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関西大学簡文館

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 千里山から歩いて関西大学へ行きました。関西大学の千里山キャンパスは1922(大正11)年の開校なので、歴史ある建物があっても不思議ではありませんが、文化財に登録されているのは、この簡文館だけ。ほとんどすべての校舎は新しいものに建て替えられているのでしょう。

 「関西大学簡文館」の古い部分は1928(昭和3)年に図書館として建築されました。その後、数度の増改築がありしたが、1955(昭和30)年の関西大学創立70周年記念事業の一環として円形建物が増築され、現在の博物館の展示室となっています。

 増築部の設計は、現代的な表現技法と伝統的な建築素材を融合する建築様式を確立して、和風建築の設計にも手腕を発揮し、数寄屋住宅の名手といわれた村野藤吾(むらの とうご1891 – 1984)。このブログではすでに世界平和記念聖堂(カトリック幟町教会)近三ビルジング中村健太郎法律経済事務所三養荘新館第一住建梅ヶ枝ビルを紹介しています。

 村野氏はこれ以外にも、関西大学の千里山キャンパスで、昭和26(1951)年から約30年間に40近くの建物を設計しているそうなので、そろそろ新たに文化財登録される建物も出てくるかもしれません。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造3階建て。

関西大学簡文館
1928(昭和3)年 / 1955(昭和30)年(増築)
登録有形文化財
設計 : 村野藤吾(増築部)
施工 : 竹中工務店(増築部)
吹田市山手町3-3-35
撮影 : 2014.6.19
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 2階のカラフルな装飾タイル。
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 こちらが昭和3年築の旧図書館。これも3階建てで、レトロ感があります。
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 玄関周りも円形。
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 螺旋階段です。丸が多い。
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 博物館に入ります。
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 この日の展示は角倉素庵と俵屋宗達でした。これは俵屋宗達の「楊梅図屏風」。
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by gipsypapa | 2015-01-15 10:11 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧京都市立有済小学校太鼓望楼

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 三条から南へ少し下る若松通りに近づくと望楼が見えます。明治初期に建てられた木造2階建の下京第七番学区小学有済(ゆうさい)講堂の大棟中央にあったものです。戦後、鉄筋コンクリート造りの新校舎完成とともに移設されました。

 火の見櫓として、半鐘を鳴らして火事を知らせるとともに、太鼓をたたいて番組(町組)内の人々に時刻を知らせたので、この望火楼は後に太鼓望楼と呼ばれたとか。その役割を終えた後も、太鼓場と呼ばれていました。

 明治期に各小学校にあった望楼は明治末までにその姿を消し、現在ではこの学校だけに残っています。木造で宝形造りの望楼部を高く立て,庇を付けた下部を袴腰風の縦板張で囲う2層構成になっています。国の登録有形文化財の木造2層望楼。

旧京都市立有済小学校太鼓望楼
1876(明治9)年 / 1952(昭和27)年移築
登録有形文化財
設計・施工 :不明
京都市東山区大黒町169
撮影 : 2014.6.13
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 登録有形文化財のプレートがあります。
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 2004(平成16)年3月に閉校となり、1952(昭和27)年に建てられた旧校舎は京都市教育委員会が一部を使用しています。
by gipsypapa | 2014-12-13 09:38 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧岩科学校校舎

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 一夜明けると嘘のような快晴でした。昨日は雨模様で断念した、重要文化財の岩科(いわしな)学校へ行くことにしました。松崎に来たら見逃すわけにはいけません。

 場所的に市街地から離れていて、歩いては行くのは無理。ということで路線バスを調べました。結果、行くことはできますが、帰りのバス本数が少なく、昼ころに松崎のバスターミナルに戻って、次の訪問地の修善寺行きのバスに乗れないことが判明。仕方なくバスの営業所でタクシーの電話番号を教えてもらい、帰りはタクシーで戻ることにしました。

 岩科学校は、木造で左右対称に寄棟造りの2階建で和瓦葺です。地元でおなじみのなまこ壁を使った社寺風建築様式とバルコニーなどの洋風を取り入れ、いかにも明治初期らしい和洋折衷の印象的な建物です。甲府の旧睦沢学校(明治八年)、松本の旧開智学校(明治九年)などに次ぐ古い学校建築で、伊豆地区では最古の小学校だそうです。

