滝谷建設工業会津若松支店

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 白木屋漆器店の右側に隣接するこの建物は郡山橋本銀行の若松支店として建設されましたが、 昭和恐慌のため開店することができませんでした。 その後、 1935年(昭和10年)から1980年(昭和55年)まで第四銀行会津支店として使用されていました。現在は、滝谷建設の事務所として使われています。鉄筋コンクリート造2階建て。
 
設計は有名な岡田信一郎。
 明治・大正期の建築家。東京出身。東大卒。1912(大正1)大阪市中之島公会堂の指名競技設計に1等当選し、これが出世作となった。その後、'25東京の旧歌舞伎座、'28(昭和3)鎌倉国宝館などで近代的な鉄筋コンクリート構造で日本建築様式を再現して注目された。このほか'26東京府美術館をギリシア様式で、'34明治生命ビルをルネサンス様式でつくり、関東大震災で焼けおちたニコライ会堂のドーム再建設計にあたるなどして、様式建築の鬼才とうたわれた。また名妓万龍との結婚もかれの人気を高めた。一方、早大講師・東京美術学校(東京芸大)教授として建築史・建築意匠を講じて、後進の指導にあたった。【コンサイス日本人名事典】


滝谷建設工業会津若松支店 
旧第四銀行会津支店
1927年(昭和2)年
設計 : 岡田信一郎
施工 : 池田工業株式会社
福島県会津若松市大町1-2-8
撮影 : 2007.4.30
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 ギリシャ様式の重厚な建物。6本の太い円柱が見事です。列柱の柱頭は、渦巻状の装飾がされたイオニア式。 軒や列柱の上には、蛇腹がぐるっと一周しています。
# by gipsypapa | 2007-05-18 10:05 | 建築 | Trackback | Comments(0)

会津若松市のレオ氏郷南蛮館

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 会津若松の七日町の中心部にある重厚な蔵の建物です。鶴ヶ城を築いた会津藩主で、キリシタン大名だった蒲生氏郷の資料館で、レオ氏郷南蛮館の名前は、洗礼名「レオ」からきています。建物に関する情報はほとんど見つかりません。洋品店として使われていた大正時代の蔵を資料館に改造したと思われます。1階は民芸品を扱うショップになっています。見所の2階は有料(100円)。

レオ氏郷南蛮館
旧洋品店 
竣工 : 大正時代
設計・施工 : 不明
福島県会津若松市大町1-2-21(七日町通り)
撮影 : 2007.4.30
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 洋風な入り口付近。
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 1階は民芸品のショップ。七日町通りはレトロな建物が並んでいて観光客が多い。
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 道路側に面した窓は色ガラス。
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 2階へ上がる階段。
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 階段の電燈。
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 2階には部屋が二つあります。これは手前の部屋。蒲生氏郷の資料が陳列されています。
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 2階に再現された氏郷の自室・天主の間。
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 2階の窓。中央はアーチ窓です。
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 実はここの見所は建物ではなくこれ。朱塗りの床に「泰西王侯騎馬図」(模写)のふすま絵を配した「天主の間」はけんらん豪華です。
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 金色の天井。
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 レオ氏郷南蛮館の開館ための改修工事は滝谷建設工業が請け負いました。そのビルが同じ七日町通りにあります。次回紹介します。
# by gipsypapa | 2007-05-17 14:58 | 建築 | Trackback | Comments(0)