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大阪の川口アパート

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 京都ばかりやっていましたので、今日からしばらく大阪をやります。

 この建物は西区の川口教会を見に行ったときに偶然見つけたのですが、長い間詳細が分かりませんでした。最近、この建物が旧新大阪新聞社の一部だったことがわかり、ネット検索で少し情報が出てきました。
 大阪の居留地だった川口には、教会やミッション系の女学校など、西洋文化の建物がありましたが、神戸に中心が移されたため、居留地としての繁栄は長く続かず、川口教会とこの建物くらいしか残っていません。

 以下ネット情報を引用します。
 「木津川沿いに建つ珍しい連棟建てのアパートメント。アール・デコ風装飾をあしらい、タイルが垂直線を強調したモダンなデザイン。以前は隣に同デザインで3階建ての新大阪新聞社が建っていたが、現在は2階建ての部分だけが残っている。一部ドアや窓のサッシが取替えられたりしながらも、現在はいくつかのオフィスとして使用されている。」
 鉄筋コンクリート造り2階建て。

川口アパート
旧 新大阪新聞社 1928(昭和3)年ころ
設計・施工 : 不明
大阪市西区川口1-4-17-21
撮影 : 2006.10.15
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 ご覧のようにアパートといっても、住居として使われているような気配は感じません。その代り1階部分には小さな会社がいくつか並んでいました。昔、大阪でよくあった、1階が事務所で、その従業員の住居が2階にあるという形でしょうか。訪ねた日が日曜日でしたから、それ以上はわかりません。
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 道路を挟んだところにある川口教会から撮った写真2枚。なお、川口教会はヴォーリズではありませんが「ヴォーリズを訪ねて」で紹介しています。一部、この川口アパートの写真が重複していますが、ご容赦を。

http://gipsymania.exblog.jp/4755712
by gipsypapa | 2007-09-13 16:30 | 建築 | Trackback(1) | Comments(0)

大阪の吹田文化創造交流館 (旧西尾家住宅)

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 明治時代に建てられた純和風の住宅。主家は三つの棟で構成されています。
 、表門に向かって玄関棟と、これに平行させて二階造の母屋棟が建ち、鞘の間(さやのま)と呼ぶ渡り廊下でつながれています。さらに母屋棟と玄関棟の東側土間部分に、棟を直交させた計り部屋棟が連なっています。

旧 西尾家住宅 主家 1895(明治36)年
撮影 : 2007.4.14
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 明治時代の日本家屋にしては洋風なガラス戸です。理由は大正14(0000)年に離れを増築した際に、このような一間の畳縁に変更され、ガラス戸が備えられたとか。ガラスは全てカットガラスが使用され、武田五一の指導によるものです。
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 玄関棟:玄関の間。格式高い、特別の日や賓客を迎えるときに使われた建物です。奥の部屋は茶室「味々庵」。
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 母屋棟:客座敷 広縁、カットグラスのガラス戸を中から見ています。元々は四尺の板縁あった縁側を、大正14年に武田五一の指導によって、このような一間の畳縁に変更され、ガラス戸が備えられたそうです。
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 座敷にある鐘型の飾り。下に方位を示すような・・・何に使われたのでしょう。

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 明治の純和風の家屋ですが、灯具や釘隠しのデザインは近代的。
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 電話室。
戸口には「電話壱番」の札がかかり、吹田で最初に電話を敷設したのが当家との事。現在の電話番号も0001番です。ちなみに二番目が吹田駅前の「アサヒビール」だそうです。
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 調理場。
元は土間敷きで「かまど」が設けられていたそうですが、いつの頃か「かまど」を屋外に出し、今の姿に改造されたとみられています。三個の調理台は武田五一の設計だそうです。
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 大きな刃型開閉器を備えた配電盤に合わせて大理石の床板が貼られています。むき出しですが、個人的にはこのレトロな雰囲気が気に入りました。この調理場の改造全体に武田五一が関わっていた可能性があります。

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 他にも興味深い建物が残っています。
↑ は四腰掛(よつこしかけ) 明治39(1906)年頃
 築桂離宮にある卍亭の写しと言われ、四腰掛と宝形屋根、卍形に配された腰掛など特徴があります。
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 茶室 明治26(1893)年築
 庭園の北側に在る茶室は、茶道薮内流家元(京都市)の茶席燕庵と、同じく雲脚席の写しを組み合わせたもので、当主の号に因み積翠庵と名づけられました。
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 表門 明治36(1903)年築
 
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 最後に屋敷の塀にあるアーチ型の小さな戸口。昔、屋敷から水田に小船を出すところだったそうです。ただこの部分は明治時代ではないでしょうから、この辺にも武田五一の関わりがあるというのは考えすぎでしょうか。
by gipsypapa | 2007-05-06 22:15 | 建築 | Trackback | Comments(4)

