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京神倉庫

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 梅小路蒸気機関車館からJR京都駅に向かう途中に倉庫が立ち並んでいました。大正初期の起業で、間もなく創業100周年を迎える京神倉庫㈱の本社に併設する倉庫群です。色遣いが面白く目を引きました。古く見えますが、建物自身の情報はありませんでした。鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

京神倉庫
詳細不明
京都市下京区和気町21-1
撮影 : 2014.9.30
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 西側に2棟の倉庫。
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 1ブロック西側に「京神倉庫」の文字がある4棟が並んでいます。
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 こちらの建物が本社ビル。

 すぐ西側に市立梅小路小学校がありその一角を借りるような形で消防署があります。これも詳細不明です。↓
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京都市消防局下京消防署 大内分団
京都市下京区観喜寺町3
by gipsypapa | 2015-04-09 08:51 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カフェ「きんせ旅館」

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 京都の島原にはいくつか古い町屋が残っています。『きんせ旅館』は推定築後250年といわれる建物です。元と角屋と同じような揚屋として建てられたものですが、後には旅館として営業していたそうです。現在 は『きんせ旅館』という名前をそのまま引き継いで、カフェ兼地域の文化交流サロンとして営業しています。

 旅館時代に改装されたと思われるレトロで華麗なステンドグラスやタイル、当時の家具などが残されています。木造2階建て。

カフェ「きんせ旅館」
江戸中期
設計・施工 : 不明
京都市下京区西新屋敷太夫町79
撮影 : 2014.9.30
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 2階が総ガラスの引き戸になっています。これは旅館時代に改装したと思われます。
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 屋根の軒先に鐘馗様?

 華麗な内部写真を食べログから借用します。↓
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 旅館時代にダンスホールとして使った部屋です。
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 食べログにはステンドグラスの写真がありますが、タイルはありません。フォートラベル「タイルの宝庫!きんせ旅館」に美しい写真がありますので、どうぞ。

 そのほかにもいくつか古い町屋建築があります。↓
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by gipsypapa | 2015-04-05 08:58 | 建築 | Trackback | Comments(0)

輪違屋

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 こちらは揚屋です。輪違屋(わちがいや)は、現在も営業されている花街島原の置屋兼お茶屋で、当時を伝える貴重な文化遺産といえます。

 創業は1688(元禄元)年。置屋「養花楼」として始まりました。1872(明治5)年からお茶屋を兼業。かつては芸妓等も抱えていましたが、現在は太夫のみを抱え、太夫の教育の場であり、また、宴席の場として営まれています。明治初期まではここに住む太夫が揚屋まで行く道中が見られたはずです。

 現在の建物は江戸末期、安政4年に再建されたもので、1971(明治4)年にはほぼ現在の姿となったそうです。表に「観覧謝絶」の札(いわゆる「一見さんおことわり」)の札があります。京都市指定有形文化財の木造2階建て。

輪違屋
1857(安政4)年 / 1871(明治4)年改築
京都市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
京都市下京区西新屋敷中之町120-1
撮影 : 2014.9.30






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 極端に急な階段。太夫は重い着物でここを上り下りしたのでしょうか。
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 2階の「傘の間」の襖には実物の道中傘が貼りこんでありますが、撮影禁止です。↑は仕方なく入場券をスキャンしたものです。ちなみにの傘に「高」の文字が入っているのは、当主の姓が「高橋」だったということに由来するとか。
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 お庭がありますが、揚屋ではないので、坪庭といえる規模でした。
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 なぜかマリア像が彫り込まれたキリシタン灯篭がありました。
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by gipsypapa | 2015-04-03 08:23 | 建築 | Trackback | Comments(0)

角屋(角屋もてなしの文化美術館)

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 角屋(すみや)は、島原花街で営業していた揚屋(あげや)です。ちなみに花街には置屋(おきや)と揚屋がありました。置屋は芸者や遊女を抱えている家で、料亭・待合・茶屋などの客の求めに応じて芸者や遊女を差し向けるところ。揚屋は江戸時代に、客が置屋から太夫、天神、花魁などの高級遊女を呼んで遊んだ店のことです。

 1872(明治5)年まで揚屋として営業した後、お茶屋に編入されたそうです。幕末には久坂玄瑞、西郷隆盛などの勤王の志士が密議や接待に使用されていました。また、新選組もここでの遊興を楽しんだとかで、特に芹沢鴨との関わり合いは深く、1863(文久3)年にここで暴挙をはたらき、その際に出来た刀傷が今でも残っています。芹沢が殺害される直前に酒宴を開いたのも角屋でした。

