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東福寺常楽庵 開山堂

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東福寺の中心部から北へ向かい、通天橋を渡ったところにある開山堂、別名「常楽庵(じょうらくあん)」へ行きました。開山堂というのは、仏教寺院において開山の像を祀った堂のことだそうです。ここでも開山・聖一国師(円爾)を祀っています。

最初の建物が1819(文政2)年に焼失したため、1823(文政6)年に、江戸時代の公卿一条忠良(いちじょう ただよし)によって再建された2階建の楼閣で、開山円爾像を安置しています。また常楽庵は枯山水と池泉式の庭園が、ふたつでひとつの庭園を構成する、見所が多いところです。国の重要文化財の平屋建て、一部楼閣付き。

常楽庵 開山堂・昭堂
1823(文政6)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
京都市東山区本町15−778
撮影 : 2016.12.2
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上層は楼閣風で「伝衣閣」(でんねかく)と呼ばれます。金閣(鹿苑寺)、銀閣(慈照寺)、飛雲閣(西本願寺)、呑湖閣(大徳寺塔頭芳春院)と並ぶ「京の五閣」の一つだとか。
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参道をはさんで二つの日本庭園があります。作庭者は不明ですが、いずれも江戸時代のものです。
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西側は枯山水庭園で、波紋で市松模様がつけられていました。
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反対の参道東側は緑が美しい池泉と築山で構成された池泉回遊庭園。
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石組みと石橋が、刈り込んだサツキの間に配置されています。
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建物が普門院ともいわれるため、庭園は東福寺普門院庭園と呼ばれるようです。
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これで東福寺を終わり、次回から尾道市の生口島をアップします。

by gipsypapa | 2017-10-07 09:14 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東福寺 龍吟庵と庭園

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龍吟庵(りょうぎんあん)は臨済宗東福寺派の寺院で東福寺の塔頭(たっちゅう)です。方丈は東福寺の本坊庫裏の背後から偃月橋(えんげつきょう)を渡った正面にあります。室町時代初期に建造された現存最古の方丈建築だとか。

龍吟庵 方丈
室町時代初期
国宝
京都市東山区本町15−812
撮影 : 2016.12.2
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龍吟庵に向かう途中、東福寺三名橋の中で最も上流に架かる偃月橋。桃山時代の築で、国の重要文化財。秀吉の正室である北政所・ねねが龍吟院にお参りするために架けられたといわれています。

偃月橋
1603(慶長8)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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龍吟庵 庭園
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方丈を囲んで東・西・南の三庭があります。いずれも重森三玲の手による枯山水の庭で、昭和39年(1964年)の作庭です。最初の写真は南庭(無の庭)。方丈の前庭で、白砂を敷いただけというシンプルな庭です。

龍吟庵 庭園
1964(昭和39)年
作庭 : 重森三玲
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西庭(龍門の庭)。龍が海から顔を出して黒雲に乗って昇天する「昇り竜」の姿を枯山水にして、水墨画のようなイメージになっています。
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東庭(不離の庭)。シンプルな枯山水ですが、赤砂を敷いています。伝統的な様式を用いながら、モダンでインパクトの強い庭です。
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by gipsypapa | 2017-10-06 08:45 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東福寺 方丈(本坊)と庭園

方丈(本坊)
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これも明治後期に昭憲皇太后より下賜されたもので内部は3室2列の6室あり、前庭のある南面には広縁が設けられているます。方丈とは、禅宗寺院における僧侶の住居ですが、後には相見(応接)の間の役割が強くなったとか。

方丈
1890(明治23)年 / 1909(明治42)年(唐門)
設計・施工 : 不明
京都市東山区本町15−778
撮影 : 2016.12.2
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庫裡の南側にある、東福寺本坊への入口。方丈へは左側にあるもう一つの入り口から入ります。

東福寺 方丈(本坊)庭園
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ここで有名なものは庭園は近代の造園家、重森三玲(しげもり みれい 1896-1975)作庭により、方丈の四方に配される、国指定名勝の庭園です。これらの庭は重森三玲の事実上のデビュー作で、傑作といわれています。

