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函館市立青柳小学校

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 昭和9年の函館大火後の復興事業として建設された復興小学校の中の一つ函館市立青柳小学校。解体問題で有名になった弥生小学校より2年前に建てられた、同じく小南武一の設計による校舎です。

 L字型に配置された大型校舎で、遠くから見るとこれという特徴がありません。弥生小学校では多少なりとも華麗な意匠を表現した小南武一ですが、復興小学校の第1号として手がけたために、装飾を排除して機能性を優先させたのかも知れません。

 しかしながら、内部は分厚い壁にアーチ型の柱が短い間隔で並ぶ重厚な構造美が見受けられるそうです。「ハコダテ150」というブログに4年前に撮影された内部写真があります。建物は多少の改修は行われましたが、ほぼ竣工当時の原型を保っているそうです。鉄筋コンクリート造り3階建て。

函館市立青柳小学校
旧住吉尋常小学校
1935(昭和10)年
設計 : 小南武一(函館市建築課)
施工 : 森川組
函館市青柳町22
撮影 : 2013.8.29
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 実は事前の調査不足でした。この校舎が昭和10年築とは思えず、遠くから少し撮影しただけ。というのも・・・

 唐草館の方からアクセスしたので、この ↑ 古そうな建物を最初に見たわけです。これが昭和10年の校舎と思ってしまいました。後で調べたらこれは体育館だったようです。
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 こっちはいつ建てられたのでしょう?
by gipsypapa | 2014-02-02 20:24 | 建築 | Trackback | Comments(2)

鏡ヶ丘記念館

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 青森県最古の木造校舎。青森県立弘前高等学校敷地内にある『鏡ヶ丘記念館』は、明治中期に青森県尋常中学校の校舎として建てられた木造2階建ての洋風校舎の一部です。

 切妻造り鉄板葺の屋根に、外壁はこげ茶色の下見板りで、窓回り見切縁は赤茶色の縦長窓の上げ下げ窓を狭い間隔に並べています。窓の形から見て天井が高く、明るい教室のようです。

 設計は堀江佐吉門下で旧制弘前高校外国人教師館を請け負った川元重次郎です。青森県重宝の木造2階建て。

鏡ヶ丘記念館
旧青森県尋常中学校校舎
1894(明治27)年
青森県重宝
設計 : 川元重次郎
施工 : 川元組
弘前市新寺町1-1
撮影 : 2013.8. 28
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 これで弘前とはお別れ。JRで青函トンネルを通って函館へ向かいます。
by gipsypapa | 2014-01-23 09:59 | 建築 | Trackback | Comments(0)

台北市立第一女子高級中学

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 総督府の前の大通りを南に抜けて交差点に出ると左側に見えてくる近代建築。モダニズム様式の学校建築でベージュ色のタイル貼り。いかにも学校らしいシンプルですっきりした外観です。最上階の縦長のアーチ窓がアクセントになっています。市定古蹟の鉄筋コンクリート造り、3階建て。

台北市立第一女子高級中学
1930(昭和5)年
市定古蹟
設計・施工 : 不明
台北市中正区重慶南路1段165号
撮影 : 2013.3.22
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by gipsypapa | 2013-11-17 09:03 | 建築 | Trackback | Comments(2)

台湾大学医学院

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 濟南教会から南へ下るとヨーロッパにでも行ったような優雅な雰囲気の近代建築が見えてきます。台湾総督府医学校として建てられ、台湾総督府医学専門学校を経て、戦後に台湾大学医学院になりました。医学院として授業が行われていますが、同時に医学人文博物館として公開されています。

 ファサードは列柱の間にアーチ窓を置く様式主義のデザイン。西側には1階はアーチ、2階は柱で支えた回廊があります。内部も柱はアーチ構造で、3芯アーチを使うなど変化に富んだ意匠です。