大阪の吹田文化創造交流館 (旧西尾家住宅:洋風棟)

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 大阪の北にある吹田市に武田五一設計の住宅があると聞いて出かけました。 
 この西尾家は、江戸時代初めからある庄屋の家で、明治中期に建てられた数奇屋造りの主屋のほか離れ・茶室・土蔵・庭園など重厚な旧家の雰囲気を今に伝えています。
 何故、武田五一がこのような旧家の建物に関わったのか、行くまでは分かりませんでしたが、案内してくれたボランティアの人によると、彼の奥さんが西尾家の出だそうで納得。武田五一の設計になるこの離れは第11代当主の隠居所だったとか。大工は武田の住宅建築を多く手がけた三輪彌助だそうです。
 建物は東西の位置に二棟を平行させ、渡り廊下で結ばれています。東の手前が洋風(接客)棟で、奥の建物が和風(居室)棟です。

 なお、武田五一はこの離れを建設するときに同時に主家の改築にも関わっているそうで、その素晴らしい明治の和風家屋も次回に紹介します。

 これらの建物は現在吹田市が管理し平成17年10月から同住宅を「吹田文化創造交流館」として一般に公開しています。入場無料で素晴らしい建物の中が見れますので、関西の近代建築のファンにはお勧めです。

吹田文化創造交流館
旧 西尾家住宅:離れ 洋風棟 1925(大正14)年
大阪府吹田市内本町2-15
設計 : 武田五一
施工 : 三輪彌助
撮影 : 2007.4.14
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 外観は和風住宅ですが、内部は豪華な洋風造りとなっています。
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 使われている雨どいは昔のまま。
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 洋風棟のビリヤード室。天井は格間の広い格天井(ごうてんじょう)で、白漆喰壁に腰板が張ってあるだけの簡素な造りです。なお、さすがにビリヤード台は最近のもの。
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 奥に入ると洋風棟の応接室。この応接室には西側に出窓、南にサンルームがあり、この部屋に来ると武田五一らしさを強く感じます。
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 応接室にはの出窓の上部とサンルームを隔てる南側の窓上の欄間に素晴らしいステンドグラスが用いられています。花と鳥をあしらったアール・ヌーヴォー風の意匠です。
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 応接室に置かれている家具類もすべて武田五一がデザインまたは選択したものだそうです。以下に各種の凝った家具類をどうぞ。


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 家具類のクオリティは一流です。
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 そして応接室の真ん中にある灯具も武田五一の設計。
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 応接室の床は絨毯で覆われていますが、少し見える床の意匠も武田らしく凝ったデザインです。
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 応接室の東側にあるサンルーム。窓にはすべてカットグラスが使われていて高級感とレトロ感を醸し出しています。これらのカットグラスは武田五一がこの離れを作るときに、明治時代の主屋の改修にも使っています。次回に紹介します。
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 離れの洋風棟と和風棟をつなぐ渡り廊下。
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 この渡り廊下には、竹と桜の皮付き丸太の垂木を並べた船底天井が。
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 離れの和風棟。
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 渡り廊下の洋風等側から和風棟を見たところ。
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 離れの鬼瓦はやっぱりアール・ヌーヴォー風でした。
 公共の建物ではなく、自分の親戚に頼まれた住宅ということからでしょう。こじんまりしていますが、自由奔放に自分らしさを発揮したと思われます。武田五一の嗜好を理解するのに最適な建物ではないでしょうか。
by gipsypapa | 2007-05-04 22:31 | 建築 | Trackback | Comments(0)

大阪の商船三井築港ビル

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 天満屋ビルに隣接する商船三井築港ビル。ここも天満屋と同じように埋め立てられて3階建てが2階建てに見えます。淡い茶褐色のスクラッチタイルと煙突が特徴です。

商船三井築港ビル
旧大阪商船ビル
1933(昭和8)年
設計 : 不明
施工 : 大野組、二井工務店

大阪市港区海岸通1-5
撮影 : 2006.12.5 & 2007.3.14
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 天満屋ビルに行った帰りに前を通りかかると、ここでも写真展をやっているという看板を見つけました。Stem Gallery で「今は亡き建物たち」というタイトルでした。
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 ここが Stem Gallery の入り口。
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 今はなき大阪の近代建築をモノクロの写真で紹介してありました。ヴォーリズのパルナパ病院もありましたよ。
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 ギャラリーにいらっしゃった佐藤啓子さんと、しばしヴォーリズ談義。彼女は京都の駒井家住宅が今のアメニティ2000に渡る前にかかわっていらっしゃったとか。不思議な縁でした。
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 その後もイベントが続いていて、招待状を頂いていますが、なかなか訪れるチャンスがありません。失礼しっぱなしです。
by gipsypapa | 2007-04-16 14:52 | 建築 | Trackback | Comments(0)

