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聖心女子学院正門

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 東大医学研究所の北側にに隣接した聖心女子学院の正門。日本では原爆ドーム(旧広島県物産陳列館)で有名なチェコ人の建築家、ヤン・レツル(ヤン・レッツェルとも表記されることがある)の作品。聖心女子学院の校舎もレツルの設計でしたが、関東大震災で倒壊して現存していません。1907(明治40)年~1916(大正5)年に日本で数件の設計を手掛けましたが残っているのはこの2件だけ。ゼツェッシォン風に日本の城門のイメージをいかした瓦屋根を使って不思議な雰囲気を醸し出しています。

 関根要太郎研究室@はこだてにはさらに詳しい解説とフィルムカメラで撮った素晴らしい写真がありますのでどうぞ。なお、ここでは当時ドイツで流行していたユーゲントシュティル(ドイツにおける世紀末美術、ドイツ版アール・ヌーヴォー)的作品とされています。煉瓦造り。

聖心女子学院正門 1909(明治42)年
設計 : ヤン・レツル(Jan Letzel)
施工 : 矢部国太郎
東京都港区白金4-11-1
撮影 : 2008.10.12
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 思ったより和風の格子門扉。城門か神社のようです。
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 通りから緩やかな坂になっている並木道の突き当たりが正門です。
by gipsypapa | 2009-01-18 12:17 | 建築 | Trackback(2) | Comments(8)

原爆ドーム

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 あまり詳しく書かなくても有名な広島の原爆ドーム。チェコの建築家ヤン・レツルの設計で、ユネスコ世界遺産にも登録されています。竣工当時の名称は「広島県物産陳列館」で、その後「広島県立商品陳列所」「広島県産業奨励館」と名称を変更。原爆・戦争の悲惨さを伝える観光名所です。煉瓦造(一部RC造)3階(一部5階)建て。

 ヤン・レツル(Jan Letzel :ヤン・レッツェルとも表記される)は1906年来日、約10年の滞日中に共同作品を含め、旧宮島ホテル、上智大学1号館、聖心女学院など11カ所の建築を手がけましたが、ほとんどが消失していて、聖心女学院の正門くらいしか残っていません。その写真とレツルの詳しい情報は↓からどうぞ。
http://fkaidofudo.exblog.jp/6608341/

原爆ドーム
旧広島県物産陳列館・産業奨励館 1915(大正4)年
ユネスコ世界遺産
設計 : ヤン・レツル
施工 : 椋田組
広島市中区大手町1-10
撮影 : 2006.10.20
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 この日は10月とはいえ天気がよく気温も高くて暑かった。暑さは原爆ドームと平和記念公園に合っているのかな。
 
 ついでに同じ公園内にある広島平和記念資料館 および平和記念公園も。
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 丹下健三の記念碑的な建築。日本におけるモダニズム建築の傑作でもあり、DOCOMOMO Japanによるモダニズム建築100選にも選ばれています。
 1948年の世界平和記念聖堂のコンペでは、1等がなくて、丹下案と他にもう1案が2等に並び、コンペによる案は実現せず。(これは次回に紹介します。
 1949年平和公園とそこに立つ平和会館のコンペに、丹下健三案が選ばれ、1955年に開館しました。

広島平和記念資料館 および平和記念公園 1955(昭和30)年
国指定重要文化財・国指定名勝
設計 : 丹下健三計画研究室(丹下健三、淺田孝、大谷幸夫)
広島市中区中島町1-2
撮影 : 2006.10.20
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by gipsypapa | 2008-03-24 14:07 | 建築 | Trackback(3) | Comments(4)