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石蔵酒造 博多百年蔵

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 御笠川の東側にある造り酒屋の石蔵酒造(いしくらしゅぞう)。

 その歴史は石蔵酒造のHPでは、黒田家の播州播磨時代からの御用商人であった「石蔵屋」が関ヶ原の戦いでの功績により、黒田官兵衛・長政親子が筑前福岡藩主の命を受けた際に帯同して博多入りし、博多商人としての歴史が始まったそうです。江戸時代の石蔵屋は、主に博多~壱岐・対馬間の廻船問屋を営んでいましたが、江戸時代後期になり酒造業にも参入したとか。

 145年に亘ってその歴史を受け継いできた博多百年蔵。白壁土蔵にレンガの煙突をもつ佇まいは、街の景観のランドマークになっています。現在の酒蔵は石蔵屋の第2酒造場として、明治3年に建造されたもので、博多百年蔵といわれています。事務所兼主屋は大正期、西倉と旧精米所は昭和初期の築でいずれも国の登録有形文化財です。現在は造り酒屋をしながら、ウェディングや食事処、貸しホールなども手広い事業を手掛けています。

 2011(平成23)年10月8日に漏電による火災があり、新聞記事を見た記憶があるので、どうなっているか心配しましたが、小屋組みが焼け残っていたとかで、それらを生かしながら、翌年の始めには再建、再生したそうです。実際に、内装は新しい気はしましたが、違和感はなく良い雰囲気でした。

石蔵酒造 博多百年蔵
1870(明治3)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
福岡市博多区堅粕1-30-1
撮影 : 2015.1.19
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 細長い敷地です。この辺は西倉と精米所でしょう。
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 主屋が見えてきました。
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 明治の建物の主倉。
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 小瓶をお土産に買いました。
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 博多編はこれで終わります。
by gipsypapa | 2015-08-03 09:18 | 建築 | Trackback | Comments(16)

福岡市博多の「みやけうどん」

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 商人の街、呉服町にあるうどん屋の「みやけうどん」。存在は知っていましたが、今回、お寺巡りの途中に初めて行きました。

 全国的には博多ラーメンが有名で、うどんはあまり知られていませんが、もう一つの博多の味なのです。先にアップした承天寺に「饂飩蕎麦発祥之地」の石碑があるように、歴史は古く、福岡のソウルフードです。

 みやけうどんの創業は1954(昭和29)年。親子2代にわたって変わらない味を伝えています。建物は大正時代に建てられたそうで、民家を改造したようです。木のカウンターや足が床に固定された椅子など、どれも年季が入っていて味わい深いです。木造2階建て。

みやけうどん
大正期
設計・施工 : 不明
福岡市博多区上呉服町10-24
撮影 : 2015.1.19
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 奥の左に調理場とカウンター席。右側にテーブル席があります。
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 このテーブルで食べました。ちなみにすり鉢が見えますが、ネギの刻みが入っています。食べ放題です。
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 この絵は誰?デューク・エリントン?ハンク・モーブレイ?
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 山笠のポスター。博多です。
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 三宅さん。2代目です。

ここから博多のうどんについて
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 福岡市に生まれ育った者にとってはラーメンとうどんはなじみ深いものです。自分が若かった時代には、特にお昼に外出した時に、このどちらかを食べるのが一般的でした。ラーメンはどちらかというと男性、うどんは女性客が多いのは店の雰囲気からくるものでしょう。

 各地のうどんを食べましたが、博多うどんは他にはない特徴があります。その一つは麺です。太めの柔らかい、コシの弱い麺を使います。

 全国的に有名な讃岐うどんはその腰の強さが売りなのですが、博多うどんは正反対。腰がなく、ほとんど噛まずにすすりこむのです。歴史的に商人の街博多では、時間がない商人たちが素早く食べられるように、ゆで置きの柔らかい麺のうどんが主流になったといわれています。また、軽食として食べられていたため、消化の良い柔らかい麺が好まれたという説もあるとか。

