年、望闕楼(ぼうけつろう)とも呼ばれ、静岡県浜名郡の安寧寺から移建したもの。御所を望む楼閣ということで、望闕楼と名付けられたそうです。
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勅使門
重要文化財。
寺の南側正面、八坂通りに面した四脚門。平教盛の館門(平重盛の館門とも)を応仁の乱後に移築したものと伝えられます。様式的には鎌倉時代末頃の建築だそうです。

 建仁寺には↑のMap2にあるように、多くの塔頭寺院(たっちゅうじいん)がありますが、見きれませんでした。「日本の遺産」というHPにいくつか紹介されています。他にも見どころがありますね。
by gipsypapa | 2014-12-16 09:22 | 建築 | Trackback | Comments(3)