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鳥っと屋(赤瓦十四号館)

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元帥酒造から旧街道「倉吉往来」を東へ白壁倶楽部に向かう途中には古い町家が何棟か並んでいます。そのうちの一つ、鳥っと屋(とっとや)。小物やアクセサリーが並ぶショップ、カフェとギャラリーになっています。築年を聞いたはずですが、忘れてしまいました。大正期だったような。赤瓦十四号館の木造2階建て。

鳥っと屋(赤瓦十四号館)
大正期か
設計・施工 : 不明
鳥取県倉吉市魚町2551
撮影 : 2015.4.29
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まったく関係ありませんが、博多弁では「とっとやとっとうと~?」となります。
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店先を覗いていると中も見てくださいとお店の人に勧められました。
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1階は「ショップとっと」。オリジナルアクセサリーや鳥取県伝統工芸品の因州和紙、和小物などの販売をしています。
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2階もどうぞといわれ、トコトコと上がっていきました。
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2階は二間あります。「ギャラリーとまり木」です。このときは陶磁器などが並んでいました。
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もう一つの部屋は和風。
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再び1階へ。奥が「カフェ カラット」になっていて・・・
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その奥は小さな坪庭です。当時の町家の様子がよくわかります。
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気持ちよく見学させてもらいました。ありがとうございました。

by gipsypapa | 2017-02-22 09:16 | 建築 | Trackback | Comments(0)

箕面観光ホテル 別館「桂」

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箕面観光ホテルのバイキングレストランから屋外につながる廊下の先には、別館「桂」があります。明治の中頃に政財界人たちにより関西政財界人倶楽部として建てられ、「松風閣」と呼ばれ、茶会や名士たちの会議の場として利用されました。

建物の土台は斜面を生かした清水の舞台のような木組になっているとか。建物全体の造りは桃山時代を意識した瀟洒な数寄屋造りです。茶室が3部屋あるそうです。見学できる3階大広間は北山杉を使った高級感あふれる空間でした。

設計は志方勢七(しかた せいしち1860-1921)。関西政財界人倶楽部の会員で日本綿花社長でありながら建築マニアだったそうですが、初めて聞いた名前です。施工は大林組。木造3階建て。

箕面観光ホテル 別館「桂」
元桂公爵別邸(旧松風閣)
明治中期
設計 : 志方勢七
施工 : 大林組
箕面市温泉町1-1
撮影 : 2016.10.12 & 2017.1.16/17
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左にバイキングレストランが見えます。
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レストランからガラス越しに見えます。
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チェックインのときにフロントで見学をお願いしていたら、夕食のときに案内してくれました。廊下を渡ると3階部分に行けます。
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大広間へ。今の『別館桂』の名は、元公爵で首相も務めた桂太郎がしばしば愛妾「お鯉さん」を連れて泊ったことから、お遊びで「桂公爵別邸」と呼ばれるようになったとか。いわゆる通称で、桂太郎自身の別邸ではなかったわけです。
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ちなみに桂太郎は歴代首相在任日数のランキング第1位です。安部首相が抜くには、後100日近くかかるようです。
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美しい床の間と違い棚。
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襖の引き手は箕面なので紅葉。お洒落です。
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大きな窓は昔のままの波打ちガラス。
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欄間の一枚板の透かし彫り。
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3階以外は現在使用されていないので、見ることができません。この下層階に居室や茶室はあるはずです。
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遠景。左側の大広間がある部分は4階建てのように見えますが、ネット情報では3階建てなのです。記事は情報を尊重して、最上階を3階としました。昔は出入りしたはずの1階の玄関はどこにあるのか?
by gipsypapa | 2017-01-26 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(4)

吉田家住宅

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 中崎町から北へ。大通りを越えたところに文化財の住宅が並ぶ地区があります。大正時代の和風住宅が並ぶ一角で、主屋以外はすべて長屋となっていますので、主屋の吉田氏が借家経営をしていたのでしょう。主屋と東長屋、西長屋、北二軒長屋、南二軒長屋、北長屋が国の登録有形文化財のいずれも木造2階建て。

