タグ:大阪 ( 297 ) タグの人気記事

関西大学簡文館

c0112559_9584257.jpg
 千里山から歩いて関西大学へ行きました。関西大学の千里山キャンパスは1922(大正11)年の開校なので、歴史ある建物があっても不思議ではありませんが、文化財に登録されているのは、この簡文館だけ。ほとんどすべての校舎は新しいものに建て替えられているのでしょう。

 「関西大学簡文館」の古い部分は1928(昭和3)年に図書館として建築されました。その後、数度の増改築がありしたが、1955(昭和30)年の関西大学創立70周年記念事業の一環として円形建物が増築され、現在の博物館の展示室となっています。

 増築部の設計は、現代的な表現技法と伝統的な建築素材を融合する建築様式を確立して、和風建築の設計にも手腕を発揮し、数寄屋住宅の名手といわれた村野藤吾(むらの とうご1891 – 1984)。このブログではすでに世界平和記念聖堂(カトリック幟町教会)近三ビルジング中村健太郎法律経済事務所三養荘新館第一住建梅ヶ枝ビルを紹介しています。

 村野氏はこれ以外にも、関西大学の千里山キャンパスで、昭和26(1951)年から約30年間に40近くの建物を設計しているそうなので、そろそろ新たに文化財登録される建物も出てくるかもしれません。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造3階建て。

関西大学簡文館
1928(昭和3)年 / 1955(昭和30)年(増築)
登録有形文化財
設計 : 村野藤吾(増築部)
施工 : 竹中工務店(増築部)
吹田市山手町3-3-35
撮影 : 2014.6.19
c0112559_1025757.jpg
c0112559_103712.jpg
c0112559_1032730.jpg
c0112559_104257.jpg
c0112559_104212.jpg
c0112559_1043038.jpg
 2階のカラフルな装飾タイル。
c0112559_105086.jpg
c0112559_1051072.jpg
 こちらが昭和3年築の旧図書館。これも3階建てで、レトロ感があります。
c0112559_1054047.jpg
c0112559_1055166.jpg
c0112559_106116.jpg
c0112559_1061076.jpg
 玄関周りも円形。
c0112559_1063917.jpg
c0112559_1064747.jpg
 螺旋階段です。丸が多い。
c0112559_1071918.jpg
c0112559_1072880.jpg
c0112559_1073886.jpg
c0112559_1074635.jpg
 博物館に入ります。
c0112559_1085082.jpg
c0112559_108583.jpg
c0112559_109795.jpg
c0112559_109167.jpg
 この日の展示は角倉素庵と俵屋宗達でした。これは俵屋宗達の「楊梅図屏風」。
c0112559_1094825.jpg
c0112559_1095741.jpg
c0112559_1010438.jpg
c0112559_10101286.jpg
c0112559_1010218.jpg
c0112559_10103057.jpg
c0112559_10103923.jpg

by gipsypapa | 2015-01-15 10:11 | 建築 | Trackback | Comments(2)

如是山 千里寺本堂

c0112559_829421.jpg
 阪急千里山駅の南西すぐの小高い丘に興味深い寺院があります。浄土真宗本願寺派(西本願寺)の千里寺(せんりじ)。普通のお寺と思ったら大間違いです。

 昭和3年(1928)に京都御苑内で行われた昭和天皇即位の御大典のため建てられた饗宴場の一部を移築したものなのです。この辺は「思いつくまま 近代歴史遺産の旅」というブログに詳しく書かれています。

 引用すると

 「御大典終了後、解体された饗宴場は3分割され、大阪の観心寺と関西大学、奈良の橿原神宮にそれぞれ移築された。観心寺のものは恩賜講堂として現存、橿原神宮のものは平成10年の台風で大破、解体され現存しない。関西大学に移築されたものが今日千里寺本堂として使われている建物である。」

 すなわち1957(昭和32)年に千里寺の落慶と同時に、移築されたわけです。

 入母屋造りの大屋根の寺院で、昭和初期の和風宮殿建築の様式をよく伝えていて貴重です。見どころは本堂内部。花模様の天井画が描かれた黒漆塗りの二重折上げ格天井と饗宴場時代のシャンデリアが華やかで素晴らしい。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