東福寺本坊庭園
1939(昭和14)年
国指定名勝
作庭 : 重森三玲
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南庭(八相の庭)。荒海の砂紋の中に釈迦の生涯における8つの重要な出来事「八相成道(はっそうじょうどう)」の「蓬莱」「方丈」「瀛洲」「壺梁」「八海」「五山」を表現しているそうです。
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方丈唐門。明治14年の火事で方丈、庫裏、法堂、仏殿が焼失。その翌年、英照皇太后、昭憲皇后から、再興のための賜金が給わされました。明治42年(1909年)に造営された唐門を恩賜門とよぶのは、このためだとか。
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方丈を時計回りに見て行きます。
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西庭(井田の庭)。さつきの刈込みと砂地が大きな市松模様になっています。
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北庭(市松の庭)。白い敷石と緑の杉苔を幾何学的な市松模様に配した新鮮で現代的な庭です。
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重森三玲といえばこれを思い出す、印象的な代表作です。
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東庭 (北斗七星の庭)。波と雲を表す白砂に、円柱の石組みを突き出し北斗七星を表現しています。
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by gipsypapa | 2017-10-05 09:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

慧日山 東福寺

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東福寺(とうふくじ)は、1236(嘉禎2)年に創建された臨済宗東福寺派大本山の寺院で、山号は慧日山(えにちさん)です。鎌倉時代初期に九条道家(くじょう みちいえ)により九条家の菩提寺として伽藍を建立したことに始まるとか。寺名は、奈良の東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとって東福寺としたそうです。

25の塔頭(たっとう)寺院を持つ巨大な寺院で、三門、本堂、方丈、庫裏などの主要伽藍が軒並み、国宝や国の重要文化財に指定されています。また、秋は紅葉の名所として賑わうことで知られるほか、重森三玲(しげもり みれい)作庭の庭園が有名で見所になっています。

慧日山 東福寺
京都市東山区本町15−778
撮影 : 2016.12.2
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この年は、初めて紅葉の見ごろの11月12日から30日まで、事故防止と混雑緩和のため、主な紅葉の撮影スポットになる通天橋と臥雲(がうん)橋上での撮影が禁止されているというニュースをテレビで見ました。
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警備員や誘導係を多く配置して混雑解消に努めてきたが、近年は海外からの観光客が増えて、撮影で立ち止まる人が多く、行列が動かなくなる時もあるそうです。
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ということで、紅葉の見ごろ期間が終わるのを待ちました。12月になったので、通行禁止も解けたので、紅葉も終わりかけのはず。重森三玲の庭が見たかったこともあり、出かけました。

臥雲橋(がうんきょう)
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東福寺の洗玉澗(三ノ橋川の渓谷)に架けれた3つの橋は、「東福寺三名橋」と呼ばれています。この臥雲橋は三名橋の中で最も下流に架かっている橋で、境内というより公道の間にある橋です。最盛期を過ぎたとはいえ、多くの観光客です。警備の人が、同じ場所で長い間撮影していると、注意する光景も見受けました。

臥雲橋
詳細 : 不明
京都府重要文化財
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日下門(にっかもん)というところから境内へ。これも京都府指定文化財です。

禅堂
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入ってすぐ右手にあるのは禅堂。切妻造りの国の重要文化財です。

禅堂
室町前期
重要文化財

本堂(仏殿)
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境内中央に建つ本堂は新しい建物です。明治後期に仏殿と法堂が消失したため、1934(昭和9)年再建されました。昭和期の木造建築としては最大級のものです。

本堂(仏殿)
1934(昭和9)年
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三門

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境内の南に構える三門。室町時代に足利義持が再建した、現存する禅寺の三門としては日本最古のものだとか。正面に巨大な6本の柱が並び、中央3間が通路になっています。東福寺の建造物としては、唯一、国宝に指定されている二重門。建造年についてはネット上では1405(応永12)年と1425(応永32)年と二つあり、正解はわかりません。

