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吉祥山 永平寺

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えちぜん鉄道の永平寺口から路線バスに乗って永平寺(えいへいじ)に行って見ました。一度は行ってみたかった寺院で、總持寺と並ぶ日本曹洞宗の中心寺院(大本山)で1244(寛元2)年に道元によって開かれました。本尊は釈迦如来、弥勒仏、阿弥陀如来の三世仏です。

山門、仏殿、法堂、僧堂、大庫院、承陽殿、.鐘楼堂、.祠堂殿など数多くの見ごたえある伽藍がありますが、いずれも文化財指定を受けていないのは謎です。

吉祥山 永平寺
福井県吉田郡永平寺町志比5-15
撮影 : 2017.3.6
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バス停から参道を数分歩きます。両側には食べ物屋と土産物屋が並んでいました。
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境内の参道。
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永平寺の参観は少し変わっています。境内を散策することはできません。屋内に入って回廊を巡る方式でした。
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勅使門(ちょくしもん) - 天保10年(1839年)の建築。別名は唐門(からもん)です。階段下にロープが張られていて、近づけません。
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この左側、階段を上がったところが入り口です。
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参観料は500円でした。
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傘松閣(さんしょうかく) - 昭和5年(1930年)の建築。驚くほど広大な大広間。222畳敷きだそうです。
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新しい建物ですが、建築的には最も意匠を凝らしていて、一番印象に残ったところでした。
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格式高い折上げ格天井。
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230枚ある花鳥の天井画は小室翠雲らの尽力により製作されたとか。
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荒木十畝、伊東深水、鴨下晁湖、川合玉堂、島田墨仙、野田九浦、益田玉城、水上泰生、山田敬中、山本昇雲など計144名の画家によって描かれたそうです。
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山門 - 寛延2年(1749年)の築で、永平寺最古の建造物。
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けやき造りの重層の門で、階上には釈迦如来像、五百羅漢像などが安置されているそうです。
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色鮮やかな仁王像が四体あります。
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東西南北を守る神様を、それぞれ色を変えて表しています。
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山門の2階に上がる階段。重層の門はいくつか見ましたが、階段が廊下にあるのは初めてです。
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僧堂 - 明治35年(1902年)の築で、坐禅修行のための建物。
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法堂から見下ろした一文字廊と仏殿。
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回廊を通って参拝するわけですが、傾斜地に建っているので、階段廊下が両側にあるのです。
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仏殿 - 明治35年(1902年)の建築と・・・
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最も高い位置に建つ法堂(はっとう) - 天保14年(1843年)の築。
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内部写真は仏殿と法堂のどちらを撮影したか分からなくなりました。
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承陽殿 - 明治14年(1881年)の築。
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開山道元の廟で、道元以下第5世までの住職の像を安置しているとか。
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承陽門。承陽殿と同時の築と思われます。
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大庫院 - 昭和5年(1930年)の築。地上3階地下1階の近代木造建築で、台所兼事務所だそうです。
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全国各地の信徒やその家族たちの、何千にもおよぶ位牌・遺骨が安置されている祠堂殿。
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巨大なすりこぎ棒。
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壁に掲げられているのは長さ18メートル、重さ250キロの大数珠。
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大晦日の除夜の鐘で有名な永平寺の鐘楼堂。
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中雀門(ちゅうじゃくもん)は1852(嘉永5年)に建てられた門です。

by gipsypapa | 2017-10-30 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

光明山 法然寺

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万徳寺の東隣に法然寺があります。「しおまち商店街」の登阪さんに、画家の平山郁夫氏の菩提寺と伺っていた浄土宗の寺院です。開基は江戸時代初期の1607(慶長12)年、一道上人によるとか。見事な石垣の間の石段を登り三門を入ると、地蔵堂、鐘堂、本堂があり、本道の東に庫裏がつながっています。本堂と庫裏は当初からのもので、400年以上前に建立されたわけです。