 とはいえ、つゆは熱いので急いで食べられるわけでもなく、後付の説でしょう。ただ九州のうどん粉は、他の地方の小麦と比べてタンパク質が少なく、コシが出にくいというのは説得力があります。

 もう一つの特徴は出汁です。つゆは透明で、煮干、サバ節、鰹節、アゴ(トビウオ)、昆布などを使ってだしをとり、塩と薄口しょうゆを入れて仕上げます。この味が他の土地にはなく、なんとも美味しい。

 関東の黒い醤油の香りが強いつゆは、蕎麦にはぴったりですが、うどんには色といい、味といいマッチしません。関東の麺はそれほど腰があるわけではありませんが、博多よりは硬めです。

 大阪は讃岐うどんの進出で、本来の大阪うどんは少なくなった感がありますが、麺の硬さは東京と似ています。出汁はカツオベースの塩と薄口しょうゆの上品な味ですね。

 讃岐うどんは、麺に注力していますし、麺自体は美味しいのですが、つゆは力強さに欠ける薄味。ということから釜揚げやぶっかけなど、つけ出汁が多くなってしまいます。私が高松に行ったときは、肉うどんを食べることが多いです。これは出汁が弱すぎるので、肉の甘辛さを加味したら丁度良い加減になるからです。

 その意味で博多うどんは理想的なうどん、というのは故郷ひいきのしすぎかも。実は私の妻は香川県生まれ。当然、讃岐うどんしか認めていません。博多でうどん屋に入っても蕎麦を頼みます。このうどん県人の心の狭さはなんとかなりませんかね。(笑)
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 博多うどんの特徴的なトッピングにはエビ天や・・
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 ゴボウ天、いわゆるかき揚げ状のものがあり、店によってゴボウやエビの大きさ切り方が違います。食べているうちにかき揚げのつなぎがつゆに溶け出して、絶妙の味になります。
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 さつま揚げ風の丸天もポピュラーです。
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 うどんは量が多くないので、うどんだけでは不足する人は、お昼はこのほかにご飯ものを付けるのが一般的。稲荷ずしや・・・
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 「かしわおにぎり」。鶏肉、ゴボウ、ニンジンなどが入った炊き込みご飯を握ったものがポピュラーです。

 私の時代は、「因幡うどん」、「英ちゃんうどん」や「大福うどん」とかでよく食べました。これらは今も営業していて、市内に数軒の店を出しているようです。
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また最も古く有名な「かろのうろん」が中州川端にあります。「角の饂飩」がなまったものです。普段は行かない地区にあるので、子供の時以来、最近久しぶりに入りました。典型的な博多うどんで、店もレトロな雰囲気でよかったのですが、残念ながら店内は撮影禁止でした。ところが食べログで見ると内部もうどんも写真が満載。どうなっているんでしょう?

 福岡を離れてうん十年。年に何度かは帰省していますが、街に出て食事という機会がなくなりました。今はうどん屋の数も多く、チェーン店もあり、ソウルフードとしてのうどんは健在、というよりさらに勢いを増しているようです。皆様も福岡に行く機会があれば、ラーメンとうどんはハシゴをしてでも食べてみてください。

 ちなみに蕎麦談義も神田藪蕎麦でやっていますので、こちらもどうぞ。
by gipsypapa | 2015-07-31 09:18 | 建築 | Trackback | Comments(6)

住吉神社能楽殿

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 住吉神社の境内に能楽殿があります。昭和13年(1938年)に福岡や北九州の経済界や能楽愛好家有志の寄付によって建てられたものだそうです。全国の能楽関係者から「大阪以西なら住吉」と称賛されるほどに、西日本有数の名舞台として親しまれてきたとか。現在は能楽の他にも、コンサートや講演会、記者会見などにも利用されています。

