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東京大学本郷キャンパス

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 東京をやったついでに、ずいぶん古い写真をアップします。もう7年も前になります。この頃はレトロな建物に一応興味はあったのですが、まだ今のようにネット上で公開するわけでもなく、旅行先で漠然と建物の外観を撮る程度だったのです。

 国内の旧帝国大学は、古い建物がほとんど残っていない名古屋大学以外はすべて行ってみました。なかでも東大は、母校を除けば一番早く訪れたわけですが、当時の建物へのこだわりの薄さや下調べ不足のため、何を撮ったか分からなくなっていて、放置していました。なにしろ数多くの建物が内田祥三(うちだ よしかず1885 - 1972)が昭和初期に設計した、いわゆる「内田ゴシック」といわれるデザインパターンで、みんなよく似ているのです。

 しかしすでに行ったことだし、よほどのことがない限り再訪することもなさそうなので、ネットで調べながら、特定できるものを一挙に紹介することにしました。

東京大学本郷キャンパス
文京区本郷7-3-1
撮影 : 2006.5.3
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 訪れた時にもらったキャンパスマップと同じものです。クリックすると大きくなります
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赤門
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 有名な赤門を通ってキャンパスへ。

徳川第11代将軍・徳川家斉(とくがわ・いえなり 1773-1841)の第21女・溶姫(やすひめ 1813-1868)が、 加賀藩第13代藩主・前田斉泰(まえだ・なりやす 1811-1884)に輿入れする際に建てられた門。

東京大学 赤門
旧前田家上屋敷御守殿門
1827(文政10)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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コミュニケーションセンター
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 赤門の横にある小さな煉瓦造りの建物はかつて人力車の車庫だったもの。

東京大学コミュニケーションセンター
旧人力車車庫
1910(明治43)年
設計・施工 : 不明

医学部2号館(本館)
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赤門を抜けて正面に緑の並木道の奥に見えるのが医学部本館です。

東京大学 医学部2号館(本館)
1936(昭和11)年
設計 : 内田祥三
施工 : 不明
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教育学部 総合図書館
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左折して並木道を進むと、右には弓道場、左に大きな建物。教育学部と総合図書館です。そのまま通り過ぎましたが、もっと追及すべき建物でした。

東京大学 教育学部 総合図書館
1928(昭和3)年
設計 : 内田祥三+野田俊彦
施工 : 大林組
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文学部3号館
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法文2号館 法文1号館
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更に進むと文学部3号館が建っていて、そのアーチをくぐると法文2号館。アーケードをくぐってさらに進むと法文1号館が並立しています。いずれも国の登録有形文化財。

 法文1号館と法文2号館は安田講堂を突き当たりとする道を挟んで左右対称に配置されています。二つの建物を横切って、ギリシャ風の彫刻が刻まれた古風なアーケードがあり、内田ゴシックの真骨頂といわれています。

東京大学 法文2号館
1938(昭和13)年
登録有形文化財
設計 : 内田祥三
施工 : 不明

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東京大学 法文1号館
1935(昭和10)年
登録有形文化財
設計 : 内田祥三
施工 : 竹中工務店
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大講堂(安田講堂)
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 1968(昭和43)年の大学紛争による安田講堂占拠事件で有名になった大講堂。長らく閉鎖されていましたが、1994(平成6)年に改修され、 現在は講演や式典などに使用されています。

 この大講堂は、安田財閥の安田善次郎からの寄付によって建てられたため安田講堂と呼ばれています。国の登録有形文化財。

東京大学 大講堂(安田講堂)
1925(大正14)年
登録有形文化財
設計 : 内田祥三+岸辺日出刀
施工 : 清水組
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中央食堂
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 お腹が空いたので中央食堂で昼食。かなり大きな食堂です。この日は5月の連休の真っただ中。学生よりも一般の人たちで結構込み合っていました。定食は数種類から選べるようになっていて、安かった記憶があります。
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 ところで、私達が食べようとして隣の席を見ると、年配の紳士が缶ビールを飲んでいる・・・・確か入口の近くに自動販売機が並んでいたと思って行ってみるとビールはなくソフトドリンクだけ。はて??結局その年配の方に訪ねたら「そこの生協に売っている」と教えてくれました。
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 ビールを買うついでに見ると色々な土産物が売っていました。昼食後にまた行って買ったのは「東大ゴーフル」。
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工学部
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 工学部エリアへ。この一角も内田ゴシックです。

東京大学 工学部2号館
1924(大正13)年
設計 : 内田祥三
施工 : 不明
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東京大学 工学部3号館
1939(昭和14)年
設計 : 内田祥三
施工 : 不明

理学部
理学部のエリアには大正時代の煉瓦造りが残っています。
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東京大学 理学部化学東館
1916(大正5)年
設計 : 山口孝吉(東京帝国大学営繕課長)
施工 : 不明
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第2食堂
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 理学部から北へ。ここにバス停があります。この建物は第2食堂と思われます。ここでトイレを拝借。
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医学部付属病院
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 医学部付属病院のエリアです。バス停が校内にあるのはこのためです。
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東京大学 医学部附属病院管理研究棟
1928(昭和3)年
設計 : 内田祥三
施工 : 不明
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by gipsypapa | 2013-07-22 13:39 | 建築 | Trackback | Comments(5)