光明山 法然寺
慶長年間(本堂・庫裏)
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田44
撮影 : 2017.02.14
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山門はいわゆる薬医門です。
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西側に万徳寺が見えます。一旦下がってから、上ってきましたが、同じ高さに建ち、間に墓地があります。
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本堂です。
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外観では400年以上前のものとは思えませんが、中に入ったら、やはり古いことがわかります。
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本堂の西側に建ち、花頭窓が左右にあるのは大師堂。熊谷直実による法然上人の像があるとか。これも古そうです。
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手前は鐘楼。
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写真を撮っていると、庫裏の玄関近くで女性に声をかけられました。
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住職さんが、最近お亡くなりになったようで、一人でお寺を守っていらっしゃるようでした。施主というんでしょうか。話をしている間に、お友達が私の家の近所にいらっしゃって、我が家の近くに何度か行ったことがあるとかで、話が弾んだのです。
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見て欲しいものがあるそう、中へ入れてもらうことに。
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入るとすぐ右に巨大な一枚板の書があり、これかなと思ったら違いました。
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正面のガラス戸が閉まっていたので気づきませんでした。
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暗かったけど、本堂を見せてもらいました。
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内部の柱や鴨居などを見ると、さすがに古さがわかります。
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庫裏から施主の方が来られて、見てほしいのはこれ、とガラス窓を開けると・・・
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中庭があり、こんもりとした木が真ん中にあります。
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これ、樹齢400年とも言われるツツジです。6月初めに満開して見事らしいです。
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平山郁夫氏の小さな絵があります。
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一つは自筆、もう一つはリトグラフと伺いましたが、どっちがどっちか忘れました。
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思いがけなく庫裏の中も案内していただきました。庫裏の最初の部屋。
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中間の部屋。
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奥が床の間です。巨大な一枚板の見事なテーブルがあります。
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虎のカーペットにびっくり。
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見事な襖絵なので、じっくり見せてもらいました。
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画家の名前も伺ったのですが、忘れてしまいました。(恥)
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昭和の画家であるのは間違いないです。
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ストリートビューです。

by gipsypapa | 2017-10-25 08:55 | 建築 | Trackback | Comments(2)

法恩山 万徳寺

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生口神社をさらに下ると浄土真宗本願寺派の寺院、万徳寺があります。掲示板によると、1521年の開創で、当初は臨済宗仏通寺派の十王堂だったとか。1597年に十王堂を中興し、臨済宗から浄土真宗に改宗したとあります。最初の写真は向こうから客殿、本堂、鐘楼です。

法恩山 万徳寺
本堂 1854(安政元)年
鐘楼 1745(延享2)年
山門 1901(明治34)年
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田50
撮影 : 2017.02.14
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客殿。築年のデータが見当たらないので、新しいと思われます。
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本堂はけやき造りで、江戸末期の安政元年に再建された建物です。
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鐘楼はさらに古く150年以上前の江戸時代中期に建立。
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山門(三門)は明治後期創建の総けやき造り四脚門で、彫刻は一華園永治という尾道の彫工によるものだそうです。
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山門を下ると神社があります。
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神社の名前が見当たりませんでした。万徳寺のいわゆる、鎮守社でしょうか。
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鳥居には文化8年正月吉日の刻印。1825年、江戸時代末期です。
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by gipsypapa | 2017-10-24 08:26 | 建築 | Trackback | Comments(2)

瀬戸田の生口神社

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向上寺から坂を下ると、斜面に建つ生口神社(いぐちじんじゃ)の小さな本殿があります。須佐之男神(すさのおのかみ)と櫛稲田比売命(くしなだひめのみこと)がご祭神です。ネット情報では、古い史誌には生口島総鎮守祇園社とあり、永禄十二年(1569)に祇園社が勧請されたとか。生口神社と改称したのは明治2年です。現在の社屋も古そうですが、詳細は分かりませんでした。

生口神社
詳細不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田160
撮影 : 2017.02.14
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向上寺から石段を下ると・・・
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すぐに小さな社が見えてきます。
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斜面に建つので、階段廊下で拝殿と本殿がつながるユニークな形です。
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一段下に拝殿があります。
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石灯篭には・・・
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慶応三年の刻印。
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玉乗り狛獅子は新しそうです。
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by gipsypapa | 2017-10-23 09:04 | 建築 | Trackback | Comments(0)

潮音山 口上寺

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瀬戸田の二日目は、北側の寺社を回りました。まず最初は、生口島にある唯一の国宝建造物です。室町時代中期の永享4年、つまり585年前に建立された貴重な遺構。和と唐の混合様式で、朱色などの極彩色が鮮やか。禅宗寺院の塔婆として貴重な遺構であり、室町初期の建造物でも美しく優れているものの一つといわれています。国宝の三間三重塔婆。

