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永専寺山門

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 一夜明けて最後の日。飛行機の時間まで網走市内を散策しました。

 博物館網走監獄の正門はすでに紹介しましたが、博物館の方は1924(大正13)年。こちらはその前の1912(明治45)年のもので、永泉寺に山門として払い下げられました。両脇のドーム屋根の番所は、煉瓦造りと木造の違いがありますが、形状は博物館と同じです。

 ネット情報によると、『石川県生まれの僧侶永法専は、未開地の布教のため1889(明治22)年網走に赴き、翌年網走刑務所の教誨師を務めた後、「慈恵院」を開設しました。釈放者を引き取り更正に導くためで、彼はこの仕事に一生を捧げました。』とあります。払い下げられたのは、この関わりからでしょう。網走若葉幼稚園が併設されています。網走市有形文化財。

永専寺山門
旧網走刑務所正門
1912(明治45)年 / 1922(大正11)年移築
網走市有形文化財
設計 : 司法省
施工 : 不明
網走市南6条東2-9
撮影 : 2012.8.28
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by gipsypapa | 2013-07-08 14:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

能取岬灯台

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 網走監獄を見て廻ったあと、まだ日暮れまで時間があったので、空港でもらったパンフレットにあった能取岬(のとろみさき)まで行ってみました。

 能取岬は網走国定公園に含まれ、アイヌ語の「ノッ・オロ」(岬のところ)に由来するとか。岬は標高40m程度の高台にあり、断崖絶壁がせり出して、オホーツク海を一望に見渡せるロケーションにあります。冬には一帯に流氷が着岸し、高台の上からは流氷を遠くまで見渡せることから流氷の名所ともなっているそうですが、今は夏。とはいえ、かつては美岬とも呼ばれ、岬の周囲は馬や牛の放牧された網走市営の美岬牧場が広がり、能取岬灯台が建つ美しい風景が広がっていました。

 岬に建つ灯台は高さ約21mで、1917(大正6)年に初点灯されました。白黒の帯に塗り分けられた八角形のコンクリート造り。

能取岬灯台
1917(大正6)年
設計・施工 : 不明
網走市美岬
撮影 : 2012.8.27
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 こちらは能取岬にあるオホーツクの塔というモニュメント。
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 見渡す限り緑の草原。
by gipsypapa | 2013-07-05 13:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 哨舎

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 明治13年に内務省が制定した図式に基づいて、全国各地の刑務所では、出入り口や作業場などに哨舎という見張所を設けて、外部からの進入や受刑者達の行動を監視していました。

 各刑務所で形は様々でしたが、この哨舎は所内に8か所設置されていました。ここに移築した哨舎は昭和60年頃まで実際に使用されていたものです。


博物館網走監獄哨舎
旧網走刑務所哨舎(移築復原)
1912(明治45)年/1992(平成4)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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 鏡橋入口哨舎、鏡橋出口哨舎、西門哨舎、裏門哨舎の4棟が2012年に国の有形文化財に登録されました。いずれも同じ形なので、撮った写真のどれが何に該当するか、わからなくなりました。

 これで網走監獄を終わり、網走市内を見ます。
by gipsypapa | 2013-07-04 13:14 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 教誨堂

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 この建物は教誨事業の行われた講堂です。教誨とは教えを諭すということであり、受刑者に対して行う精神的、倫理的、宗教的な教化指導のことです。

 建物は、総瓦葺き入母屋造り重厚な屋根を持ち、内装は、漆喰を用いて天井に装飾を施し、シャンデリアを釣り下げた「和洋折衷」の建築様式です。受刑者は、「神の宿るところだから」と、刑務所内どの建物よりも精魂込めて作ったと言われています。

 戦後は、正面に設けられた仏壇は撤去されて講堂と名を改め、免業日(作業のない日)に映画を見せたり、慰問公演がおこなわれていました。また冬の長い地方ですので、野外運動場が使えなくなると、体育館のような使い方もされていました。


博物館網走監獄教誨堂
旧網走刑務所教誨堂
1912(明治45)年/1981(昭和56)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 司法省
北海道網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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by gipsypapa | 2013-07-03 13:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 煉瓦造り独居房・独立型独居房

