美保関灯台(美保関灯台ビュッフェ)

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美保関灯台(みほのせきとうだい)は、島根半島東端の地蔵崎にある山陰最古の石造灯台です。「世界灯台100選」および「日本の灯台50選」に選ばれている日本を代表する灯台の一つで、灯台としては初の登録有形文化財に登録されました。

明治31年に、フランス人技師の設計により、片江の石工寺本常太郎によって施工されて、初点灯しました。当初は地蔵崎灯台と呼ばれていました。併設された灯台の旧吏員退息所主屋、倉庫、便所と石塀も登録有形文化財で、美保関灯台ビュッフェとして営業して、観光スポットになっています。石造平屋建て。

美保関灯台(美保関灯台ビュッフェ)
1898(明治31)年 / 1972(昭和47)年改修
登録有形文化財、近代化産業遺産
設計 : フランス人技師
施工 : 寺本常太郎(石工)
島根県松江市美保関町美保関1338-17
撮影 : 2015.4.30
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夏場はコミュニティバスが運行しているようですが、4月は便がありません。美保館から歩いていけない距離ではありませんが、登り坂なので旅館の車で送ってもらいました。ちなみに、帰りは海を眺めながら徒歩で下りました。
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灯台は石造り。底部直径は5.7mの円形灯塔で、総高は14mです。
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石塀は折れ曲がって総延長87m。
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表面を平滑に仕上げた砂岩の石垣の上に、江戸切仕上げの砂岩の塀を乗せた2段構造になっています。西・南面には、大小様々な江戸切仕上げの砂岩を組み合わせた門柱。
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美保関灯台ビュッフェ食堂になっているのは美保関灯台旧吏員退息所主屋。つまり燈台守の宿舎です。
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江戸切仕上げの砂岩を布積した壁面に欠円アーチ形連続窓を設けた寄棟造り、鉄板葺き、平入りの石造平屋建てです。
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てっ、定休日!
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東南隅に配された車寄せは、破風に逓信省章と唐草文様をあしらう装飾の多い意匠。
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このあたりが美保関灯台旧吏員退息所倉庫でしょうか。現在はビュッフェの厨房になっています。
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地蔵崎からの眺め。
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たまたまこの日は木曜日でビュッフェの定休日でした。ということで中に入れませんでした。以下はネットにあった内部写真です。
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美保関の海の幸を地魚料理の店で、洋風だけでなく和風のメニューもあるそうです。
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古いかどうかはわかりませんが、灯具が展示されています。
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鳥取から島根の旅はこれで終わります。次は北海道です。

# by gipsypapa | 2017-03-21 08:45 | 建築 | Trackback | Comments(2)

龍海山 佛谷寺

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青石畳通りの美保神社と反対側の終点は佛谷寺(ぶっこくじ)です。約1200年前、つまり奈良時代から平安時代に創建された山陰第二の古刹です。本堂は木造平屋建て。

龍海山 佛谷寺
詳細 : 不明
島根県松江市美保関町美保関530
撮影 : 2015.4.30
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創建当時、この一帯の海に3つの妖しい炎があり、海を荒れさせて畏れられていたが、それを「三火(みほ)」と呼んでいて、たまたまこの地にやってきた行基がその三火を封じるために仏像を彫って納めたのがこの寺の始まりなのだといわれています。
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八百屋お七の恋人、吉三の墓がありました。
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大日堂には国の重要文化財の、5体の仏像が祀られているそうです。
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手前は青石畳通り。ここが終点です。

# by gipsypapa | 2017-03-20 08:10 | 建築 | Trackback | Comments(2)