 当時の戸長だった佐藤源吉らにより新築計画が進められ、岩科村の大工棟梁、菊地丑太郎、高木久五郎によって設計施工されました。

 建物自体の魅力だけでなく、室内には入江長八が描いた「千羽鶴」の鏝絵などがあるため、見逃せないところでした。国の重要文化財の木造2階建て。

旧岩科学校校舎
1880(明治13)年
重要文化財
設計・施工(棟梁) : 菊地丑太郎、高木久五郎
賀茂郡松崎町岩科北側442
撮影 : 2014.4.21










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 出迎えるのは、むくり屋根の破風の懸魚。木彫りの龍で長八の作品です。
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 玄関上部にさっそく彫り物の絵があります。入江長八が棟梁の「のみ」をかりて彫ったと伝えられています。絵だけでなく彫刻も手がけるとは、多才な芸術家でした。
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 龍と蛇。
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 鹿?
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 双象。こちらは鏝絵です。
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 2階のバルコニーの・・・
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 ランプ懸けに花の天井画と・・・
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 欄間の鏝絵は火の鳥のような・・・キジでしょうか。
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 懸魚の龍の木彫りを裏側から。
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 2階客室の西の間は日本間で、当時は作法や裁縫の授業にも利用されていました。
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 床の間は、のぼり太陽を表現した紅の壁。脇床は緑で松を表現しています。
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 この鶴は懸魚だったもので、これも長八の作。
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 欄間には入江長八によって描かれた千羽鶴の鏝絵。明治13年、66歳の時の作で、非常に洗練された画風になっています。
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 白い羽根の丹頂鶴と、グレーの羽根の真鶴の2種類が、全部で136羽。日の出を目指して飛翔する姿が形を変えて描かれ、1羽たりとも同じ形はないそうです。この千羽鶴は左官技法と色彩技法を巧みに融合させた長八作品の傑作といわれています。素晴らしい!
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by gipsypapa | 2014-09-01 08:53 | 建築 | Trackback | Comments(2)

新宮市の学校法人羽根学園

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 佐藤春夫記念館から西村記念館へ移動の途中に古い建物が2棟並んで建っています。北側にある大きな2階建て。

 熊野高等経理専修学校として建てられた校舎で、和風の屋根と玄関ポーチに下見板張りの壁面。学校らしい前面窓の2階部分は採光に配慮されています。玄関軒下には経理専修学校を象徴するそろばんの装飾があるのが微笑ましい。ちなみにグーグルマップではこの建物は大鉄工業(株)事務所になっています。木造2階建て。

学校法人羽根学園
旧熊野高等経理専修学校
1935(昭和10)年
設計 : 不明
施工 : 南正部次
新宮市新宮7683-53
撮影 : 2013.11.26
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 消えかかって読みづらいのですが、「熊野高等経理専修学校」という文字が妻面に残っています。
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 そろばんの玉がユーモアたっぷりです。
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 建物の側面にLogos Shuleというプレートが下がっています。調べるとロゴス・シューレのFacebook がありました。
 学び手の思考と言葉 (Logos) に寄り添った、創造的な学びをサポートする学び場 (Schule) です。
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by gipsypapa | 2014-05-06 12:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)

高槻市の行信教校講堂

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 私が住む高槻市のレトロ建築を紹介します。もともと城下町で、西から京都に向かう西国街道の通過地ですので、洋風建築の住宅はほとんどありません。ということで和風建築。まずはお寺です。

 浄土真宗本願寺派の利井常見寺(かがいじょうけんじ)というお寺の境内に僧侶養成のための教育訓練施設である行信教校(ぎょうしんきょうこう)があります。各種学校の扱いで2年制。浄土真宗に関する高度な専門知識を備える僧侶の養成が目的なので、本願寺派教師資格保有者など、既に相当な研鑽を積んだ者に入学が許可されるそうです。

 寄棟造り桟瓦葺の建物。左右対称で中央に唐破風玄関を構えています。一階は中廊下式で八畳居室を並べ、生徒室や事務室などになっていて、二階は畳敷の広い講堂で、西奥に仏壇を構えているそうです。文化遺産オンラインによると「類例希な僧侶養成専門学校の遺構」として国の登録有形文化財に指定された木造2階建て。

行信教校講堂
1931(昭和6)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
高槻市東五百住町3-4-17
撮影 : 2013.11.5
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 ちなみに利井常見寺の歴史は古く1300年前後に清和源氏、利井七郎隆房が浄空法師として利井坊を建立したのが始まりで、1595年に本願寺十一世顕如の薦めもあり、現在の利井常見寺になったとか。境内の様子も紹介します。
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 山門。
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 本堂です。
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 経堂。
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by gipsypapa | 2014-04-24 10:26 | 建築 | Trackback | Comments(2)

函館龍谷幼稚園

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 ブログ「関根要太郎研究室@はこだて」で存在を知った学校建築。玄関周りに多少の装飾があるくらいで、これという特徴がない校舎ですが、昭和初期に建てられた、函館に現存する最古の鉄筋コンクリートの学校建築だそうです。現在は本願寺函館別院(西別院)に併設する龍谷幼稚園になっています。鉄筋コンクリート造り、2階建て。

函館龍谷幼稚園
旧私立函館実践高等女学校
1929(昭和4)年
設計・施工 : 不明
函館市東川町12-14
撮影 : 2013.8.29
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 西別院はなんとなく違和感のある様式主義の洋風建築でした。
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by gipsypapa | 2014-02-13 09:50 | 建築 | Trackback | Comments(2)

