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田辺市の旅館紀乃國屋

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 これも街かどで見つけた古そうな建物。旅館紀乃國屋という看板があります。いかにも小さな旅館らしい風情をしていますが、2階は雨戸が閉まっていて、休業しているようです。木造2階建て。

旅館紀乃國屋
昭和初期か?
設計・施工 : 不明
田辺市南新町46
撮影 : 2013.11.27
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by gipsypapa | 2014-05-18 10:26 | 建築 | Trackback | Comments(0)

田辺市の池田写真館

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 偶然見つけた一風変わった店舗。寺社のような円形破風に植物の葉っぱのようなレリーフが見えます。「寫真館」のロゴが戦前の建物であることを示唆しています。とはいえ、看板自体は新しそうですが。右側が現役の写真店で、左側は喫茶・軽食「つくし」です。木造平屋建て。

池田写真館
昭和初期か?
設計・施工 : 不明
田辺市上屋敷1-5-14
撮影 : 2013.11.27
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by gipsypapa | 2014-05-17 11:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)

田辺市のララ・ロカレ「RaRaLocale」

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 当初は警察の庁舎だった建物。その後も図書館、市教委など各種の庁舎として利用され、ちょっと前までは田辺市の中部公民館でした。現在はララ・ロカレというパンとパスタのカフェになっています。

 こじんまりしていますが、庁舎らしい左右対称のファサード。戦後の設計なので、全体は装飾を抑えたモダニズム建築といえますが、中央部のペディメントやモルタルで石造り風に見えるように、部分的には様式主義の手法も取り入れています。木造2階建て。

ララ・ロカレ「RaRaLocale」
旧田辺市中部公民館
1949(昭和24)年
設計・施工 : 不明
田辺市上屋敷2-6-7
撮影 : 2013.11.27
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by gipsypapa | 2014-05-16 20:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)

田辺市の旧木津医院

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 市街地にある洋館。現在は閉まっていますが、木津医院という開業医だった昭和初期の建物です。ハーフティンバー風で左右非対称のファサード。2階にペディメントのある窓を張り出した特徴のある形状です。木造2階建て。

旧木津医院
1918(昭和3)年ころ
設計・施工 : 不明
田辺市中屋敷町90
撮影 : 2013.11.27
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 隣に木津医院をコピーしたような店舗があります。「ぽぽら銀座」という平成22年完成したテナントビルです。
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 右側がパン屋の看板がある「ぼぼら銀座」。左奥が木津医院です。
by gipsypapa | 2014-05-14 08:33 | 建築 | Trackback | Comments(6)

田辺市の赤別荘

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 市街地にある大正時代のレトロでお洒落な洋館。地元では赤別荘として知られる貿易商の別邸として建てられた住宅です。一時期は民宿として使われたことがあるそうですが、今は個人の住宅になっています。

 赤い瓦を葺き下ろした屋根に大小の屋根窓を見せた凝ったデザイン。非対称な位置に2階まで突き出した煙突とハーフティンバー風の妻面が見どころの木造2階建て。

赤別荘(MY邸)
旧長井邸
1919(大正8)年
設計・施工 : 不明
田辺市下屋敷町51
撮影 : 2013.11.27
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by gipsypapa | 2014-05-13 09:07 | 建築 | Trackback | Comments(2)

JR紀伊田辺駅

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 新宮市から田辺市へ移動。ここで1泊しました。まずは玄関口のJR紀伊田辺駅です。この駅は旧国鉄時代に紀勢西線の南部駅からこの駅まで延伸されたときに国鉄紀勢西線の紀伊田辺駅として開業し、初めは終着駅でした。現在はJR紀勢本線の主要駅の一つで「特急くろしお」を含むすべての定期列車が停車します。

 駅舎は赤い寄棟屋根に小さな二つの屋根窓のあるお洒落な駅舎。非対称の位置にペディメントのある玄関を配した洋風建築です。昭和初期としては斬新なデザインで、当時「スマートな白亜の建物」と呼ばれたのが納得できます。色々改修は行われたとは思いますが、木枠の縦長窓など、当時の姿をよく留めています。木造平屋建て。

