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総統府

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 最も有名な建物かもしれません。日本統治50年間で建築された最大の建築物で、当時のシンボルとして雑誌などに取り上げられることが多い庁舎建築です。

 行政の中央官庁にふさわしく、高さが60mある中央塔を中心とした左右対称の重厚な外観。中央と両端に玄関を置き、左右の張り出しにはペディメントの付いた軒があります。外壁は赤煉瓦を基調とし、開口部の周りに白い御影石を配する設計は、いわゆる「辰野式」といえます。中央塔には台湾で初めてエレベーターが設置されているとか。

 設計はコンペで選ばれた長野宇平治の案を元に、台湾総督府営繕課の森山松之助が実施設計を担当し、課長の野村一郎が監修したそうです。しかし原案である長野の作品は中央塔が低く、外観の装飾が簡素すぎため、コンペの主催者である総督府がその設計を不満でとし、森山松之助らが大幅な修正を加えて現在の形になったと言われています。

 個人的には左右対称とは言え、中央塔が高すぎて不安定な印象を受け、違和感を感じるのは、私だけでしょうか。国定史蹟の鉄筋コンクリート造り、煉瓦,石張りの5階建て、塔屋付き。

総統府
旧台湾総督府
1919(大正8)年
国定史蹟
設計 : 長野宇平治、野村一郎、森山松之助
施工 : 不明
台北市中正区重慶南路一段122號
撮影 : 2013.3.22
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 正面側は警備が厳しく、写真が撮れません。遠景か左右離れてからでないとだめでした。
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 「日」の字をした建物。裏側からは問題なく撮れます。
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c0112559_11232638.jpg この近くに行ったのは午後になってからですが、前の道路から正面を撮影できません。というか、両端から中央にかけて銃を持った衛兵が数人立っていて、写真を撮らせてくれません。従って、左右は少し離れて、正面から撮ったアングルはかなり後方から望遠で撮ったものです。

 ただ、ここも毎週金曜日の午前中だけ(9:00-12:00)1階の一部を一般公開しているそうです。多分、正面ではなく裏から建物に入ると思います。この時は知らなかったこともあり、ほかで時間をくい過ぎて間に合いませんでした。中は見たかったです。

 → はHPから拝借した内部写真。
by gipsypapa | 2013-11-14 11:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

国立台湾博物館

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 二二八和平公園の北側にあるギリシャ風の巨大な建物。台湾発展の基礎を築いた第4任総督・児玉源太郎と民政長官・後藤新平を記念して建てられた記念館。台湾で最初に出来た博物館です。現在は国立台湾博物館として使われ続けています。

 単純な横長、左右対称のギリシャ古典様式の博物館。入口の正面はギリシャ神殿を思わせる形状で階段、巨大なドリス式円柱と華麗な花と葉の模様をあしらった巨大な三角ペディメントが、これでもか(笑)という感じです。天辺にあるドームと合わせて、荘厳で神聖、かつ権威ある雰囲気を醸し出しています。


 内部は外観よりもずっと華麗です。吹き抜けの中央ロビーの四方は柱頭に繊細なアカンサスと螺旋状の模様をあしらった32本の高いコリント式円柱にがとり囲み、2階部分が回廊になってロビーを一巡りしています。ろービーから見上げると、ローマドームの下にステンドグラスの天窓があり、光がフロア全体にやわらかな光を投げかけ、神秘的で華麗な雰囲気です。

 主要建材には日本の赤坂の黒大理石と水戸の白寒水石、木材は現地の台湾ヒノキを使用し、外壁には洗い出し石を使ったそうです。設計は総督府営繕課長を経て、この頃は独立して橋本勉と茂野村事務所を共同経営していた野村一郎(のむら いちろう、1868 - 1942)。国定史蹟の石・煉瓦・鉄網コンクリート造り2階建て。

国立台湾博物館
旧児玉総督後藤民政長官記念館
1915(大正4)年
国定史蹟
設計 : 野村一郎
施工 : 高石組
台北市中正区襄陽路2号(二二八和平公園内)
撮影 : 2013.3.22
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 Wikipedia にあった航空写真。
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by gipsypapa | 2013-11-10 13:23 | 建築 | Trackback | Comments(2)

二二八紀念館

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 二二八和平公園にあるモダンな建物。昭和初期に台湾で日本語放送を配信した台北放送局(現在のNHK台湾支局)が使用していた建物です。現在は1947年2月28日に発生した二二八事件の犠牲者を慰霊する二二八紀念館になっています。

 外観はモダンな欧風の洋館に見えますが、赤褐色の琉球瓦や正面左に「うだつ」があるなど、華洋折衷(こういう言葉はないかも)の面白い意匠です。また内部は展示用にかなり手を加えられていますが、ロビーのステンドグラスや床タイルなどは建築当時のままに、レトロな雰囲気を残しています。設計は東京帝国大学工学部建築学科を卒業して台湾総督府営繕課技師を歴任した栗山俊一。鉄筋コンクリート造り2階建て。