如是山 千里寺本堂
1928(昭和3)年/1932(昭和7)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
吹田市千里山西1-37-42
撮影 : 2014.6.19
c0112559_832130.jpg
c0112559_8321724.jpg
c0112559_8323624.jpg
c0112559_8324894.jpg
c0112559_8325880.jpg
c0112559_83387.jpg
c0112559_8331718.jpg
 小さな外灯も当時のものでしょう。
c0112559_8335672.jpg
c0112559_834630.jpg
 本堂です。
c0112559_8343857.jpg
c0112559_834473.jpg
c0112559_834576.jpg
 美しい花模様の折上げ格天井と・・・
c0112559_8354989.jpg
 華やかで大きなシャンデリア。葡萄のように連なった電球は全部で35灯あるそうです。
c0112559_8362778.jpg
c0112559_8363788.jpg
c0112559_8364846.jpg
c0112559_8365856.jpg
c0112559_83772.jpg
c0112559_8371674.jpg
 襖絵もいいですね。
c0112559_8374127.jpg
c0112559_8374858.jpg
c0112559_8375788.jpg
c0112559_838528.jpg
c0112559_8381462.jpg
 橿原神宮の観心寺恩賜講堂も見たくなりました。
by gipsypapa | 2015-01-14 08:40 | 建築 | Trackback | Comments(2)

千里丘の住宅街を歩く

c0112559_83517100.jpg
 岡田家住宅を見たあとは再び千里山の駅方面へ戻りました。途中にお洒落な住宅が立ち並んでいます。古いのはなさそうですが、それぞれ凝った外観の洋館が多く、独特の町の風景でした。

千里丘の住宅街
吹田市千里山西5 付近
撮影 : 2014.6.19
c0112559_836452.jpg
 Google Earth で周辺を見ています。右に阪急千里線が南北に走っています。右下が駅。中央下部のハートマークの右にロータリーが見えます。

 この一角は大正中期から開発された千里山住宅地だそうです。イギリスの田園都市・レッチワースをモデルに、ロータリーを中心に直線の街路が放射状に伸びて、全体を半環状に構成する設計となっていて、当時の内務省の関与と指導があったといわれます。つまり新しそうな住宅でも岡田家住宅(Mapでは北の枠外にあります)以外にも、昭和初期以前の住宅が、それなりに残っていると思われます。

 一般の住宅なので、文化財以外では情報はまったくなく、放射状の細い通りばかり。どの道を歩いても方向がわからなくなりそうです。当てがないので歩いてみてもきりがなく、あきらめて駅方向(Mapの右下方面)に戻りました。
c0112559_8385781.jpg

c0112559_839852.jpg
c0112559_8391980.jpg
c0112559_8393142.jpg
c0112559_8394159.jpg
c0112559_8395999.jpg
c0112559_8401543.jpg
c0112559_8403351.jpg
 放射線状の通りの中心はロータリー。その中心は噴水です。
c0112559_841376.jpg
c0112559_8414614.jpg
 その南にはF.L.ライト風の住宅があります。
c0112559_842277.jpg

by gipsypapa | 2015-01-13 08:47 | その他 | Trackback | Comments(2)

吹田市千里山の岡田家住宅

c0112559_8402968.jpg
 思い立って阪急千里線に乗って吹田市の千里山を探索。まず高級住宅街に立つ文化財の住宅を訪ねました。

 文化遺産オンラインによると「住宅地開発会社の設計施工で,洋室付き,寄棟造,外観真壁造縦板張の住宅を,大阪三越住宅建築部技師で建築家の岡田孝男が,玄関ポーチ付き,切妻造,外観ラスモルタル塗等に増改造。『住宅』誌寄稿の改造記により当時の住宅改良の実践が窺え貴重である。」とあります。

 今の姿では想像できませんが、和風住宅の表側を洋風に改造したようです。国の登録有形文化財の木造2階建て。

岡田家住宅
1925(大正14)年 /1938(昭和13)年増改修
登録有形文化財
設計 : 住宅地開発会社+岡田孝男(改修)
施工 : 不明
吹田市千里山西5-40-4
撮影 : 2014.6.19
c0112559_8421338.jpg
c0112559_8422468.jpg
c0112559_8423317.jpg
c0112559_8424229.jpg
c0112559_8425187.jpg

by gipsypapa | 2015-01-12 08:43 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大阪倶楽部

c0112559_10145847.jpg
 京都が続いたので、今日から少し大阪をやって、そのあと東京を予定しています。

 前回は7年前。外から眺めただけだった大阪倶楽部の内覧会があったので、参加しました。大阪倶楽部は古い格式を誇る大阪財界人の社交倶楽部会館として竣工以来、現在も使用されている建築物です。
c0112559_1020376.jpg
 大阪市内には倶楽部建築が知る限り綿業倶楽部中央電気倶楽部を含め3軒残っています。綿業倶楽部とともに、今回はここを内覧できたので、残るは中央電気倶楽部だけになりました。

