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京都の柊家旅館

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 俵屋旅館の向かいにあるのがこれも有名な老舗旅館の柊家(ひいらぎや)。木造で数奇屋造りの純和風の宿です。

c0112559_7401192.jpg 幕末に福井出身の先祖が運送業、海産物商を始めたのが始まりで、下鴨神社の境内にあり柊の木が自生していた比良木神社から名前をとったそうです。1864(文久元)年に旅館として創業。幕松の志士たちから皇族方、さらに川端康成、三島由紀夫、チャップリン、アラン・ドロンなどの文化人や有名人が利用した老舗です。

 江戸末期から昭和までの風情が残る数奇屋造りの旧館と2006(平成18)年築の新館があります。塀を巡らしたお寺のような門を持つ外観は、荘厳な雰囲気を醸し出しています。旧館は木造2階建て。

柊家旅館
1818(文政1)年 / 1952(昭和27)年
設計・施工 : 不明
京都市中京区中白山町277
撮影 : 2014.6.4
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 柊家旅館のHPから内部写真を借用します。 ↓↓
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 柊家。俵屋、炭屋と「屋」がついていますが、ここだけは「家」です。

柊屋別館
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 京都市役所の近くにもう1軒、柊屋別館があります。こちらも純和風の高級旅館です。築年などの情報は見つかりませんが、檜造りの木造2階建て。

柊屋別館
詳細不明
京都市中京区山本町431
撮影 : 2014.6.4
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 HPから。 ↓↓
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by gipsypapa | 2014-12-02 07:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都の俵屋旅館

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 富小路から一つ東にある麸屋町通は3大老舗旅館といわれる「俵屋旅館」「炭屋旅館」「柊家」という歴史と品格のある旅館が軒を連ねています。

 俵屋旅館は京都に現存する最古の旅館で、文化財登録されている高級旅館として有名。禁門の変(または蛤御門の変ともいわれる1864年)で焼失の後に再建された木造2階建の建物です。玄関が麸屋町通りに面しているので、入り口周辺は見ることができました。

 宿泊客でないとその奥は見ることができませんが、敷地の中には複数の中庭・外庭が全客室から見えるように配置されているとか。洗練された数寄屋風建築に優雅さと風格が感じられるとあります。

 客室、料理、接客。どれをとっても一流と言われる俵屋旅館は、「一度は行ってみたかった」と訪れる客が多いといいます。とはいえ、個人的に近場である京都には泊まる必要がないうえに、これほどの高級旅館に泊まることはありえず、中を見ることは不可能と断言できます。(--);;国の登録有形文化財の木造2階建て。

俵屋旅館
旧館 1847(明治7)年
新館 1964(昭和39)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
京都市中京区麸屋町通姉小路上る中白山町280
撮影 : 2014.6.4
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 INAX REPORT 190 に俵屋旅館の特集があります。1965(昭和40)年に建てられた吉村順三設計の新館があるそうです。
 中を見る機会はなさそうなので、「食べログ」の写真を借用します。 ↓↓
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 ちなみに俵屋旅館自身のHPはないようです。これだけの旅館にHPがないのは珍しい。自信の表れ?
by gipsypapa | 2014-12-01 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳川の柳屋旅館

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 鶴味噌並倉を見に行ったときに路地を挟んで、大型の和風建築を発見。普通の住宅と思いましたが、反対側をよく見ると「旅館柳家」という看板があります。

 ネットに情報が少ないのですが、創業80年以上の旅館で、低料金で柳川の郷土料理が専門とか。有明海の魚介類をふんだんに使った料理が自慢で、食事のみの利用をする客も多いそうです。鶴味噌に代表される、昔ながら町並みに静かな佇まい。ネットにある一般の旅行サイトに載っていないので、知られていませんが、意外によさそうです。木造2階建て。

柳屋旅館
昭和初期
設計・施工 : 不明
柳川市三橋町江曲225-1
撮影 : 2014.5.15
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 「観光情報 クロスロードふくおか」というHPに内部写真がありました。 ↓↓
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by gipsypapa | 2014-09-26 08:58 | 建築 | Trackback | Comments(2)

御花 和館

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 立花邸の見どころは、洋館と長い廊下でつながれた和館部分にもあります。大広間、御居間,家政局から成る和館部は西洋館よりも一足先に建てられました。