三門
室町初期
1405(応永12)年
国宝
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門の南にある思遠池(しおんち)は放生池で、中央に三門へとつながる石橋が懸けられています。
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六波羅門(ろくはらもん)
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境内南側の通用門は鎌倉前期のもので、1221年(承久3年)に後鳥羽上皇により起こされた「承久の乱」の後、朝廷を監視する目的で執権北条氏により京都に置かれた六波羅探題の遺構を移築したものと伝わっています。寺内で最も古い建築物の一つで、国の重要文化財に指定されています。

六波羅門
鎌倉前期
重要文化財

浴室(よくしつ)
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境内の南、三門の東側にある入母屋造りの浴室。国内最大で、室町時代の築と考えられ、禅宗では現存最古の浴室であることから、重要文化財にも指定されています。

浴室
1459((長禄3)年ころ
重要文化財
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蒸し風呂だったようで、現在でも使用できるほどの近代的なシステムだそうです。

五社成就宮(ごしゃじょうじゅきゅう)
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入口にある石の鳥居、この鳥居をくぐって石段を上がった先に本殿があります。東福寺の鎮守社で、石清水八幡・賀茂・稲荷・春日・日吉の五社を祀ることから「五社明神社」とも呼ばれています。京都府の有形文化財の一間社流造り。

五社成就宮
1594(文禄3)年
京都府指定文化財
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十三重石塔(じゅうさんじゅうせきとう)
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花崗岩製の石塔で比良の魔王を祀ったもので、南北朝時代に東福寺の創立祈願のために建立されたそうです。国の重要文化財の石塔。

十三重石塔
1343(康永2)年
重要文化財

鐘楼
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五社成就宮のある広場のにあるのは鐘楼。江戸時代の建立で、京都府指定文化財。梵鐘には1954年(昭和29年)の刻印があるそうです。鐘は戦時中に徴収されたのでしょうか。

鐘楼
1671(寛文11)年
京都府指定文化財

庫裏(くり)
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本堂(仏殿)の北側に方丈に接続して建っています。明治14年に消失したため、明治45年に再建されました。明治天皇皇后であった昭憲皇太后の恩賜建築だそうです。庫裡(庫裏)は寺院における台所、つまり食事を作る建物を指しますが、住職やその家族、あるいは僧侶の生活する場所であったり、寺務などが執り行われる場合もあるそうです。

庫裏
1910(明治43)年

経蔵(きょうぞう)
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開山の円爾弁円(聖一国師)は、仁治2年(1241)宋持ち帰ったの多くの経典が納められていた経蔵で、江戸時代の寛政5年(1793)の再建されたものです。

経蔵
1793(寛政5)年

愛染堂(あいぜんどう).
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朱色が鮮やかな八角形の愛染堂。元は、南北朝時代、東福寺の塔頭だった三聖寺に建てられましたが、室戸台風で倒壊。この場所に移築再建されたものだそうです。愛染明王を祀っています。

愛染堂
詳細不明

通天橋
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通天橋は、境内中央の仏殿・方丈から北側にある開山堂(常楽庵)に至る渓谷の洗玉澗に架けられた橋廊で、紅葉を楽しむ最良のスポットになっています。1380年に春屋妙葩(しゅんおくみょうは)が谷を渡る苦労から僧を助ける為に、橋を架けたと伝えられています。元の橋が伊勢湾台風で倒壊したため、昭和36年に建て替えられました。上部は木製の橋ですが、橋脚部分は鉄筋コンクリートです。

通天橋
1961(昭和36)年
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通天橋の向こうにある開山堂(常楽庵)へ向かうのに通天橋拝観券販売所で拝観料400円を払って、洗玉澗(せんぎょくかん)という渓谷のそばを通ります。最盛期を過ぎたとはいえ、まだ見事な紅葉でした。
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これ以降はウィキペディアから。
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安藤広重の通天橋。次回からは、東福寺の美しい庭園に注目します。

by gipsypapa | 2017-10-04 09:45 | 建築 | Trackback | Comments(4)

