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長浜旧開知学校

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先日、松本市の旧開智学校をアップしたばかりです。こちらは長浜旧開知学校。「開智」と「開知」、微妙に字が違う理由はわかりませんが、いずれも明治初めに開校した学校施設なのは同じです。

明治7年(1874)に町民の寄付によって神戸町(現在の元浜町の一部)に建てられました。現在の長浜小学校の前身だったそうですが、建造以降は幼稚園、高等女学校などに使われ、昭和12(1937)年に現在地に移築。その後は色々な目的に使われましたが、近年改修し、現在は地元の会議室や展示場になっています。

なお、地図上では尾張屋ビルになっているようです。松本旧開智学校を小ぶりにしたような外観ですがこちらは3階建て。同様に八角塔屋を載せた、外装モルタル塗り,腰石積、隅石付の擬洋風建築です。ちなみに松本開智学校は明治9年、つまり2年後の築なので、この長浜開知学校の方が古いのです。国の登録有形文化財の木造3階建て、塔屋付き。

長浜旧開知学校
1874(明治7)年 / 1937(昭和12)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
滋賀県長浜市元浜町2-3
撮影 : 2016.11.18
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隅石です。
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2階、3階に上るのは階段です。当たり前ですが。
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3階の会議室。
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3階から八角塔屋には、螺旋階段で登ることができます。
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棟札がありました。昭和12年。移築したときのものですね。
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八角塔屋から市内を見渡すことができます。
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塔屋からの眺め。北側に、一風変わったビルがあります。その左には北国街道が南北に通っています。
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松本旧開智学校に比べると、ずいぶん小型ですが、貴重な文化遺産なのは同じです。民間の建物になっているようですが、市がもっと関与したほうがよさそうです。

by gipsypapa | 2017-07-31 07:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長浜市の中島屋食堂

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JR長浜駅から町の中心部に向かうとすぐに目を引くレトロな食堂があります。明治30年に居酒屋として創業し、昭和初期から大衆食堂を営んでいる中島屋食堂です。麺類・丼物・寿司をはじめとした一般的なものから、鮎の姿煮や鰣(ハス)の南蛮など湖北の珍しい湖魚を使った郷土料理もあるそうです。店内ところ狭しと展示されている戦前戦後の看板や昭和のスター写真など、レトロな雰囲気が楽しめます。木造平屋建て。

中島屋食堂
詳細 : 不明
滋賀県長浜市北船町3-3
撮影 : 2016.11.18
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前を通ったときが、たまたま食事時じゃなかったので、興味があったのに中には入りませんでした。以下に食べログの写真を借用します。
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建物自体も古そうですが、詳細は分かりませんでした。

by gipsypapa | 2017-07-29 08:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

琵琶湖竹生島の宝厳寺

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滋賀県の長浜市へ一泊旅行しました。何度か行ったことはあったのですが、当時はまだ建物にそんなに興味がなかったので、見ていないところが多かったのです。朝、自宅を出発して、高槻からJR新快速を利用すると1時間半強でJR長浜駅に着くので便利です。午前中に着いたので、まず琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)へ。

竹生島は、琵琶湖の北部にある島で、琵琶湖国定公園特別保護地区、国の名勝および史跡に指定されています。人がいる場所は宝厳寺(ほうごんじ)がある、島の南側の一部に限られていて、定期船が発着する港と、すぐ近くにある数店の土産物店と寺社に集中しています。宝厳寺は真言宗豊山派の寺院で、山号を巌金山(がんこんさん)といいます。本尊は弁才天(観音堂本尊は千手観音)、開基(創立者)は神亀元年(724年)聖武天皇の頃で、行基によるとされています。西国三十三所観音霊場の第30番札所です。

慶長七年(1602年)に、太閤秀吉の遺命により、秀頼が豊国廟より桃山時代の代表的遺稿である観音堂や唐門などを移築させたものが現存し、唐門は国宝です。最初の全景写真はウィキペディアから借用しています。

巌金山 宝厳寺
滋賀県長浜市早崎町1664-1
撮影 : 2016.11.18
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長浜からの定期船は1日5往復が運行。長浜港から竹生島までは30分。乗船料は往復で 3,070円でした。
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船を下りると、すぐのところにある拝観受付所で拝観料400円を払います。宝厳寺本堂までは、「祈りの階段」と呼ばれる165段の石段が続きます。
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鳥居から右に行けば都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)、つまり竹生島神社にいけますが、これは後に。
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西国三十三所の記帳所は本堂横に脚長で建っています。