潮音山 口上寺三重塔
1432( 永享4)年
国宝
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田57
撮影 : 2017.02.14
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最初に口上寺のある一番高いところまで登り、下りながら寺社を巡る行程です。
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「しおまち商店街」は山間の谷間みたいなもの。向こう側に耕三寺の伽藍群と・・・
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未来心の丘が向こう側に見えています。
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上りついた高台の下に三重塔が見えました。
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高さは19メートルだとか。
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585年前の建立。そこまで古いように見えないのは、鮮やかな彩色がよく維持されているからでしょうか。
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瓦は当然ながら新しいです。
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さらに下ってきました。
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下がったところに口上寺の新しい本堂があります。
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この掲示板を見ると本堂が再建されたのは、2003(平成5)年か。
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この角度からも三重塔が見えています。
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本堂から下がったところにある小さな社。鎮守社かもしれません。
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また下がったところに小さな山門があります。
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古そうですが、詳細は分かりません。
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山門をくぐると左に鳥居と石積みがあります。鳥居は先ほどの鎮守社のものでしょう。
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逆に下ってきたわけですが、ここを上っていくのが本来の参道みたいです。

by gipsypapa | 2017-10-22 09:29 | 建築 | Trackback | Comments(0)

耕三寺 千仏洞地獄峡

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耕三寺本堂の西側の至心殿横に千仏洞という洞窟の入り口があります。地下約15m、全長350mの地下霊場になっていて仏教世界の「地獄観」と「極楽観」を表現しているそうです。

内部は富士山と浅間山から運んだ溶岩を鉄筋コンクリートで固めて岩組としています。中間の3ヶ所には高さ約10m広さ数10平方メートルの洞室があり、千体におよぶ石造りの仏像を安置。洞内には滝が流れていたり、隧道に地獄、極楽絵の額を数十面を掲示したりしており、時間を忘れさせます。

耕三寺 千仏洞地獄峡
1965(昭和39)年
尾道市瀬戸田町瀬戸田553-2
撮影 : 2017.02.13
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岩のトンネルです。
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荒削りな仏像があります。
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トンネルは下り坂。
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閻魔大王の居室があります。
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さらに下ります。
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この辺から地獄絵が延々と続きます。
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立体感があるので、「こて絵」でしょう。
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個人的にこの手の絵は好きなのですが、多すぎるので、何枚か省略しました。
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源信僧都の往生要集を絵にしているとか。
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源信僧都は「母からの手紙」で有名だそうですが、知りませんでした。
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この辺からムードが一変。極楽絵でしょうか。
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これらもこて絵でしょうが、画家は地獄絵とは違うようです。
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さらにトンネルを下ると・・・
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地下の広場に出ます。
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このような洞室が三つあり、複雑な空間構成です。
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この辺が地下15メートルでしょう。滝が流れ込む池。
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ここにきて千仏洞の名前の由来を実感。
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いくつあるのか、数え切れない仏像群。
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出口です。
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ここから出ると救世観音大尊像のそば。ほぼ本堂の下を横切ったわけです。


by gipsypapa | 2017-10-12 09:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)

瀬戸田 耕三寺博物館

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耕三寺の開山は、大正・昭和期に大阪で大口径特殊鋼管の製造会社を営んでいた技術者で実業家の金本耕三のちの耕三寺耕三によるものです。1929(昭和に)年に故郷の瀬戸田に住む母のために邸宅「潮聲閣」を建てたのが始まり。その母が1934年(昭和9)年に亡くなり、翌年から、金本は母の菩提を弔うため出家して僧侶となって、後に名を耕三寺耕三に改めました。

そのころから潮聲閣周辺にの地に耕三寺の建立を開始。金本は故郷の瀬戸田にこれという文化財がないことを気にしていたとかで、寺の境内に日本各地の著名な歴史的建造物を模した堂塔をできる限り建てることにしたそうです。それ以来、30余年をかけて、日光東照宮陽明門を模した孝養門、平等院鳳凰堂を模した本堂などをはじめとした伽藍を完成しました。

伽藍配置は、上・中・下3段からなる境内内を南北に貫く軸線を中心として、厳密な左右対称になっていて、全国にも例のない「耕三寺式伽藍配置」として高い評価を得ているそうです。15の建造物が国の登録有形文化財として登録され、また、仏像、書画、茶道具などの美術品・文化財を多数所蔵し、寺全体が博物館法による博物館となっています。現在「西の日光」とも呼ばれる観光の名所です。

