タグ:京都 ( 273 ) タグの人気記事

京都 萩児童公園のラジオ塔

c0112559_7381298.jpg
 京北教会のまわりで写真を撮っていると、近所の年配の男性に声をかけられました。「なぜこの教会の写真を・・」と問われ、「実は古い教会で、古い建物に興味があるんです・・・」とか話していたら、「それなら、そこにラジオ塔があるよ」とのこと。

 ラジオ塔って初めて聞く名前。とにかく行ってみたら公園の片隅に奇妙な建造物がありました。何の説明書きもないので、家に帰って調べたら、日本中の各地にあったものだとか。

 ネット情報では“ラジオ塔は、家庭にラジオが普及していなかった1930(昭和5)年に大阪市の天王寺公園に初めて建てられ、戦時中にかけて全国の公園や広場に造られた。多くはNHKや自治体が設け、コンクリートや石で造った高さ2-3メートルの塔の中に受信機と拡声器を備えていた。”とあります。全国に400か所くらいあり、京都でも7カ所あったとか。

 公園にここからラジオを流し、近所の人たちが集ったのでしょう。ラジオ体操もしたかもしれません。それにしても個人的には初めて見た近代化遺産の一つです。

萩児童公園のラジオ塔
昭和初期
設計・施工 : 不明
京都市左京区下鴨萩ケ垣内町8
撮影 : 2014.9.12
c0112559_739594.jpg
 各窓の下にうっすらとJOOKというアルファベットが残っています。JOOKはNHK京都放送局らしいです。
c0112559_7401524.jpg
 こっちが裏側ですね。
c0112559_74029100.jpg
c0112559_7404173.jpg
JOOKの左の O に鍵穴?
c0112559_7405564.jpg
 こんなものがあったとは、初めて見ました。
by gipsypapa | 2015-03-17 07:45 | 建築 | Trackback | Comments(8)

日本基督教団 京北教会

c0112559_8173023.jpg
 上賀茂から市バスに乗り、地下鉄に乗り換えるため北山駅前で下車。その周辺を歩きました。まず訪ねたのは京北教会。別ブログの「ヴォーリズを訪ねて」福岡中部教会編にコメントを頂き、一度訪ねてとのお誘いがあったのですが、ようやく実現しました。

 期待通りの瀟洒な礼拝堂でした。京北教会のHPによると、創立は1909年とのことなので、この時は105周年に当たる歴史のある教会です。元は大正末期京都市下京区の烏丸五条近くに建てられた「京南(きょうなん)教会」でしたが、1941(昭和16)年に現在地に移転し、そのときに「京北(きょうほく)教会」と名前を変えたそうです。木造平屋建て、鐘楼付き。

日本基督教団 京北教会
旧日本メソジスト京南教会
1924(大正13)年 / 1941(昭和16)年移築
設計・施工 : 不明
京都市左京区下鴨神殿町17-3
撮影 : 2014.9.12
c0112559_8201738.jpg
c0112559_8203435.jpg
c0112559_8204739.jpg
c0112559_8205759.jpg
c0112559_8211128.jpg
c0112559_8212784.jpg
c0112559_8214185.jpg

by gipsypapa | 2015-03-16 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

上賀茂伝統的建造物群保存地区

c0112559_13363377.jpg
 梅辻家や西村家のある一角は国の伝統的建造物群保存地区になっています。上賀茂神社の境内を流れる清流「ならの小川」が境内を出ると明神川と名を変えて東に流れます。道路脇を流れる明神川に沿って,神官の屋敷である社家が建ち並んでいます。主屋とこれを囲む門,土塀,庭園が静寂な環境を造る美しい町並みです。

 室町時代からの門前集落で、明治以降に多くの社家町が京都の近郊農村的性格を徐々に強め,社家町の性格は薄らいでいったなか、ここ明神川沿いには今日も社家が旧来のまま清々しく残っていました。

上賀茂伝統的建造物群保存地区
京都市北区上賀茂北大路町39付近
撮影 : 2014.9.12
c0112559_13372386.jpg
c0112559_13373629.jpg
c0112559_13374940.jpg
c0112559_1338293.jpg
 明神川沿いに京都らしい料亭などが並んでいます。
c0112559_13384756.jpg
御すぐき處 なり田
京都市北区上賀茂山本町35
c0112559_13392697.jpg
c0112559_13393896.jpg
京料理 さくらい
京都市北区上賀茂山本町39
c0112559_13402061.jpg