 能楽堂なので、外から眺めただけでは、価値がわかりませんが、中には総ひのき造り、橋懸かり五間の舞台があり、国産ひのきの1枚板に鏡板には水上泰生画伯の手による松の姿、そして床下には音響効果を考えられて数個の甕(かめ)が置かれているそうです。また客席は現在では珍しい桟敷になっているとか。福岡市有形文化財指定の貴重な文化施設です。

住吉神社能楽殿
1938(昭和13)年
福岡市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
福岡市博多区住吉3-1-51
撮影 : 2015.1.19
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 この方向からしか見ることができません。また閉まっていることもあり、文化財の価値はわかりません。
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 最初は向う側にある和風建築が能楽殿かと思っていました。
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 実際は社務所別館という建物で、結婚式場にも利用されるそうです。
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 この建物も趣があるし、古そうですが、現場にもネット上にも建物の情報はありませんでした。
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 手前の広場に土俵があります。

 能楽殿の内部写真がネットにありましたので、アップします。↓↓
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by gipsypapa | 2015-07-17 08:56 | 建築 | Trackback | Comments(4)

築地の看板建築

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 築地の町には、いわゆる看板建築が多くあります。今までアップした銅板貼り以外のものをいくつか紹介します。

東京都中央区築地6 & 7
撮影 : 2014.11.16
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by gipsypapa | 2015-06-05 09:05 | 建築 | Trackback | Comments(2)

宮川食鳥鶏卵

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 宮川食鳥鶏卵は関東大震災以降の看板建築の一つ。創業は1901(明治34)年の食鳥鶏卵専門店です。今も現役で、鶏肉の卸業が本業ですが、店頭にて小売りも行っているそうです。

 角地に建ち、角を切り落として入り口にした3階建て。壁は銅板貼りで、壁の文字など昭和初期の商店の雰囲気を残しています。最上部のパラペットのデザインもユニーク。景観上重要な建造物として東京都選定歴史的建造物に認定されている、木造3階建て。

宮川食鳥鶏卵
1929(昭和4)年
東京都選定歴史的建造物
設計・施工 : 不明
東京都中央区築地1-4-7
撮影 : 2014.11.16
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 上から「諸鳥」、「鶏卵商」、「宮川商店」。むむむ、諸鳥という日本語は初めて。
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 閉まっていたので、中は覗けませんでしたが、ネットに定価表の写真がありました。安いのかな?
by gipsypapa | 2015-06-04 11:05 | 建築 | Trackback | Comments(4)

築地鉄板焼 Kurosawa

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 築地の新大橋通りから路地を覗くと、切妻が二つある大きな和風建築が見えました。普通の住宅かと思いましたが、近づくとKurosawaという看板。調べると築八十年の民家を改装して、旬の魚介、黒毛和牛や無農薬・有機栽培の野菜などを素材にしたフレンチスタイルの鉄板焼のお店Kurosawaでした。木造2階建て。

築地鉄板焼 Kurosawa
昭和初期
設計・施工 : 不明
東京都中央区築地2-9-8
撮影 : 2014.11.16
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 以下はネットにあった内部写真です。 ↓
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by gipsypapa | 2015-06-03 09:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

築地のトラヤ薬局

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 築地に残る大正期の看板建築です。2階のアールデコ風の窓周りが斬新でおしゃれ。1階の引き戸は木製のままでした。木造2階建て。

トラヤ薬局
大正末期
設計・施工 : 不明
東京都中央区築地2-9-6
撮影 : 2014.11.16
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by gipsypapa | 2015-06-02 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(2)

築地の旧ワカマツヤ洋品店

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 こちらも銅板建築。瓦葺の方形屋根の和風住宅に銅板を貼り、2階はユニークな洋風な手すりのベランダがあります。元は洋品店で、一時的に「ぎゃらりー若松屋」となっていたらしいのですが、シャッターが下りていて、何の表示もありません。木造2階建て。

旧ワカマツヤ洋品店
1930(昭和5)年ころ
設計・施工 : 不明
東京都中央区築地6-12-3
撮影 : 2014.11.16
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by gipsypapa | 2015-06-01 08:51 | 建築 | Trackback | Comments(2)