 ネット情報によると、現在の建物は1930年の館内火災で改修工事が施され、建設当初の姿は失われているとのこと。明治40年という築年から考えると、アーチの多用もあり、煉瓦か石造りだったと思われますが、今の建物を見る限りそういう感じは受けず、鉄筋コンクリート造りの2階建てに見えました。

 少なくともオリジナルは台灣総督府営繕課に在籍していた近藤十郎の設計ですが、改修時に建て替えられた可能性を感じるので、設計者は不明にしました。とはいえ大改修されたとしても、その時期は戦前のはずなので、古蹟指定は当然でしょう。

台湾大学医学院
旧台湾総督府医学専門学校
1907(明治40)年
市定古蹟
設計・施工 : 不明
台北市中正区仁愛路一段1号
撮影 : 2013.3.22
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 1階ロビーの一角がカフェになっていて、ここで軽い昼食をいただきました。
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 2階へ。
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 裏に回りました。芝生の庭があります。この方向から見ると建物は新しいようです。
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 正面のファサードは見どころなのですが、前の道が狭く、全景の撮影は無理でした・・・。
by gipsypapa | 2013-11-05 14:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)

慶應義塾 日吉キャンパス第2校舎

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 左側にあるのは第1校舎の2年後に建てられた第2校舎。第1校舎の設計モチーフを踏襲しています。こちらは正面の幅は第1校舎と変わりませんが奥行きがなく、かなり小ぶりな校舎です。

 ともあれ、緩やかな坂を上ったところにある広場を挟んで第1校舎と向き合う姿はキャンパスの象徴的なシーンといえます。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

慶應義塾 日吉キャンパス第2校舎
1936(昭和11)年
設計 : 曾禰中條建築事務所(網戸武夫)
施工 : 清水組
横浜市港北区日吉4-1-1
撮影 : 2012.12.8
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by gipsypapa | 2013-09-07 09:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)

慶應義塾 日吉キャンパス第1校舎

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 横浜の港北区役所が主催する「港北OPEN! HERITAGE」という一般公開が、2012年12月8日に催されました。その中にヴォーリズ設計の慶應のYMCAチャペルが含まれているのをネット情報で知り、観光を兼ねて訪ね、ついでに慶應義塾日吉キャンパスの古い校舎も見てきました。

 東横線の日吉駅を降りるともう目の前がキャンパスの入口。緩やかな坂を300mほど上ったら広場があり、その両側に2棟の校舎があります。右側が第1校舎で高等学校の校舎です。

 昭和9年築の巨大な白亜の校舎。広場に面した北側は大きな円柱を並べて格式と重厚さ感じさせながらも、同時に明るく清潔な印象を与えます。側面はモダニズム様式ですが、装飾もあり変化を持たせた設計。

 設計は当時、曾禰中條建築事務所に所属し、後に自身の設計事務所を設立した網戸武夫。そういえば三田キャンパスの主要な建物も曾禰中條建築事務所の設計でした。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

慶應義塾 日吉キャンパス第1校舎(慶應義塾高校)
1934(昭和9)年
設計 : 曾禰中條建築事務所 (網戸武夫)
施工 : 上遠合名会社
横浜市港北区日吉4-1-1
撮影 : 2012.12.8
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 8本の大オーダー。
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 屋上にあるのは天体望遠鏡のようです。
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 側面が長大な校舎。
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 12月なので少し落葉していますが、銀杏並木が美しいキャンパスでした。
by gipsypapa | 2013-09-06 13:09 | 建築 | Trackback | Comments(0)

東京大学本郷キャンパス

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 東京をやったついでに、ずいぶん古い写真をアップします。もう7年も前になります。この頃はレトロな建物に一応興味はあったのですが、まだ今のようにネット上で公開するわけでもなく、旅行先で漠然と建物の外観を撮る程度だったのです。

