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二二八紀念館

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 二二八和平公園にあるモダンな建物。昭和初期に台湾で日本語放送を配信した台北放送局(現在のNHK台湾支局)が使用していた建物です。現在は1947年2月28日に発生した二二八事件の犠牲者を慰霊する二二八紀念館になっています。

 外観はモダンな欧風の洋館に見えますが、赤褐色の琉球瓦や正面左に「うだつ」があるなど、華洋折衷(こういう言葉はないかも)の面白い意匠です。また内部は展示用にかなり手を加えられていますが、ロビーのステンドグラスや床タイルなどは建築当時のままに、レトロな雰囲気を残しています。設計は東京帝国大学工学部建築学科を卒業して台湾総督府営繕課技師を歴任した栗山俊一。鉄筋コンクリート造り2階建て。

二二八紀念館
旧台北放送局
1931(昭和6)年
設計 : 栗山俊一
施工 : 不明
台北市凱達格蘭大道3号
撮影 : 2013.3.22
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 二・二八事件について。
 何の予備知識もなかったので、「二・二八事件」というのは反日運動だったかもと思い、なんとなく入りにくかったのですが、展示を見てそのようなものでないことがわかり安心。

Wikipediaから
 二・二八事件(にいにいはちじけん)は、1947年2月28日に台湾の台北市で発生し、その後台湾全土に広がった、当時はまだ日本国籍を有していた本省人(台湾人)と外省人(在台中国人)との大規模な抗争。約40年後、戒厳令の終了と政府側の遺族への謝罪によりようやく終結した。
by gipsypapa | 2013-11-08 11:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)

立法院

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 中山南路一段の監察院と濟南教会の間にある立法院。庁舎にしては小ぶりでお洒落な感じを受けます。理由はこの建物は女学校の校舎だったから。巨大な車寄せのあるベージュ色の玄関棟を中心に、左右に瓦葺きに煉瓦色のタイルを貼った校舎が張り出しています。鉄筋コンクリート造り、2階建て。

立法院
旧台北州立台北第二高等女学校
竣工年:昭和初期
設計・施工:不明
台北市中正区中山南路一段
撮影 : 2013.3.22
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by gipsypapa | 2013-11-02 16:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)

行政院

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 監察院の北側にある比較的新しい庁舎建築。台北市役所として建てられ、戦後は中華民国台湾省行政長官のオフィスや台湾省の庁舎として利用されたのち1959年から現在の行政院となりました。

 昭和15年の築とあって、様式主義とは一線を画し、装飾の少ないモダニズム建築です。中央玄関の車寄せ周りが凝った意匠となっており、角形の列柱を下から上部まで立ち上げて、垂直線を強調しています。左右対称の典型的な庁舎で、玄関棟の両側に手を広げた2,3階部分の円柱が印象的です。

 設計者は東京帝国大学建築科を卒業し、辰野・葛西建築事務所に入って辰野金吾のもとで建築設計に従事。その後、日本統治時代に台湾総督府営繕課の台湾で活躍した井手 薫(いで かおる、1879 - 1944)。このあとにも彼の設計の建物が登場します。国定古蹟の鉄筋コンクリート造り3階建て。

行政院
旧台北市役所
1940(昭和15)年
国定古蹟
設計 : 井手 薫
施工 : 協志商会所
台北市中正区忠孝東路一段1號
撮影 : 2013.3.22
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 ここにも小さな中庭があります。
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 監察院の前に一度この行政院に行きましたか、2ヶ所の門で守衛に聞くと入れない(言葉は通じませんが)とのこと。一度外観を撮ってあきらめて監察院へ。そこで良くしてもらった日本人ガイドさんに聞くと、入れるはずと。親切に連れて行ってくれました。見学者用の入口は門とは違う建物東側にあり、そこで観察院のガイドさんに説明していただいて、入れてもらいました。ラッキーでした。

 あとで調べると、ここも金曜日だけ見学できるそうです。「現在、毎週金曜日9時から4時まで一般開放されており、ガイド付きで建物の中を見学することができる。一週間前にこちらまで02-3322-1699要予約の上、パスポートを持参。」とのこと。

 ここでも日本語がしゃべれるガイドさんでした。
by gipsypapa | 2013-11-01 11:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)