 建物は大阪を代表する近代建築で、以前に紹介した高麗橋野村ビル大阪ガスビルディング野村證券本店旧京都野村生命ビル滴翠美術館などと同じ安井武雄の設計です。

 大阪倶楽部は、南欧風の意匠を基調に、細部装飾にはインドやイスラムの東洋風手法が取り入れらた不思議な存在感を感じさせる建物です。滴翠美術館は別として、他の安井武雄設計のビルは、いずれも現代的で機能的なアメリカ風のオフィスビルなので、この建物のように内外ともに装飾が多いのは、かなり特殊なケースで、“自由様式”の代表例といわれています。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造り4階建て、地下1階。

大阪倶楽部
1924(大正13)年
登録有形文化財
設計 : 安井武雄(片岡建築事務所)
施工 : 大林組
大阪市中央区今橋4-4-11
撮影 : 2007.1.14
c0112559_10203853.jpg
c0112559_10204781.jpg
c0112559_10205756.jpg
c0112559_1021629.jpg
c0112559_10211552.jpg
c0112559_10212628.jpg
c0112559_10213766.jpg
c0112559_10214664.jpg
c0112559_10215893.jpg
 外壁は瀬戸産の素焼きタイル。
c0112559_10223043.jpg
c0112559_10224132.jpg
c0112559_10225199.jpg
 市松模様のフロアです。
c0112559_10234991.jpg
 玄関を入るといきなり正面に泉盤があります。普通は中庭とかにありますので珍しい。
c0112559_10242624.jpg
 顔は怖いです。
c0112559_1025229.jpg
c0112559_10251650.jpg
c0112559_1025275.jpg
 3階には部屋が五つあります。その1室で説明を聞きました。

 倶楽部の部屋は以下のようになっています。
屋上:ゴルフ練習場
4階:ホール
3階:1号室、2号室、3号室、別室、和室
2階:常食堂(「花外楼」直営)、談話室、図書室
1階:ロビー(喫茶・酒場)、受付・玄関、囲碁・将棋室、撞球場
地下: 理髪室
c0112559_10263271.jpg
 あまり見たことがない大型の持ち送り。垂下する円花飾りはインドサラセン風のモチーフとか。
c0112559_1027639.jpg
c0112559_10271779.jpg
c0112559_10272683.jpg
 3階の部屋を回りました。
c0112559_10273550.jpg
c0112559_10274459.jpg
c0112559_10275376.jpg
 一般に戦前のRC造りの持ち送りのハンチは大きいのですが、ここは特別。関東大震災直後の建設だったからと想像されます。
c0112559_10282648.jpg
 その大きさを利用して華やかな装飾が刻み込まれています。
c0112559_1029454.jpg
c0112559_10291340.jpg
c0112559_10292213.jpg
c0112559_10293089.jpg
c0112559_10293936.jpg
c0112559_10294757.jpg
 4階ホールは元の食堂。梁のピッチが細かい。
c0112559_10302418.jpg
c0112559_10303373.jpg
c0112559_10305256.jpg
c0112559_1031784.jpg
c0112559_10312122.jpg
c0112559_10313253.jpg
c0112559_1031449.jpg
c0112559_10315522.jpg
c0112559_1032760.jpg
c0112559_10321790.jpg
c0112559_10322745.jpg
 2階は食堂と・・・
c0112559_1033898.jpg
c0112559_10331847.jpg
 図書室と談話室。
c0112559_10335183.jpg
c0112559_1034283.jpg
c0112559_10341230.jpg
c0112559_10342451.jpg
c0112559_1034357.jpg
 再び1階へ。1階はバーと囲碁・将棋とビリヤードです。
c0112559_1035372.jpg
c0112559_103547100.jpg
c0112559_10355870.jpg
c0112559_1036964.jpg
c0112559_10362072.jpg
c0112559_10363053.jpg
c0112559_10364110.jpg
c0112559_1036537.jpg
c0112559_1037422.jpg
c0112559_1037136.jpg
c0112559_10372426.jpg
c0112559_10373475.jpg
c0112559_10374622.jpg
c0112559_10375576.jpg
c0112559_1038544.jpg