慶応義塾大学 第一校舎

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 大きな樹木の間から淡い色のタイル貼りのモダンな校舎が見えます。昭和になると装飾が省略されて、現代的な印象になります。シンプルながら昭和初期らしいタイル貼り、軒の高い2階と3階に並ぶ縦長窓が美しい建物です。

 図書館旧館や塾監局と同じ曽禰中條建築事務所の設計、戸田組の施工です。それぞれ1912(明治45)年と1926(大正15)年で、こちらは1937(昭和12)年。

 同じ建築事務所が設計しても、時代とともにこんなに意匠が違ってくるのかを、あらためて認識させられます。建築界の様式主義からモダニズムへ移行した歴史的な足跡がこの一角に並んでいるのが大変に貴重です。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

慶応義塾大学 第一校舎
旧慶応義塾大学学部校舎
1937(昭和12)年
設計 : 曾禰中條建築事務所
施工 : 戸田組
港区三田2-15-45
撮影 : 2012.9.30
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by gipsypapa | 2013-07-19 13:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

慶応義塾大学 塾監局

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 図書館旧館と同じ曽禰中條建築事務所の設計。褐色のタイル貼り2階部分には半円アーチ窓。玄関ポーチの構えや最上部の尖ったパラペットなど、様式主義の色が残った外観です。

 全国各地の大学に残る古い校舎と共通点があり、大正期の学校舎建築を代表するデザインといえます。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

慶応義塾大学 塾監局
1926(大正15)年
設計 : 曾禰中條建築事務所
施工 : 戸田組
港区三田2-15-45
撮影 : 2012.9.30
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by gipsypapa | 2013-07-18 12:59 | 建築 | Trackback | Comments(2)

慶応義塾大学 図書館旧館

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創立50年記念事業として建てられた図書館。ゴシック様式建築で、赤煉瓦と花崗岩による重厚で壮麗な外観は三田キャンパスのランドマーク。現在は三田メディアセンターが管理運営して、書庫・会議室などとして使われています。

 非対称の建物で中央東寄りに軒の高い2階建ての本館。さらに東寄りの角には3階建ての八角塔を立て、中央西寄りには二つの妻面を見せた、軒の低い5階建ての書庫が並び、いずれも地下室がついています。華やかな中に重厚さを兼ね備えた印象的な建築です。国の重要文化財の煉瓦・石造り。

慶応義塾大学 図書館旧館
1912(明治45)年
重要文化財
設計 : 曾禰中條建築事務所
施工 : 戸田組
港区三田2-15-45
撮影 : 2012.9.30
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 普段は中に入れるようですが、この日は日曜日。さすがに閉まっていました。有名なステンドグラスを中から見たかった・・・。
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 東側の通りから新しい煉瓦造りの東館のヴォールト天井越しに旧図書館が見えています。
by gipsypapa | 2013-07-17 13:02 | 建築 | Trackback | Comments(2)

慶応義塾大学 三田演説館

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 1泊して翌日は慶応義塾大学の三田キャンパスを見て品川から新幹線で帰ることにしました。ここには重要文化財が2棟あります。

 慶應義塾の創立者である福澤諭吉が、明治初期に自らの資金で建設した日本最初の演説会堂。アメリカから取り寄せられた図面をもとに造られたとかで、玄関や窓は洋風でありながら、外観は木造瓦葺になまこ壁といった日本独特の手法が用いられています。建設当初は旧図書館と塾監局の間にあったが、1924年に現在の三田キャンパス南西の稲荷山に移築されたそうです。旧図書館と並んで三田キャンパスのランドマークです。国の重要文化財の木造2階建て。

慶応義塾大学 三田演説館
1875(明治8)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
港区三田2-15-45
撮影 : 2012.9.30
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by gipsypapa | 2013-07-16 13:02 | 建築 | Trackback | Comments(0)

四国学院大学2号館

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 善通寺は今でも市街地近くには陸上自衛隊の旅団司令部や駐屯地が配置されていますが、明治時代から帝国陸軍の師団が置かれていた軍都だったので、当時の建物が残っています。

この建物は旧陸軍第11師団の兵舎だったもので、今は四国学院大学の校舎として使われています。南側中央に1本石によるロマネスク風の大オーダーと大振りなペディメントの玄関ポーチが特徴です。国の登録有形文化財の木造2階建て。

四国学院大学2号館
旧陸軍第11師団兵舎棟
1897(明治30)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
善通寺市文京町3-2-1
撮影 : 2012.2.27
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by gipsypapa | 2013-04-26 13:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