 印象的な大広間は接客に使われた、18畳、18畳,12畳の続き間の大きな部屋。中の間の畳や敷居を外すと能舞台になるそうです。材料はすべて木曽檜で、床の間は京都の唐紙を使っているとか。また御居間は8畳と6畳の部屋が続き、居住部分でした。

 河上建築事務所の「旧立花家住宅の概要と沿革」というネット情報では「大工は大廣間と西洋館が博多中対馬小路の讃井傳吉、御居間が地元の久冨元一、家政局ほかが地元の江頭徳太郎である。また久冨元一が和館の設計にかかわった可能性があるが、個人で設計したとはかんがえにくい。」とのこと。

 大広間と御居間は松濤園(しょうとうえん)と名付けられた広大な庭園に臨んでいます。明治初期の作庭で御花畠時代の様子を今に伝え、庭園の半分を池泉が占めます。昔は池上の仮設の舞台で能が披露されるなど、典雅な文化が楽しまれたそうです。池の水は掘割を引きいれたもので、有明海の潮の満ち引きに従って景色も表情を変えるとか。

 松島(宮城県)の風景を模して造られたといわれ、園内にはその名のとおり約280本のクロマツがあり、1978(昭和53)年に国の名勝に指定されました。和館は木造平屋 / 2階建て。

御花 和館
旧柳川藩主立花伯爵邸 
1909(明治42)年ころ
設計 : 久富元一か
施工 : 讃井傳吉、久富元一、江頭徳太郎
柳川市新外町1
撮影 : 2014.5.14 & 15
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 大広間の外観。
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 大広間から渡り廊下のむこうが「御居間」。ここは中を見ることができませんでした。
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 ここは多分「家政局」です。
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 和館に架けられている金箔押桃形兜(きんぱくおしももなりかぶと)。桃山時代から江戸時代初期に使われた兜で、桃の実をかたどっていることから付けられた名前だそうです。
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 能舞台にもなるという大広間。普段は畳敷きですが、この日は洋式の丸テーブルが並んでいました。週末に結婚式の大披露宴があるのでしょうね。
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 以下は国の名勝の松濤園(しょうとうえん)。
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by gipsypapa | 2014-09-18 09:10 | 建築 | Trackback | Comments(2)

御花 西洋館

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 瓦屋根の和風建築が立ち並ぶ街並みにひときわ目を引く白亜の洋館。有名な料亭旅館で、文化財でもある御花。念願が叶い初めて泊まりました。柳川を代表する観光スポットで、柳川名物「うなぎのセイロ蒸し」をはじめとする有明海の珍味を本格会席料理として、宿泊客以外でも楽しむことができます。

 御花は、この西洋館以外に、さらに古い「和館」、宿泊棟である鉄筋4階建ての「松濤館」、観光客用の鉄筋2階建て食事処「対月館」と資料館である「殿の倉」からなっています。

 柳川藩主の立花家が元禄時代に御花畠といわれたこの地に別荘を建てて以来、柳川の人々が御花と呼んだそうです。明治5年に柳川城が焼失して以来、御花は立花家の本宅として使用されました。現在の洋館と和館は第14代目当主の立花寛治(ともはる)公の時代に普請されたものです。

 外観はフレンチ・ルネッサンス様式で、中央上部のペディメントや窓・柱頭などの細部意匠に、その影響が見られます。玄関ホールには3連アーチで柱はイオニア式木柱と凝った意匠で、内部も2階の謁見室は暖炉周りや天井の漆喰も丁寧な造作がなされています。

 設計者は河上建築事務所の「旧立花家住宅の概要と沿革」というネット情報、および「日本近代建築大全」という本で「福岡県技手を務めていた西原吉次郎である。工事中に愛知県に移動になったため、同じ県庁で働いていた亀田丈平が後を引き受けた。」とあり、これらのデータを採用しました。しかし他にネット情報では設計が亀田共次郎、施工は中島文吉というのもいくつかあります。文化財指定がされていないのが不思議な木造2階建て。