by gipsypapa | 2015-01-10 10:40 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧木子七郎邸の隣の建物

c0112559_10292843.jpg
 旧木子七郎邸の北側に敷地を接して不思議な建物があります。間口が狭く縦長で、入り口は西に一か所だけで、シャッターが下りています。アーチ窓や最上部の鉄格子など、意匠的にも見どころがある建物です。側面には小さな窓しかいのでく、倉庫のような感じがしますが、何の表示もないので正体不明な建物です。木造3階建て(?)

旧木子七郎邸の隣の建物
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
大阪市中央区十二軒町
撮影 : 2014.4.26
c0112559_10302133.jpg
c0112559_10303169.jpg
c0112559_10303990.jpg
 シャッターに「夜間出入りあり」と書いてあります。夜行性の仕事?
c0112559_10304858.jpg
 旧木子七郎邸の倉庫かもしれないと思いGoogle Earth で見ました。マークがある方形屋根が旧木子七郎邸でその北がこの建物。敷地の境界はこれではわかりません。
by gipsypapa | 2014-07-22 10:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧木子七郎邸

c0112559_13482944.jpg
 谷町6丁目か長堀通を横切って北上すると。木子七郎の旧邸があることを「ひろの東本西走!?」で知り行ってみました。

 木子 七郎(きご しちろう1884 - 1955)といえば、このブログでも萬翠荘石崎汽船本社愛媛県庁舎関西日仏学館旧夕陽丘高等女学校清香会館北堀江病院を紹介していますが、大阪を拠点に、多くの公共建築などの設計を手がけたので、大阪に自宅があったのは不思議ではありません。

 とはいえ、一連の作品群は、様式主義からモダニズムへ移行する時代を反映した、どちらかといえば、硬いイメージですが、この住宅は彼にとっては数少ないスパニッシュ風の洋館で、旧新田邸(現・松山大学温山記念会館)と共通点があります。

 敷地の西南をモルタルをコテで粗く仕上げた塀が囲み、南に正門、西に小さな通用門があります。正門の両脇には金色の狛犬(?)がにらみを利かせていますが、これも古いのでしょうか。建物は高い塀と鉄格子の向こうにある目隠しでよく見えないのが残念。多分、自家設計でしょうが、現時点では確証がありません。木造2階建て。

旧木子七郎邸
大正期
設計 : 木子七郎か
施工 : 不明
大阪市中央区十二軒町
撮影 : 2014.4.26
c0112559_13534879.jpg
c0112559_13535919.jpg
c0112559_1354943.jpg
c0112559_13541936.jpg
 多少違和感を感じる正門に・・・
c0112559_1355519.jpg
 黄金の狛犬?虎?
c0112559_1356278.jpg
c0112559_13561343.jpg
c0112559_13562397.jpg
c0112559_13563232.jpg
c0112559_13564138.jpg
c0112559_13565144.jpg

by gipsypapa | 2014-07-21 13:57 | 建築 | Trackback | Comments(2)

谷町六丁目の町屋

c0112559_9312174.jpg
 旧小玉湯からぶらぶら歩いてみました。いかにも大正から昭和初期と思われる、町屋や住宅が並んでいました。
c0112559_9321585.jpg

 これらの2枚は、旧小玉湯に到達する前に通りかかった、住宅の道路側を店舗に改装したような建物。今は単なる住宅のようです。詳しい場所は分からなくなりました。
撮影 : 2014.4.26

欧州食堂レクレール
c0112559_9402258.jpg

 大正時代の長屋が改装してレストランになっています。ホームページによると、レクレール(L'eclaire)とはフランス語で「照らす」を意味するそうです。木造2階建て。

欧州食堂レクレール
大正期
大阪市中央区谷町6-18-6
c0112559_9425868.jpg
c0112559_943727.jpg
c0112559_9431879.jpg
c0112559_9433079.jpg
 ↓ の2枚はホームページから借用しました。
c0112559_9441483.jpg
c0112559_9442977.jpg