いせき
 角地にある大きな屋敷は,通りに面して土塀をめぐらせています。「いせき」の看板がある井関家も代々上賀茂神社につかえていた社家だそうです。主屋は,江戸時代後期の建築と推定され,鳥居形の内玄関と式台を並べ,社家住宅としての外観を備えているとか。

いせき(井関家住宅)
江戸後期 / 明治後期
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂北大路町1 ‎
c0112559_13413049.jpg
c0112559_13414186.jpg
 主屋の中央には明治後期に増築された望楼風の3階建てがあり,道路からその威容を見ることができます。現在は手作りの香袋・匂い袋の店「いせき」になっています。
c0112559_13433495.jpg
 明神川の畔にある藤木社(ふじのきのやしろ)。上賀茂神社の末社で、明神川の守護神として信仰されてきました。後の大木は楠(くす)の木で、樹齢推定五百年といわれ、この地のシンボルになっています。
by gipsypapa | 2015-03-14 13:45 | | Trackback | Comments(2)

京都上賀茂の西村家別邸

c0112559_8433615.jpg
 もう一か所、上賀茂神社の旧社家2軒目は西村家です。元は社家の一つの錦部(にしきごり)家の旧宅で、明治時代に西陣織を扱う西村清三郎が買い取って別邸としたものです。

 購入時に江戸時代の趣を残して主屋を建て、庭園の整備を行ったそうです。見どころは美しい庭園で、現存する社家の庭園としては、最も昔の形をとどめているといわれています。作庭は、平清盛の時代に上賀茂神社の神主だった藤木重保と推測されているそうです。

 庭内に明神川の水を取り入れ「曲水の宴」を催す曲水川とし、再び明神川へ返すようになっています。庭内には降臨石と呼ばれる石組やみそぎの井戸など、神事に関わるものが庭に配置されていて、当時の神官の生活がしのばれます。京都市指定文化財(名勝)の木造平屋建て。

西村家別邸
旧錦部家住宅
主屋 : 明治中期
庭園 : 1181(養和元)年
京都市指定文化財(名勝)
設計・施工 : 平井竹次郎(棟梁)
作庭 : 藤木重保
京都市北区上賀茂中大路町1
撮影 : 2014.9
c0112559_8464445.jpg
c0112559_8465877.jpg
 明神川を渡り、門をくぐると、緑の小道が主屋まで続いています。
c0112559_8475248.jpg
c0112559_84864.jpg
c0112559_848206.jpg
c0112559_848319.jpg
c0112559_8484358.jpg
c0112559_8485312.jpg
 明治中期の住宅建築とはいえ、角度のない屋根や低い軒高などは、社家の様式を踏襲しています。
c0112559_8492443.jpg
c0112559_849353.jpg
 式台といわれる表玄関。
c0112559_8501135.jpg
c0112559_8502439.jpg
c0112559_8503631.jpg
c0112559_8504838.jpg
c0112559_85105.jpg
c0112559_8511530.jpg
c0112559_851326.jpg
c0112559_851485.jpg
 広々とした座敷から眺める・・・
c0112559_8522790.jpg
 美しい北庭が見どころです。
c0112559_853657.jpg
c0112559_8532318.jpg
c0112559_8533517.jpg
c0112559_8534977.jpg
c0112559_854051.jpg
c0112559_8542988.jpg
c0112559_8544333.jpg
c0112559_855241.jpg
c0112559_8551979.jpg
c0112559_8553354.jpg
c0112559_8554977.jpg
 庭を散策。
c0112559_8562747.jpg
c0112559_8564274.jpg
 これが「みそぎの井戸」。冷水をかぶって身を清めるところです。
c0112559_8572971.jpg
 降臨石。上賀茂神社の御祭神が降臨したとされる神山(こうやま)をかたどった石組みです。
c0112559_8581013.jpg
c0112559_8582783.jpg
c0112559_8584274.jpg
c0112559_8585728.jpg
c0112559_8591020.jpg
c0112559_8592354.jpg
c0112559_8593783.jpg
 犬走には瓦材が敷き詰められていました。
c0112559_903725.jpg
 晩秋は紅葉が素晴らしいとか。その季節は京都のいたるところで観光客があふれるのですが、ここはあまり知られてなく、穴場だそうです。

 ちなみに入邸料は500円。開庭日は3月15日~12月8日の9:30am~4:30pm。
by gipsypapa | 2015-03-13 09:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都上賀茂の梅辻家住宅

c0112559_8592088.jpg
 上賀茂神社の旧社家だった梅辻家です。江戸時代の上賀茂神社は広大な社領を持ち、多くの神官を抱えていたそうです。

 社家とは,神職の神主、禰宜(ねぎ)、祝(はおり)として、先祖代々神社に仕えた家筋とその住宅をいいます。ここ上賀茂の社家町は、室町時代から計画的に作られた町で、神社の前を流れる明神川沿いにかなり広大に広がっていたようです。