御花 西洋館
旧柳川藩主立花伯爵邸
1910(明治43)年
設計 : 西原吉次郎、亀田丈平、亀田友次郎
施工 : 讃井傳吉、久富元一、江頭徳次郎
柳川市新外町1
撮影 : 2014.5.14 & 15
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 出迎える門と門番詰所(守衛所)及び煉瓦塀も同時期の竣工で、見応えがあります。
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 守衛所にはブライダルサロンとあります。結婚式の時に利用されるようです。
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 10本の円柱で支えられた車寄せがある玄関ポーチ。上部はベランダではなく喫烟(煙)室です。
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 玄関ホールには3連アーチ。柱はイオニア式木柱で、アーチ頂部にキーストーンの装飾があります。
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 玄関ポーチの張り出し部は附属する喫烟(煙)室になっています。
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 西洋館2階の広間「謁見室」。
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 漆喰仕事が見事なランプ懸け。巨大な蝶のようです。
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by gipsypapa | 2014-09-17 09:43 | 建築 | Trackback | Comments(2)

修善寺温泉 新井旅館

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 修善寺シリーズの最後です。こちらも修善寺を代表する老舗「新井旅館」。明治5年に酒造蔵元から養気館「新井」として創業した、歴史のある旅館。修善寺に数ある旅館の中では唯一、国の登録有形文化財があり、全部で15棟の建物が指定されています。

 実は修善寺で泊まる旅館を選ぶときに、前に紹介した菊屋と、どっちにするか悩みました。ネット情報を調べていたら、ここ新井旅館は館内のガイドツアーをやっていることがわかりました。そういうわけで、宿泊は菊屋へ。翌日は新井旅館で見学することにしました。

 ちなみに、文化財登録されているのは、青州楼、雪の棟、渡りの橋、霞の棟、桐の棟、月の棟、甘泉楼、紅葉、山陽荘、天平風呂、あやめの棟、花の棟、吉野の棟、観音堂、水蔵の15棟です。

 約40分ツアーで、当然のことながらすべてを見ることはできませんし、建物毎に説明してくれるわけではありませんので、個々の名称は、あてずっぽうのものもあります。もしかしたら間違っているかも知れません。なお、ガイドツアーの料金は1,500円でコーヒーなどのソフトドリンクがついています。

新井旅館
1881(明治14)年 ~ 1943(昭和18)年
登録有形文化財
伊豆市修善寺970
撮影 : 2014.4.23
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 ツアーで貰った館内マップです。クリックすると大きくなります。

月の棟
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 新井旅館の本館になっている「月の棟」。玄関ロビーとフロントやショップがあります。平等院鳳凰堂を模したといわれる玄関周りなど,典型的な和風旅館の外観をしています。1960(昭和35)年にコンクリート造りに改築されました。国の登録有形文化財の木造、一部鉄筋コンクリート造り、地上3階、地下1階建て。

月の棟
1919(大正8)年 / 1960(昭和35)年改築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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青州楼
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 新井旅館では最も古い建物で、六角塔が修善寺全体のシンボルになっています。唐破風付きの城郭風建築で,近くからは全貌が見にくい位置に建っていますが、修善寺の街の各所から六角塔を見ることができます。

 いつからいつまでかは不明ですが、若干23歳で新井旅館の棟梁になり、50年間宿の建物を手入れし見守ったという、大川正平氏が次のように書いています。

 「木造の木組にして礎石の上へ土台なしで立柱した古い様式で建てられ、礎石は安山岩の岩盤まで掘り下げ大石を積み重ね、中心の柱四本はその上に立っている。」国の登録有形文化財の木造3階建て。

青州楼
1881(明治14)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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 「月の棟」から中へ入りロビーで案内を待ちます。あらかじめ前日に朝10時のツアーを電話予約していました。着いたころは、宿泊客のチェックアウトが終わりかけ。数人とすれ違いましたが、ツアー参加の外来は、結局私たち二人だけでした。
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 玄関脇にある階段。地下を通って道路の北側にある「甘泉楼」とつながっています。
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 樹種豊かな庭は新井旅館の特徴。4月というのに紅葉のような景色です。
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 「月の棟」から「青州楼」に向かう幅広の廊下は、美しい庭に面し喫茶を兼ねています。せせらぎを超え池を巡る雰囲気は素晴らしく、一見の価値があります。
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 最後にここで珈琲とお茶菓子のサービス。ツアーの案内は40分ほどですが、ここで時間を気にせず、ゆっくりできました。