JR紀伊田辺駅舎
1932(昭和7)年
設計・施工 : 不明
田辺市湊961
撮影 : 2013.11.27
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 駅の横にあるパン屋です。駅舎と同じデザインを採用。赤いとんがり屋根にハーフティンバーの妻面を見せています。
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 駅の玄関わきには田辺三偉人。世界的な博物学者「南方熊楠」、合気道の創始者「植芝盛平」、歴史上の豪傑「武蔵坊弁慶」がいます。弁慶さん以外はあまり知られていない、意外な人物です。
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 植芝さんは知る人ぞ知る。合気道の創始者で、日本より海外の方によく知られているようです。
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 耐震化の問題で取り壊し、移転が議論されているようです。保存案もあるようですが費用の問題で困難ではないかといわれています。行く末が心配な駅舎です
by gipsypapa | 2014-05-12 09:03 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

新宮市を歩く

 熊野川の河口にあり、熊野三山の1つ、熊野速玉大社の門前町として、また熊野本宮大社への入口に位置し、熊野川の舟運を利用した木材の集散地で栄えた町です。近代は船から車や鉄道の世の中に変わり、縮小傾向にありますが、今でも、熊野地方(旧牟婁郡)の中心的な都市の1つです。

熊野速玉大社
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 先に紹介した佐藤春夫記念館が境内の一部を借りている、熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)は、和歌山県新宮市新宮1にある神社で熊野三山の一つです。また2004年(平成16年)7月に登録されたユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の構成資産・大峯奥駈道の一部になっています。

 社殿は明治時代の築だと思われますが、数々の座像などの国宝や重要文化財があるそうです。

熊野速玉大社
和歌山県新宮市新宮1
撮影 : 2013.11.26
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川原家横丁
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 熊野速玉大社を出たところにある川原家横丁。昔の雰囲気あるお土産物屋さんが数件並んでいます。
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 説明書きの立て看板の解説です。
『 江戸時代から昭和初めまで、熊野川河口近くの権現川原には、川原家(かわらや)と呼ばれる家が百数十軒も立ち並んでいました。この家は、釘を一本も使わず、組み立て・解体が簡単にできるようになっていました。

 熊野川の大洪水で川原が水没する前に解体して、船町(速玉大社横の町並み)の避難場所である上り家(あがりや)と呼ばれるところへ運び、水が引くと、再び元の場所へ戻し組み立てました。

 水が出ると流失の危険がある川原へ全国でも珍しい町並みが形成されたのは、筏流しや三反帆と呼ばれる生活物資を運ぶ小舟がすべてこの川原に着いただけでなく、関東・東北方面から来る巡礼や熊野三山参詣者、さらには近在の三重県側の人々も成川の渡しを利用し、権現川原へやってきたからです。
 
 多くの人々で賑わう川原には、宿屋・鍛冶屋・散髪屋・銭湯・飲食店などがあり、ここへ来れば何でもそろう町が形成されたのです。

 戦後、ダムができ、熊野大橋や道路が整備され、生活物資の運搬も楽になりましたが、昔ながらの筏流しも成川の渡しも消え、川原町は昭和20年代になくなりました。』
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方形屋根の洋館
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 国道42号線沿いに古い洋館があります。もとは住居だったかもしれませんが、玄関部分は木の扉で完全に閉鎖されていて、道路側に観光案内の看板が立っています。
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スズヤ時計店
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 西村記念館からJR新宮駅に向かう途中の商店街にこんな建物があります。2階の両側にあるタイルの縁取りに木枠のガラス窓がレトロです。

スズヤ時計店
昭和初期か?
設計・施工 : 不明
新宮市新宮7639-1
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おふくろの味「みか」
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 同じ商店街にある古そうな建物。 このあと駅前で昼食をとってから、JRで田辺市へ向かいます。
by gipsypapa | 2014-05-11 09:14 | | Trackback | Comments(2)

新宮市の旧チャップマン邸

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 西村記念館の近くにもう1軒、西村伊作が設計した住宅があります。西村が自邸を建てた後に、親しく交流したアメリカ人宣教師のチャップマンの住宅として自宅のすぐ近くに建てたものです。戦後の一時期に旅館として利用されたとかで、その頃に増築されているそうです。

 青緑色のスペイン瓦にドーマー窓。モルタル吹き付けの壁の洋館。見どころは正面左奥に見える玄関部で、アーチ型のポーチは西村伊作らしいセンスの良さを感じます。

 建物は長く空き家になっており、老朽化で傷みが激しく、家主が個人で維持管理していくことが困難と判断。最近、手放すことを決断して、現在は市内の不動産店が管理しているそうです。解体の危機にあることから、「西村記念館を守り伝える会」による保存活動や陳情が行われています。すぐそばなので、西村記念館とペアで一般開放できるようになれば、理想的ですね。木造2階建て。

