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京都祇園の中村楼

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 四条通から八坂神社の南側を歩いて大雲院を目指して歩いているときに見つけた料亭建築。調べると創業450年の歴史を持つ中村楼でした。

 ネット情報では室町末期に門前茶屋として創業。名物の田楽豆腐などを供すようになり、江戸末期から料理茶屋になり、明治維新の頃には屈指の京料理店として知られ、宮家、政財界、文人墨客などが集うようになったそうです。

 明治期の料亭建築の本館と総檜造りの貴賓館とを結ぶ、渡り廊下があるそうです。また尾形光琳の襖絵をはじめ、随所に配された著名な作家の書画からも、その歴史と格調の高さが窺えるとあります。二軒茶屋といわれる門前茶屋では抹茶、甘酒、おしるこ、軽食、茶屋ソフトクリームなどの甘味も楽しめるらしいので、庶民はこっちでしょう。木造2階建て。

中村楼
明治期
設計・施工 : 不明
京都市東山区祇園町南側509
撮影 : 2014,9.29
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 高級料亭なので、一生中に入ることはなさそうです。したがって例のごとく食べログにあった写真を借用します。↓
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 これらも食べログにある外観写真。↓ 玄関は八坂神社の鳥居をくぐった境内にあります。
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 さすがに京都にはまだまだ知らない歴史のある料亭が残っています。これが他の都市だったら、逆によく知られているはずです。
by gipsypapa | 2015-03-25 09:23 | 建築 | Trackback | Comments(2)

萬年山 相国寺

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 この日の「京の夏の旅」の文化財特別公開は地下鉄に乗ってもう一か所。臨済宗相国寺派大本山の相国寺(しょうこくじ)に行きました。

 創建は室町幕府3代将軍・足利義満の時代の明徳3年(1392年)という歴史のある禅寺です。足利将軍家、伏見宮家や桂宮家ゆかりお寺であり、初めて知りましたが、京都の観光名所として有名な鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)は、相国寺の山外塔頭(さんがいたっちゅう)なのです。

 境内は京都御苑の真北に位置し、御所の今出川御門から同志社大学の間の道路を北上したところにあります。

 境内には方丈:文化4年(1807年)や庫裏 :文化4年(1807年)、鐘楼:天保14年(1843)など江戸末期の古い建物が立ち並んでいますが、お目当てはもっとも古い重要文化財の法堂(はっとう)です。

 慶長10年(1605年)に豊臣秀頼の寄進によって再建されたもので、日本にある法堂建築としては最古のものだとか。天井にある狩野光信の手による龍の絵見どころで、特定の場所で手を打つと反響するため、「鳴き龍」と呼ばれています。

萬年山 相国寺法堂
1605(慶長10)年、
重要文化財
設計・施工 : 不明
京都市上京区相国寺門前町701
撮影 : 2014,9.29
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 同志社の間の道を北に進むと、参道わきに庭があり、
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 山門があります。
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 さらに北上すると、これが重要文化財の法堂。
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 狩野光信の龍の天井絵も見ましたが、ここも例にもれず撮影禁止です。仕方なくもらったパンフレットの写真です。
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 北側に回廊で法堂とつながる方丈。
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 さらに北に位置する書院との間に美しい庭園があります。裏方丈庭園は江戸末期の作庭です。
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 菊の御紋がある引手。どの建物にあったか忘れましたが、御所から移築されたのでしょう。
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 庫裏(くり):文化4年(1807年)の築です。
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 鐘楼は1843(天保14)年の築。
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 基礎部分に特殊な工夫がなされているようです。
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 一角にある大通院は相国寺専門道場。「相見謝絶」という見慣れない看板があります。禅の修行道場のようです。
by gipsypapa | 2015-03-24 14:45 | 建築 | Trackback | Comments(4)

大雲院 祇園閣

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 毎年催されている「京の夏の旅」という文化財特別公開。この年は7月12日から9月30日までの開催でした。京都の夏は暑いので、おいそれとは行く気にはなりませんが、この時しか見ることができないものなので、いくつか訪ねることにしました。

 まずは大雲院。1587(天正15)年の開山で、織田信長の子信忠の菩提を弔うための寺院です。何度か移転を繰り返した後、1972(昭和47)年に、ここ大倉喜八郎旧邸を買得して再移転したそうです。

 祇園閣は大倉財閥の創始者・大倉喜八郎が別邸建設にあたり、伊東忠太に依頼して別邸とし建てた別邸「真葛荘」の一部で、展望台を兼ねた高閣を建てたもの。塔の上方に祇園祭の山鉾をかたどった塔が立つことから「祇園閣」いわれています。屋根が銅板葺きで、大倉が金閣、銀閣に次ぐ銅閣として作ったためだそうです。

