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上賀茂神社

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 上賀茂神社(かみがもじんじゃ)というのは通称で、正式には賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)といい、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社となっています。

 境内には国宝や重要文化財の建造物が立ち並び、ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されています。ウィキペディアによると、国宝は本殿 と権殿、いずれも1863(文久3)年建造、重要文化財は唐門や楼門、いずれも1826(文政9)年建造などを含めた35棟以上の建造物があります。

上賀茂神社(賀茂別雷神社)
国宝、重要文化財
ユネスコ世界遺産
江戸初期~末期、明治初期
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂本山339
撮影 : 2014.9.12
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 手前に広大な草原が左右に広がった空間が出迎えます。これだけ植樹がないアプローチは、神社では珍しいです。
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 境内手前にある御所舎。
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 境内入り口の神馬舎。
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 楽屋 - 1628年建造の重要文化財。
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 土屋(到着殿) - 1628年建造の重要文化財。
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 舞殿(橋殿) - 1863年建造の重要文化財。
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 拝殿(細殿) - 1628年建造の重要文化財。
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 細殿の前の立砂(たてずな)。円錐状の2つの砂の山は神体である神山(こうやま)を模したもので、鬼門にまく清めの砂の起源とされています。
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 楼門 - 1628年建造の重要文化財。
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 この奥に国宝の本殿と権殿- 1863年建造がありますが、有料(500円)です。時間がなくパスしました。
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 この周辺も重要文化財であるのは間違いないのですが、回廊でつながっていて、区別がつきません。
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 片岡橋 - 明治初年建造の重要文化財。谷重雄の設計。
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by gipsypapa | 2015-03-11 09:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)

文京区向丘を歩く

 東京聖テモテ教会から左折し、東大農学部の西側を南下して、農学部の正門を目指して歩いています。

 この通りにはお寺が二つありました。つい最近までは、見どころが多い町の、この手の無名なお寺や寺院は見ずに、通過することがほとんどでしたが、今はそれなりに興味が出てきたので立ち寄るようになりました。そのために、ずいぶん時間を食うようになり、忙しいのです。
撮影 : 2014.7.30

願行寺
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 浄土宗寺院の願行寺(がんぎょうじ)は、既成山光明院と号します。開山は1494(明応3)年と古く、元は馬喰町にありましたが、明暦大火の後に、この地へ移転したそうです。江戸期には真行院、見光院、浄入院、勤修院、周楽院、顕性院、諦笈院、蓮乗院、真樹院の塔頭9ヶ院を擁していたとか。

願行寺
江戸中期か
設計・施工 : 不明
東京都文京区向丘2-1-5
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 山門横の通用門から。
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 正面の不動堂は屋根が反り返った中華風の意匠で珍しい。
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 本堂です。
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西教寺
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c0112559_11515382.jpg すぐ近くにあるのが山号、涅槃山究竟院(ねはんざん)の西教寺(さいきょうじ)。浄土真宗本願寺派の寺院です。 境内地は、関東大震災、戦災による焼失被害から免れたとかで、江戸時代の建築である鐘楼、表門を始め、本堂(明治4年再建)、書院(明治28年再建)など貴重な寺院木造建築を今に伝えています。



西教寺
江戸初期 / 明治初期
設計・施工 : 不明
東京都文京区向丘2-1-10
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 表門は旧姫路藩の酒井雅楽頭(大老)の屋敷にあった朱殿門で、明治7年(1874)移築されました。文京区指定有形文化財です。
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 左が本堂、右は鐘楼。

更新館
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 この通りの西教寺の傍にある、もう一つ気になった建物。更新館(こうしんかん)という戦後すぐに建てられた旅館です。

 ネット情報では「モーレツにレトロな宿」、「50人収容の宴会広間あり」、「東京のど真ん中なのにとにかく安い」、「素泊まり3500円から」とか、「部屋に鍵がかからない」などの情報がありました(笑)。

 東大を訪ねる人が使うのでしょうか。興味深い旅館ではあります。木造2階建て。

更新館
1948(昭和23)年
設計・施工 : 不明
東京都文京区向丘2-1-5
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 奥まで行きませんでしたので、ネットにあった写真を借用します。↓
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by gipsypapa | 2015-01-25 09:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

