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あわら温泉へ

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永平寺から路線バスに乗って、今晩の宿泊地の芦原温泉に向かいました。永平寺参道から乗って、「あわら湯のまち駅前」まで、1時間15分かかりました。芦原温泉は関西の奥座敷」として、北陸では石川県の和倉温泉と並んで有名なところです。

温泉は1883(明治16)年に発見された、比較的新しい温泉地ですが、大正から昭和初期の旅行・観光ブームに乗って発展しました。芦原温泉としておなじみでしたが、芦原町と金津町が合併してあわら市になってからは「あわら温泉」と呼ばれることが多くなったようです。

あわら温泉
福井県あわら市温泉4-510
撮影 : 2017.3.6 & 7
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駅前から今日の宿、「灰屋」に向かって歩いていると、古い日本家屋に遭遇。
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おおっ、と思ってよく見ると・・・
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なんと・・・ガールズバーでした。
DOLLARS
福井県あわら市温泉1-505
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面白い形の建物があります。
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日帰り公共温泉でした。
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中の写真はネットから借用しています。
セントピアあわら
福井県あわら市温泉4-305
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駅近くに湯のまち広場があります。
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芦湯というノレン。
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名前の通り、最近できた足湯らしいです。
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これらの中の写真もネットから。
芦湯
福井県あわら市 温泉3-413
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同じ広場にもう一棟。
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伝統芸能館 。こちらも新しくできた施設で、舞妓・芸妓への変身体験ができるとか。
あわら温泉湯のまち 伝統芸能館  
福井県あわら市温泉1-203

歩いてみて、歴史の割りにきれいに整備された町並みだと感じましたが、それは1956年(昭和31年)に大火に見舞われ、旧温泉街はほぼ全滅。新たな都市計画のもと碁盤目上に区画された温泉街が整備されためだそうです。
by gipsypapa | 2017-10-31 08:27 | | Trackback | Comments(2)

吉祥山 永平寺

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えちぜん鉄道の永平寺口から路線バスに乗って永平寺(えいへいじ)に行って見ました。一度は行ってみたかった寺院で、總持寺と並ぶ日本曹洞宗の中心寺院(大本山)で1244(寛元2)年に道元によって開かれました。本尊は釈迦如来、弥勒仏、阿弥陀如来の三世仏です。

山門、仏殿、法堂、僧堂、大庫院、承陽殿、.鐘楼堂、.祠堂殿など数多くの見ごたえある伽藍がありますが、いずれも文化財指定を受けていないのは謎です。

吉祥山 永平寺
福井県吉田郡永平寺町志比5-15
撮影 : 2017.3.6
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バス停から参道を数分歩きます。両側には食べ物屋と土産物屋が並んでいました。
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境内の参道。
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永平寺の参観は少し変わっています。境内を散策することはできません。屋内に入って回廊を巡る方式でした。
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勅使門(ちょくしもん) - 天保10年(1839年)の建築。別名は唐門(からもん)です。階段下にロープが張られていて、近づけません。
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この左側、階段を上がったところが入り口です。
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参観料は500円でした。
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傘松閣(さんしょうかく) - 昭和5年(1930年)の建築。驚くほど広大な大広間。222畳敷きだそうです。
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新しい建物ですが、建築的には最も意匠を凝らしていて、一番印象に残ったところでした。
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格式高い折上げ格天井。
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230枚ある花鳥の天井画は小室翠雲らの尽力により製作されたとか。
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荒木十畝、伊東深水、鴨下晁湖、川合玉堂、島田墨仙、野田九浦、益田玉城、水上泰生、山田敬中、山本昇雲など計144名の画家によって描かれたそうです。
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山門 - 寛延2年(1749年)の築で、永平寺最古の建造物。
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けやき造りの重層の門で、階上には釈迦如来像、五百羅漢像などが安置されているそうです。
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色鮮やかな仁王像が四体あります。
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東西南北を守る神様を、それぞれ色を変えて表しています。
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山門の2階に上がる階段。重層の門はいくつか見ましたが、階段が廊下にあるのは初めてです。
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僧堂 - 明治35年(1902年)の築で、坐禅修行のための建物。
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法堂から見下ろした一文字廊と仏殿。
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回廊を通って参拝するわけですが、傾斜地に建っているので、階段廊下が両側にあるのです。
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仏殿 - 明治35年(1902年)の建築と・・・
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最も高い位置に建つ法堂(はっとう) - 天保14年(1843年)の築。
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内部写真は仏殿と法堂のどちらを撮影したか分からなくなりました。
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承陽殿 - 明治14年(1881年)の築。
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開山道元の廟で、道元以下第5世までの住職の像を安置しているとか。
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承陽門。承陽殿と同時の築と思われます。
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大庫院 - 昭和5年(1930年)の築。地上3階地下1階の近代木造建築で、台所兼事務所だそうです。
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全国各地の信徒やその家族たちの、何千にもおよぶ位牌・遺骨が安置されている祠堂殿。
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巨大なすりこぎ棒。
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壁に掲げられているのは長さ18メートル、重さ250キロの大数珠。
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大晦日の除夜の鐘で有名な永平寺の鐘楼堂。
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中雀門(ちゅうじゃくもん)は1852(嘉永5年)に建てられた門です。

