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岡山大学医学部付属病院 三朝医療センター分室

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宿泊した「木屋旅館」のすぐそばにレトロな建物を見つけました。見ると「岡山大学付属病院 三朝医療センター分室」とあり、「ラドン熱気浴施設」という看板も立っています。ネットで調べると、1939(昭和14)年、三朝温泉に「岡山医科大学三朝温泉療養所」が開設されたが、2016年(平成28)年2月6日 閉院とあります。つまり写真を撮った翌年に閉鎖されたようです。ただし、この建物は「分室」。古そうに見えますが、建年などの詳細はわかりませんでした。木造平屋建て。

岡山大学付属病院 三朝医療センター分室
詳細不明
鳥取県東伯郡三朝町三朝939
撮影 : 2015.4.28
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完全予約制と書いてあるので、少なくともこのときは現役でした。ちなみにラドン熱気浴は世界有数の放射能温泉である三朝温泉ならではの入浴法です。空気中に放出されたラドンを吸入することにより、免疫力や自然治癒力を高めるそうです。
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三朝医療センター分室のHPに中の写真がありました。↓
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熱気浴室に温泉が湧き出ていて、その熱で室内は気温40℃、湿度90%になり、その室内に30分ほど入るそうです。
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by gipsypapa | 2017-02-11 09:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東京大学総合図書館

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 前回は追及不足だった総合図書館へ再び行ってみました。外壁には淡褐色のスクラッチ・タイルを貼り、ゴシック風の細部とアーチをもつ入口を用いた外観のデザインは、本郷キャンパスに数多くある内田祥三設計の建物群と同じ、いわゆる内田ゴシックの一つ。本を並べたような正面ファサードが特徴です。

 現在、南西側には史料編纂所が、北東側には大学院情報学環(旧 新聞研究所)が、南側(増築部)には教育学部、南東側(増築部)には社会科学研究所が入っているそうです。今回は中も見学しました。鉄骨鉄筋コンクリート造り3階、中央部5階建て、地下1階。

東京大学総合図書館
1928(昭和3)年
設計 : 内田祥三+野田俊彦
施工 : 大林組
東京都文京区本郷7-3-1
撮影 : 2014.7.30
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 受付で記帳したら簡単に入れました。ただし外部見学者には時間制限がありました。はっきり覚えていませんが1時間以下だったと思います。さらに素晴らしく壮大な内部意匠には驚いたわけですが、残念ながら撮影禁止でした。

 ところがネット上にはかなりの写真があります。どうなっているんでしょうね。ということで、「日本の意外とカッコいい図書館」にあった宮殿のようなレッドカーペット大階段の写真。↓
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 さらに「インタビューシリーズ “図書館”をつくる」「ゲゲゲの精神科医 ヽ(;´Д`)ノ(ある精神科医の日記)」からも内部写真を借用しました。↓
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by gipsypapa | 2015-02-13 09:52 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東京大学本郷正門及び門衛所

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 前回、東京大学の本郷キャンパスを訪れたのは、2006年なので、もう8年前になります。当時は、見て回る建物はヴォーリズ関係ばかりで、今のようにすべての建築物に注目していたわけではないため、あまりこだわりなくキャンパスを歩きました。そのため追及不足や見逃しがありました。

 今回は本郷に宿を取ったついでに、その一部を見てきました。まずは正門です。前回は赤門から入ったので、これは見逃していました。

 和風を強調したデザインで、正門、煉瓦塀と門衛所が左右対称に建っています。正門は花崗岩製で、 門柱に貫(ぬき)をかけた冠木門(かぶきもん)を基調にデザインされたといわれています。むくり屋根の門衛所とともに伝統的な様式を使いながら新しい時代性をも狙ったそうです。

 設計は伊東忠太(いとう ちゅうた1867 – 1954)。西洋建築学を基礎にしながら、日本建築を本格的に見直した第一人者らしい意匠といえます。なお。忠太は東大工学部(当時の帝国大学工科大学)の卒業生でありながら、ほとんど東大関係の設計は手掛けておらず、これは数少ない例と言えます。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造り、平屋建て(門衛所)。