宮津のレトロ建築

城崎温泉からスタートした北近畿の旅。宮津編の最後です。残りの物件をまとめてアップします。
撮影 : 2014.10.28

古川歯科医院
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 茶六別館の南側の角にある病院。かなりレトロ感があります。

古川歯科医院
詳細不明
宮津市島崎2039
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NM邸
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 古川歯科医院東側の和風の邸宅。

NM邸
詳細不明
宮津市島崎
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正体不明の木造建築
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 府道9号線沿いにある2階建ての木造建築。住宅かもしれませんが、窓が少ないし、ベランダが北に1か所の変化のない外観なので、公民館みたいなものだったのかもしれません。

正体不明の木造建築
詳細不明
宮津市宮本425
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TD邸
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 はっきり覚えていませんが、昔の花街だった新浜通りにある町屋の一つだったと思います。

TD邸
詳細不明
宮津市魚屋
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by gipsypapa | 2015-05-22 09:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)

宮津の化粧地蔵

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 1年以上前に大阪府高槻市富田町の化粧地蔵をアップしました。それ以後も旅をした各地の道端に地蔵の社を見つけては覗くようになりましたが、あのような地蔵さんは、他では見たことがありませんでした。

 今回、宮津でも覗いてみると、おお!ありました。一つだけでなく、いくつもあります。町を歩いたのは一部だけなので、他にもたくさんありそう。

 地域的な風習というか、流行というかがあるのでしょう。同じ町に固まっているのが興味深いです。

宮津の化粧地蔵
詳細不明
撮影 : 2014.10.27 & 28
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by gipsypapa | 2015-05-21 09:04 | | Trackback | Comments(2)

泰叟山 国清寺

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 宮津の金屋谷の南に奥まったところにある国清寺(こくせいじ)は、宮津2代藩主だった京極高広の正室、寿光院(岡山藩主池田輝政の娘)が1625(寛永2)年に開創した日蓮宗の寺院です。

 宮津市指定文化財の龍虎図があると観光パンフレットに書いてありましたが、本堂は閉まっていたし、先の佛性寺と経王寺の内部見学で時間がかかったので、ここの内覧はあきらめました。

 本堂はむくり屋根の玄関を持つ、古そうな建物です。個人的に目に留まったのは、隣接する庫裏。かなり大型の住宅建築でしたが、いずれも建物の詳細は見つかりませんでした。

泰叟山 国清寺
詳細不明
宮津市金屋谷486
撮影 : 2014.10.28
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 不許葷酒入三門」。ネットで調べると「くんしゅ さんもんに いるを ゆるさず」。くさいにおいのする野菜と、酒は、修行の妨げになるので、寺の中に持ち込んではならない、ということだとか。普通は「三門」ではなく「山門」みたいです。
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 本堂は古そうに見えます。
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 お坊さんの住居、いわゆる庫裏。
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 煙出しのようなものが屋根に乗る大規模な住宅建築です。
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 これで宮津のめぼしいお寺は見終わりました。
by gipsypapa | 2015-05-20 09:14 | 建築 | Trackback | Comments(1)

本城山 経王寺

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 佛性寺の次は南側にある経王寺(きょうおうじ)へ。日蓮宗の寺院で慶長7年(1602)に宮津藩主、京極高広の帰依を受け、日依上人により開かれました。