渡りの橋
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 「月の棟」と「雪の棟」とを連絡する屋根付きの太鼓橋。床は小さな幅の板を目透かしに貼って下を流れる水を見せるようになっています。また橋を長く見せるために「月の棟」側を幅広に、「雪の棟」を狭くするという工夫もなされています。つながる「月の棟」の廊下とともに、宿泊客が来館記念の写真を撮るベストロケーションです。 国の登録有形文化財の木造平屋建て。

渡りの橋
1899(明治32)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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雪の棟
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 渡りの橋を渡ると「雪の棟」。敷地のほぼ中央にあり、客室と附属する浴室棟からなっています。浴室棟はムクリ付の入母屋の屋根に煙だしの小屋根を載せた特徴的な建物です。第1期の増築部分。国の登録有形文化財の木造2階建て。

雪の棟
1899(明治32)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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霞の棟
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 中に入ることができませんでしたので、定かではありませんが、多分、「霞の棟」と思います。「雪の棟」の南方にあり,南は桂川に面しています。国の登録有形文化財の木造3階建て。

霞の棟
1899(明治32)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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 桂川からははっきりと霞の棟を識別できます。
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 これらの部屋や廊下は、多分「雪の棟」です。
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 2代当主が造成した池泉庭園の両側に二つの建物が増設されました。「華の池」の真ん中にあるのは「乙姫島」です。

花の棟
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 「華の池」を挟んで「桐の棟」に向き合って建っています。南側は桂川を望み、目の前に竹林の小径が広がる、景観が素晴らしい部屋が並んでいます。数寄屋風の趣をもち、大正から昭和期の日本画家で、 前田青邨と並ぶ歴史画の大家である安田靫彦(やすだ ゆきひこ、1884 - 1978)の監修といわれています。国の登録有形文化財の木造2階建て。

花の棟
1934(昭和9)年
登録有形文化財
設計指導 : 安田靫彦
施工 : 不明
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 手前が花の棟、向こうは吉野の棟でしょう。

桐の棟
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 「華の池」の北側は「桐の棟」。「花の棟」に向き合ってペアのように見えますが、こちらは大正期でずいぶん古いものです。基礎が池に没するくらい床下が低く、真壁造りの南面を水面に映しています。国の登録有形文化財の木造2階建て。

桐の棟
1916(大正5)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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天平風呂
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 「青州楼」の南、「あやめの棟」との間に建つ総檜造りの浴場。4間×4間の小ぶりな建物ですが、檜の丸柱と石の組み合わせが野性味あふれる、半地下のユニークな浴室です。ネット情報では、3代当主と親交が深かった安田靫彦がが、ビザンチン様式の計画案を天平様式に変えて、自ら設計にあたったそうです。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

天平風呂
1934(昭和9)年
登録有形文化財
設計 : 安田靫彦
施工 : 不明
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 半地下なので窓が半分水没状態。浴場内から池の鯉が泳ぐのを眺めることができます。
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 バー。
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吉野の棟
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 手前の「花の棟」の西向こうに見えるのが「吉野の棟」。敷地の西南端に建つ離れ風の客室棟で、「花の棟」と連絡はしていますが,別個の玄関があるそうです。国の登録有形文化財の木造2階建て。

吉野の棟
1935(昭和10)年
登録有形文化財
設計指導 : 安田靫彦
施工 : 不明
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あやめの棟
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 「天平風呂」の南、桂川沿いに建つ客室棟。地階に「あやめ風呂」があるそうです。「あやめ風呂」は,「天平風呂」と同様に池に面し,池中が見える仕組みになっているとか。国の登録有形文化財の木造、一部鉄筋コンクリート造り、地上2階、地下1階建て。

あやめの棟
1932(昭和7)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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甘泉楼
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 今まで見てきたのは県道18号線の南側ですが、県道を北に渡ったところにも3棟の有形文化財があります。

 北側修禅寺寄りの敷地に建つメイン建物が「甘泉楼(かんせんろう)」で,「月の棟」とは地下通路で結ばれています。1階は元の大浴場で、現在は温泉プールになっているそうです。2階は120畳の舞台付大広間。南面と北面の柱1本置きに舟肘木を付け,外部に硝子障子を隙間なく配置した印象的な外観です。国の登録有形文化財の木造2階建て。