 特に明神川沿いには賀茂式と呼ばれつ切妻屋根の平屋が立ち並び、石橋や土塀、門と庭の緑が、独特の雰囲気を醸し出しており、「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されています。

 梅辻家は「賀茂七家」と呼ばれた7軒の社家の一つで、上賀茂に残る唯一の遺構です。母屋はいわゆる社家住宅の様式ですが、今回公開された書院は、京都御所のご学問所を移築したといわれ、社家の様式ではないそうです。京都市指定有形文化財の木造平屋建て。

梅辻家住宅
1838(天保9)年頃
京都市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂北大路町39
撮影 : 2014.9
c0112559_903884.jpg
c0112559_905026.jpg
 1枚目の写真にある長屋門をくぐると玄関です。ちなみに長屋門が武家住宅によくありますが、社家では珍しいとか。

 正面の主屋に入母屋造の式台といわれる表玄関。高貴な客が出入りする玄関です。
c0112559_914038.jpg
 こちらは鳥居形の大戸口。内玄関で一般の人たちはこちらから出入りします。
c0112559_921226.jpg
c0112559_922554.jpg
 社家の屋根の高さは上賀茂神社の鳥居より低くするように決まっているそうです。
c0112559_941279.jpg
 座敷部分は、北に床の間、東に付書院があります。この部分が御所の御学問所を移築したといわれています。
c0112559_945480.jpg
c0112559_95734.jpg
 付書院の花頭窓。
c0112559_954967.jpg
 床の間に面白い木彫りの一輪挿し。掛け軸は「秋日同謡菊香随風」。江戸中期の歌人、藤原光栄の書です。
c0112559_963595.jpg
c0112559_964863.jpg
 座敷とつながっている主屋は上賀茂の典型的な社家様式。
c0112559_972440.jpg
c0112559_973532.jpg
c0112559_974834.jpg
c0112559_98154.jpg
c0112559_981932.jpg
 座敷に戻ります。
c0112559_985293.jpg
 「研精不倦(けんせい うまず)」の扁額は三条実美の書です。
c0112559_993327.jpg
c0112559_994722.jpg
 欄間の模様が芸術的。
c0112559_9102069.jpg
 菊をデザインした縁側の引き戸は御所の建物だった証でしょう。
c0112559_911258.jpg
 菱紋の釘隠しがあります。
c0112559_9113327.jpg
 平安時代を思わせる扇形の絵をちりばめた屏風がありました。
c0112559_9123044.jpg
c0112559_9124367.jpg
c0112559_9125633.jpg
c0112559_913914.jpg
c0112559_9132124.jpg
 由来などの詳細は聞き忘れました。
c0112559_9135579.jpg
 縁側の下に「龍の口」といわれる床下の水を外部に流すための仕組みがあります。湿気を防止して木材を守る工夫だそうです。
c0112559_9143113.jpg

by gipsypapa | 2015-03-12 09:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

上賀茂神社

c0112559_90697.jpg
 上賀茂神社(かみがもじんじゃ)というのは通称で、正式には賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)といい、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社となっています。

 境内には国宝や重要文化財の建造物が立ち並び、ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されています。ウィキペディアによると、国宝は本殿 と権殿、いずれも1863(文久3)年建造、重要文化財は唐門や楼門、いずれも1826(文政9)年建造などを含めた35棟以上の建造物があります。