by gipsypapa | 2017-10-30 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

えちぜん変電所

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永平寺口駅バス停の目の前に建つレンガ造りの建物。電車に電気を供給する変電所として、大正3年に建てられました。屋根は和風の切妻造桟瓦葺き。側柱以外の柱を設けない木造のトラス構造を採用し、窓は縦長で頂端部を迫石を組んだた煉瓦アーチとしています。国の登録有形文化財の煉瓦造平屋建て。

えちぜん変電所
旧京都電灯㈱古市変電所
1914(大正3)年
登録有形文化財
設計・施工 :不明
福井県吉田郡永平寺町東古市1-2
撮影 : 2017.3.6
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アーチ窓以外に電線を通すための丸い開口部が設けられた、独特の外観です。
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by gipsypapa | 2017-10-27 08:15 | 建築 | Trackback | Comments(2)

えちぜん鉄道で永平寺口駅へ

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瀬戸田を終わり、今日から北陸地方です。2泊3日で福井県の数箇所と金沢市を訪れました。初日はJR京都駅から特急サンダーバードで福井駅まで、そこから「えちぜん鉄道」に乗り換えて、永平寺を目指しました。

永平寺の最寄り駅は「えちぜん鉄道」の永平寺口駅。昔は永平寺まで鉄道でが通ってましたが廃線となり、現在はバスが走っています。えちぜん鉄道は、かつて京福電気鉄道が福井県で運営していた越前本線(現・勝山永平寺線)・三国芦原線を引き継いで運営するために設立されたもの。福井市・勝山市などが出資する第三セクター方式の鉄道会社です。

駅舎は寄棟造瓦葺の駅舎で、白い外壁に、出入口や窓まわりに洋風の意匠を多用した和洋折衷です。正面の入り口は切妻屋根で、反対側は屋根を葺き降ろして、一番ホームの上屋としています。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

えちぜん鉄道永平寺口駅
旧京都電灯越前電気鉄道東古市駅
1914(大正3)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
福井県吉田郡永平寺町東古市1-2
撮影 : 2017.3.6
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えちぜん鉄道はJR福井駅で乗り換え。コンコースに恐竜が座っています。えちぜん鉄道の勝山永平寺線終点の勝山駅に恐竜博物館があるのです。
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勝山行きに乗って、
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永平寺口駅に到着。
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屋根に塔屋のようなものがあります。このときは知りませんでしたが、この建物は文化財の駅舎を模して、2014年に新築された新駅舎なのでした。
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塔屋部分を見上げています。何の仕掛けもない、明り採りのようです。
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永平寺行きのバス停へ向かいます。
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向こうのホームに行く時間がなかったので、遠景のみの写真しかありません。それでも撮っておいてよかった。実はこれが登録有形文化財の旧駅舎なのでした。今は地域交流館として使われているそうです。
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ということで、これからはウィキペディアや他のネットから借用したものです。
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横の通用口の上部にはファンライトの窓。

by gipsypapa | 2017-10-26 08:54 | 建築 | Trackback | Comments(2)

光明山 法然寺

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万徳寺の東隣に法然寺があります。「しおまち商店街」の登阪さんに、画家の平山郁夫氏の菩提寺と伺っていた浄土宗の寺院です。開基は江戸時代初期の1607(慶長12)年、一道上人によるとか。見事な石垣の間の石段を登り三門を入ると、地蔵堂、鐘堂、本堂があり、本道の東に庫裏がつながっています。本堂と庫裏は当初からのもので、400年以上前に建立されたわけです。