 国内の旧帝国大学は、古い建物がほとんど残っていない名古屋大学以外はすべて行ってみました。なかでも東大は、母校を除けば一番早く訪れたわけですが、当時の建物へのこだわりの薄さや下調べ不足のため、何を撮ったか分からなくなっていて、放置していました。なにしろ数多くの建物が内田祥三(うちだ よしかず1885 - 1972)が昭和初期に設計した、いわゆる「内田ゴシック」といわれるデザインパターンで、みんなよく似ているのです。

 しかしすでに行ったことだし、よほどのことがない限り再訪することもなさそうなので、ネットで調べながら、特定できるものを一挙に紹介することにしました。

東京大学本郷キャンパス
文京区本郷7-3-1
撮影 : 2006.5.3
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 訪れた時にもらったキャンパスマップと同じものです。クリックすると大きくなります
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赤門
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 有名な赤門を通ってキャンパスへ。

徳川第11代将軍・徳川家斉(とくがわ・いえなり 1773-1841)の第21女・溶姫(やすひめ 1813-1868)が、 加賀藩第13代藩主・前田斉泰(まえだ・なりやす 1811-1884)に輿入れする際に建てられた門。

東京大学 赤門
旧前田家上屋敷御守殿門
1827(文政10)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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コミュニケーションセンター
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 赤門の横にある小さな煉瓦造りの建物はかつて人力車の車庫だったもの。

東京大学コミュニケーションセンター
旧人力車車庫
1910(明治43)年
設計・施工 : 不明

医学部2号館(本館)
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赤門を抜けて正面に緑の並木道の奥に見えるのが医学部本館です。

東京大学 医学部2号館(本館)
1936(昭和11)年
設計 : 内田祥三
施工 : 不明
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教育学部 総合図書館
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左折して並木道を進むと、右には弓道場、左に大きな建物。教育学部と総合図書館です。そのまま通り過ぎましたが、もっと追及すべき建物でした。

東京大学 教育学部 総合図書館
1928(昭和3)年
設計 : 内田祥三+野田俊彦
施工 : 大林組
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文学部3号館
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法文2号館 法文1号館
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更に進むと文学部3号館が建っていて、そのアーチをくぐると法文2号館。アーケードをくぐってさらに進むと法文1号館が並立しています。いずれも国の登録有形文化財。

 法文1号館と法文2号館は安田講堂を突き当たりとする道を挟んで左右対称に配置されています。二つの建物を横切って、ギリシャ風の彫刻が刻まれた古風なアーケードがあり、内田ゴシックの真骨頂といわれています。

東京大学 法文2号館
1938(昭和13)年
登録有形文化財
設計 : 内田祥三
施工 : 不明

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東京大学 法文1号館
1935(昭和10)年
登録有形文化財
設計 : 内田祥三
施工 : 竹中工務店
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大講堂(安田講堂)
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 1968(昭和43)年の大学紛争による安田講堂占拠事件で有名になった大講堂。長らく閉鎖されていましたが、1994(平成6)年に改修され、 現在は講演や式典などに使用されています。

 この大講堂は、安田財閥の安田善次郎からの寄付によって建てられたため安田講堂と呼ばれています。国の登録有形文化財。

東京大学 大講堂(安田講堂)
1925(大正14)年
登録有形文化財
設計 : 内田祥三+岸辺日出刀
施工 : 清水組
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中央食堂
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 お腹が空いたので中央食堂で昼食。かなり大きな食堂です。この日は5月の連休の真っただ中。学生よりも一般の人たちで結構込み合っていました。定食は数種類から選べるようになっていて、安かった記憶があります。
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 ところで、私達が食べようとして隣の席を見ると、年配の紳士が缶ビールを飲んでいる・・・・確か入口の近くに自動販売機が並んでいたと思って行ってみるとビールはなくソフトドリンクだけ。はて??結局その年配の方に訪ねたら「そこの生協に売っている」と教えてくれました。
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 ビールを買うついでに見ると色々な土産物が売っていました。昼食後にまた行って買ったのは「東大ゴーフル」。
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工学部
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 工学部エリアへ。この一角も内田ゴシックです。