 現在の本堂は弘化2年(1845)に再建されたもの。本堂の中央間の天井に幕末の郷土画家、和田屏山による龍雲図が描かれています。

 また内陣の天井には天女の飛天図があります。作者は不明です。

本城山経王寺
1845(弘化2)年
設計・施工 : 不明
宮津市金屋谷886
撮影 : 2014.10.28
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 本堂が閉まっていたので、横にある居住区に声をかけたら、歓迎されました。
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 このお寺も龍の彫刻と・・・
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 なんでしょう?駕籠?
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 木鼻は獏です。
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 本堂の照明をつけていただき、後はご自由にとのことでした。
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 いわゆる火焔太鼓です。
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 和田屏山作の龍雲図。天井が低いので迫力満点ですが、全体を撮ることはできませんでした。
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 内陣の円形天井には極彩色の飛天図があります。
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 ネット情報では、かつては回転したとか。位牌が倒れたりしたそうで、もちろん今は回転していません。
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 奥の仏壇の両側に天女と鳳の絵。観光案内のパンフレットには龍の図しか書いてなかったけど、飛天図とともにこれも素晴らしい。
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 ゆっくり見学させていただいた上に、最後にはお茶まで頂きました。ありがとうございました。
by gipsypapa | 2015-05-19 10:59 | 建築 | Trackback | Comments(4)

金谷山 佛性寺

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 古い寺院が集合している寺町の玄関口にある佛性寺(ぶっしょうじ)。彫刻や襖絵などに見どころが多く、優美な佇まいを残す古寺です。細川家と縁の深い古刹で、本堂は、幕末にイギリス船が入港したときイギリス船員の休憩場所に使われたとか。

 見どころに一つは本堂の木鼻は獅子と獏。また唐破風下に鷲の彫刻が施されています。大阪城を作った棟梁の一人、中井権次(なかい ごんじ)の作です。4代目から枝別れして彫刻家になった名匠で、現在は10代目が市内で中井彫刻店として続いているそうです。

 本堂の襖絵(紙本彩色源氏物語澪標図)は天保年間(1830~43)のもので勤皇の画家といわれた佐藤正持の作。極彩色で大和絵風の画法が用いられ、彼の作品の中でも優れたもの。

 また山門は幕末の安政5年に建立されたもので、門扉には細川の紋所「細川九曜」があり、扉上には迫力のある龍があります。

金谷山佛性寺
本堂 1625(寛永2)年
山門 1858(安政5)年
設計・施工 : 不明
宮津市金屋谷879
撮影 : 2014.10.28
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 向うに見えるのは江戸時代に建てられた経堂です。
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 獅子と獏の木鼻。
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 折り上げ格天井。
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 佐藤正持の作の襖絵。
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 山門は江戸末期に建てられたものです。
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 細川の紋所「細川九曜」
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 龍がいます。
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 「寺社の装飾彫刻 近畿編」という本に取り上げられています。 ↓ はその写真です。
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 自分では撮りきったと思っていましたが、まだまだあったようです。視線が低いので仕方ないです。
by gipsypapa | 2015-05-18 08:52 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松渓山 智源寺

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 宮津市の市街地南部には寺院が集中しています。事前には何の情報も持っていませんでしたが、旅館でもらった観光案内に歴史的価値があるお寺が紹介されていたので、それに従って散歩を兼ねて行ってみました。

 智源寺は曹洞宗の修行道場としても知られ、寛永2年(1625)に宮津城主・京極丹後守高広が母堂・惣持院殿松渓智源大禅定尼追善のために建立したお寺です。現在の本堂は寛政9年(1792)の火災で焼失後、文化元年(1804)に、宮津の大工の嶋川清治郎によって建てられ、後見に冨田弥四郎、柴山羽左衛門の名が見られるとあります。

 見どころは本堂格天井の20枠に描かれた花草図で、江戸時代後期の円山四條派と土佐派20人の傑作で、京都府指定文化財なのですが、観光案内に書かれていたにも関わらず、見落としてしまいました。木造平屋建て。

松渓山智源寺本堂
1804(文化元)年
設計・施工 : 嶋川清治郎(大工)ほか
宮津市京街道769
撮影 : 2014.10.28
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 赤門です。
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 堂々とした山門ですが、これは、つい最近再建されたものだそうです。
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 経蔵。
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 鐘楼。
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 江戸後期に建立された本堂。
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 この本堂の真上に天井画があったのですが気づかず、残念でした。ということでネットにあった写真です。↓
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 よさそうな日本庭園がありますが、朝食前の散歩なので旅館へ戻らなくては・・・
by gipsypapa | 2015-05-17 08:51 | 建築 | Trackback | Comments(2)