煉瓦造り独居房
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 網走刑務所では、明治時代末期より、本州の監獄から煉瓦造りの技能を持った囚人を受け入れて煉瓦を焼き、出来上がった煉瓦を使い、塀や門、倉庫、独居房などの様々な施設造りを行いました。

 この独居房には、窓がなく、扉は二重、しかも煉瓦の壁の厚さは、40cm以上もあります。刑務所の規則の移り変わりにあわせ「懲罰房」「鎮房」「保護房」と呼び名も変わりました。

 明治時代の監獄の規則には、規則違反者を窓の無い真っ暗な部屋に閉じこめ、食事を減らし、反省させるという厳しい罰則があり、この独居房も当時の規則に合わせて建てられたものと考えられています。


博物館網走監獄煉瓦造り独居房
旧網走刑務所煉瓦造り独居房(移築復原)
1919(大正8)年ころ/1991(平成3)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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独立型独居房
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 独居房は、1囚1房を理想とする監獄法に基づいて、網走分監創設時には16棟あり、明治45年の再建時には34棟ありましたが、社会復帰が行刑の目的となるにつれて、「社会性が養われる雑居が重視されるようになったことと、管理の手間がかかること」から次第に使われなくなりました。

 当時の資料をもとに再現した独居房は、板張りの小屋で、屋根は瓦葺き、内部は土間と居室に分かれ居室は畳2枚分の板張りになっていて、入口と欄間から明かりが入るだけです。


博物館網走監獄独立型独居房
旧網走刑務所独立型独居房(再現構築)
1912(明治45)年/1983(昭和58)年再現
設計・施工 : 不明
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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by gipsypapa | 2013-07-02 13:59 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 浴場・炭焼小屋

博物館網走監獄 浴場
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 受刑者にとって、入浴は所内の生活で最も楽しみな一時です。

 網走刑務所では、明治45年にコンクリートの浴槽にボイラーで湯をわかす近代的な浴槽を作りました。作業場ごとに15人ずつが、看守の号令のもと、脱衣に3分、第1槽入浴3分、洗身3分、あがり湯の第2槽入浴3分、着衣に3分というように、脱衣から着衣まで15分間で効率よく入浴しましたが、1日に入浴できる人数は200人程度でした。

 この時代の監獄則では、6月から9月まで月5回入浴、他の月は1回入浴と定められていましたが、現在は、1日おきに入浴できるようになりました。


博物館網走監獄浴場
旧網走刑務所浴場(再現構築)
1912(明治45)年/1983(昭和58)年再現
設計・施工 : 不明
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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博物館網走監獄 炭焼小屋
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 冬になると受刑者は、燃料となる材木(小木)を集める為に山に出役し、伐採した木材を馬橇で網走川岸まで運び出しました。 雪がとけると、川を発動汽船が曳航するだるま船に木材を満載し、刑務所まで運び薪や炭の生産をしました。

 網走刑務所では、1年間に薪、約4,000敷き(約152トン)が必要で、明治45年にボイラーが設置されるまでは大変な作業でした。茅葺き屋根が往時をしのばせています。


博物館網走監獄炭焼小屋
旧網走刑務所炭焼小屋(再現構築)
1892(明治25)年/1983(昭和58)年再現
設計・施工 : 不明
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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by gipsypapa | 2013-07-01 10:24 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 五翼放射状平屋舎房

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 明治45年から昭和59年まで実際に網走刑務所で使用されていた獄舎です。 中央見張りを中心に、5本の指を放射状に広げたようになっているため、五翼放射状舎房と呼ばれています。

 この建物の特徴は、少人数でも監視しやすいという利点があり、ベルギーのルーヴァン監獄を模したものと言われています。5棟のうち雑居房は収容定員3~5人で126室あり、部屋の広さは、畳6枚敷、独居房は収容定員1人で100室あり、部屋の広さは畳3枚敷、雑居房、独居房合わせて226室で構成されています。c0112559_1301844.jpg

 雑居房の廊下側の壁は、「斜め格子」で等間隔に「スキ間」を置きながら作られているため(ブラインド方式)、廊下側からは部屋の中は見えますが、部屋の中からは廊下をはさんで向かい側の中は互いに見えないように作られています。