根津神社

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 根津周辺を歩くと、目指していなくても、ここに来てしまうようです。根津神社は日本武尊が1900年近く前に創祀したと伝えられる古社で、東京十社の一社に数えられています。昔は根津権現とも呼ばれたとか。森鴎外や夏目漱石が近辺に住んでいたことから、多くの文豪の作品に取り上げられています。

 現在の社殿は宝永3年(1706年)の創建で、江戸幕府第五代将軍の徳川綱吉による造営。本殿・幣殿・拝殿が一体にまとめられた権現造という形式だそうです。本殿、拝殿、唐門と瑞垣、楼門など7棟が国の重要文化財に指定されている東京の名所の一つです。

根津神社
1706(宝永3)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
東京都文京区根津1-28-9
撮影 : 2014.7.30
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 まず楼門を通って社殿の方へ。
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 社殿の手前にもう一つ唐門と両側の瑞垣。
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 ふーむ、神社なのに 卍 です。
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 一番奥にある拝殿です。
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 本殿と・・・
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 神楽殿。
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by gipsypapa | 2015-01-22 08:56 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

千里寺本堂

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 阪急千里山駅の南西すぐの小高い丘に興味深い寺院があります。浄土真宗本願寺派(西本願寺)の千里寺(せんりじ)。普通のお寺と思ったら大間違いです。

 昭和3年(1928)に京都御苑内で行われた昭和天皇即位の御大典のため建てられた饗宴場の一部を移築したものなのです。この辺は「思いつくまま 近代歴史遺産の旅」というブログに詳しく書かれています。

 引用すると

 「御大典終了後、解体された饗宴場は3分割され、大阪の観心寺と関西大学、奈良の橿原神宮にそれぞれ移築された。観心寺のものは恩賜講堂として現存、橿原神宮のものは平成10年の台風で大破、解体され現存しない。関西大学に移築されたものが今日千里寺本堂として使われている建物である。」

 すなわち1957(昭和32)年に千里寺の落慶と同時に、移築されたわけです。

 入母屋造りの大屋根の寺院で、昭和初期の和風宮殿建築の様式をよく伝えていて貴重です。見どころは本堂内部。花模様の天井画が描かれた黒漆塗りの二重折上げ格天井と饗宴場時代のシャンデリアが華やかで素晴らしい。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

千里寺本堂
1928(昭和3)年/1932(昭和7)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
吹田市千里山西1-37-42
撮影 : 2014.6.19
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 小さな外灯も当時のものでしょう。
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 本堂です。
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 美しい花模様の折上げ格天井と・・・
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 華やかで大きなシャンデリア。葡萄のように連なった電球は全部で35灯あるそうです。
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 襖絵もいいですね。
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 橿原神宮の観心寺恩賜講堂も見たくなりました。
by gipsypapa | 2015-01-14 08:40 | 建築 | Trackback | Comments(2)

摩利支尊天堂

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 建仁寺の南側にある摩利支尊天堂(まりしそんてんどう)は1333(正慶2)年の創建。

 建仁寺の境内の一角にある塔頭(たっちゅう)のひとつで、禅居庵(非公開)の境内にあります。摩利支天とはインドの神様で陽炎を神格化したものだとか。猪はこの神様のお使いとされ、いたるところにありました。京都府指定文化財の木造平屋建て。

摩利支尊天堂
1911(明治44)年
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
京都市東山区小松町146
撮影 : 2014.6.13
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 狛犬ではなく、狛猪(こまいのしし)です。
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by gipsypapa | 2014-12-17 09:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東山 建仁寺

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 四条を過ぎて大和大路通りを南下していると、建仁寺(けんにんじ)の前に出ました。基本的に洋館と旅館などがターゲットでしたから、ここは想定外でしたが、門の傍に「双龍図」の写真がある立て看板が見えました。そういえばこの龍の絵はkafe3232さんの「バルチザン2・・・夢と希望」で見た記憶があり、急に予定変更して見に行くことにしました。

 建仁寺の歴史は古く、1202(建仁2)年に将軍源頼家が寺域を寄進し、栄西禅師を開山として宋国百丈山を模して建立されたそうです。元号を寺号とし、山号を東山(とうざん)といいます。