耕三寺博物館
尾道市瀬戸田町瀬戸田553-2
撮影 : 2017.02.13
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山門
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いきなり尋常ではない雰囲気を感じさせる三門。京都御所紫宸殿の門を模したものです。御所の門は素木造ですが、こちらは鋼鉄製。
1940(昭和15)年
登録有形文化財
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鋼鉄の総重量は13トンあるそうです。
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極彩色の門ですね。
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中門
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法隆寺楼門(中門)を模したものです。
1939(昭和14)年
登録有形文化財
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羅漢堂
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中門の左右に伸びる回廊状の建物で、内部には五百羅漢像を安置しています。
1939(昭和14)年
登録有形文化財
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礼拝堂
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下段から中段に登る石階段の下にあり、ここまでは普通に入ることができます。この礼拝堂の両側が出入り口になっています。京都の国宝清水寺西門を原型とした独自の仏堂です。戦後の建立。
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入館料は美術品などを展示する金剛館を含めて1400円と高めですが、維持管理を考えれば仕方ないです。
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鼓楼・鐘楼
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新薬師寺鐘楼を模した建物で、中門を入った先の左右対象に位置しています。
1940(昭和15)年
登録有形文化財
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鐘楼です。
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こちらは鼓楼。

仏宝蔵
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新薬師寺本堂を模したもので、境内西側に建っています。
1938(昭和13)年
登録有形文化財

五重塔
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室生寺五重塔を模したもので、心柱は鉄製。鼓楼・鐘楼から階段を上がって一段高くなった敷地の中央に建っています。第二次大戦後の建物なので文化財登録はされていません。
1955(昭和30)年
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法宝蔵・僧宝蔵
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五重塔の左右対称に位置する四天王寺金堂を模した建物です。法宝蔵は近代美術展示館、僧宝蔵が茶道美術展示館となっています。
1941(昭和16)年
登録有形文化財
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孝養門
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五重塔からさらに階段を上がった敷地に建つ、日光東照宮陽明門を模した門。陽明門と同様に絢爛豪華な彫刻がちりばめられた優れものですが、五重塔と同じく第二次大戦後の建築であるため、登録有形文化財の登録対象外なのです。
1963(昭和38)年
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至心殿・信楽殿(しんぎょうでん)
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孝養門の左右に対称に建つ、日野法界寺阿弥陀堂を模した建物です。
1941(昭和16)年
登録有形文化財
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本堂
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平等院鳳凰堂を模したもの。中堂とその東西に翼楼が伸びています。重要文化財の釈迦如来坐像が安置されています。移された釈迦如来坐像(重要文化財、平安時代)を安置。
1940(昭和15)年
登録有形文化財
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丁度このときは改修中で正面にはシートがかかって見えませんでした。
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ということでウィキペディアにある写真です。
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本堂裏にはこじんまりした築山の公園があります。

救世観音像
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本堂左後方に立つ、コンクリート・漆喰併用の彫像で総高15mの観音像。
1967(昭和42)年
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多宝塔
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石山寺多宝塔を模したもので、本堂横にあります。
1942(昭和17)年
登録有形文化財
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八角円堂
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本堂横、多宝塔の反対側にあります。法隆寺夢殿を模した建物。
1942(昭和17)年
登録有形文化財
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左は本堂。

銀龍閣
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八角円堂のさらに西方に建つ、慈照寺銀閣を模した建物です。
1943(昭和18)年
登録有形文化財

正体不明の建物
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境内の東端に巨大なお城のようなものが建っています。これだけの構造物なので、何かネット上に説明があるのではないかと探しましたが、見つかりません。
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あるブログで耕三寺の迎賓館らしいというのがありました。ふ~む。
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月光門
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北側にある朱塗り通用門です。詳細は分かりません。

金剛館
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境内の外にある金剛館、耕三寺所蔵の重要文化財、重要美術品などの一部常設展示や企画展示などの展示館として公開しています。
1968(昭和43)年



まだまだ見所がありますので続きをお楽しみに。


by gipsypapa | 2017-10-11 09:40 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東福寺常楽庵 開山堂

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東福寺の中心部から北へ向かい、通天橋を渡ったところにある開山堂、別名「常楽庵(じょうらくあん)」へ行きました。開山堂というのは、仏教寺院において開山の像を祀った堂のことだそうです。ここでも開山・聖一国師(円爾)を祀っています。

最初の建物が1819(文政2)年に焼失したため、1823(文政6)年に、江戸時代の公卿一条忠良(いちじょう ただよし)によって再建された2階建の楼閣で、開山円爾像を安置しています。また常楽庵は枯山水と池泉式の庭園が、ふたつでひとつの庭園を構成する、見所が多いところです。国の重要文化財の平屋建て、一部楼閣付き。