二二八紀念館
旧台北放送局
1931(昭和6)年
設計 : 栗山俊一
施工 : 不明
台北市凱達格蘭大道3号
撮影 : 2013.3.22
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 二・二八事件について。
 何の予備知識もなかったので、「二・二八事件」というのは反日運動だったかもと思い、なんとなく入りにくかったのですが、展示を見てそのようなものでないことがわかり安心。

Wikipediaから
 二・二八事件(にいにいはちじけん)は、1947年2月28日に台湾の台北市で発生し、その後台湾全土に広がった、当時はまだ日本国籍を有していた本省人(台湾人)と外省人(在台中国人)との大規模な抗争。約40年後、戒厳令の終了と政府側の遺族への謝罪によりようやく終結した。
by gipsypapa | 2013-11-08 11:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)

立法院

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 中山南路一段の監察院と濟南教会の間にある立法院。庁舎にしては小ぶりでお洒落な感じを受けます。理由はこの建物は女学校の校舎だったから。巨大な車寄せのあるベージュ色の玄関棟を中心に、左右に瓦葺きに煉瓦色のタイルを貼った校舎が張り出しています。鉄筋コンクリート造り、2階建て。

立法院
旧台北州立台北第二高等女学校
竣工年:昭和初期
設計・施工:不明
台北市中正区中山南路一段
撮影 : 2013.3.22
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by gipsypapa | 2013-11-02 16:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)

行政院

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 監察院の北側にある比較的新しい庁舎建築。台北市役所として建てられ、戦後は中華民国台湾省行政長官のオフィスや台湾省の庁舎として利用されたのち1959年から現在の行政院となりました。

 昭和15年の築とあって、様式主義とは一線を画し、装飾の少ないモダニズム建築です。中央玄関の車寄せ周りが凝った意匠となっており、角形の列柱を下から上部まで立ち上げて、垂直線を強調しています。左右対称の典型的な庁舎で、玄関棟の両側に手を広げた2,3階部分の円柱が印象的です。

 設計者は東京帝国大学建築科を卒業し、辰野・葛西建築事務所に入って辰野金吾のもとで建築設計に従事。その後、日本統治時代に台湾総督府営繕課の台湾で活躍した井手 薫(いで かおる、1879 - 1944)。このあとにも彼の設計の建物が登場します。国定古蹟の鉄筋コンクリート造り3階建て。

行政院
旧台北市役所
1940(昭和15)年
国定古蹟
設計 : 井手 薫
施工 : 協志商会所
台北市中正区忠孝東路一段1號
撮影 : 2013.3.22
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 ここにも小さな中庭があります。
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 監察院の前に一度この行政院に行きましたか、2ヶ所の門で守衛に聞くと入れない(言葉は通じませんが)とのこと。一度外観を撮ってあきらめて監察院へ。そこで良くしてもらった日本人ガイドさんに聞くと、入れるはずと。親切に連れて行ってくれました。見学者用の入口は門とは違う建物東側にあり、そこで観察院のガイドさんに説明していただいて、入れてもらいました。ラッキーでした。

 あとで調べると、ここも金曜日だけ見学できるそうです。「現在、毎週金曜日9時から4時まで一般開放されており、ガイド付きで建物の中を見学することができる。一週間前にこちらまで02-3322-1699要予約の上、パスポートを持参。」とのこと。

 ここでも日本語がしゃべれるガイドさんでした。
by gipsypapa | 2013-11-01 11:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)

監察院

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 台北二日目。朝から市内のレトロ建築巡りです。

 台北を代表する近代建築の一つ。地方行政の中心である台北廳廳舎として建てられ、戦後は中華民国・台湾省政府衛生処や教育廳として使用され、1958年から監察院(公務員を監察、監査する機関)となり現在に至っています。

 ギリシャ風のオーダーやアーチ窓が並ぶ巨大な庁舎で、ルネッサンスやゴシックなど様式主義の様々な形を混在させたデザイン。通りの北西角地に入口ファサードを配し、大オーダーで円形テラス抱えた玄関ポーチ。上部に大きな円形ドーム屋根とその左右には、同じく小さめのドーム屋根のある護衛塔が建ち、ここを起点に左右に比翼が広がるL字型の平面構成になっています。

 側壁の赤い煉瓦と白の花崗岩の組み合わせは明治期に流行した辰野金吾のいわゆる辰野式の影響を感じさせます。随所に施された細かな彫刻や内部の装飾が華麗な建物でした。

 設計は大阪市出身で東京帝国大学工科大学建築学科で辰野金吾に学び、日本統治時代に台湾総督府営繕課に在任。台湾の多くの官庁建築を手がけたことで知られる森山松之助(もりやま まつのすけ1869 -1949)。台湾のみならず、日本でも旧久邇宮邸(現聖心女子大学パレス)、本所公会堂(現両国公会堂)、新宿御苑台湾閣、片倉館が現存しています。国定古蹟の石、煉瓦造り、3階建て。