光明山 法然寺
慶長年間(本堂・庫裏)
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田44
撮影 : 2017.02.14
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山門はいわゆる薬医門です。
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西側に万徳寺が見えます。一旦下がってから、上ってきましたが、同じ高さに建ち、間に墓地があります。
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本堂です。
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外観では400年以上前のものとは思えませんが、中に入ったら、やはり古いことがわかります。
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本堂の西側に建ち、花頭窓が左右にあるのは大師堂。熊谷直実による法然上人の像があるとか。これも古そうです。
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手前は鐘楼。
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写真を撮っていると、庫裏の玄関近くで女性に声をかけられました。
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住職さんが、最近お亡くなりになったようで、一人でお寺を守っていらっしゃるようでした。施主というんでしょうか。話をしている間に、お友達が私の家の近所にいらっしゃって、我が家の近くに何度か行ったことがあるとかで、話が弾んだのです。
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見て欲しいものがあるそう、中へ入れてもらうことに。
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入るとすぐ右に巨大な一枚板の書があり、これかなと思ったら違いました。
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正面のガラス戸が閉まっていたので気づきませんでした。
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暗かったけど、本堂を見せてもらいました。
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内部の柱や鴨居などを見ると、さすがに古さがわかります。
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庫裏から施主の方が来られて、見てほしいのはこれ、とガラス窓を開けると・・・
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中庭があり、こんもりとした木が真ん中にあります。
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これ、樹齢400年とも言われるツツジです。6月初めに満開して見事らしいです。
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平山郁夫氏の小さな絵があります。
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一つは自筆、もう一つはリトグラフと伺いましたが、どっちがどっちか忘れました。
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思いがけなく庫裏の中も案内していただきました。庫裏の最初の部屋。
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中間の部屋。
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奥が床の間です。巨大な一枚板の見事なテーブルがあります。
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虎のカーペットにびっくり。
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見事な襖絵なので、じっくり見せてもらいました。
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画家の名前も伺ったのですが、忘れてしまいました。(恥)
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昭和の画家であるのは間違いないです。
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ストリートビューです。

by gipsypapa | 2017-10-25 08:55 | 建築 | Trackback | Comments(2)

法恩山 万徳寺

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生口神社をさらに下ると浄土真宗本願寺派の寺院、万徳寺があります。掲示板によると、1521年の開創で、当初は臨済宗仏通寺派の十王堂だったとか。1597年に十王堂を中興し、臨済宗から浄土真宗に改宗したとあります。最初の写真は向こうから客殿、本堂、鐘楼です。

法恩山 万徳寺
本堂 1854(安政元)年
鐘楼 1745(延享2)年
山門 1901(明治34)年
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田50
撮影 : 2017.02.14
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客殿。築年のデータが見当たらないので、新しいと思われます。
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本堂はけやき造りで、江戸末期の安政元年に再建された建物です。
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鐘楼はさらに古く150年以上前の江戸時代中期に建立。
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山門(三門)は明治後期創建の総けやき造り四脚門で、彫刻は一華園永治という尾道の彫工によるものだそうです。
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山門を下ると神社があります。
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神社の名前が見当たりませんでした。万徳寺のいわゆる、鎮守社でしょうか。
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鳥居には文化8年正月吉日の刻印。1825年、江戸時代末期です。
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by gipsypapa | 2017-10-24 08:26 | 建築 | Trackback | Comments(2)

瀬戸田の生口神社

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向上寺から坂を下ると、斜面に建つ生口神社(いぐちじんじゃ)の小さな本殿があります。須佐之男神(すさのおのかみ)と櫛稲田比売命(くしなだひめのみこと)がご祭神です。ネット情報では、古い史誌には生口島総鎮守祇園社とあり、永禄十二年(1569)に祇園社が勧請されたとか。生口神社と改称したのは明治2年です。現在の社屋も古そうですが、詳細は分かりませんでした。

生口神社
詳細不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田160
撮影 : 2017.02.14
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向上寺から石段を下ると・・・
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すぐに小さな社が見えてきます。
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斜面に建つので、階段廊下で拝殿と本殿がつながるユニークな形です。
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一段下に拝殿があります。
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石灯篭には・・・
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慶応三年の刻印。
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玉乗り狛獅子は新しそうです。
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by gipsypapa | 2017-10-23 09:04 | 建築 | Trackback | Comments(0)