 お茶屋として1985(昭和60)年まで「松の間」を宴会に使用したのち、1989(平成元)年から、1日30人限定で内部を公開していましたが、1998(平成10)年には「角屋もてなしの文化美術館」が開館して、一般公開されています。

 建物は、通りに面する表棟と中庭を挟んで建つ奥棟からなり、両者は玄関部分で接続して1棟となっています。表棟は格子造り。内玄関を入った奥棟部分の1階には、通り土間、板の間、台所、帳場、茶室などがあります。各部屋は装飾や意匠に変化をつけ、数少ない揚屋建築の遺例として、文化的価値が高く評価されています。国の重要文化財の木造2階建て。

角屋(角屋もてなしの文化美術館)
江戸中期 / 1786(天明6)年増築
重要文化財
設計・施工 : 不明
京都市下京区西新屋敷揚屋町32
撮影 : 2014.9.30
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 奥棟に上り口にある芹沢鴨ら新撰組がつけた刀傷。
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 大きな台所。
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 揚屋から茶屋になったと書きましたが、その二つ違いは、大規模の宴席に対応できる台所があるかないか・・だそうです。揚屋では宴席に出す料理を台所で作っていました。かまども焚口が多いです。現代の「料亭」の元祖といえます。一方「茶屋」では料理は作らず、外注して取り寄せます。
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 幕末の絵師、岸連山作「金地桐に鳳凰」の襖絵。
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 引き出しのある階段。2階の「扇の間」がこの時限定で公開されていましたが、別料金がいるのと、撮影禁止とのことで、見ませんでした。
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 料亭みたいなものなので、こじんまりしてはいますが、美しいお庭がありました。
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 次は置屋に行きます。
by gipsypapa | 2015-04-02 09:21 | 建築 | Trackback | Comments(0)

レストラン菊水

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 移動途中でお腹が空いてきました。7年前にアップしたことがあるレストラン菊水に入ってカレーライスを食べることにしました。7年前の記事を1部修正して再掲します。

 四条大橋の北東のたもと、南座の正面にアーチ状の塔屋がひときわ目立つビルがあります。アサヒスーパードライと京阪電車の看板。長い間京阪電車の駅舎かと思っていましたが、そうではなく地下が京阪電車の四条駅になっているためです。このビルは大正5年創業の祇園の老舗レストラン菊水で、京都の西欧料理の草分け的な店です。

 大正15(1926)年の建築。当時流行していたアールデコ、表現主義などの様式をとり入れ、装飾は簡素ですが、正面の放物線を描くアーチ状の塔屋と、縦長の窓のラインが印象的な建物です。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造り5階建て、地下1階、塔屋付き。

レストラン菊水
1926(大正15)年
登録有形文化財
設計・施工 : 上田工務店
京都市東山区川端町187
撮影 : 2007.3.4 & 2014.9.24
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 1階のレストラン・パーラーです。
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 少なくとも1階は期待したほどのレトロ感はありませんでした。2階は本格的なレストランなのでどうかな?しかし、まず行くことはないでしょう。(笑)
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by gipsypapa | 2015-03-27 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(4)

中村楼

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 四条通から八坂神社の南側を歩いて大雲院を目指して歩いているときに見つけた料亭建築。調べると創業450年の歴史を持つ中村楼でした。

 ネット情報では室町末期に門前茶屋として創業。名物の田楽豆腐などを供すようになり、江戸末期から料理茶屋になり、明治維新の頃には屈指の京料理店として知られ、宮家、政財界、文人墨客などが集うようになったそうです。

 明治期の料亭建築の本館と総檜造りの貴賓館とを結ぶ、渡り廊下があるそうです。また尾形光琳の襖絵をはじめ、随所に配された著名な作家の書画からも、その歴史と格調の高さが窺えるとあります。二軒茶屋といわれる門前茶屋では抹茶、甘酒、おしるこ、軽食、茶屋ソフトクリームなどの甘味も楽しめるらしいので、庶民はこっちでしょう。木造2階建て。