 独居房は「くの字格子」で作られており、換気のためのわずかな隙間はありますが、廊下側からも部屋の中からも見えない造りになっています。


博物館網走監獄五翼放射状平屋舎房
旧網走刑務所五翼放射状平屋舎房
1912(明治45)年/1981(昭和56)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 司法省
北海道網走市呼人2-2
撮影 : 2012.8.27
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 廊下の向こう、房の上部にふんどし一つの男が見えます。
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 日本の脱獄王と呼ばれた白鳥由栄の脱獄シーンのマネキン。脱獄魔と呼ばれた男を描いた吉村昭の『破獄』のモデルです。

 戦前、戦後にかけて4度の脱獄を繰り返したとか。青森、秋田に次いで戦時中の1944(昭和19)年、彼が3度目に脱獄したのが、この五翼放射状舎房の第4舎第24房。扉の視察孔の鉄格子を揺すり続けネジをゆるめて外し、天窓を頭突きで破って逃げたそうです。根性あるなぁ。
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by gipsypapa | 2013-06-28 13:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 二見ヶ岡農場

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 網走刑務所農園作業の先導的施設として明治29年に網走の西方丘陵地の「屈斜路外役所」として設置されました。網走湖、能取湖の二つの湖を展望できる位置に建てられたので二見ヶ岡刑務支所として改名されました。

 1世紀を超えた今日も、網走刑務所の食料基地として、また、広い農場での作業であるため職員による監視は穏やかであり、物的人的警備に代えて受刑者自身の責任と自立行動を促すという開放的処遇施設として更生復帰させる重要な役割を果たしています。

 農園刑務所として有名な網走刑務所は、郊外に網走刑務所二見ヶ岡農場という分監の施設を明治29年に設置し、刑務所の農場としては日本一広い面積の土地を有効活用しながら受刑者に働く喜びを体験させ、健全な心身を作ることを目標として、独自の農園訓練規定を設け寒冷地農業に取り組んでいます。

 この風景は、春の開墾、種まき、夏の除草、秋の収穫作業を再現したもので、農機具や馬撬、金輪荷馬車は当時使用されたも明治29年に網走分監の農作業を行うための泊込み作業場として開設されたものである。「屈斜路外役所」から「二見ヶ岡農場」と改名され、平成11年12月博物館に移築復原されたものです。場長室、食堂、教誨堂、炊場、洗濯室、足洗場、浴場、舎房が1棟に設置された造りとなっているのです。


博物館網走監獄二見ヶ岡農場 
旧網走刑務所二見ヶ岡農場(移築復元)
1896(明治29)年/1999(平成11)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 司法省
北海道網走市呼人3-3
撮影 : 2012.8.27
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 ここで監獄食を食べることができます。AとBがあります。
 麦飯(麦3:白米7)、焼き魚(さんま or ホッケ)、小皿、中皿、みそ汁。昔のものではなく、現在の網走刑務所の昼食として出された食事メニューを再現したものです。本物は、みそ汁ではなく番茶らしいです。

 監獄食A 700円 さんま、監獄食B 800円 ホッケです。
 で、お味は?見たとおりの味でした。(笑)
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 二見ヶ岡農場作業
●作業開始年代 明治29年 ●再現年代 平成12年
●網走刑務所二見ヶ岡農場面積 3,588,884平方メートル

 農園刑務所として有名な網走刑務所は、郊外に網走刑務所二見ヶ岡農場という分監の施設を明治29年に設置し、刑務所の農場としては日本一広い面積の土地を有効活用しながら受刑者に働く喜びを体験させ、健全な心身を作ることを目標として、独自の農園訓練規定を設け寒冷地農業に取り組んでいます。

 この風景は、春の開墾、種まき、夏の除草、秋の収穫作業を再現したもので、農機具や馬撬、金輪荷馬車は当時使用されたも明治29年に網走分監の農作業を行うための泊込み作業場として開設されたものである。「屈斜路外役所」から「二見ヶ岡農場」と改名され、平成11年12月博物館に移築復原されたものである。
場長室、食堂、教誨堂、炊場、洗濯室、足洗場、浴場、舎房が1棟に設置された造りとなっているのです。