 国の登録有形文化財。下層と基礎部分は鉄筋コンクリート造り,中層以上は鉄骨鉄筋コンクリート造り、「総高約34mの3階建ての塔状建築。

大雲院祇園閣
旧大倉喜八郎別邸高楼
1927(昭和2)年
登録有形文化財
設計 : 伊東忠太
施工 : 大倉土木
京都市東山区祇園町南側594-1
撮影 : 2004.5.26&2014.9.29
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 入り口が分かりにくく、うろうろしました。入場はこの南門から。
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 狛犬。というか狛獅子も怪奇物好きらしい伊東忠太の作。
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 高楼内部は見ることはできますが、撮影禁止です。それだけではなく、最上階からの下界の展望も撮影禁止。ということで、以下2枚はネットにあった写真です。
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 ということで、内部写真は入場券の写真をスキャンしたものです。螺旋状の階段の両側には鮮やかな色彩の壁画がいっぱいでした。この壁画は敦煌壁画を模したもので、当初からではなく1988(昭和63)年に完成したもの。それにしても撮影禁止は残念。
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 東側にあるのが、総門。
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 本堂の屋根。1972(昭和47)年に移転したお寺なので、古い建造物は大倉邸ゆかりのものしかありません。
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 鐘楼。これも新しいのでしょうか。
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 近づくことはできませんでしたが、本堂から見えた和風建築は大雲院書院で、これも祇園閣と同時期に伊藤忠太の設計で建てられたものです。こちらも国の登録有形文化財の木造・鉄筋コンクリート造り、2階建て。

大雲院書院
旧大倉家京都別邸 
1927(昭和2)年
登録有形文化財
設計 : 伊東忠太
施工 : 大倉土木
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 裏の墓地には織田信長、信忠の碑と・・・
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 石川五右衛門の墓があります。これは処刑前に市中を引き回された五右衛門が大雲院門前に至った際、貞安が引導を渡した縁によるそうです。
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 10年前に境内の外から撮影した祇園閣。
by gipsypapa | 2015-03-23 09:42 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都のキャピタル東洋亭本店

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 地下鉄北山駅の西、京都府立植物園の北側に歴史を感じさせる欧風のレストラン東洋亭があります。

 東洋亭は京都で有名な南欧料理の老舗。1897(明治30)年に河原町で創業し、今の北山に移ったのは1966(昭和41)年です。カフェスポットとしても有名で、南欧風の外観は町のシンボルとして親しまれているそうです。鉄筋コンクリート造り、3階建。

キャピタル東洋亭本店
1966(昭和41)年
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂岩ケ垣内町28-3
撮影 : 2014.9.12
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 食べログにある店内写真をいくつか借用します。 ↓
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by gipsypapa | 2015-03-18 09:00 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都 萩児童公園のラジオ塔

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 京北教会のまわりで写真を撮っていると、近所の年配の男性に声をかけられました。「なぜこの教会の写真を・・」と問われ、「実は古い教会で、古い建物に興味があるんです・・・」とか話していたら、「それなら、そこにラジオ塔があるよ」とのこと。

 ラジオ塔って初めて聞く名前。とにかく行ってみたら公園の片隅に奇妙な建造物がありました。何の説明書きもないので、家に帰って調べたら、日本中の各地にあったものだとか。

 ネット情報では“ラジオ塔は、家庭にラジオが普及していなかった1930(昭和5)年に大阪市の天王寺公園に初めて建てられ、戦時中にかけて全国の公園や広場に造られた。多くはNHKや自治体が設け、コンクリートや石で造った高さ2-3メートルの塔の中に受信機と拡声器を備えていた。”とあります。全国に400か所くらいあり、京都でも7カ所あったとか。

 公園にここからラジオを流し、近所の人たちが集ったのでしょう。ラジオ体操もしたかもしれません。それにしても個人的には初めて見た近代化遺産の一つです。

萩児童公園のラジオ塔
昭和初期
設計・施工 : 不明
京都市左京区下鴨萩ケ垣内町8
撮影 : 2014.9.12
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 各窓の下にうっすらとJOOKというアルファベットが残っています。JOOKはNHK京都放送局らしいです。
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 こっちが裏側ですね。
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JOOKの左の O に鍵穴?
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 こんなものがあったとは、初めて見ました。
by gipsypapa | 2015-03-17 07:45 | 建築 | Trackback | Comments(8)