宝厳寺本堂
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宝厳寺本堂は船着き場からの石段を真っ直ぐに上りきった高台に建つ、寺内最大の建物です。本尊弁才天像で、1942年に平安時代様式で新築されたものです。鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

宝厳寺本堂
1942(昭和17)年
設計・施工 : 不明
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弁天様の顔を描いた幸せ願いダルマがいっぱい。全部手作りだそうで、中に願い事を書いた紙を入れ、奉納するとか。奉納料は500円です。
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ひっそり立つ石造五重塔は鎌倉時代のもので、国の重要文化財です。
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東側にも石段があり、そこを下ると、唐門があるはず。

宝厳寺唐門
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残念ながら平成25年6月1日から平成30年3月31日まで、事業期間70ヶ月の改修作業中で、足場が組まれシートで覆われていて見えません。しかたなく、外観写真はウィキペディアから借用しました。

この門は京都東山の豊国廟の唐門または大阪城の極楽門を移築したと伝わるもので、慶長8年(1603)に建立されました。妻や桟唐戸およびその両脇などに大胆な意匠の彫刻をはめ込み極彩色をほどこしています。建物全体は黒漆塗を主とし飾金具や極彩色の彫刻などで飾った華麗な門で、豪華絢爛な桃山時代の建築を代表する唐門として国宝に指定されています。

宝厳寺唐門
1603(慶長8年)
国宝
設計・施工 : 不明
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唐門の妻にが濃密な装飾彫刻がありますが、シートの下です。よってこれもウィキペディアから借用しました。大虹梁上の蟇股(牡丹文)と松に尾長鳥の彫刻です。
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門扉の彫刻。
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内部は見ることができます。門をくぐった突き当たりですが、これは次の観音堂の壁と思われます。
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各種の彫刻がありますが、まだ桃山時代。
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あまり洗練されているとはいえません。
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宝厳寺観音堂
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観音堂は唐門と同じときに移築されたもので、唐門の背面は観音堂に繋がっています。観音堂には本尊の秘仏千手観音立像(鎌倉時代)が安置されています。入母屋造檜皮葺きで、傾城地に建てられた、床下に長い柱を立てて支える懸造(かけづくり)だそうですが、外観は屋根と、唐門の後ろが少し見えるだけで、掛造りの部分は木が生い茂って、ほとんど見えません。

写真はネットにあった数少ない側面を写したもの。左は唐門でつながっているのがわかります。また内部も奥は改修中で入ることができませんでした。国の重要文化財の木造、平屋建て。

宝厳寺観音堂
1603(慶長8年)
重要文化財
設計・施工 : 不明
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手前の掛造りは次の船廊下のもの。その向こうに見えるのが観音堂です。
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この辺が観音堂の下です。
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このときはこの突き当りまでしか行けませんでした。
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奥までいけた当時と思われる写真をネットから借用しています。

宝厳寺渡廊(船廊下)
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観音堂と都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)、社名は竹生島神社の本殿を結ぶ屋根付きの廊下です。豊臣秀吉の御座船の用材を用いて建てたという伝承から「船廊下」といわれています。廊下は檜皮葺きで、いわゆる懸造りです。国の重要文化財の木造、平屋建て。

宝厳寺渡廊
1603(慶長8年)
重要文化財
設計・施工 : 不明
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脚長の懸造り。
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都久夫須麻神社(竹生島神社)
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船廊下を進むと都久夫須麻神社の本殿前に出ます。ウィキペディアによると、明治新政府は神仏分離令を出したときに宝厳寺を廃寺にして神社とし、「都久夫須麻神社」と称するよう命じたそうです。しかし、全国の崇敬者の強い要望により宝厳寺の廃寺は免れて寺院と神社の両方が並存することになったとか。

明治7年(1874年)に都久夫須麻神社と宝厳寺の境界が決められ、明治16年(1883年)に両者の財産が区別され、以降、都久夫須麻神社と宝厳寺は別の法人となっているそうですが、今日でも都久夫須麻神社の本殿と宝厳寺の観音堂は舟廊下で直接連絡しており、両者は不可分のものとなっています。