監察院
旧台北廳廳舎
1915(大正4)年
国定古蹟
設計 : 森山松之助 (総督府営繕課)
施工 : 不明
台北市中正区忠孝東路一段2号
撮影 : 2013.3.22
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 小さな中庭があります。
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 毎週金曜日は内部の見学が可能です。予備知識はなく、偶然にも金曜日に訪問しましたが、簡単な手続きで入場できました。また日本語が出来るボランティアの女性ガイドさんに親切に案内してもらいました。
by gipsypapa | 2013-10-31 10:01 | 建築 | Trackback | Comments(4)

旧工兵第四聯隊兵営跡 正門門柱・歩哨舎

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 高槻市の高槻公園に明治時代の遺構があります。明治から昭和20年までこの地にあった工兵第四聯隊(れんたい)跡です。市民の平和を祈るモニュメントとして残されているものです。

 正門門柱と門扉があり、横に円形の窓があるコンクリート製の歩哨舎が立っています。門は当時のものと思いますが、歩哨舎はコンクリート造りなので、時代的にまだ一般的ではありません。後に建てられた可能性があります。

旧工兵第四聯隊兵営跡 正門門柱・歩哨舎
1909(明治42)年
設計・施工 : 不明
高槻市城内町3-10
撮影 : 2012.1.3
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by gipsypapa | 2013-10-28 10:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

浜寺公園警ら連絡所

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 浜寺駅前から海岸通りを渡ったら浜寺公園。その入口に変わった建物があります。神社のような建物に赤いランプ。壁面や窓は洋風です。「浜寺公園警ら連絡所」という表札がかかっていました。調べると見かけより古く、元は派出所だったそうです。今は連絡所ということは通常は無人のようです。鉄筋コンクリート造り平屋建て。

浜寺公園警ら連絡所
旧堺南警察署浜寺公園派出所
1932(昭和7)年
設計 : 平林亀五郎
施工 : 直営
堺市西区浜寺公園町2
撮影 : 2013.2.10
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by gipsypapa | 2013-10-16 12:42 | 建築 | Trackback | Comments(0)

横浜市発展記念館

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 日本大通沿いに横浜市情報文化センターと隣接するビル。昭和初期に横浜市外電話局として建てられました。現在は昭和戦前期を中心に都市横浜の発展の歩みと、ユーラシア大陸を舞台とした多数の民族の文化と交流の歴史を紹介する横浜市発展記念館になっています。

 逓信省営繕課の一連の建物に共通するモダニズムの草分けのようなデザイン。前面にあずき色のタイルを貼り、各階の床高さを変えています。1階に大きな半円アーチ窓と3連アーチの玄関部を並べたのが特徴です。戦前の逓信省営繕組織の設計による貴重な現存例として横浜市認定歴史的記念物に認定された鉄筋コンクリート造り、4階建て、地下1階。

横浜市発展記念館
旧横浜市外電話局
1929(昭和4)年
横浜市認定歴史的建造物
設計 : 逓信省営繕課(中山広吉)
施工 : 安藤組
横浜市中区日本大通12
撮影 : 2012.12.9
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by gipsypapa | 2013-10-01 14:01 | 建築 | Trackback | Comments(2)

横浜市情報文化センター

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 道路を挟んで横浜地方簡易裁判所の対面にある横浜市情報文化センター。昭和初期に建てられた旧横浜商工奨励館の背後に高層ビルを建て、旧館を理想的な形で保存したものです。

 南北の角に丸みを持たせ、それぞれに大きな円形の庇の特徴のある出入口を配しています。1階は石貼りで、2階以上は凝石仕上げ。最上階の窓は半円アーチ窓が並んでいます。中央の玄関部は4本の飾り柱を立て、両側に6個の八角形の小窓があるアール・デコスタイルの意匠とし、ポーチの上部に小さなバルコニーを配した凝ったデザインです。横浜市認定歴史的建造物と近代化産業遺産の鉄筋コンクリート造り、4階建て、地下1階。

横浜市情報文化センター
旧横浜商工奨励館
1929(昭和4)年
横浜市認定歴史的建造物
近代化産業遺産
設計 : 横浜市建築課(木村龍雄)
施工 : 岩崎金太郎
横浜市中区日本大通11
撮影 : 2012.12.9
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 このときは内部には入りませんでしたが、後でネット情報を読むと「建物は道路に面する3面の外壁を極力残し、正面玄関から1階と、中央階段をあがり2階に及ぶ空間には、東洋的な意匠が随所にみられる。3階にある、旧貴賓室は和風趣味で照明器具は創建当初のものである。格天井には鳳凰と水蓮の天井画を再現している。この部屋は、竣工後まもなく復興状況を視察した昭和天皇の休息所として造られたものである。」とのこと。もう一度出直さなければ。
by gipsypapa | 2013-09-30 10:16 | 建築 | Trackback | Comments(2)