東京大学本郷正門及び門衛所
1912(明治45)年
登録有形文化財
設計 : 伊東忠太
施工 : 西島鉄工所
文京区本郷7-3-1
撮影 : 2014.7.31
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by gipsypapa | 2015-02-12 12:27 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東京大学弥生キャンパス

2006年ですから、もう9年前になります。東京大学の本郷キャンパスを訪ねて、多くの建物をアップしましたが、前回見逃していた農学部を見に行きました。

弥生の農学部キャンパスは、本郷キャンパスと言問通りを隔てて陸橋でつながっている、緑の多い閑静なキャンパスです。いずれも本郷キャンパスと同じようにゴシック風の建物が3棟あります。
撮影 : 2014.7.30

正門
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 弥生キャンパスの正門です。2003(平成15)年改修され、2005(平成17)年に門灯も復元されたそうです。

東京大学農学部正門
1937(昭和12)年/ 2003(平成15)年改修
設計 : 内田祥三
施工 : 不明
東京都文京区弥生1-1-1
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弥生講堂アネックス
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 正門の北にある現代的な建物。周囲とは全く違う景観なので、違和感がありますが、単独の建物としては、なかなか斬新な意匠で印象的です。

 ギャラリーやラウンジの他、講義室などもあるようです。ホームページでは、とんがり屋根の「セイホクギャラリー」(多目的ホール)の構造は木質構造によるHPシェル構造で、ここまでの規模で木質構造によるシェル構造はわが国初の規模だそうです。木質構造やHPシェル構造が、何かよくわかりませんが、単なる木造ではないのかな。2階建て。

東京大学弥生講堂アネックス
2008(平成20)年
設計 : 河野泰治アトリエ
構造設計 : 東京大学大学院農学生命科学研究科/木質材料学研究室
施工 : (株)エンゼルハウス
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農学部1号館 / 2号館
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 正門入ると左右に相似形の建物があります。右は1号館、左が2号館で、いずれも本郷本郷キャンパスで数多くアップした内田祥三の設計。いわゆる内田ゴシックと呼ばれる意匠です。

 写真を整理しても、どっちの写真だったか分からなくなったので、まとめてアップしています。鉄筋コンクリート造り、4階建て、地下1階。

東京大学農学部1号館 / 2号館
1号館 1930(昭和5)年
2号館 1938(昭和13)年
設計 : 内田祥三
施工 : 不明
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農学部3号館
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 農学部の内田ゴシックの中で最も新しい建物。農学部正門を入って正面奥にあります。農学部の事務室があり、地下には東大生協の店舗や食堂が設置されています。東京都選定歴史的建造物の鉄筋コンクリート造り、4階建て、地下1階。

東京大学農学部3号館
1941(昭和16)年
東京都選定歴史的建造物
設計 : 内田祥三
施工 : 不明
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by gipsypapa | 2015-01-26 08:36 | 建築 | Trackback | Comments(2)

関西大学簡文館

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 千里山から歩いて関西大学へ行きました。関西大学の千里山キャンパスは1922(大正11)年の開校なので、歴史ある建物があっても不思議ではありませんが、文化財に登録されているのは、この簡文館だけ。ほとんどすべての校舎は新しいものに建て替えられているのでしょう。

 「関西大学簡文館」の古い部分は1928(昭和3)年に図書館として建築されました。その後、数度の増改築がありしたが、1955(昭和30)年の関西大学創立70周年記念事業の一環として円形建物が増築され、現在の博物館の展示室となっています。

 増築部の設計は、現代的な表現技法と伝統的な建築素材を融合する建築様式を確立して、和風建築の設計にも手腕を発揮し、数寄屋住宅の名手といわれた村野藤吾(むらの とうご1891 – 1984)。このブログではすでに世界平和記念聖堂(カトリック幟町教会)近三ビルジング中村健太郎法律経済事務所三養荘新館第一住建梅ヶ枝ビルを紹介しています。

 村野氏はこれ以外にも、関西大学の千里山キャンパスで、昭和26(1951)年から約30年間に40近くの建物を設計しているそうなので、そろそろ新たに文化財登録される建物も出てくるかもしれません。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造3階建て。