吉田家住宅
大正期
登録有形文化財
設計・施工 :不明
大阪市北区豊崎1-1-9
撮影 : 2014.10.9
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 路地を入ると、まず板塀に囲まれた主屋があります。
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 以下は北側にある長屋群です。
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 カフェになっている家もあります。
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 内部を見てないので何ともいえませんが、外観からは意匠的な特徴や見所はありません。文化財指定されたのは、大正期の都市住宅の形態が、この一角に集中して残っているからでしょう。
by gipsypapa | 2017-01-22 11:16 | 建築 | Trackback | Comments(2)

網島町の洋風長屋

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 太閤園から北に少し歩くと洋風の長屋があります。その裏側は大川沿いに広がる人気スポット、毛馬桜ノ宮公園という閑静な一等地です。6軒が軒を連ねていますが、それぞれ微妙に違った意匠となっているのが面白い。

 昭和初期に建てられたもので、1階の玄関や台所の窓は新しい建具に変わっていますが、2階や裏側の大川に面する窓は、昔ながらの木枠の窓が残っています。表側の外観からは2階建てに見えますがが、裏に回ると3階建てになっています。つまり地下室ですね。大阪では数少ない「洋風長屋」として、またデザイン的にも大変優れた貴重な遺産です。木造2階建て、地下1階。

網島町の洋風長屋
1932(昭和7)年
設計・施工 : 不明
大阪市都島区網島町11-17
撮影 : 2015.3.30
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 基本的には同じデザインですが、2階の窓の形などが、それぞれ微妙に違っています。
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 南端の角地から大川沿いに降りる道があります。この角地の住宅の意匠がすばらしい。落ち着いた青い壁に並ぶ白い窓枠が印象的です。
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 裏側の河原から。3階建てですね。3月末でちょうど桜が咲いています。暖かく、美しい景観でした。
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 毛馬桜ノ宮公園は桜の見ごろ。
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 大川の向かい側は造幣局。通り抜けで有名です。そめいよしのは咲いています。造幣局の桜はそめいよしの以外の品種が多いので、通り抜けは1~2週間後でしょう。

 この後、河原を歩いて桜宮橋から造幣局の造幣博物館に向かいます。この二つは以前にアップしていますので、昔のブログにこのときの写真を追加しています。興味のある方はリンクからどうぞ。
by gipsypapa | 2017-01-15 08:36 | 建築 | Trackback | Comments(2)

太閤園 「料亭 淀川邸」

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 太閤園(たいこうえん)は、大阪市都島区網島町にある宴会場、婚式場、レストランで、藤田観光によって運営されているます。

 太閤園は関西財界の大物だった男爵・藤田傅三郎の邸宅だったものです。明治43年(1910)頃、藤田が淀川(実際は淀川に支流、大川)畔に造った、網島御殿とあかがね御殿などと称された広大な藤田邸というのがありました。本邸、西邸、東邸と豪壮を誇った邸宅のほとんどは昭和20年(1945)の戦災によって失われたそうですが、唯一残された東邸が「料亭 淀川邸」として、現在も大正ロマンの薫りを受け継いでいます。

 HPによると、「太閤園としてオープンしたのは1959(昭和34)年。格調高い庭園と建物が来園者の賞賛の的となり、高級宴会場、国際的社交場としてその名を馳せました。四季折々に美しい表情をたたえる庭園と由緒ある佇まい、歴史に培われたおもてなしの心は、平成20年(2008)サミット財務大臣会合の晩餐会会場にも選ばれ、各国から高い評価を得ました。」とあります。

 戦後、藤田邸の中央部が藤田美術館、東部が太閤園、南部が大阪市公館(現ザ・ガーデンオリエンタル大阪)に分割され、北西部は藤田邸跡公園になっています。そのうち、藤田美術館大阪市公館は行ったことがあり、ここだけ見逃していたわけです。書院造りの木造平屋、一部2階建て。