菱屋カレンブロッソ
c0112559_9454044.jpg
 その北隣はカバン屋です。木造2階建て。

菱屋カレンブロッソ
大阪市中央区谷町6-18-5

欧州食堂のはす向かいの住宅。
c0112559_9465750.jpg
 欧州食堂は四つ角にあり、そのはす向かいにも古い建物があります。角を切り取った面白い形状です。木造2階建て。

欧州食堂のはす向かいの住宅
大阪市中央区谷町6-13-26
c0112559_955934.jpg

黒西酒店
c0112559_9561374.jpg
 
菱屋カレンブロッソの向かい側は古そうな酒屋。木造2階建て。

黒西酒店
大阪市中央区谷町6-12-9
c0112559_9575714.jpg

c0112559_958762.jpg
 うだつを介して北側には典型的な町屋。
c0112559_9585996.jpg
c0112559_959113.jpg
 さらに北側には趣が変わって商家のような住宅。屋根越しに見えるヤシの木は印象的。
c0112559_9595156.jpg

榎木大明神
c0112559_101288.jpg
 谷6から北へ向かい長堀通りを渡るといわゆる上町台地に突き当ります。

 その石段を上ったところにある小さな社。通称えのきさんといわれる榎木大明神。階段を上る時から気付いていたのですが、若い女性がずっと佇んで、熱心にお祈り。何をお願いしたのでしょうか。ちなみに映っている木は榎ではな御神木の槐(エンジュ)。樹齢650年だとか。

榎木大明神(えのきだいみょうじん)
大阪市中央区安堂寺町2-3
c0112559_1022189.jpg
 
 いいですね、こういうの。何をお祈りしているのかわかりませんが、叶うといいな~。

 上町台地はかなり急傾斜です。この後、さらに北へ移動します。
by gipsypapa | 2014-07-20 10:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大阪谷町の旧小玉湯

c0112559_10201296.jpg
 ムニュさんからお誘いがあって綿業会館の見学会に出かけるついでに、早めに家を出て谷町6丁目付近を散策しました。

 昭和初期の街の銭湯「小玉湯」だった建物です。ベージュ色の煉瓦型のタイル貼りの外壁に2連のアーチ窓が三つ。玄関を中心にした左右対称ですが、唯一右端に丸窓を置いたのがアクセントになっています。

 廃業してかなり長く経っているのか、傷みが見立ちますが、当時は最先端を行く洋風の銭湯だったのではないでしょうか。現在は小玉モータープールという駐車場になっています。
木造、(多分)平屋建て。

旧小玉湯
1935(昭和10)年
設計・施工 : 不明
大阪市中央区谷町6-13-37
撮影 : 2014.4.26
c0112559_10211728.jpg
c0112559_10212541.jpg
c0112559_10213559.jpg
c0112559_10214559.jpg
c0112559_10215514.jpg
c0112559_1022323.jpg
c0112559_10221233.jpg
c0112559_10222180.jpg

by gipsypapa | 2014-07-19 10:23 | 建築 | Trackback | Comments(4)

大阪曽根崎の印象堂

c0112559_8262996.jpg
 北の繁華街の東側は裏通りの佇まい。その真ん中で、どう見ても古そうでユニークな店舗を見つけました。印象堂という開運印鑑を製作販売するとともに、四柱推命や姓名判断もしているそうです。

 『なにわ看板考』上田安彦写真集という本に紹介された有名書家が書いたという看板が目立ちます。また、店内の天井全体には初代雅城氏が彫った龍と天女の彫刻があるそうです。木造2階建て。

また店の前を通りかかったので追加します。(2017.1.15)

印象堂
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
大阪市北区曾根崎1-6-20
撮影 : 2014.4.11 & 2015.12.10
c0112559_830591.jpg
c0112559_8301910.jpg
c0112559_8302789.jpg
c0112559_8303721.jpg
c0112559_8304742.jpg
c0112559_8305840.jpg

 関西テレビの「よーいどん!となりの人間国宝」で取り上げられた動画からキャプチャーした天井画・・・↓
c0112559_8313858.jpg
c0112559_8314792.jpg
 天女と・・
c0112559_8321059.jpg
c0112559_8321827.jpg
 龍。

 もう一度、前を通ったとき(2015.12.10)の写真です。 ↓
c0112559_9183920.jpg
c0112559_9185771.jpg

by gipsypapa | 2014-07-18 08:35 | 建築 | Trackback | Comments(0)