関西大学簡文館
1928(昭和3)年 / 1955(昭和30)年(増築)
登録有形文化財
設計 : 村野藤吾(増築部)
施工 : 竹中工務店(増築部)
吹田市山手町3-3-35
撮影 : 2014.6.19
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 2階のカラフルな装飾タイル。
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 こちらが昭和3年築の旧図書館。これも3階建てで、レトロ感があります。
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 玄関周りも円形。
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 螺旋階段です。丸が多い。
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 博物館に入ります。
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 この日の展示は角倉素庵と俵屋宗達でした。これは俵屋宗達の「楊梅図屏風」。
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by gipsypapa | 2015-01-15 10:11 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧京都市立有済小学校太鼓望楼

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 三条から南へ少し下る若松通りに近づくと望楼が見えます。明治初期に建てられた木造2階建の下京第七番学区小学有済(ゆうさい)講堂の大棟中央にあったものです。戦後、鉄筋コンクリート造りの新校舎完成とともに移設されました。

 火の見櫓として、半鐘を鳴らして火事を知らせるとともに、太鼓をたたいて番組(町組)内の人々に時刻を知らせたので、この望火楼は後に太鼓望楼と呼ばれたとか。その役割を終えた後も、太鼓場と呼ばれていました。

 明治期に各小学校にあった望楼は明治末までにその姿を消し、現在ではこの学校だけに残っています。木造で宝形造りの望楼部を高く立て,庇を付けた下部を袴腰風の縦板張で囲う2層構成になっています。国の登録有形文化財の木造2層望楼。

旧京都市立有済小学校太鼓望楼
1876(明治9)年 / 1952(昭和27)年移築
登録有形文化財
設計・施工 :不明
京都市東山区大黒町169
撮影 : 2014.6.13
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 登録有形文化財のプレートがあります。
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 2004(平成16)年3月に閉校となり、1952(昭和27)年に建てられた旧校舎は京都市教育委員会が一部を使用しています。
by gipsypapa | 2014-12-13 09:38 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧岩科学校校舎

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 一夜明けると嘘のような快晴でした。昨日は雨模様で断念した、重要文化財の岩科(いわしな)学校へ行くことにしました。松崎に来たら見逃すわけにはいけません。

 場所的に市街地から離れていて、歩いては行くのは無理。ということで路線バスを調べました。結果、行くことはできますが、帰りのバス本数が少なく、昼ころに松崎のバスターミナルに戻って、次の訪問地の修善寺行きのバスに乗れないことが判明。仕方なくバスの営業所でタクシーの電話番号を教えてもらい、帰りはタクシーで戻ることにしました。

 岩科学校は、木造で左右対称に寄棟造りの2階建で和瓦葺です。地元でおなじみのなまこ壁を使った社寺風建築様式とバルコニーなどの洋風を取り入れ、いかにも明治初期らしい和洋折衷の印象的な建物です。甲府の旧睦沢学校(明治八年)、松本の旧開智学校(明治九年)などに次ぐ古い学校建築で、伊豆地区では最古の小学校だそうです。

 当時の戸長だった佐藤源吉らにより新築計画が進められ、岩科村の大工棟梁、菊地丑太郎、高木久五郎によって設計施工されました。

 建物自体の魅力だけでなく、室内には入江長八が描いた「千羽鶴」の鏝絵などがあるため、見逃せないところでした。国の重要文化財の木造2階建て。

旧岩科学校校舎
1880(明治13)年
重要文化財
設計・施工(棟梁) : 菊地丑太郎、高木久五郎
賀茂郡松崎町岩科北側442
撮影 : 2014.4.21










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 出迎えるのは、むくり屋根の破風の懸魚。木彫りの龍で長八の作品です。
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 玄関上部にさっそく彫り物の絵があります。入江長八が棟梁の「のみ」をかりて彫ったと伝えられています。絵だけでなく彫刻も手がけるとは、多才な芸術家でした。
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 龍と蛇。
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 鹿?
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 双象。こちらは鏝絵です。
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 2階のバルコニーの・・・
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 ランプ懸けに花の天井画と・・・
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 欄間の鏝絵は火の鳥のような・・・キジでしょうか。
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 懸魚の龍の木彫りを裏側から。
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 2階客室の西の間は日本間で、当時は作法や裁縫の授業にも利用されていました。
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 床の間は、のぼり太陽を表現した紅の壁。脇床は緑で松を表現しています。
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 この鶴は懸魚だったもので、これも長八の作。
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 欄間には入江長八によって描かれた千羽鶴の鏝絵。明治13年、66歳の時の作で、非常に洗練された画風になっています。
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 白い羽根の丹頂鶴と、グレーの羽根の真鶴の2種類が、全部で136羽。日の出を目指して飛翔する姿が形を変えて描かれ、1羽たりとも同じ形はないそうです。この千羽鶴は左官技法と色彩技法を巧みに融合させた長八作品の傑作といわれています。素晴らしい!
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by gipsypapa | 2014-09-01 08:53 | 建築 | Trackback | Comments(2)