太閤園「料亭 淀川邸」
旧藤田男爵淀川邸
1914(大正3)年
設計・施工 : 今井兵七、佐藤欽三郎、高木平次郎(棟梁)、直営
大阪市都島区網島町9-10
撮影 : 2015.3.30
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 古そうで立派な門をくぐって園内へ入ります。
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 いかにも広大な敷地です。ネットでは約7000坪とあります。
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 淀川邸の車寄せのある玄関は入母屋唐破風。
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 実際は淀川ではなく、その支流の大川です。ちなみに大川の下流は有名な中ノ島になります。
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 前庭の両側には仁王像。
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 庭園は太閤園の利用者でなくても無料で見学することができます。
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 築山式回遊庭園というそうです。
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 桃山時代の一枚岩の石橋だとか。
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 庭園入り口の右にある茶室棟。いくつか部屋がありそうです。
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 こちらは淀川邸玄関の向かいにある別館。
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 1959(昭和34)年ころの築でしょうか。
by gipsypapa | 2017-01-13 13:07 | 建築 | Trackback | Comments(4)

下呂温泉合掌村

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 下呂温泉合掌村は温泉街から東に進んだ町外れの高台にあります。明治村や開拓の村、四国村のような、いわゆる野外建物博物館で、下呂温泉でもっとも大規模な観光施設です。

 国の重要文化財「旧大戸家住宅」や、有形文化財の旧岩崎家住宅、旧遠山家板倉を中心に、合掌造りの集落として有名な白川郷と五箇山から移築保存された家屋10棟が点在しています。これらの茅葺家屋はいずれも江戸時代のものまたそれぞれの住宅内で、飛騨地方の民具など生活文化が展示などがされていたり、日本で唯一常設の影絵劇場の影絵昔話館「しらさぎ座」があります。

下呂温泉合掌村
江戸時代
設計・施工 : 不明
岐阜県下呂市森2369
撮影 : 2015.1.31
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 旧大戸家住宅
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  江戸中期の建築で、本を伏せたような屋根の形である切妻造り茅葺。木造1階建てで屋根裏にも部屋がある大規模な住宅です。
 
 富山県南砺市の五箇山から移築されました。白川郷の合掌造りは、屋根の三角部分が側面になる「平入り」であるが、この建物は三角部分が家の正面になる「妻入」で、五箇山の伝統的な合掌造りと言われています。国の重要文化財の一重三階、切妻造、茅葺。

旧大戸家住宅
1833(天保4)年 / 1968(昭和43)年移築
重要文化財
設計・施工 : 不明
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 旧岩崎家住宅
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 切妻造妻入茅葺。南に土間、北半部は「田」の字型四間取りになっています。五箇山地方合掌造民家の古例だそうですが、白川郷のそれとの区別はつきませんね。ここは民族資料館になっています。国の登録有形文化財の木造平屋建、茅葺。

旧岩崎家住宅
江戸時代 / 1968(昭和43)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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 旧遠山家板倉
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 白川郷御母衣にある「旧遠山家住宅」(1971年に国の重要文化財に指定)の倉を1963年に移築。

 1810年に建てられた木造倉庫で、板で壁を二重にしているため板倉と呼ばれています。2階の床板と横木が1階の天井となっている「根太(ねだ)天井」で、養蚕農家の建築様式だそうです。国の登録有形文化財の木造平屋建、茅葺。

旧遠山家板倉
1810(文化7)年 / 1963(昭和38)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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 ↑ は影絵劇場の影絵昔話館「しらさぎ座」として使われています。
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 旧伊並家住宅。食堂と茶屋になっています。
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 それぞれの家屋は民芸品の展示場やみやげ物や、小物の売店になっています。
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 村内には小さいながらも日本庭園もありました。
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by gipsypapa | 2017-01-09 10:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

吉住家住宅主屋

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 お寺が密集した御供所町を出て市街地を歩きました。途中に有形文化財の町家があるというので、その道を通りました。

 文化遺産オンラインによると「博多西門通りに北面する。間口五・五メートルの二階建。渡り廊下を介して台所棟を背面に付設。いずれも切妻造桟瓦葺。二階に座敷、一階に通り土間と仏間等を設ける。正面に庇を付け、二階に格子戸をたて、一階を全面ガラス戸とし、近代的な町家構えをつくる。」とあります。国の登録有形文化財の木造2階建て。

吉住家住宅主屋
1929(昭和4)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
福岡市博多区上呉服町5-161
撮影 : 2015.1.19
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 隣家が取り壊されたので側面が見えています。う~む、特に何もない普通の民家です。国の登録有形文化財にも色々ありますね。
by gipsypapa | 2015-07-30 08:38 | 建築 | Trackback | Comments(2)