本殿は唐門や観音堂と同様に、伏見城または豊国廟から移築したと伝えられています。装飾性の豊かな桃山建築ですが、建物中心部の身舎(もや)と周辺部の庇とは本来別個の建物で、建立年代の異なる2つの建物を合体して1棟としたものだそうです。

本殿は永禄元年(1558年)に火災で焼失し、永禄10年(1567年)に再建され、これが現存する庇と向拝の部分にあたり、身舎部分は慶長7年(1602年)、豊臣秀頼が片桐且元を奉行として改造したもので、他から移築されたものとか。国宝に指定された木造平屋建て。

都久夫須麻神社(竹生島神社)本殿
1567(永禄10)年 / 1602(慶長7)年
国宝
設計・施工 : 不明
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この装飾彫刻のアップはウィキペディアから借用しています。
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本殿の全景です。

八大龍神拝所

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琵琶湖を望む断崖上にあり、ここから皿の形の土器を湖に向かって投げ、 投げた「かわらけ」が鳥居をくぐると願いが叶うと言われています。
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ということで、かわらけ代2枚300円を払って投げてみましたが、全然だめでした。願い叶わないそうです。(涙)

宝厳寺本坊
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ネット情報がないので、いわれのある建物ではないのは分かっていますが、気になった建物です。唐破風の玄関とそれにつながった2階建ての長大な建物。
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崖の上に建っています。
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宿坊のように見えますが、なかなかの近代建築でした。
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船着場に戻って、
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長浜港へ戻りました。

by gipsypapa | 2017-07-28 08:48 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松本市の中町通り

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松本城を出ると、もうお昼過ぎ。そろそろ大阪へ帰る時間が近づいてきました。最後に歴史がある町並みが残る中町通りを散策して、昼ごはんを食べることにしました。中町通りは昔から、主に酒造業や呉服などの問屋が集まって繁盛した通りです。しかし江戸末期や明治時代に大火に見舞われ主要な施設や町家が多数失われたとか。

特に明治21年1月、極楽寺から出火した火は本町、中町周辺の町人町をほとんどを焼きつくし、約1500戸を消失したと言われています。この大火を機会に、多くの商家が再建にあたって、土蔵造りの建物を建てたとかで、当時の土蔵造りの家屋が今も残っており、独特な雰囲気をの町並みになっています。

松本市 中町通り
長野県松本市中央2 & 3
撮影 : 2016.7.12

紹介するほとんどの建物は、明治期の築と思われますが、詳しい情報があるものは、限られています。歩いていて気になった建物を紹介します。


カレーの店 デリー
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カレーの店 デリー
明治後期
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-4-13
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内部の写真は食べログ借用しています。
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伊原漆器店
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1907(明治40)創業の漆器専門店。木曽漆器をはじめ、山中、会津、越前漆器を主に扱っています。建物は明治40年以前からあったみたいです。

伊原漆器店
明治後期
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-10-16
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唐獅子とボタンの花の看板がユニークです。
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店内の写真は「地球 津々浦々 旅ブログ。」から借用しました。


食い飲み屋 BUN
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その横に建つのは築100年以上というので、やはり明治後期の蔵造りで、内装もレトロです。

食い飲み屋 BUN
明治後期
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-10-15
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内部の写真は食べログ借用しています。
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中町 蔵シック館(1号館)
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中町・蔵シック館(正式名称:松本市中町蔵の会館)は、中町に隣接する宮村町にあった造り酒屋「大禮(たいれい)酒造」の母屋・土蔵・離れの3棟を現地に移築し、平成8年に開館した松本市の施設です。この建物は土蔵です。明治21年の極楽寺の大火の直後に建てられたといわれています。

中町 蔵シック館(1号館)
1888(明治21)年
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-9-15
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土蔵は喫茶室としても利用されています。内部写真は食べログから。
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中町 蔵シック館(2号館)
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ちらは母屋です。これも明治21年に建てられた、典型的な町家建築です。母屋は無料で見学ができ、貸し展示施設にもなっています。