甘泉楼
1924(大正13)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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 県道に面した1階部分は最近改造されています。ストリートビューには昔の風景が残っています。改造して土産物屋かなにかにするんでしょうが、どう見ても風情は以前のほうがよいです。

紅葉
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 「甘泉楼」の北西に建つ平屋の離れ風の客室。甘泉楼」とは渡廊下で結ばれているとか。京風を意識しているようです。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

紅葉
1927(昭和2)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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山陽荘
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 「紅葉」の北,敷地の一番奥部の山側にあります。新井旅館には数々の著名人が宿泊していますが、とくにお気に入りだった日本画家の横山大観が居室兼アトリエとして使う目的で建てられた離れです。

文化遺産オンラインでは「大観ギャラリー」として開放されているとありますが、そういう気配は感じませんでした。国の登録有形文化財の木造2階建て。

山陽荘
1928(昭和3)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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 他にも観音堂と水蔵という有形文化財があるのですが、見ることはできませんでした。

 伊豆半島のシリーズはこれで終わり。次は福岡県です。
by gipsypapa | 2014-09-13 11:15 | 建築 | Trackback | Comments(2)

修善寺温泉 あさば旅館

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 修善寺温泉で最も有名な旅館のひとつ「あさば」です。c0112559_1110260.jpg浅羽安右衛門の創業したのが1675(延宝3)年。前身の温泉宿も含めれば520年を超える日本最古の老舗旅館で、旅行雑誌や建築関係の本にも取り上げられることが多い、有数の高級旅館といえます。

 敷地内には広大な池があります。桂川から水を引き込み、下流へと流して水の滞留を防ぐと共に、この池を枯らしてはいけないという、数百年にわたる代々の伝えを、今も守り続けているとか。

 「あさば」で最も有名なのは池に面した能舞台「月桂殿」。明治後期に東京深川の富岡八幡宮から一旦浅羽家の別荘に移設され、その後1931(昭和6)年にこの池を望む本館に移されたそうです。入口の門もこの明治後期に一緒に移設されました。

 移設された能舞台は加賀の前田利鬯(まえだ としか)子爵(1841-1920)が富岡八幡宮に寄進したといわれるので、明治中期の築ではないかと思います。門の東京時代の築年は不明ですが、少なくとも明治中期以前のものでしょう。敷地には客室棟が並び立っていますが、これらは新しいように見えます。最近は結婚式場としても利用されています。

あさば旅館
1952(昭和27)年 / 1998年(平成10)年改築
設計・施工 : 不明
伊豆市修善寺3450-1
撮影 : 2014.4.22
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 富岡八幡宮から移設された門。
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 むくり屋根の玄関が見えます。暖簾の向こうに太陽と月の明かりとりの窓があるはずなんですが・・・
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 道路沿いに延々と客室棟が並んでいます。
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 宿泊客じゃないので奥にある能舞台は見ることができません。それでも見たいので検索して「hmmm なるほどなぁと思った事」というブログ(でしょうか?)を見たら、美しい写真がいっぱい。そのうちの2枚を借用しました。 ↓
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by gipsypapa | 2014-09-11 11:19 | 建築 | Trackback | Comments(3)

修善寺温泉 湯の宿「花小道」

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 修善寺温泉には歴史のある旅館があり、魅力的な温泉街を形成しています。それらのいくつかを順次紹介します。

 桂川の独鈷の湯の対岸に、あった「仲田屋旅館」という、明治10年創業の木造三階建ての老舗があり、江戸川乱歩などの文人や画人に愛された昔ながらの名旅館でした。しかし、時代の流れに追いついていけなかったのか、廃業してしまいました。

 それを、地元の桂川(旅館)が買い取り、内部の大規模な改修を行い、温泉片泊まりの宿として、2004(平成16)年に再スタートしたのが「湯の宿 花小道」です。ちなみに「片泊まり」というのは、「夕食なし、朝食だけ」というスタイルのことです。

 建物は「仲田屋」時代の昭和10年に一度改修されていて、さらに「花小道」にリニューアルする際にも改修されています。今も外部の改修工事中のようで、足場が組まれていました。木造3階建て。