日本基督教団 京北教会

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 上賀茂から市バスに乗り、地下鉄に乗り換えるため北山駅前で下車。その周辺を歩きました。まず訪ねたのは京北教会。別ブログの「ヴォーリズを訪ねて」福岡中部教会編にコメントを頂き、一度訪ねてとのお誘いがあったのですが、ようやく実現しました。

 期待通りの瀟洒な礼拝堂でした。京北教会のHPによると、創立は1909年とのことなので、この時は105周年に当たる歴史のある教会です。元は大正末期京都市下京区の烏丸五条近くに建てられた「京南(きょうなん)教会」でしたが、1941(昭和16)年に現在地に移転し、そのときに「京北(きょうほく)教会」と名前を変えたそうです。木造平屋建て、鐘楼付き。

日本基督教団 京北教会
旧日本メソジスト京南教会
1924(大正13)年 / 1941(昭和16)年移築
設計・施工 : 不明
京都市左京区下鴨神殿町17-3
撮影 : 2014.9.12
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by gipsypapa | 2015-03-16 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

上賀茂伝統的建造物群保存地区

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 梅辻家や西村家のある一角は国の伝統的建造物群保存地区になっています。上賀茂神社の境内を流れる清流「ならの小川」が境内を出ると明神川と名を変えて東に流れます。道路脇を流れる明神川に沿って,神官の屋敷である社家が建ち並んでいます。主屋とこれを囲む門,土塀,庭園が静寂な環境を造る美しい町並みです。

 室町時代からの門前集落で、明治以降に多くの社家町が京都の近郊農村的性格を徐々に強め,社家町の性格は薄らいでいったなか、ここ明神川沿いには今日も社家が旧来のまま清々しく残っていました。

上賀茂伝統的建造物群保存地区
京都市北区上賀茂北大路町39付近
撮影 : 2014.9.12
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 明神川沿いに京都らしい料亭などが並んでいます。
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御すぐき處 なり田
京都市北区上賀茂山本町35
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京料理 さくらい
京都市北区上賀茂山本町39
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いせき
 角地にある大きな屋敷は,通りに面して土塀をめぐらせています。「いせき」の看板がある井関家も代々上賀茂神社につかえていた社家だそうです。主屋は,江戸時代後期の建築と推定され,鳥居形の内玄関と式台を並べ,社家住宅としての外観を備えているとか。

いせき(井関家住宅)
江戸後期 / 明治後期
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂北大路町1 ‎
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 主屋の中央には明治後期に増築された望楼風の3階建てがあり,道路からその威容を見ることができます。現在は手作りの香袋・匂い袋の店「いせき」になっています。
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 明神川の畔にある藤木社(ふじのきのやしろ)。上賀茂神社の末社で、明神川の守護神として信仰されてきました。後の大木は楠(くす)の木で、樹齢推定五百年といわれ、この地のシンボルになっています。
by gipsypapa | 2015-03-14 13:45 | | Trackback | Comments(2)

京都上賀茂の西村家別邸

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 もう一か所、上賀茂神社の旧社家2軒目は西村家です。元は社家の一つの錦部(にしきごり)家の旧宅で、明治時代に西陣織を扱う西村清三郎が買い取って別邸としたものです。

 購入時に江戸時代の趣を残して主屋を建て、庭園の整備を行ったそうです。見どころは美しい庭園で、現存する社家の庭園としては、最も昔の形をとどめているといわれています。作庭は、平清盛の時代に上賀茂神社の神主だった藤木重保と推測されているそうです。

 庭内に明神川の水を取り入れ「曲水の宴」を催す曲水川とし、再び明神川へ返すようになっています。庭内には降臨石と呼ばれる石組やみそぎの井戸など、神事に関わるものが庭に配置されていて、当時の神官の生活がしのばれます。京都市指定文化財(名勝)の木造平屋建て。

西村家別邸
旧錦部家住宅
主屋 : 明治中期
庭園 : 1181(養和元)年
京都市指定文化財(名勝)
設計・施工 : 平井竹次郎(棟梁)
作庭 : 藤木重保
京都市北区上賀茂中大路町1
撮影 : 2014.9
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 明神川を渡り、門をくぐると、緑の小道が主屋まで続いています。
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 明治中期の住宅建築とはいえ、角度のない屋根や低い軒高などは、社家の様式を踏襲しています。
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 式台といわれる表玄関。
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 広々とした座敷から眺める・・・
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 美しい北庭が見どころです。
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 庭を散策。
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 これが「みそぎの井戸」。冷水をかぶって身を清めるところです。
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 降臨石。上賀茂神社の御祭神が降臨したとされる神山(こうやま)をかたどった石組みです。
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 犬走には瓦材が敷き詰められていました。
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 晩秋は紅葉が素晴らしいとか。その季節は京都のいたるところで観光客があふれるのですが、ここはあまり知られてなく、穴場だそうです。