監察院

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 台北二日目。朝から市内のレトロ建築巡りです。

 台北を代表する近代建築の一つ。地方行政の中心である台北廳廳舎として建てられ、戦後は中華民国・台湾省政府衛生処や教育廳として使用され、1958年から監察院(公務員を監察、監査する機関)となり現在に至っています。

 ギリシャ風のオーダーやアーチ窓が並ぶ巨大な庁舎で、ルネッサンスやゴシックなど様式主義の様々な形を混在させたデザイン。通りの北西角地に入口ファサードを配し、大オーダーで円形テラス抱えた玄関ポーチ。上部に大きな円形ドーム屋根とその左右には、同じく小さめのドーム屋根のある護衛塔が建ち、ここを起点に左右に比翼が広がるL字型の平面構成になっています。

 側壁の赤い煉瓦と白の花崗岩の組み合わせは明治期に流行した辰野金吾のいわゆる辰野式の影響を感じさせます。随所に施された細かな彫刻や内部の装飾が華麗な建物でした。

 設計は大阪市出身で東京帝国大学工科大学建築学科で辰野金吾に学び、日本統治時代に台湾総督府営繕課に在任。台湾の多くの官庁建築を手がけたことで知られる森山松之助(もりやま まつのすけ1869 -1949)。台湾のみならず、日本でも旧久邇宮邸(現聖心女子大学パレス)、本所公会堂(現両国公会堂)、新宿御苑台湾閣、片倉館が現存しています。国定古蹟の石、煉瓦造り、3階建て。

監察院
旧台北廳廳舎
1915(大正4)年
国定古蹟
設計 : 森山松之助 (総督府営繕課)
施工 : 不明
台北市中正区忠孝東路一段2号
撮影 : 2013.3.22
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 小さな中庭があります。
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 毎週金曜日は内部の見学が可能です。予備知識はなく、偶然にも金曜日に訪問しましたが、簡単な手続きで入場できました。また日本語が出来るボランティアの女性ガイドさんに親切に案内してもらいました。
by gipsypapa | 2013-10-31 10:01 | 建築 | Trackback | Comments(4)

旧工兵第四聯隊兵営跡 正門門柱・歩哨舎

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 高槻市の高槻公園に明治時代の遺構があります。明治から昭和20年までこの地にあった工兵第四聯隊(れんたい)跡です。市民の平和を祈るモニュメントとして残されているものです。

 正門門柱と門扉があり、横に円形の窓があるコンクリート製の歩哨舎が立っています。門は当時のものと思いますが、歩哨舎はコンクリート造りなので、時代的にまだ一般的ではありません。後に建てられた可能性があります。

旧工兵第四聯隊兵営跡 正門門柱・歩哨舎
1909(明治42)年
設計・施工 : 不明
高槻市城内町3-10
撮影 : 2012.1.3
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by gipsypapa | 2013-10-28 10:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

浜寺公園警ら連絡所

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 浜寺駅前から海岸通りを渡ったら浜寺公園。その入口に変わった建物があります。神社のような建物に赤いランプ。壁面や窓は洋風です。「浜寺公園警ら連絡所」という表札がかかっていました。調べると見かけより古く、元は派出所だったそうです。今は連絡所ということは通常は無人のようです。鉄筋コンクリート造り平屋建て。

浜寺公園警ら連絡所
旧堺南警察署浜寺公園派出所
1932(昭和7)年
設計 : 平林亀五郎
施工 : 直営
堺市西区浜寺公園町2
撮影 : 2013.2.10
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by gipsypapa | 2013-10-16 12:42 | 建築 | Trackback | Comments(0)

横浜市発展記念館

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 日本大通沿いに横浜市情報文化センターと隣接するビル。昭和初期に横浜市外電話局として建てられました。現在は昭和戦前期を中心に都市横浜の発展の歩みと、ユーラシア大陸を舞台とした多数の民族の文化と交流の歴史を紹介する横浜市発展記念館になっています。

 逓信省営繕課の一連の建物に共通するモダニズムの草分けのようなデザイン。前面にあずき色のタイルを貼り、各階の床高さを変えています。1階に大きな半円アーチ窓と3連アーチの玄関部を並べたのが特徴です。戦前の逓信省営繕組織の設計による貴重な現存例として横浜市認定歴史的記念物に認定された鉄筋コンクリート造り、4階建て、地下1階。