函館市立青柳小学校

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 昭和9年の函館大火後の復興事業として建設された復興小学校の中の一つ函館市立青柳小学校。解体問題で有名になった弥生小学校より2年前に建てられた、同じく小南武一の設計による校舎です。

 L字型に配置された大型校舎で、遠くから見るとこれという特徴がありません。弥生小学校では多少なりとも華麗な意匠を表現した小南武一ですが、復興小学校の第1号として手がけたために、装飾を排除して機能性を優先させたのかも知れません。

 しかしながら、内部は分厚い壁にアーチ型の柱が短い間隔で並ぶ重厚な構造美が見受けられるそうです。「ハコダテ150」というブログに4年前に撮影された内部写真があります。建物は多少の改修は行われましたが、ほぼ竣工当時の原型を保っているそうです。鉄筋コンクリート造り3階建て。

函館市立青柳小学校
旧住吉尋常小学校
1935(昭和10)年
設計 : 小南武一(函館市建築課)
施工 : 森川組
函館市青柳町22
撮影 : 2013.8.29
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 実は事前の調査不足でした。この校舎が昭和10年築とは思えず、遠くから少し撮影しただけ。というのも・・・

 唐草館の方からアクセスしたので、この ↑ 古そうな建物を最初に見たわけです。これが昭和10年の校舎と思ってしまいました。後で調べたらこれは体育館だったようです。
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 こっちはいつ建てられたのでしょう?
by gipsypapa | 2014-02-02 20:24 | 建築 | Trackback | Comments(2)

鏡ヶ丘記念館

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 青森県最古の木造校舎。青森県立弘前高等学校敷地内にある『鏡ヶ丘記念館』は、明治中期に青森県尋常中学校の校舎として建てられた木造2階建ての洋風校舎の一部です。

 切妻造り鉄板葺の屋根に、外壁はこげ茶色の下見板りで、窓回り見切縁は赤茶色の縦長窓の上げ下げ窓を狭い間隔に並べています。窓の形から見て天井が高く、明るい教室のようです。

 設計は堀江佐吉門下で旧制弘前高校外国人教師館を請け負った川元重次郎です。青森県重宝の木造2階建て。

鏡ヶ丘記念館
旧青森県尋常中学校校舎
1894(明治27)年
青森県重宝
設計 : 川元重次郎
施工 : 川元組
弘前市新寺町1-1
撮影 : 2013.8. 28
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 これで弘前とはお別れ。JRで青函トンネルを通って函館へ向かいます。
by gipsypapa | 2014-01-23 09:59 | 建築 | Trackback | Comments(0)

台北市立第一女子高級中学

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 総督府の前の大通りを南に抜けて交差点に出ると左側に見えてくる近代建築。モダニズム様式の学校建築でベージュ色のタイル貼り。いかにも学校らしいシンプルですっきりした外観です。最上階の縦長のアーチ窓がアクセントになっています。市定古蹟の鉄筋コンクリート造り、3階建て。

台北市立第一女子高級中学
1930(昭和5)年
市定古蹟
設計・施工 : 不明
台北市中正区重慶南路1段165号
撮影 : 2013.3.22
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by gipsypapa | 2013-11-17 09:03 | 建築 | Trackback | Comments(2)

台湾大学医学院

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 濟南教会から南へ下るとヨーロッパにでも行ったような優雅な雰囲気の近代建築が見えてきます。台湾総督府医学校として建てられ、台湾総督府医学専門学校を経て、戦後に台湾大学医学院になりました。医学院として授業が行われていますが、同時に医学人文博物館として公開されています。

 ファサードは列柱の間にアーチ窓を置く様式主義のデザイン。西側には1階はアーチ、2階は柱で支えた回廊があります。内部も柱はアーチ構造で、3芯アーチを使うなど変化に富んだ意匠です。

 ネット情報によると、現在の建物は1930年の館内火災で改修工事が施され、建設当初の姿は失われているとのこと。明治40年という築年から考えると、アーチの多用もあり、煉瓦か石造りだったと思われますが、今の建物を見る限りそういう感じは受けず、鉄筋コンクリート造りの2階建てに見えました。

 少なくともオリジナルは台灣総督府営繕課に在籍していた近藤十郎の設計ですが、改修時に建て替えられた可能性を感じるので、設計者は不明にしました。とはいえ大改修されたとしても、その時期は戦前のはずなので、古蹟指定は当然でしょう。

台湾大学医学院
旧台湾総督府医学専門学校
1907(明治40)年
市定古蹟
設計・施工 : 不明
台北市中正区仁愛路一段1号
撮影 : 2013.3.22
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 1階ロビーの一角がカフェになっていて、ここで軽い昼食をいただきました。
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 2階へ。
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 裏に回りました。芝生の庭があります。この方向から見ると建物は新しいようです。
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 正面のファサードは見どころなのですが、前の道が狭く、全景の撮影は無理でした・・・。
by gipsypapa | 2013-11-05 14:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)