中町 蔵シック館(2号館)
1888(明治21)年
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-9-15
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無料休憩所を兼ねているので気楽に入りましたが、なかなか興味深いところでした。
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中町 蔵シック館(3号館)
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母屋の奥に離れがあります。こちらは1923(大正12)年に増築されたものです。離れは貸し会議室として活用されています。中町 蔵シック館は、蔵のある町づくりを推進している中町地区の中核施設になっています。

中町 蔵シック館(3号館)
1923(大正12)年
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-9-15
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サムサラ(SAMUSARA)
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蔵作りの町家。雑貨・インテリアの店で、世界各国から集められた手工芸品を販売しています。詳細は不明ですが、見る限り明治後期の築でしょう。

サムサラ(SAMUSARA)
明治後期
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央3丁目3−18
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内部写真は「地球 津々浦々 旅ブログ。」その他から借用しています。
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ミドリ薬品
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蔵や町家風の建物が並ぶ中町通りで、周囲とは雰囲気の違う粋な外観で目を引くミドリ薬品。いわゆる「看板建築」で、ネット情報では建てられたのは80年以上前とあるので、昭和10年頃に立てられたと思います。

ミドリ薬品
昭和初期
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央3-3-15
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凸凹堂 松本
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各地の観光地で時々見かける凸凹堂。天然石やアクセサリーのショップです。

凸凹堂 松本
詳細 : 不明
長野県松本市中央3-5-8
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HPの写真です。
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この後、食事をして大阪に帰りました。松本編はこれで終わります。次回からは滋賀県の長浜市です。

by gipsypapa | 2017-07-26 11:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松本城

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松本市の二日目は、朝から県(あがた)の学校建築を訪ねたあと、見逃すわけにはいかない松本城へ行きました。松本城は戦国時代の永正年間に造られた深志城が始まりで、現在の天守閣は江戸時代初期、大坂夏の陣のころに築城されたものです。

日本で今も天守の建物を残す城は12しかないとかで、そのうち五重の天守は松本城と姫路城だけだそうです。現存する五重六階の天守の中で日本最古の国宝の城で、城跡は国の史跡に指定されています。

松本城天守
1615(慶長20)年ころ
国宝
設計・施工 : 不明
長野県松本市丸の内4番1号
撮影 : 2016.7.12
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現存している天主のある城は、弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城、備中松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城、 の12城だそうです。
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その中でも国宝に指定されているのが松本城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城の5城で、残りの7城は重要文化財に指定されています。
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天主のほかにも、乾小天守(いぬいこてんしゅ)、渡櫓(わたりやぐら)、 辰巳附櫓(たつみつけやぐら)、月見櫓(つきみやぐら)が国宝です。
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松本の観光の中心です。
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観覧料は610円でした。
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全景がウィキペディアにあったので、借用します。

by gipsypapa | 2017-07-25 08:27 | 建築 | Trackback | Comments(4)

松商学園高等学校(旧松本商業学校)講堂&柔剣道場

松商学園には他にも2棟、文化財の建物があります。近づきにくい位置にあるので、写真は少ないです。まとめてアップします。

松商学園高等学校講堂
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まず、本館の東側に建つ講堂です。こちらは鉄筋コンクリート造りで、切妻面は中央に細い柱形を三本立てた外観が特徴で、側面は高い柱形の間に大きな縦長窓が並んでいます。昭和初期における鉄筋コンクリート造講堂の好例として、国の登録有形文化財に指定された、鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

松商学園高等学校講堂
旧松本商業学校講堂
1936(昭和11)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
長野県松本市県3-6-1
撮影 : 2016.7.12
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以下は文科省の文化遺産オンラインから。
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松商学園高等学校柔剣道場
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講堂とは反対の本館西側に建つ、切妻の建物。外観は講堂と同様に高い柱形の間に半円アーチ窓や矩形窓を配置したモダンな意匠です。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

松商学園高等学校柔剣道場
旧松本商業学校柔剣道場
1936(昭和11)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
長野県松本市県3-6-1
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本館前の広場や前の道路からはほとんど見えません。これらも文化遺産オンラインから。
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by gipsypapa | 2017-07-24 08:15 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松商学園高等学校本館

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あがたの森公園の南側にもう1箇所、文化財の学校建築があります。旧名は松本商業学校で、略称の松商(まつしょう)が現在の校名に残っています。元々は私塾「私立戊戌(ぼじゅつ)学会」といい、110年以上の歴史があるそうです。