学校法人羽根学園

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 佐藤春夫記念館から西村記念館へ移動の途中に古い建物が2棟並んで建っています。北側にある大きな2階建て。

 熊野高等経理専修学校として建てられた校舎で、和風の屋根と玄関ポーチに下見板張りの壁面。学校らしい前面窓の2階部分は採光に配慮されています。玄関軒下には経理専修学校を象徴するそろばんの装飾があるのが微笑ましい。ちなみにグーグルマップではこの建物は大鉄工業(株)事務所になっています。木造2階建て。

学校法人羽根学園
旧熊野高等経理専修学校
1935(昭和10)年
設計 : 不明
施工 : 南正部次
新宮市新宮7683-53
撮影 : 2013.11.26
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 消えかかって読みづらいのですが、「熊野高等経理専修学校」という文字が妻面に残っています。
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 そろばんの玉がユーモアたっぷりです。
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 建物の側面にLogos Shuleというプレートが下がっています。調べるとロゴス・シューレのFacebook がありました。
 学び手の思考と言葉 (Logos) に寄り添った、創造的な学びをサポートする学び場 (Schule) です。
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by gipsypapa | 2014-05-06 12:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)

行信教校講堂

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 私が住む高槻市のレトロ建築を紹介します。もともと城下町で、西から京都に向かう西国街道の通過地ですので、洋風建築の住宅はほとんどありません。ということで和風建築。まずはお寺です。

 浄土真宗本願寺派の利井常見寺(かがいじょうけんじ)というお寺の境内に僧侶養成のための教育訓練施設である行信教校(ぎょうしんきょうこう)があります。各種学校の扱いで2年制。浄土真宗に関する高度な専門知識を備える僧侶の養成が目的なので、本願寺派教師資格保有者など、既に相当な研鑽を積んだ者に入学が許可されるそうです。

 寄棟造り桟瓦葺の建物。左右対称で中央に唐破風玄関を構えています。一階は中廊下式で八畳居室を並べ、生徒室や事務室などになっていて、二階は畳敷の広い講堂で、西奥に仏壇を構えているそうです。文化遺産オンラインによると「類例希な僧侶養成専門学校の遺構」として国の登録有形文化財に指定された木造2階建て。

行信教校講堂
1931(昭和6)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
高槻市東五百住町3-4-17
撮影 : 2013.11.5
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 ちなみに利井常見寺の歴史は古く1300年前後に清和源氏、利井七郎隆房が浄空法師として利井坊を建立したのが始まりで、1595年に本願寺十一世顕如の薦めもあり、現在の利井常見寺になったとか。境内の様子も紹介します。
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 山門。
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 本堂です。
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 経堂。
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by gipsypapa | 2014-04-24 10:26 | 建築 | Trackback | Comments(2)

函館龍谷幼稚園

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 ブログ「関根要太郎研究室@はこだて」で存在を知った学校建築。玄関周りに多少の装飾があるくらいで、これという特徴がない校舎ですが、昭和初期に建てられた、函館に現存する最古の鉄筋コンクリートの学校建築だそうです。現在は本願寺函館別院(西別院)に併設する龍谷幼稚園になっています。鉄筋コンクリート造り、2階建て。

函館龍谷幼稚園
旧私立函館実践高等女学校
1929(昭和4)年
設計・施工 : 不明
函館市東川町12-14
撮影 : 2013.8.29
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 西別院はなんとなく違和感のある様式主義の洋風建築でした。
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by gipsypapa | 2014-02-13 09:50 | 建築 | Trackback | Comments(2)