湯の宿 花小道
旧仲田屋旅館
1924(大正13)年 / 1998(平成10)年改修
設計・施工 : 不明
伊豆市修善寺3465-1
撮影 : 2014.4.22&23
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 桂川に面した客室棟は、存在感のある3階建て。足場が組まれて改修中でした。
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 玄関は川の反対側にあります。こちらは新しい棟のようで和風の2階建て。
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 玄関の西横は「そば処 四季紙」として営業しています。
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 HPにあった客室の写真。 ↓ 洋風の部屋です。最近は古い木造の宿でも内部をベッドがある洋風に改造しているところが増えました。
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by gipsypapa | 2014-09-10 10:28 | 建築 | Trackback | Comments(4)

修善寺温泉 「湯回廊 菊屋」

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 修善寺で1泊したのは「湯回廊 菊屋」。創業360年という歴史があり、昭和天皇が御幼少のころ宿泊されたり、明治末期には夏目漱石が泊まった部屋が残っていたり、歴史と伝統のある旅館です。

 現在の玄関は桂川の北側にあり、客室が川越の渡り廊下を通って行く南側に広がっています。部屋はいくつかの池を取り巻く回廊でつながって、迷路のようです。

 建物は古いものは明治期のものから、大正、昭和と改修、増築が繰り返されていて、歴史を感じる一角とモダンな意匠がミックスした、変化に富んだ内部になっています。個々の建物の建築年の情報は見当たりませんでした。

湯回廊 菊屋
明治以降~昭和期
設計・施工 : 不明
伊豆市修善寺874-1
撮影 : 2014.4.22 & 23
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 配置図です。南北が反対になっていて、下が北です。8年前のマップなので、最新情報かどうかは定かではありませんが、見た感じでは変わっていないと思います。
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 玄関はどう見ても新しい鉄筋コンクリート造り。修善寺温泉のバス停の目の前で便利な位置にあります。
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 桂川を風景に取り入れた庭園と様々な客室の外観です。
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 これが菊屋のシンボルの八角堂。
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 玄関ロビー。
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 桂川に架かる渡り廊下。
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 渡り廊下を渡ると帳場。
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 回廊を歩きます。
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 八角堂は喫茶スペース。自由に珈琲やソフトドリンクが飲めるようになっています。
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 客室スペース。
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 八角堂の地下は大浴場です。
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 こちらは露天風呂。
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 夕食は創作和風懐石料理。
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 各ジャンルにはいくつかのメニューがあり、自由に選べます。おいしかったです。数少ない経験しかありませんが、今までいただいた懐石料理の中でも最上級でした。興味があるかたはクリックしてください。大きくなります。
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 これは朝食です。
by gipsypapa | 2014-09-09 08:52 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長八の宿 山光荘

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c0112559_8501343.jpg 伊豆文邸に対面して建つのが老舗旅館の山水荘です。江戸後期に造り酒屋として建てられた依田家の屋敷を丸ごと割烹旅館として改装したとか。伊豆の旧家の建築様式をそのまま生かし、格式を重んじ、落ち着いた佇まいです。

 ちなみに、つげ義春という漫画家が描いた(古い!今の若者は知らないでしょうね)「長八の宿」はこの旅館がモデルで、漫画では「海風荘」として登場します。

 宿泊客でないので玄関周りしか見ていませんが、建物の中には、蔵窓周りの龍虎(右の写真は「しずおか近代和風建築さんぽ」から借用)や寒牡丹、青龍の図など、長八の作品が沢山ある、趣のある宿のようです。「長八の間」という客室が土蔵の2階にあり、縁側の柱や戸袋に長八の漆喰細工が今も残っているそうです。木造平屋 / 2階建て。

長八の宿 山光荘
旧依田家住宅
江戸後期
設計・施工 : 不明
静岡県賀茂郡松崎町松崎284
撮影 : 2014.4.21






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 伊豆文邸の2階から正面に見えます。
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 つげ義春の漫画「長八の宿」。クリックすると大きくなります。

 山光荘のHPから借用した、内部と長八の絵を。
c0112559_8444856.jpgc0112559_844562.jpg 「長八の間」と「なまこの間」。
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 ロビーと「青龍の図」。
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 男湯と女湯。
by gipsypapa | 2014-08-30 08:54 | 建築 | Trackback | Comments(0)