入母屋造桟瓦葺の学校建築で、中央に張出した玄関は石造風のポーチになっています。外壁は下見板張り、屋根に千鳥破風を配するなど和洋折衷の意匠の大型木造校舎です。国の登録有形文化財の木造2階建て。

松商学園高等学校本館
旧松本商業学校本館
登録有形文化財
1936(昭和11)年
設計・施工 : 不明
長野県松本市県3-6-1
撮影 : 2016.7.12
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車寄せのある大きな玄関ポーチです。
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玄関からガラス越しに少しだけ中の玄関ロビーが見えました。
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文科省の文化遺産オンラインにある写真です。
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こちらは全景を撮ったウィキペディアの写真を借用しています。

by gipsypapa | 2017-07-22 08:56 | 建築 | Trackback | Comments(2)

あがたの森文化会館(旧松本高等学校講堂)

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本館の北側にある講堂は、「あがたの森文化会館」の一部です。本館と同様の外観で、本館の2年後に建てられたもの。意匠的には、円形庇の玄関ポーチや、屋根の換気窓など、内外の装飾細部に見るべきものがあります。本館同様、当時の木造学校建築の特徴を典型として、国の重要文化財に指定された木造2階建て。

あがたの森文化会館
旧松本高等学校講堂
1922(大正11)年
重要文化財
設計 : 文部省大臣官房建築課
施工 : 守会商会
長野県松本市県3-1-1
撮影 : 2016.7.12
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玄関は2箇所あります。西側の隅切部にある円形庇は珍しい。
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屋根にある換気窓も印象的です。
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もう一箇所の玄関は東側に南面しています。
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ドンドンという音に惹かれて中へ。
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講堂の2階にあるテラスに上る階段。
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子供たちが和太鼓の練習中でした。
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by gipsypapa | 2017-07-21 08:02 | 建築 | Trackback | Comments(2)

あがたの森文化会館(旧制松本高等学校本館)

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「あがたの森公園」のシンボルである旧制松本高等学校本館。大正中期の高等教育機関拡張期に開校した文部省直轄学校の一つです。現在は松本市民の文化芸術活動の場、「あがたの森文化会館」として、企業も含めた会議、研修会場として使われています。

建物は、左右対称形ではない「コの字」形の平面をもつ和瓦葺の洋風木造二階建て校舎で、玄関正面は左右対称のペディメントの張り出しがあり、中央はマンサード屋根の換気口。整然と並ぶ縦長上げ下げ窓が、学校らしさを印象付けています。明治末期から大正時代前期にかけての木造学校建築の特徴を典型的に示すとして、国の重要文化財に指定された木造2階建て。

あがたの森文化会館
旧制松本高等学校本館
1920(大正9)年
重要文化財
設計 : 文部省大臣官房建築課
施工 : 守会商会
長野県松本市県3-1-1
撮影 : 2016.7.12
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本館の入口は道路に面していてます。
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「コの字」の北西の隅切部(すみきりぶ)に玄関を配置。
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見学は無料です。
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中央階段は公共施設では多い幅が広く長いです。中間の踊り場で、左右に分かれています。
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校長先生の像?
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コの字の内側は洋風庭園になっています。
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再び「あがたの森公園」の広場から見ています。
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グーグルで見ると、北側と南側の長さが違う、変形「コの字」であることがわかります。北側に離れて建っているのは、次回にアップする講堂です。

by gipsypapa | 2017-07-20 08:37 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松本市の「あがたの森公園」


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松本市の二日目です。この日は、まず東部の学研都市である県(あがた)を訪れました。大正8年に植えられたヒマラヤスギの並木に囲まれた「あがたの森公園」。池を中心とした日本庭園や重要文化財の旧制松本高校の校舎がシンボルです。教育文化の歴史と香りを伝える公園で、松本市民の憩いの場となっています。

あがたの森公園
長野県松本市県3-2102-15
撮影 : 2016.7.12
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向こうに見えているのは旧制松本高校の本館裏側です。
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池のある日本庭園。
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洋風の庭園は公園の南側と、旧制松本高校の中庭にもあります。
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西側の公園入り口です。旧制松本高校の写真は次回から。

by gipsypapa | 2017-07-19 07:52 | | Trackback | Comments(0)