大阪の天満屋ビル

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 地下鉄中央線の大阪港駅を海遊館の方角に降りて線路沿いを北に進んだところにあります。

 昼間に大阪市内に出かける用事があり、私のブログにコメントをくれる、ひろさんからご紹介があった「まちかどの近代建築写真展」を見に天満屋に行くことにしました。丁度昼時だったので昼食もここでとろうと思っていましたが、なんと行った水曜日はお休みでした。しかい、たまたま休みに立ち寄ったという奥さんがいらっしゃって、写真展を見に来たというと、快く中へ通してもらいました。

 このビルは1935年竣工当時は鉄筋コンクリート3階建てだったのですが、その後、道路そのものが嵩上げされ、当時の一階部分は半分地下になるという珍しい構造になっています。つまり、前は2階の窓だったところを玄関に改造して使っています。

天満屋 (天満屋回漕店)
1936(昭和11)年
設計 : 村上工務店
大阪市港区海岸通1-5-26
撮影 : 2006.12.5 & 2007.3.14
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 雑居ビルでしょう、協和船舶工業株式会社の看板があります。この一帯は大阪港の一角ですから、船舶や船積み会社、倉庫などが多くあります。
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 丸窓の下に天満屋が見えます。喫茶店兼スタジオです。
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 階段を上がって。
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 写真展は奥の小部屋でやっていました。ひろさんの写真を探しましたが、出展数が多すぎて見つからず。
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 喫茶室は南に面して明るい。
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 3階への階段。
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 ここを訪れたのは2回目。前回は時間がなかったせいもあり、撮らなかったアングルを今回は。実はこのアングルを撮るには反対側に歩道のない、車が多い道を渡らねばなりません。禁断の道なのです。
 どうですか、2階建てに見えますよね。なお、右に見えるビルは商船三井築港ビル。これは次回に。
by gipsypapa | 2007-04-16 00:03 | 建築 | Trackback | Comments(2)

高槻市のK邸

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 私の地元にある謎の洋館。JR高槻駅と阪急高槻市駅を結んだ直線のほぼ中央に位置します。付近は飲食店や商店街が並ぶ繁華街ですが、この一角は住宅地で突然邸宅が現れるという感じ。和風の色を残したスパニッシュ・スタイルのユニークな木造2階建て。築年や設計者などのデータはまったく不明です。見た感じは戦後の建物かも知れません。一体誰の設計なのでしょう。

 「近代建築を訪ねて温故知新」というブログにデータがありました。あめりか屋の設計だそうです。なるほど。(2009.3.10)

K邸
大阪府高槻市高槻町
築年 : 昭和初期
設計・施工 : アメリカ屋
撮影 2006.12.2 & 2007.1.1
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 東側の門からして驚くような意匠ですね。屋根瓦のみならず塀の上もスペイン瓦。庭の植木もよく手入れされています。
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 東面の北側。
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 門からアングルを変えて。ヴォーリズ建築のような煙突が見えます。
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 東の妻面には二つのアーチ窓。アーチ部分はステンドグラスです。
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 南側だけを見るとかなり和風。
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 北の妻面にはアーチ窓が一つと普通の引き戸の窓。
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 正門右横の通用門。
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 正門左横の丸いすかし穴。珍しいです。
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 塀が高いのでほとんど2階しか見えませんが、興味深い建物でした。
by gipsypapa | 2007-02-09 09:42 | 建築 | Trackback | Comments(4)

京都大学大学院農業研究科附属農園本館

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 阪急電車の高槻市駅を北に出て、ヴォーリズの大阪医科大学の前を通り、線路沿いに東へ15分ほど歩くと田園地帯の北側に京大の農園があります。門を通って北に進むと木造二階建の北欧風洋館が見えてきます。正面2階の6連アーチ窓が印象的な建物です。

京都大学大学院農業研究科附属農園本館 1928(昭和3)年
大阪府高槻市八丁畷町12-1
設計 大倉三郎
撮影 2006.12.2
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 本館以外にも興味深い洋館が2棟ありました。↓
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 本館の道を挟んだ東側にある別館。
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 別館の南側に位置する実験棟。
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 高槻市の市街地からすぐ近くにこんなにのんびりした場所があるのは初めて知りました。地元なのに灯台下暗し。農業・農学の実習の場なので、果樹園や畑、水田が広がっています。農園の敷地へは自由に入れますので、季節のいいころに弁当でも持って行くのに最適。
by gipsypapa | 2007-02-07 13:28 | 建築 | Trackback | Comments(4)