中村楼
明治期
設計・施工 : 不明
京都市東山区祇園町南側509
撮影 : 2014,9.29
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 高級料亭なので、一生中に入ることはなさそうです。したがって例のごとく食べログにあった写真を借用します。↓
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 これらも食べログにある外観写真。↓ 玄関は八坂神社の鳥居をくぐった境内にあります。
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 さすがに京都にはまだまだ知らない歴史のある料亭が残っています。これが他の都市だったら、逆によく知られているはずです。
by gipsypapa | 2015-03-25 09:23 | 建築 | Trackback | Comments(2)

キャピタル東洋亭本店

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 地下鉄北山駅の西、京都府立植物園の北側に歴史を感じさせる欧風のレストラン東洋亭があります。

 東洋亭は京都で有名な南欧料理の老舗。1897(明治30)年に河原町で創業し、今の北山に移ったのは1966(昭和41)年です。カフェスポットとしても有名で、南欧風の外観は町のシンボルとして親しまれているそうです。鉄筋コンクリート造り、3階建。

キャピタル東洋亭本店
1966(昭和41)年
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂岩ケ垣内町28-3
撮影 : 2014.9.12
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 食べログにある店内写真をいくつか借用します。 ↓
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by gipsypapa | 2015-03-18 09:00 | 建築 | Trackback | Comments(2)

神戸煉瓦倉庫

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 神戸ハーバーランドの入り口にあるホテルで親類の結婚式があり、前日から1泊しました。ついでに久しぶりにハーバーランドを散歩。

 一角にある煉瓦倉庫レストラン街は、神戸港にある明治時代の赤レンガ倉庫2棟を再利用。したショップやレストランが入る施設です。

 明治31年ころ建造された日本貿易倉庫といわれ、1987(昭和62)年まで神戸港にと到着する靴や電気製品などの貨物の上屋倉庫として使用されていましたとか。当時5棟あった倉庫のうち海側に位置した2棟が現在残っている煉瓦倉庫です。神戸市指定景観形成重要建築物の煉瓦造り、平屋建て。

神戸煉瓦倉庫
旧日本貿易倉庫
1898(明治31)年
神戸市指定景観形成重要建築物
設計・施工 : 不明
神戸市中央区東川崎町1-5
撮影 : 2014.9.5
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 煉瓦はイギリス製で、積み方もイギリス積みです。
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 周辺は港湾の名残と・・・
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 エルビス・プレスリーの銅像。
by gipsypapa | 2015-03-09 08:39 | 建築 | Trackback | Comments(2)

有限会社キヨエ(北海道テザック社代理店)

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 大町に方形屋根の洋館があります。ネットで検索すると北海道テザック社としていくつか出てきます。元は明治商会という米穀、雑貨、金物の卸売問屋だったそうです。明治商会というからには、明治時代の創業かとも思いますが、この建物はそこまでは古くないように見えました。木造2階建て。

有限会社キヨエ(北海道テザック社代理店)
旧明治商会
詳細不明
釧路市大町4-1-1
撮影 : 2014.8.24
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 「(株)デサック代理店 有限会社キヨエ」の看板があります。ロープなどの船具の会社みたいです。とはいえ、今も営業しているんでしょうか?
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 これで釧路は終わります。さらにレトロ建築もこれまで。明日から北へ向かい、あと3泊しますが建物探索はなしです。というか見る対象が存在しないのです。明日からは自然のみの家族サービス。しばらくは単なる旅行記がしばらく続きます。
by gipsypapa | 2015-03-03 09:02 | 建築 | Trackback | Comments(4)

洲崎町なつかし館蔵

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 大正初期に建てられた蔵を利用して、洲崎町なつかし館『蔵』という明治から昭和にかけての生活用品や雑貨など約3万点を収蔵して展示しています。

 ネット情報によると、一時は「解体の案も出たそうですが、建築史の専門家の支援、継承者の情熱、理解者の市民の熱意で、蔵の保存と保存を支援する会の組織化のうえに蔵の公開、継承所蔵品の展観、くわえて生活文化財コレクションの開示が見事に実現しました。」とのことです。土蔵造り、平屋建て。

洲崎町なつかし館蔵
旧佐々木米太郎商店
1915(大正4)年
設計・施工 : 不明
釧路市大町6-3
撮影 : 2014.8.24
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 予想通り閉まっています。日曜日はオープンのはず。遅すぎたのかと思ったら、臨時休館の札が下がっていました。
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 折れ釘。蔵などのとっかかりのない建物の修理の時に足場かけに利用するものです。
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by gipsypapa | 2015-03-02 09:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)