常楽庵 開山堂・昭堂
1823(文政6)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
京都市東山区本町15−778
撮影 : 2016.12.2
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上層は楼閣風で「伝衣閣」(でんねかく)と呼ばれます。金閣(鹿苑寺)、銀閣(慈照寺)、飛雲閣(西本願寺)、呑湖閣(大徳寺塔頭芳春院)と並ぶ「京の五閣」の一つだとか。
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参道をはさんで二つの日本庭園があります。作庭者は不明ですが、いずれも江戸時代のものです。
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西側は枯山水庭園で、波紋で市松模様がつけられていました。
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反対の参道東側は緑が美しい池泉と築山で構成された池泉回遊庭園。
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石組みと石橋が、刈り込んだサツキの間に配置されています。
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建物が普門院ともいわれるため、庭園は東福寺普門院庭園と呼ばれるようです。
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これで東福寺を終わり、次回から尾道市の生口島をアップします。

by gipsypapa | 2017-10-07 09:14 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東福寺 龍吟庵と庭園

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龍吟庵(りょうぎんあん)は臨済宗東福寺派の寺院で東福寺の塔頭(たっちゅう)です。方丈は東福寺の本坊庫裏の背後から偃月橋(えんげつきょう)を渡った正面にあります。室町時代初期に建造された現存最古の方丈建築だとか。

龍吟庵 方丈
室町時代初期
国宝
京都市東山区本町15−812
撮影 : 2016.12.2
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龍吟庵に向かう途中、東福寺三名橋の中で最も上流に架かる偃月橋。桃山時代の築で、国の重要文化財。秀吉の正室である北政所・ねねが龍吟院にお参りするために架けられたといわれています。

偃月橋
1603(慶長8)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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龍吟庵 庭園
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方丈を囲んで東・西・南の三庭があります。いずれも重森三玲の手による枯山水の庭で、昭和39年(1964年)の作庭です。最初の写真は南庭(無の庭)。方丈の前庭で、白砂を敷いただけというシンプルな庭です。

龍吟庵 庭園
1964(昭和39)年
作庭 : 重森三玲
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西庭(龍門の庭)。龍が海から顔を出して黒雲に乗って昇天する「昇り竜」の姿を枯山水にして、水墨画のようなイメージになっています。
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東庭(不離の庭)。シンプルな枯山水ですが、赤砂を敷いています。伝統的な様式を用いながら、モダンでインパクトの強い庭です。
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by gipsypapa | 2017-10-06 08:45 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東福寺 方丈(本坊)と庭園

方丈(本坊)
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これも明治後期に昭憲皇太后より下賜されたもので内部は3室2列の6室あり、前庭のある南面には広縁が設けられているます。方丈とは、禅宗寺院における僧侶の住居ですが、後には相見(応接)の間の役割が強くなったとか。

方丈
1890(明治23)年 / 1909(明治42)年(唐門)
設計・施工 : 不明
京都市東山区本町15−778
撮影 : 2016.12.2
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庫裡の南側にある、東福寺本坊への入口。方丈へは左側にあるもう一つの入り口から入ります。

東福寺 方丈(本坊)庭園
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ここで有名なものは庭園は近代の造園家、重森三玲(しげもり みれい 1896-1975)作庭により、方丈の四方に配される、国指定名勝の庭園です。これらの庭は重森三玲の事実上のデビュー作で、傑作といわれています。

東福寺本坊庭園
1939(昭和14)年
国指定名勝
作庭 : 重森三玲
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南庭(八相の庭)。荒海の砂紋の中に釈迦の生涯における8つの重要な出来事「八相成道(はっそうじょうどう)」の「蓬莱」「方丈」「瀛洲」「壺梁」「八海」「五山」を表現しているそうです。
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方丈唐門。明治14年の火事で方丈、庫裏、法堂、仏殿が焼失。その翌年、英照皇太后、昭憲皇后から、再興のための賜金が給わされました。明治42年(1909年)に造営された唐門を恩賜門とよぶのは、このためだとか。
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方丈を時計回りに見て行きます。
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西庭(井田の庭)。さつきの刈込みと砂地が大きな市松模様になっています。
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北庭(市松の庭)。白い敷石と緑の杉苔を幾何学的な市松模様に配した新鮮で現代的な庭です。
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重森三玲といえばこれを思い出す、印象的な代表作です。
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東庭 (北斗七星の庭)。波と雲を表す白砂に、円柱の石組みを突き出し北斗七星を表現しています。
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by gipsypapa | 2017-10-05 09:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)