高槻市旧魚屋町の町家

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 初詣が済んで、阪急の高槻市駅へ戻る途中に古い町屋が立ち並ぶ一角がありました。高槻市旧城下町で、昔は魚屋町といわれた町並みです。「魚屋町」というからに、江戸時代に魚屋さんが並んでいたのかもしれません。現在は魚屋町という地名はなく、大手町になっています。

旧魚屋町の町家
詳細不明
高槻市大手町5 付近
撮影 : 2015.1.3
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 横長の町家の屋根にあるのは煙出しでしょう。かなり古い住宅だと思われます。
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 自治会は今も魚屋町なのでしょうか。
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 江戸時代の町家建築の特徴の虫籠窓(むしこまど)です。
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by gipsypapa | 2015-07-08 08:56 | 建築 | Trackback | Comments(2)

玉藻公園 披雲閣

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 玉藻公園を訪ねた目的はこの披雲閣(ひうんかく)です。高松城だったこの場所には、江戸時代には政務を行い、かつ藩主が生活する場所として「披雲閣」という名前の御殿がありました。

 現在の披雲閣は、明治維新後に老朽化のため取り壊された旧披雲閣を高松松平家の12代当主賴寿伯爵が3年余りの歳月をかけて完成したものです。

 大規模な和風住宅建築で、江戸時代の御殿を意識した伝統的な配置や意匠を採用した近世以来の正統的書院造りで、伝統技術と洋風技術が見事に融合された構造となっています。

 敷地の中央に本館があり桜御門を正門とし、海に面した北側に庭園が広がっています。本館は、接客、居住、家政などの機能をもつ多くの部屋が廊下でつながっています。中でも142畳敷の「大書院」からが見どころで、そのほかに複数の小座敷が配置されていました。

 江戸期の建築様式を踏襲しながら、清水組の近代的な組織体制により設計と施工の管理が徹底された住宅建築であり、大正時代におけるわが国の大規模和風住宅の技術的水準を示すものとして貴重であることから、国の重要文化財に指定された木造平屋、一部2階建て。

玉藻公園 披雲閣
旧松平家高松別邸
1917(大正6)年
重要文化財
設計・施工 : 清水組
高松市玉藻町2-1
撮影 : 2014.11.27
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 三の丸の南面に開く桜御門を正門として敷地の中央に本館があります。
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 脇門をくぐって・・
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 美しい日本庭園。
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 裏側に出ると2階建ての棟があります。
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 1階に大書院があります。
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 中には入れませんでしたが、ガラス戸なのでガラス越しに見えます。
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by gipsypapa | 2015-06-24 08:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

六華苑の土蔵

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 Gitano Family のライブツアーは関東が終わり、中部地方に移動しました。名古屋、四日市と桑名の3会場です。桑名のライブ会場は恒例となった六華苑のレストラン Roccaです。

 六華苑は地元の有力者だった二代目諸戸清六の住居だったところで、英国人建築家ジョサイア・コンドルの設計の洋館と棟梁・伊藤末次郎が建てた和館かあり、これらはすでに六華苑としてアップしています。

 隣には諸戸氏庭園があり、鈴木禎次が設計した洋室や美しい庭でこちらも観光名所です。こちらは西室戸といわれ、コンドルの方は東室戸だそうです。

 今回初めてこの周辺を一周してみました。六華苑の裏側に、いかにも古そうな土蔵が2棟並び立っているのを発見。洋館や和館と同じ大正初期のものと思われますが、詳細は不明です。

六華苑の土蔵
大正初期か
設計・施工 : 不明
三重県桑名市桑名鷹場663-5
撮影 : 2014.11.24
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 白壁に黒塗りの跡が残っているのは、戦時中の名残かもしれません。
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 土蔵の向うを左折すると諸戸氏庭園に出ます。
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 こちらの蔵は煉瓦造り。
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 一周りして再び六華苑へ。コンドル設計の洋館は観光客が多いです。
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 一角にあるレストラン Rocca がライブ会場です。
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 昼の部と夜の部の2回あるので、終わったころは真っ暗になりました。
by gipsypapa | 2015-06-19 09:58 | 建築 | Trackback | Comments(4)