 戦乱と幕府の衰退により荒廃しましたが、天正年間(1573-1592年)に安国寺恵瓊(あんこくじえけい)が方丈や仏殿を移築しその復興が始まり、徳川幕府の保護のもと堂塔が再建修築されました。

 京都最古の禅寺で、俵屋宗達の「風神雷神図」や海北友松の襖絵などの文化財を豊富に伝えています。

東山 建仁寺
室町時代 / 1599(慶長4)年移築
重要文化財(方丈)
設計・施工 : 不明
作庭 : 七代目小川治兵衛加藤熊吉(大雄苑)
京都市東山区小松町584
撮影 : 2014.6.13
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 門の左に立つている看板が目に入りました。
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 本坊
 本坊から入ります。HPに築年等のデータがないので、新しいものと思われます。拝観料は500円でした。
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 俵屋宗達の「風神雷神図屏風」は国宝です。二曲一双の屏風全面に金箔を押し、右に風神、左に雷神を描いています。

 こんな貴重で素晴らしいものを間近で見られる理由は、展示しているのが高精細デジタル複製だから。このあと襖絵がたくさん出てきますが、これらを含めた全50面の襖絵は、すべて栄西禅師800年大遠諱(だいえんき)記念事業として京都文化協会、キャノンの協力で複製したものです。

 個人的には大いに拍手したいところです。このような国宝や重文は非公開の寺社が多く、たまに公開されても撮影禁止だったりして、いつも不満を感じるので、このような試みには大賛成。実際、見た目も撮影しても、知らなければ複製とは思いません。十分満足です。
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方丈
重要文化財
室町時代 / 1599(慶長4)年移築
慶長四年(1599)恵瓊(えけい)が安芸の安国寺から移築したもので、優美な銅板葺の屋根が印象的な禅宗方丈建築。本尊は東福門院寄進の十一面観音菩薩像。
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 前庭に枯山水様式の石庭「大雄苑(だいおうえん)」があります。 七代目小川治兵衛の作庭で、植治の作品として枯山水は非常に珍しい。ネット情報をもとに植治としましたが、「京都の名庭園」という本では加藤熊吉(植熊)の作庭となっていますので、修正します。1014.12.20
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 石庭の向こうは興雲庵の鎮守稲荷、陀枳尼(だきに)尊天堂。
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 海北友松の「雲竜図」。桃山時代に描かれた襖絵。重要文化財です。海北 友松(かいほう ゆうしょう、1533-1615)は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての絵師で、海北派の始祖。
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c0112559_8511696.jpg こちらも海北友松の「竹林七賢図」。重要文化財。いずれも高精細デジタル複製です。キャノンのHPに「綴」という名前で紹介されています。建仁寺のみならず、他の寺社の襖絵や海外に流出した日本画まで、多くの作品が紹介されていて、大変興味深いので是非どうぞ。

 方法は、キャノンが開発した特殊な装置を使って、数多くのコマに分割して撮影したのちにパソコンで画像処理するそうです。また金箔など手作業も加えられています。特殊撮影の器具は右→を。
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 これらの襖絵は何だったか、見忘れました。
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 ○△□乃庭。禅宗の四大思想(地水火風)を、地(□)、水(○)、火(△)で象徴しているそうです。
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 本坊の中庭「潮音庭(ちょうおんてい)」は中央に三尊石、その東には座禅石。廻りに紅葉を配した四方正面の禅庭です。
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法堂
明和2年(1765年)。
法堂(はっとう)は仏殿兼用の「拈華堂(ねんげどう)」。五間四間・一重・裳階付の堂々とした禅宗様仏殿建築。正面須弥壇には本尊釈迦如来座像と脇侍迦葉尊者・阿難尊者が祀られています。
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 大天井に描かれた双龍図。
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 よく見るとつぶらな瞳で可愛い。龍の天井画といえば松崎の「長八記念館(浄感寺)」の入江長八の龍、まだアップしていないのですが宮津の「経王寺」、毛色の変わったものでは大阪の「鯛よし百番」を見たことがありますが、いずれも瞳はぱっちりと大きいです。
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 パンフレットでは、この建仁寺法堂の双龍図は小泉淳作画伯」筆により、2002(平成14)年に創建800年を記念して描かれたもので、意外にも新しいものでした。
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三門
江戸時代末期
1923(大正12)年、望闕楼(ぼうけつろう)とも呼ばれ、静岡県浜名郡の安寧寺から移建したもの。御所を望む楼閣ということで、望闕楼と名付けられたそうです。
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勅使門
重要文化財。
寺の南側正面、八坂通りに面した四脚門。平教盛の館門(平重盛の館門とも)を応仁の乱後に移築したものと伝えられます。様式的には鎌倉時代末頃の建築だそうです。