潮音山 口上寺

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瀬戸田の二日目は、北側の寺社を回りました。まず最初は、生口島にある唯一の国宝建造物です。室町時代中期の永享4年、つまり585年前に建立された貴重な遺構。和と唐の混合様式で、朱色などの極彩色が鮮やか。禅宗寺院の塔婆として貴重な遺構であり、室町初期の建造物でも美しく優れているものの一つといわれています。国宝の三間三重塔婆。

潮音山 口上寺三重塔
1432( 永享4)年
国宝
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田57
撮影 : 2017.02.14
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最初に口上寺のある一番高いところまで登り、下りながら寺社を巡る行程です。
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「しおまち商店街」は山間の谷間みたいなもの。向こう側に耕三寺の伽藍群と・・・
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未来心の丘が向こう側に見えています。
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上りついた高台の下に三重塔が見えました。
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高さは19メートルだとか。
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585年前の建立。そこまで古いように見えないのは、鮮やかな彩色がよく維持されているからでしょうか。
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瓦は当然ながら新しいです。
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さらに下ってきました。
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下がったところに口上寺の新しい本堂があります。
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この掲示板を見ると本堂が再建されたのは、2003(平成5)年か。
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この角度からも三重塔が見えています。
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本堂から下がったところにある小さな社。鎮守社かもしれません。
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また下がったところに小さな山門があります。
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古そうですが、詳細は分かりません。
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山門をくぐると左に鳥居と石積みがあります。鳥居は先ほどの鎮守社のものでしょう。
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逆に下ってきたわけですが、ここを上っていくのが本来の参道みたいです。

by gipsypapa | 2017-10-22 09:29 | 建築 | Trackback | Comments(0)

しおまち商店街 汐待亭

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登阪呉服店のオーナーから、この先に古い民家で郵便局だった建物があると聞いていましたが、初日は閉まっていました。翌日は北側の山にある寺社をいくつか散策して、帰りに、ここで一休みすることにしました。自転車カフェ&バー「汐待亭(しおまちてい)」は、江戸時代に庄屋、その後料亭や旅館として使われ、近年は郵便局だった建物です。

現在、生口島は「しまなみ街道」からのサイクリングが盛んなところで、自転車カフェ&バーという名前になっています。 11時~16時はランチとカフェタイム、19時からはバーになります。また、自転車整備士による整備やスポーツ自転車やパーツの販売、レンタサイクルもやっているそうです。町家造りの木造2階建て。

自転車カフェ&バー 汐待亭
江戸末期 / 1870(明治3)年 改修
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田425
撮影 : 2017.02.14
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昨日は午後4時過ぎだったので閉まっていたのでした。今日は開いています。
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町家なので入ったら吹き抜け。背後に天井が低い2階があるようです。近代まで郵便局の窓口だったところです。
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お茶をいただきながら、お店の若い奥さまに色々教えてもらいました。
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何代か前のおばあ様が、この庄屋の家に嫁いで来たときに乗ってきたという、籠が天井に飾ってあります。
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カフェやバーになるのは、奥のお座敷。
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江戸末期に建てられ、明治3年に改修したという軒札が残っているそうです。
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音楽ライブイベントも開催するとかで、楽器が置いてあります。琴も。
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欄間やガラス戸の意匠は上質です。
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当時、地元の名士だったことを思わせます。
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by gipsypapa | 2017-10-21 08:57 | 建築 | Trackback | Comments(2)

しおまち商店街 登阪呉服店

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堀江理容の前で写真を撮っていたら、年配の女性に「古い建物がすきなの?」と声をかけられました。聞くと登阪(とうさか)呉服店のオーナーで、この店は明治6年建てられたそう。現在は営業していないそうですが、中を見せてもらいました。町家作りの木造2階建て。

登阪呉服店
1873(明治6)年
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田461
撮影 : 2017.02.13
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亀井堂という果物屋の向かい側が登阪呉服店。この店先で出合った登阪呉服店のオーナーと立ち話。ちなみに登阪さんは、この人ではありません。
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注目は軒上にある彫刻だと。
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よく見ると確かに波乗り鯉です。
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中を見せていただきました。
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町家なので、2階の軒高は低いのですが、入ったところは吹き抜けです。
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立派な格天井。
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登阪さんは年齢のこともあるので、つい最近、店を閉められたそうです。近所の古い建物に関する貴重な情報もいただきました。ありがとうございました。

by gipsypapa | 2017-10-20 08:07 | 建築 | Trackback | Comments(2)