上賀茂神社(賀茂別雷神社)
国宝、重要文化財
ユネスコ世界遺産
江戸初期~末期、明治初期
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂本山339
撮影 : 2014.9.12
c0112559_922870.jpg
 手前に広大な草原が左右に広がった空間が出迎えます。これだけ植樹がないアプローチは、神社では珍しいです。
c0112559_943426.jpg
 境内手前にある御所舎。
c0112559_9598.jpg
 境内入り口の神馬舎。
c0112559_96525.jpg
 楽屋 - 1628年建造の重要文化財。
c0112559_984734.jpg
c0112559_985953.jpg
 土屋(到着殿) - 1628年建造の重要文化財。
c0112559_9101958.jpg
c0112559_9103536.jpg
 舞殿(橋殿) - 1863年建造の重要文化財。
c0112559_9111221.jpg
c0112559_9112989.jpg
c0112559_9114321.jpg
 拝殿(細殿) - 1628年建造の重要文化財。
c0112559_9121649.jpg
 細殿の前の立砂(たてずな)。円錐状の2つの砂の山は神体である神山(こうやま)を模したもので、鬼門にまく清めの砂の起源とされています。
c0112559_9125680.jpg
c0112559_9131035.jpg
c0112559_9132569.jpg
 楼門 - 1628年建造の重要文化財。
c0112559_9135967.jpg
c0112559_9141446.jpg
c0112559_9143271.jpg
c0112559_9144696.jpg
 この奥に国宝の本殿と権殿- 1863年建造がありますが、有料(500円)です。時間がなくパスしました。
c0112559_9152680.jpg
c0112559_9153975.jpg
c0112559_9155739.jpg
 この周辺も重要文化財であるのは間違いないのですが、回廊でつながっていて、区別がつきません。
c0112559_9184239.jpg
c0112559_919067.jpg
 片岡橋 - 明治初年建造の重要文化財。谷重雄の設計。
c0112559_9194130.jpg
c0112559_9195670.jpg
c0112559_9201082.jpg
c0112559_9202247.jpg

by gipsypapa | 2015-03-11 09:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)

重森美玲庭園美術館

c0112559_9281975.jpg
 昭和の名作庭家、重森美玲の自邸重森美玲庭園美術館です。

 建物は吉田神社の社家だった鈴鹿家の邸宅でした。主屋は享保年間頃(1716-35)、書院が寛政元年(1789)と伝えられる、いずれも江戸期の建物です。

 昭和18年(1943)に東福寺方丈庭園などの作庭で知られる庭園家の重森三玲(しげもりみれい)が譲り受け、新たに自ら設計して建てた、二つの茶席、無字庵1953(昭和28)年・非公開と好刻庵1969(昭和44)年、および自作の書院前庭や茶庭、坪庭がつくられていて、建物と庭園の両方に見どころが多いところです。

 現在は東側・書院庭園部が「重森三玲庭園美術館」として一般に公開され(予約申込制)、重森三玲の遺族によって管理・運営されています。西側の旧宅主屋部は独立した施設「招喜庵」として文化芸術分野で活用されており、通常、一般公開は行われていません。書院と茶室無字庵は国の登録有形文化財の木造平屋建て。

重森美玲庭園美術館(重森三玲邸書院・茶室)
旧鈴鹿家住宅
1789(寛政元)年 / 1953(昭和28)年増築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
作庭 : 重森美玲
京都市左京区吉田上大路町34
撮影 : 2014.7
c0112559_9311414.jpg
c0112559_9312674.jpg
c0112559_9313622.jpg
c0112559_9315969.jpg
c0112559_9314573.jpg
c0112559_932759.jpg
 寛政元年に建てられた鈴鹿家の書院です。
c0112559_9324963.jpg
c0112559_9332420.jpg
 書院から前庭を臨む。重森美玲庭園美術館では定番のアングルですが、見学者が多すぎて、人を入れずに撮ることができませんでした。
c0112559_9353382.jpg
 床の間。この左に左手に違い棚がありますが、何故か撮影禁止です。文化遺産オンラインのHPでは全景が映っていますが、素人目には何も変わったところはないように見えます。なぜ違い棚だけ禁止なのか全くわかりません。なお書院の天井にある灯具は友人イサムノグチのペンダントライトだそうです。
c0112559_937636.jpg
 書院とつながっている主屋は享保年間の築ですが、中は非公開。
c0112559_9373615.jpg
c0112559_9374639.jpg
 茶席 好刻庵は1969(昭和44)年の築。
c0112559_9385653.jpg
 重森美玲の襖絵。東福寺の方丈庭園に通じる市松模様のモダンなデザインです。
c0112559_9391888.jpg
c0112559_9392633.jpg
c0112559_9393733.jpg
c0112559_9395014.jpg
 非公開の茶席 無字庵は外観だけ。手前が壺庭です。
c0112559_9403899.jpg
c0112559_9405024.jpg
 重森美玲の書院前庭は1970(昭和46)年作庭の枯山水です。
c0112559_9411813.jpg
c0112559_9413075.jpg
c0112559_9414136.jpg
c0112559_9415382.jpg
c0112559_942474.jpg
c0112559_9422781.jpg
c0112559_9424018.jpg
 長く京都が続いたので、次回から少しだけ大阪へ。その後は東京へ行きます。
by gipsypapa | 2015-01-09 09:45 | 建築 | Trackback | Comments(4)

京都のカフェ真古館

c0112559_9221917.jpg
 吉田山荘本館の北東にある小さな建物はカフェ真古館(しんこかん)。下調べをして、ここで一休みと集合までの時間調整することに決めていました。