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 受刑者の逃走、暴行事件などの発生に備えたやぐら監視所を「高見張り」といいます。

 網走刑務所は現在、短期累犯刑務所として、刑期8年未満の受刑者を収容していますが、創設当時の明治23年から昭和43年までは、長期受刑者を収容する施設でした。

 そして、昭和23年には刑期8年以上を収容する重警備刑務所の指定を正式に受けているため、所内と裏山の4箇所にやぐらの廊下が12.95平方メートル、高さ8mの高見張りに、職員が2時間交代で監視を行っていました。


高見張り(再現構築物)
1948(昭和23)年
設計・施工 : 不明
北海道網走市呼人3-3
撮影 : 2012.8.27
by gipsypapa | 2013-06-27 13:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 釧路地方裁判所網走支部法廷・監獄歴史館(行刑資料館)

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釧路地方裁判所網走支部法廷

 この建物は、釧路地方裁判所網走支部及び網走簡易裁判所が新庁舎建設のために、旧庁舎を取り壊すのに際して、単独法廷(1人の裁判官によって重罪以外の比較的軽い刑罰を審査する)、合議法廷(重罪事件を3人の裁判官によって審理する)、合議室(合議裁判の途中で当事者から異議申し立てなどがなされその場で即断出来ないような場合に、三人の裁判官がこの部屋に入り合議する部屋)、仮監置室(自分の裁判まで待たされた部屋)及び勾留質問室(裁判官が被疑者または被告人に質問して、勾留すべきか否かを判断するのに使われた部屋)、を譲り受けました。

 この建物の外観は、明治33年から昭和27年まで使われた旧網走区裁判所の外観を再現していますが、内部の移築物は昭和27年から平成3年まで使用されていたものを配置し、広さ高さを元通りに復元し、法廷内部の机や椅子、照明器具、カーテン等は実際に使用されていたものを展示しています。


博物館網走監獄釧路地方裁判所網走支部法廷
旧釧路地方裁判所網走支部(移築復原)
1952(昭和27)年/1993(平成5)年移築再現
設計・施工 : 不明
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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監獄歴史館・行刑資料館
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 現在の行刑は、昔の懲罰刑ではなく自由刑です。人間が本来持ってる「自由に生活したい」という欲求を拘禁し、制限するという刑です。

 そして単に自由を拘束するというだけでなく、受刑者の犯罪性を除去ないし減少させ、正常な社会生活への復帰を可能にすることが行刑の目的になっています。

 この資料館では、明治期から現在までの行刑の変遷を刑務所内での生活や規則、刑務作業を通して、また受刑者が北海道開拓に果たした役割を詳しく展示しています。


監獄歴史館・行刑資料館
1983(昭和58)年
設計・施工 : 不明
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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by gipsypapa | 2013-06-26 13:06 | 建築 | Trackback | Comments(0)

博物館網走監獄休泊所

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 受刑者が塀の外に出て、日帰りできない作業をする場合は「休泊所」と呼ばれた仮小屋で寝泊まりしました。

 札幌と網走を結ぶ中央道路の開削にあたり、明治24年4月から11月までの8ヶ月間に、延べ1,000人以上の受刑者が投入され、工事の進行に伴い、次々と休泊所を建てては移動していきました。

 別名「動く監獄」と呼ばれ、その建て方は丸太が材料で、壁は60~90㎝位掘って割り板を縦に打ちこみ、部屋の中央は土間で、突きあたりがトイレでした。それには、囲いはなく四六時中監視されていたのです。寝床は板張りで、枕の代用として丸太棒が床に釘づけになっており、夜具は薄い柏布団1枚でした。

 出入口も1か所で、逃亡を防ぐ作りになっています。あとにこれらの休泊所の様式が開拓時代の工事現場に取り入れられ、タコ部屋と呼ばれました。


博物館網走監獄休泊所
旧網走刑務所休泊所(再現構築)
1891(明治24)年/1983(昭和58)年再現
設計・施工 : 不明
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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by gipsypapa | 2013-06-25 13:07 | 建築 | Trackback | Comments(2)