 建仁寺には↑のMap2にあるように、多くの塔頭寺院(たっちゅうじいん)がありますが、見きれませんでした。「日本の遺産」というHPにいくつか紹介されています。他にも見どころがありますね。
by gipsypapa | 2014-12-16 09:22 | 建築 | Trackback | Comments(3)

香椎宮本殿

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 ずいぶん昔の写真です。このブログはレトロな近代建築、特に洋風建築を訪ねて各地を巡った記録の紹介を目的としています。日本ですから、当然ですが、洋館を訪ねる行き帰りに、和風建築も目に入るわけです。純和風の旅館や住宅はこれまでも数は少ないとはいえ、取り上げてきましたが、神社仏閣は多すぎてきりがないこともあり、あまり撮影しないし、たまたま撮ってもお蔵入りにすることがほとんどでした。

 しかし、ここ1年間に日光東照宮をはじめとして、まだ紹介していませんが京都など、かなりの神社仏閣を訪ねる機会があり、段々興味がわいてきました。たまたま大宰府天満宮と光明禅寺をアップしたついでに、遅ればせながら3年前の写真を思い出しました。なにぶんそれほど気乗りがしない頃の撮影のため、まったく見どころをとらえていないです。
 
 香椎宮(かしいぐう)は福岡市東区にある神社で、旧官幣大社(官すなわち朝廷や国から幣帛乃至幣帛料を支弁される神社)で、仲哀天皇、神功皇后を主祭神とし、応神天皇、住吉大神を配祀するそうです。

 本殿は香椎造と呼ばれる様式で、神社建築としては日本で唯一無二とありますが、よくわかりません。国の重要文化財。

香椎宮本殿
1801(享和元)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
福岡市東区香椎4-16-1
撮影 : 2011.5.21
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 楼門は1903(明治36)年に再建されたもの。
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 本殿。
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 狛犬。頭がないのかと思いましたが、小さいだけだそうです。
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 鷲。そういえば福岡はソフトバンクホークスの本拠地です。
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 拝殿までは行くことができます。
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 官幣大社なので菊の御紋があります。
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 神社には場違いな砲筒。1911(明治44)年に進水した標的艦「摂津」に載っていた12cm砲(40口径)です。
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 武内宿祢像 。武内宿祢が応仁天皇を抱いている像。
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 菖蒲(しょうぶ)池です。
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 香椎宮社殿は、参拝する拝殿(はいでん)、その奥に勅使参拝の時に幣帛(へいはく)を捧げる幣殿(へいでん)、そしてその奥に本殿が築かれています。拝殿、幣殿は近くから写真が撮れるのですが、本殿は透塀(すきべい)で囲まれている為、通常は中に入れません。ウィキペディアの写真を借用します。 ↓
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 手前が拝殿、奥が本殿です。
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 本殿。軒下の色鮮やかな装飾など、近くで見たいものです。
by gipsypapa | 2014-10-06 09:09 | 建築 | Trackback | Comments(2)

神護山 光明禅寺(苔寺)

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 太宰府天満宮の参道の一の鳥居を右に曲がると、山門と鐘楼が見えてきます。通称「苔寺」として知られる光明禅寺(こうみょうぜんじ)です。臨済宗東福寺派に属する禅宗寺院で山号は神護山(じんごさん)。ここも何回か来たはずですが、あまり記憶に残っていませんでした。