御蔵前書房

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 都営浅草線の蔵前駅に向かう途中で見つけた古書店、御蔵前書房(おくらまえしょぼう)。「大江戸・大東京関係・相撲文献」という看板が強烈です。

 御蔵前書房のHPによると、「江戸幕府の諸資料から庶民芸能のオリジナル資料、古文書・和本・草稿・書簡・書籍・雑誌・錦絵・版画などなど、在庫の充実を目指しております。特に国技の相撲の分野には、在庫目録に掲載できないもの多く、お問い合わせください。」とあります。

 蔵前といえば昭和60年まで国技館があって、両国に移転するまでは相撲の町として栄えたところ。なるほど。

 建物はいわゆる看板建築で、古い下見板張りの壁に落下防止のネットが張ってあります。淡い緑色の縦板がネットを固定するために追加されたようです。建物の詳細は見つかりませんでしたが、戦後の築らしいです。木造2階建て。

御蔵前書房
詳細 : 不明
東京都台東区蔵前3-12-10
撮影 : 2014.11.16
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by gipsypapa | 2015-05-26 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(2)

宮津の旧三上家住宅

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 宮津にある国の重要文化財、旧三上家住宅は、江戸時代に酒造業、廻船業や糸問屋などを営んでいた宮津城下有数の商家「元結屋(もっといや)三上家」の住宅でした。

 河原町通りに面して屋敷を構え、主屋を中心に、南側に新座敷、庭座敷がつながり,北側には釜場と酒造蔵などを配置。主屋を含めて8棟が国の重要文化財に指定されています。

 また、敷地の南隅に日本庭園があります。天保8年(1837)に増築された庭座敷棟から、南方向へ望む位置にあり、家伝では、宮津藩御用庭師の江戸金の作庭と伝えられているとか。

 古文書などから、主屋は天明3年(1783)の宮津大火で類焼したため,同年中に、新座敷は文政3年(1820),酒造蔵は文政13年(1830),庭座敷は天保9年(1838)の築とわかるそうです。

 主屋の外観は美しい白壁の造りで、徹底した防火構造の採用や隅扇垂木の軒廻りなどに特色があるといわれ,貴重な遺構です。別棟で建つ座敷棟などの接客空間は非常に質の高い、贅を尽くした上質なつくりで、見どころの多い建物でした。主屋は国の重要文化財の木造、入母屋造りの平屋、一部2階建て。

旧三上家住宅
1783(天明3)年以降
重要文化財
設計・施工 : 不明
作庭 : 江戸金(宮津藩御用庭師)
宮津市河原1850
撮影 : 2014.10.28
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 主屋の玄関を入ると店舗だったところでしょう。帳場が受付になっています。
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 すべての重要文化財の建物は江戸時代の築です。
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 酒造りをしていたので、釜場があります。
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 大天橋という銘柄の酒を造っていたようです。宮津なので天橋立から命名されたわけです。
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 三上家のものではないようですが、古いポスターが飾ってありました。
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 座敷棟です。三上家庭園は京都府指定名勝です。
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 池が縁先をめぐるかたちで細長く蛇行しています。庭園の中核には低めの築山があり、庭座敷側とは反りのある切石の橋で結ばれています。
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 宮津藩御用庭師の江戸金の作庭です。
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 座敷棟の部屋を回ります。
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 江戸時代とは思えないほど、よく手入れされています。
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 使われている木材やすべての調度品は、素人目にも一流品。
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 仏壇。高級材に漆で模様が描かれています。
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 天井板もすごい。
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 座敷等の各部屋にはそれぞれ異なる模様の釘隠しが打たれていて、細かいながら見どころ。
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 これらはその一部です。
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 予想以上に素晴らしい文化財でした。宮津を観光するときはぜひ訪ねてみてください。
by gipsypapa | 2015-05-13 08:59 | 建築 | Trackback | Comments(2)