東京大学 工学部2号館
1924(大正13)年
設計 : 内田祥三
施工 : 不明
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東京大学 工学部3号館
1939(昭和14)年
設計 : 内田祥三
施工 : 不明

理学部
理学部のエリアには大正時代の煉瓦造りが残っています。
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東京大学 理学部化学東館
1916(大正5)年
設計 : 山口孝吉(東京帝国大学営繕課長)
施工 : 不明
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第2食堂
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 理学部から北へ。ここにバス停があります。この建物は第2食堂と思われます。ここでトイレを拝借。
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医学部付属病院
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 医学部付属病院のエリアです。バス停が校内にあるのはこのためです。
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東京大学 医学部附属病院管理研究棟
1928(昭和3)年
設計 : 内田祥三
施工 : 不明
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by gipsypapa | 2013-07-22 13:39 | 建築 | Trackback | Comments(5)

慶応義塾大学 第一校舎

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 大きな樹木の間から淡い色のタイル貼りのモダンな校舎が見えます。昭和になると装飾が省略されて、現代的な印象になります。シンプルながら昭和初期らしいタイル貼り、軒の高い2階と3階に並ぶ縦長窓が美しい建物です。

 図書館旧館や塾監局と同じ曽禰中條建築事務所の設計、戸田組の施工です。それぞれ1912(明治45)年と1926(大正15)年で、こちらは1937(昭和12)年。

 同じ建築事務所が設計しても、時代とともにこんなに意匠が違ってくるのかを、あらためて認識させられます。建築界の様式主義からモダニズムへ移行した歴史的な足跡がこの一角に並んでいるのが大変に貴重です。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

慶応義塾大学 第一校舎
旧慶応義塾大学学部校舎
1937(昭和12)年
設計 : 曾禰中條建築事務所
施工 : 戸田組
港区三田2-15-45
撮影 : 2012.9.30
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by gipsypapa | 2013-07-19 13:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

慶応義塾大学 塾監局

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 図書館旧館と同じ曽禰中條建築事務所の設計。褐色のタイル貼り2階部分には半円アーチ窓。玄関ポーチの構えや最上部の尖ったパラペットなど、様式主義の色が残った外観です。

 全国各地の大学に残る古い校舎と共通点があり、大正期の学校舎建築を代表するデザインといえます。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

慶応義塾大学 塾監局
1926(大正15)年
設計 : 曾禰中條建築事務所
施工 : 戸田組
港区三田2-15-45
撮影 : 2012.9.30
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by gipsypapa | 2013-07-18 12:59 | 建築 | Trackback | Comments(2)

慶応義塾大学 図書館旧館

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創立50年記念事業として建てられた図書館。ゴシック様式建築で、赤煉瓦と花崗岩による重厚で壮麗な外観は三田キャンパスのランドマーク。現在は三田メディアセンターが管理運営して、書庫・会議室などとして使われています。

 非対称の建物で中央東寄りに軒の高い2階建ての本館。さらに東寄りの角には3階建ての八角塔を立て、中央西寄りには二つの妻面を見せた、軒の低い5階建ての書庫が並び、いずれも地下室がついています。華やかな中に重厚さを兼ね備えた印象的な建築です。国の重要文化財の煉瓦・石造り。

慶応義塾大学 図書館旧館
1912(明治45)年
重要文化財
設計 : 曾禰中條建築事務所
施工 : 戸田組
港区三田2-15-45
撮影 : 2012.9.30
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 普段は中に入れるようですが、この日は日曜日。さすがに閉まっていました。有名なステンドグラスを中から見たかった・・・。
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 東側の通りから新しい煉瓦造りの東館のヴォールト天井越しに旧図書館が見えています。
by gipsypapa | 2013-07-17 13:02 | 建築 | Trackback | Comments(2)