 ウィキペディアによると「1273年(文永10年)、円爾(聖一国師)の門下にあった鉄牛円心によって建立され開山となった。江戸時代には太宰府天満宮の緇素(しそ・天満宮に仕える人々とその家族)の菩提寺として、1616年(元和2年)に再興されて、1856年(安政3年)7月再営された天満宮の結縁寺である。」本堂は木造平屋建て。

神護山 光明禅寺
1856(安政3)年
設計・施工 : 不明
作庭 : 重森三玲(1957年)
太宰府市宰府2-16-1
撮影 : 2014.5.15
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 前庭は七・五・三の十五石で光の字に配石された仏光石庭だそうです。「光」の文字には気づきませんでした。
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 ここから本堂の中へ入ります。拝観料は200円ですが、無人なので正面の箱に入れます。
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 立派な折上げ格天井です。
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 裏庭は、いわゆる枯山水。青苔は大陸、石は島、白砂は水と大海を現しています。枯山水のお寺は九州では珍しいとか。この庭は秋の紅葉が美しいことでも知られています。
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 作庭は東福寺の方丈庭園で有名な重森美玲です。
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 本堂横の居住区と思われる建物には洋風の煙突があり、珍しい。
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 紅葉の風景が「九州ロマンチック街道」というブログにあったので借用しました。確かにすごい。 ↓
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by gipsypapa | 2014-10-04 10:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大宰府天満宮本殿

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 大川市ではこれ以上やることがなくなり、柳川に戻って遅い昼食をいただきましたが、まだまだ夜の同窓会まで時間があります。c0112559_933848.jpg西鉄電車に乗るしかないので、途中下車して大宰府天満宮に立ち寄ることにしました。

 太宰府天満宮は菅原道真公(菅公)を祭神として祀る天満宮の一つ。自分が福岡市で生まれ育ったので、大宰府は身近な存在です。初詣はもとより、学問の神様ということから、合格祈願に何度か足を運んだ神社です。京都の北野天満宮とともに全国天満宮の総本社とされ、また菅公の霊廟として篤く信仰されています。久しぶりのお参りになりました。

大宰府天満宮本殿
桃山時代
重要文化財
設計・施工 : 不明
太宰府市宰府4丁目7番1号
撮影 : 2014.5.15
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 西鉄電車の本線といえる天神大牟田線の二日市駅で太宰府線に乗り換えます。
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 二つ目が終点の大宰府駅。すぐ目の前に石の鳥居があります。
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 参道は土産物屋が並んでいます。名物は「梅ケ枝餅」で、子供のころはこれを食べるのが楽しみでした。
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 学問の神様なので修学旅行客が多いところです。
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 ギョッ!「スタバがあるとばいね。」←博多弁です。なんと隈研吾さんの設計でした。
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 有名な太鼓橋を渡ります。記憶は定かではありませんが、その頃もコンクリートだったのでしょうか。
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 形が「心」の字なので「心字池」といわれます。架かる橋は「太鼓橋」「平橋」「太鼓橋」の三つで、過去、現在、未来をあらわしているとか。
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 「心字池」の途中にある志賀社も国の重要文化財です。

末社志賀社本殿
室町時代中期
重要文化財
設計・施工 : 不明
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 楼門
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 太宰府天満宮のシンボルは「梅」の花。
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 一番奥が本殿。
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 狛犬はつぶらな瞳で、なんか変。
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by gipsypapa | 2014-10-03 09:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳川の寺社

柳川の町並み、第2弾は神社とお寺です。
撮影 : 2014.5.14 & 15

沖端水天宮
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 地元では「水天宮さん」と呼ばれている安徳天皇をお祭りする神社。5月3~5日に行われる沖端水天宮祭りには、三神丸という舟舞台が作られ夕刻より水天宮囃子が演奏されるそうです。木造平屋建て。

沖端水天宮(おきのはたすいてんぐう)
1869(明治2)年
設計・施工 : 不明
柳川市稲荷町21
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西福寺山門
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 水天宮とは堀を挟んだ位置にある西福寺。茅葺きの山門が古そうです。覗いてみましたが、寺院自体は新しいようでした。

西福寺山門
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
柳川市沖端町31
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by gipsypapa | 2014-09-16 08:54 | 建築 | Trackback | Comments(2)