横浜市発展記念館
旧横浜市外電話局
1929(昭和4)年
横浜市認定歴史的建造物
設計 : 逓信省営繕課(中山広吉)
施工 : 安藤組
横浜市中区日本大通12
撮影 : 2012.12.9
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by gipsypapa | 2013-10-01 14:01 | 建築 | Trackback | Comments(2)

横浜市情報文化センター

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 道路を挟んで横浜地方簡易裁判所の対面にある横浜市情報文化センター。昭和初期に建てられた旧横浜商工奨励館の背後に高層ビルを建て、旧館を理想的な形で保存したものです。

 南北の角に丸みを持たせ、それぞれに大きな円形の庇の特徴のある出入口を配しています。1階は石貼りで、2階以上は凝石仕上げ。最上階の窓は半円アーチ窓が並んでいます。中央の玄関部は4本の飾り柱を立て、両側に6個の八角形の小窓があるアール・デコスタイルの意匠とし、ポーチの上部に小さなバルコニーを配した凝ったデザインです。横浜市認定歴史的建造物と近代化産業遺産の鉄筋コンクリート造り、4階建て、地下1階。

横浜市情報文化センター
旧横浜商工奨励館
1929(昭和4)年
横浜市認定歴史的建造物
近代化産業遺産
設計 : 横浜市建築課(木村龍雄)
施工 : 岩崎金太郎
横浜市中区日本大通11
撮影 : 2012.12.9
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 このときは内部には入りませんでしたが、後でネット情報を読むと「建物は道路に面する3面の外壁を極力残し、正面玄関から1階と、中央階段をあがり2階に及ぶ空間には、東洋的な意匠が随所にみられる。3階にある、旧貴賓室は和風趣味で照明器具は創建当初のものである。格天井には鳳凰と水蓮の天井画を再現している。この部屋は、竣工後まもなく復興状況を視察した昭和天皇の休息所として造られたものである。」とのこと。もう一度出直さなければ。
by gipsypapa | 2013-09-30 10:16 | 建築 | Trackback | Comments(2)

横浜地方簡易裁判所

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 関内地区の日本大通に面して建つ官庁建築。老朽化により改修工事が行なわれ2001(平成13)年に完工。ファサード保存の一種ですが、大通りに面した正面中央は従来の4階建てのままとして建設当時の面影を残し、後方に鉄筋コンクリート13階建高層棟が増築されました。ある意味、理想的な保存方法といえます。

 庁建築らしい左右対称の建物で、スクラッチタイル貼りの外壁は昭和初期の特徴。車寄せのある大きな玄関ポーチは花崗岩の石貼りで、裁判所にふさわしい重厚で威厳のある意匠となっています。横浜市認定歴史的建造物の鉄筋コンクリート造り、3階、中央部4階建て。

横浜地方簡易裁判所
旧横浜地方裁判所
1930(昭和5)年
横浜市認定歴史的建造物
設計 : 大蔵省営繕管財局(小野武雄+保岡豊)
施工 : 大倉土木
横浜市中区日本大通9
撮影 : 2012.12.9
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by gipsypapa | 2013-09-29 10:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

北仲BRIC(旧横浜生糸検査所倉庫事務所)

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 横浜第二合同庁舎(旧横浜生糸検査所)の裏にある小ぶりな建物。こちらは当時のまま残っています。これも遠藤於菟の設計で同時期に建てられた生糸検査所の倉庫事務所です。意匠的にも第二合同庁舎と同じコンセプトを使用しています。北仲BRICという看板がありますが、現在は使われていないようです。

 ネット情報によれば、この地区は再開発中であり、この建物は現状のまま保存され、「アジアデザインマネージメントセンター(仮称)」として活用される予定だそうです。鉄筋コンクr-ト造り、3階建て。

北仲BRIC
旧横浜生糸検査所倉庫事務所
1926(大正15)年
設計 : 遠藤於莬
施工 : 大林組
横浜市中区北仲通5-57-2
撮影 : 2012.12.9
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 後方にはもう1棟横長の煉瓦貼りの倉庫と思える建物があり、これも同時期に建てられたのでしょう。整備すれば使えそうなので、この建物を含めて再開発されるのかもしれません。
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 また、古いネット情報では北仲WHITEという旧帝蚕ビルディングがこの一角にあったそうですが、解体されて今はありません。
by gipsypapa | 2013-09-22 17:44 | 建築 | Trackback | Comments(2)