旧チャプマン邸
1926(大正15)年
設計 : 西村伊作
施工 : 不明
新宮市新宮7678
撮影 : 2013.11.26
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 正面部分は特徴のない住宅に見えます。旅館の時代に大きく増築されたそうです。屋根が緑のスペイン瓦ではありません。
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 道路側は石垣。祠のようなものがあります。
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 奥に見える玄関部。
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 想像するに、1枚目の青緑の屋根の部分が西村伊作が設計した、オリジナルの部分でしょう。
by gipsypapa | 2014-05-09 09:13 | 建築 | Trackback | Comments(7)

新宮市の西村記念館

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 新宮市のお目当ての一つ、西村記念館。このブログですでに倉敷にある日本基督教団倉敷教会若竹の園保育園舎幼児保育棟若竹の園保育園舎事務室棟を紹介した西村伊作の自邸です。

 ここ和歌山市新宮町に生まれた西村伊作(にしむら いさく1884 - 1963)は日本の教育者。文化学院の創立者としても知られるとともに、大正、昭和を代表する、建築家、画家、陶芸家、詩人、生活文化研究家など自由闊達に、鮮烈に生きた人物でした。

 自由な考え方は、建築設計にもいかんなく発揮され、そのころ新たに興った住宅改良の動きの中で、家族本位の文化的なライフスタイルを目指した作品といわれています。当時としては画期的だった、居間を中心とした間取りや、自から工夫した上下水道の設備、実用的でシンプルな家具など、楽しく心地よく暮らために工夫した近代的な住宅です。

 外観は洋風住宅ですが、構造的には従来の日本の木造建築。内部は1階が居間と食堂、2階には寝室と浴室を配置した、アメリカの住宅を倣ったものだとか。

 西村伊作の建築設計はすべて独学だったそうで、ほとんどはアメリカの雑誌や本から知識を得ていたそうです。そういう意味ではほぼ独学で多くの建築を残したW.M. ヴォーリズと同じで、作品的にも共通した匂いを感じます。この住宅は郊外型住宅の初期の遺構として高い歴史的価値を有することから、国の重要文化財に指定された、木造2階建て。

西村記念館
旧西村家住宅(西村伊作邸)
重要文化財
1914(大正3)年
設計 : 西村伊作
施工 : 岡崎松次郎
新宮市新宮7657
撮影 : 2013.11.26
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 佐藤春夫記念館で見た門と同じデザイン。
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 評価が分かれるところかもしれませんが、洋館として感じる違和感は、軒先から下がっている雨よけの幕板。「ガンギ」という、紀伊半島南部の山間の民家で見られる方式で、伊作の故郷へのこだわりが垣間見えます。
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 1階の南側には日当たりのよい居間。中央の家具は伊作オリジナルデザインのもので、センスの良さを感じます。
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 食堂。居間とガラス戸を挟んで部屋続きになっています。当時では先進的な家族本位の住宅を目指したのがわかる間取りです。
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 食堂の東側にあるベイウィンドウ。
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 ガス灯が残っています。
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 古ぼけた皮鞄。D. Oishi と書いてあります。父方の叔父だった大石誠之助(アメリカ留学後医師になり、大逆事件で刑死)の遺品でしょうか。
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 台所の造りつけの食器棚も伊作のオリジナル。
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 2階に上がります。
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 洋間の寝室。
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 もう一つの寝室は畳に床の間がある和室。
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 2階には浴室があります。
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 屋根裏も見せてもらいました。
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 屋根の支持構造は和風です。
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by gipsypapa | 2014-05-08 11:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

新宮市の丹鶴ダンス教室

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 羽根学園の南に隣接する洋館は丹鶴(たんかく)ダンス教室です。南側を走る国道42号線沿いにあった、明治末期に建てられた旧新宮郵便局を移築したもの。

 明治の洋風建築らしいライトブルーの横羽目板貼りの壁に、上げ下げ窓。 飾り板付きの玄関など和風の意匠も取り入れています。木造2階建て。

丹鶴ダンス教室
旧新宮郵便局
1905(明治38)年
設計・施工 : 不明
新宮市新宮7683-54
撮影 : 2013.11.26
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 この日は人の気配はありませんでしたが、ダンス教室は続いているのかな。
by gipsypapa | 2014-05-07 10:01 | 建築 | Trackback | Comments(2)