 ちなみに入邸料は500円。開庭日は3月15日~12月8日の9:30am~4:30pm。
by gipsypapa | 2015-03-13 09:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都上賀茂の梅辻家住宅

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 上賀茂神社の旧社家だった梅辻家です。江戸時代の上賀茂神社は広大な社領を持ち、多くの神官を抱えていたそうです。

 社家とは,神職の神主、禰宜(ねぎ)、祝(はおり)として、先祖代々神社に仕えた家筋とその住宅をいいます。ここ上賀茂の社家町は、室町時代から計画的に作られた町で、神社の前を流れる明神川沿いにかなり広大に広がっていたようです。

 特に明神川沿いには賀茂式と呼ばれつ切妻屋根の平屋が立ち並び、石橋や土塀、門と庭の緑が、独特の雰囲気を醸し出しており、「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。

 梅辻家は「賀茂七家」と呼ばれた7軒の社家の一つで、上賀茂に残る唯一の遺構です。母屋はいわゆる社家住宅の様式ですが、今回公開された書院は、京都御所のご学問所を移築したといわれ、社家の様式ではないそうです。京都市指定有形文化財の木造平屋建て。

梅辻家住宅
1838(天保9)年頃
京都市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂北大路町39
撮影 : 2014.9
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 1枚目の写真にある長屋門をくぐると玄関です。ちなみに長屋門が武家住宅によくありますが、社家では珍しいとか。

 正面の主屋に入母屋造の式台といわれる表玄関。高貴な客が出入りする玄関です。
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 こちらは鳥居形の大戸口。内玄関で一般の人たちはこちらから出入りします。
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 社家の屋根の高さは上賀茂神社の鳥居より低くするように決まっているそうです。
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 座敷部分は、北に床の間、東に付書院があります。この部分が御所の御学問所を移築したといわれています。
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 付書院の花頭窓。
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 床の間に面白い木彫りの一輪挿し。掛け軸は「秋日同謡菊香随風」。江戸中期の歌人、藤原光栄の書です。
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 座敷とつながっている主屋は上賀茂の典型的な社家様式。
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 座敷に戻ります。
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 「研精不倦(けんせい うまず)」の扁額は三条実美の書です。
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 欄間の模様が芸術的。
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 菊をデザインした縁側の引き戸は御所の建物だった証でしょう。
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 菱紋の釘隠しがあります。
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 平安時代を思わせる扇形の絵をちりばめた屏風がありました。
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 由来などの詳細は聞き忘れました。
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 縁側の下に「龍の口」といわれる床下の水を外部に流すための仕組みがあります。湿気を防止して木材を守る工夫だそうです。
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by gipsypapa | 2015-03-12 09:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

上賀茂神社

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 上賀茂神社(かみがもじんじゃ)というのは通称で、正式には賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)といい、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社となっています。

 境内には国宝や重要文化財の建造物が立ち並び、ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されています。ウィキペディアによると、国宝は本殿 と権殿、いずれも1863(文久3)年建造、重要文化財は唐門や楼門、いずれも1826(文政9)年建造などを含めた35棟以上の建造物があります。

上賀茂神社(賀茂別雷神社)
国宝、重要文化財
ユネスコ世界遺産
江戸初期~末期、明治初期
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂本山339
撮影 : 2014.9.12
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 手前に広大な草原が左右に広がった空間が出迎えます。これだけ植樹がないアプローチは、神社では珍しいです。
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 境内手前にある御所舎。
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 境内入り口の神馬舎。
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 楽屋 - 1628年建造の重要文化財。
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 土屋(到着殿) - 1628年建造の重要文化財。
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 舞殿(橋殿) - 1863年建造の重要文化財。
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 拝殿(細殿) - 1628年建造の重要文化財。
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 細殿の前の立砂(たてずな)。円錐状の2つの砂の山は神体である神山(こうやま)を模したもので、鬼門にまく清めの砂の起源とされています。
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 楼門 - 1628年建造の重要文化財。
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 この奥に国宝の本殿と権殿- 1863年建造がありますが、有料(500円)です。時間がなくパスしました。
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 この周辺も重要文化財であるのは間違いないのですが、回廊でつながっていて、区別がつきません。
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 片岡橋 - 明治初年建造の重要文化財。谷重雄の設計。
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by gipsypapa | 2015-03-11 09:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)