 元は東伏見家の車庫だった洋館で、フランス瓦葺の腰折屋根に、相対的に大きなドーマー窓を開けて2階に採光しています。外壁はモルタル塗りで、腰はモルタル洗出し。本館や周りの和風の建物群とは対照的な洋風建物です。国の登録有形文化財の木造2階建て。

カフェ真古館(吉田山荘旧車庫)
旧東伏見家住宅車庫
1932(昭和7)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
京都市左京区吉田下大路町59-1
撮影 : 2014.7.18
c0112559_9284615.jpg
 西の妻側から車を入れていたわけです。
c0112559_9291657.jpg
c0112559_9292524.jpg
c0112559_929389.jpg
c0112559_9294872.jpg
c0112559_9295713.jpg
c0112559_930648.jpg
c0112559_9302043.jpg
c0112559_931065.jpg
 案内されたのは2階です。昔は運転手の居住区だったのでしょうか。階段は妻面からみて左右2か所ありました。
c0112559_933835.jpg
c0112559_9331916.jpg
c0112559_9332997.jpg
 アイスコーヒーを頼んだら陶器のカップに入っていました。右にある紙片は吉田山荘のおかみさん手書きの草書です。読めません。(笑)
by gipsypapa | 2015-01-08 09:36 | 建築 | Trackback | Comments(4)

京都の吉田山荘本館

c0112559_9431317.jpg

c0112559_9522231.jpg
 吉田山南麓に建つ吉田山荘は、昭和天皇の義理の弟君、東伏見宮家の別邸として昭和初期に建てられました。戦後は高級料理旅館として宿泊や宴会を始め、季節ごとのイベントなど、文化的な催しも多数行なわれています。

 建物の外観は重厚感あふれる総桧造りの入母屋造桟瓦葺で、屋根瓦には御皇室ゆかりの裏菊紋があしらわれた格調高い作り。和と洋が融合した料理旅館です。京都の四季を感じられる庭園を眺めることができます。細部は法隆寺金堂などの意匠を手摺りやステンドグラスなどに巧みに取入れた良質な近代和風建築といえます。国の登録有形文化財の木造2階建て。

吉田山荘本館
旧東伏見家別邸
1932(昭和7)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
京都市左京区吉田下大路町59-1
撮影 : 2014.7.18





c0112559_9452336.jpg
c0112559_9453698.jpg
 表門と門番所も登録有形文化財です。
c0112559_946677.jpg
c0112559_9461695.jpg
c0112559_9462586.jpg
c0112559_9463434.jpg
c0112559_946449.jpg
c0112559_9465279.jpg
c0112559_947297.jpg
c0112559_9471170.jpg
c0112559_9472284.jpg
c0112559_9473187.jpg
 北と南の蔵も登録有形文化財です。この辺かと思いますが、塀が高く見えません。
c0112559_9474143.jpg

 一休にあった写真と・・↓
c0112559_9481968.jpg
c0112559_9482956.jpg
c0112559_948382.jpg

 HPから借用しました。↓
c0112559_1012641.jpgc0112559_101365.jpg












c0112559_9584399.jpgc0112559_9595755.jpg











c0112559_9503069.jpg

by gipsypapa | 2015-01-07 10:03 | 建築 | Trackback | Comments(2)

岡崎真如堂前町の謎の洋館

c0112559_9273972.jpg
 次に紹介する吉田山荘に向かって光明寺下、西側の細道を北上していると、生い茂った樹木の間からスパニッシュ風の洋館を見つけました。白いスタッコ壁に、2階は3連、1階は連のアーチ窓。左側に張り出しのある、大型の洋館です。

 しかし、蔦が絡まり、窓ガラスも割れたまま。廻りの木々も手入れがされていない、廃墟状態です。ネットで調べると、由来等の詳細情報はありませんが、「廃墟検索地図」「ちょっと気になる京都の風景」に廃墟として取り上げられていました。

 いつの時点からか分かりませんが、少なくとも30年前から空き家みたいです。建てられた当時この周辺でも目立ったお洒落でモダンな邸宅だったに違いありません。木造2階建て。

岡崎真如堂前町の洋館
詳細不明
京都市左京区岡崎真如堂前町17
撮影 : 2014.7.18
c0112559_9253676.jpg
c0112559_9254851.jpg
c0112559_925586.jpg
 建物を撤去すると、土地の固定資産税が大幅に上がるそうですが、それが理由で放置されているとしたら、問題がある法律です。
by gipsypapa | 2015-01-06 09:30 | 建築 | Trackback | Comments(2)