若竹の園保育園舎 幼児保育棟

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 事務室棟の北側にある園舎。これも天然スレート葺きの屋根。南北棟の北側で東に折れ曲がって、急傾斜の切妻を正面に見せています。屋根は急傾斜ですが、事務室棟と同様に軒先は折れ曲がって緩い勾配になっています。装飾は少ないが、この建物も事務室棟と同じコンセプトの、お洒落で優美な園舎です。

 なお文化遺産オンラインでは事務室棟の南に位置するとあり、名称も幼児保育南棟となっていますが、現実には北側にありました。何かの誤解と思われます。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

若竹の園保育園舎 幼児保育棟
1925(大正14)年
登録有形文化財
設計 : 西村伊作
施工 : 藤木工務店
倉敷市中央1-6-12
撮影 : 2011.12.3
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by gipsypapa | 2013-01-24 13:03 | 建築 | Trackback | Comments(0)

若竹の園保育園舎 事務室棟

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 倉敷で見たかった建物の一つです。設計は文化学院を創立した教育者で、大正、昭和を代表する建築家、画家、陶芸家、詩人、生活文化研究家でもある西村伊作(にしむら いさく 1884 - 1963)。

 独特の形状をした寄せ棟造りの保育室から、南側に切妻造の事務室を張り出し、保育室には園の門に向かってとんがり屋根の切妻造の玄関があります。屋根は天然スレート葺で、軒先近くを折り曲げて緩い勾配にしているのが特徴。

 玄関ポーチの入口は石積のアーチになっていて、側面にステンドグラスのアーチ窓。西村伊作の独創性とセンスの良さを感じさせる、お洒落で美しい建物です。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

若竹の園保育園舎事務室棟
1925(大正14)年
登録有形文化財
設計 : 西村伊作
施工 : 藤木工務店
倉敷市中央1-6-12
撮影 : 2011.12.3
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by gipsypapa | 2013-01-23 13:24 | 建築 | Trackback | Comments(2)

倉敷中央看護専門学校

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 最後は敷地の東端に建つ3階建ての建物。旧外来棟、旧事務所棟と同じコンビの設計で建てられた看護婦養成所で、現在も倉敷中央看護専門学校として使われています。これまでの旧外来棟と事務所棟とはうって変わった、様式主義とモダニズムを両立させたような、外観です。

 1階部分の腰壁回りは煉瓦タイルを貼り。アーチ型の玄関ポーチに多少古典的な雰囲気がありますが、全体的に装飾は少なく、モルタル仕上げのドイツ壁に縦長窓が均等な間隔で並ぶ、あっさりした意匠になっています。なお3階部分は後に増築されたそうで、壁に継ぎ目が見えます。

 またネット情報では1923(大正12)年築というのもありました。少なくとも専門学校の設立は1923(大正12)年です。ただ他の2棟と違い鉄筋コンクリートで、外観のデザインが違いすぎるため、少し後の築の感じを受けます。ということで、もう一つ情報のあった1926(大正15)年としました。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

倉敷中央看護専門学校
旧倉紡中央病院附属看護婦養成所
1926(大正15)年
設計 : 薬師寺主計(建築顧問)+隅田京太郎+武内潔真
施工 : 藤木工務店
倉敷市美和1-1-1
撮影 : 2011.12.4
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 玄関ポーチに表示されている「K.C.H College of Nursing」のK.C.H. はKurashiki Central Hospitalの意味です。
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by gipsypapa | 2013-01-22 13:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館明治村 第四高等学校武術道場「無声堂」

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 古来、武士のたしなみとして剣術、柔術、水術等様々な武道が伝えられてきたが、明治初年の新しい学校体育では体操が中心で、武道はとりあげられなかった。明治15年(1882)嘉納治五郎が柔道を創始して古武道の改革をはかるが、これが下地となって、日清戦争後、15歳以上の強壮者に対し武道を正課外で習わせることが認められ、主として大学、高等学校の運動部の活動として普及をみるようになった。明治後期になると、国内全般に尚武的気風が高まり、それまで欧米式体育に対する反省もあって、学校体育に武道が加えられるようになった。

 この「無声堂」は大正6年(1917)金沢の第四高等学校に建てられたもので、柔道、剣道、弓道三つの道場を兼ね備えた大きな洋風建築物である。木造下見板張桟瓦葺の余り派手さのない建物であるが、道場の床には工夫がみられ、柔道場では床の弾力を増すため床下にスプリングを入れ、剣道場では音の反響を良くするため床下に共鳴用の溝を掘っている。長い年月にわたり、幾多の若人がこの「無声堂」で修練を積んできた。

 茅葺の厚く深い軒の下には丸い的が置かれている。弓道場の正面は、雨戸を入れる戸袋まで左右に開くことができるため、さえぎるものは柱一本ない。小屋組の構造を合理的な洋小屋組にすれば、このように途中の柱を抜いて長大な間を架構することも比較的容易である。


博物館明治村 第四高等学校武術道場「無声堂」
1917(大正6)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
旧所在地 : 石川県金沢市仙石町
犬山市内山4-34博物館明治村内
撮影 : 2011.9.22
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by gipsypapa | 2012-10-18 12:53 | 建築 | Trackback | Comments(2)