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五島列島観光ツアーの訪問地

五島列島の最終回です。2泊3日で、五島に渡ってからはバスで移動します。お目当ての教会以外に訪ねたところを簡単に紹介します。
撮影 : 2015.11.3.& 4

道の駅 遣唐使ふるさと館
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二日目の昼食の場所は道の駅です。

道の駅 遣唐使ふるさと館
長崎県五島市三井楽町濱ノ畔3150-1
撮影 : 2015.11.3
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五島列島酒造
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道の駅 遣唐使ふるさと館の向かい側にある五島列島酒造は五島産の芋・麦・米を原材料にした焼酎「五島芋」「五島麦」「万葉」を製造しています。

五島列島酒造長崎県五島市三井楽町濱ノ畔3158
撮影 : 2015.11.3
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矢堅目
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矢堅目(やがため)は東シナ海に向かった奈摩湾入口にあり、円錐形の奇岩と複雑な海岸線が美しいロケーションです。

矢堅目の塩本舗
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自然海水を汲み上げ、昔ながらの手作業で塩を精製していて、隣接した道の駅で焼塩・藻塩・昆布塩・塩こしょう・ごま塩・いか墨塩などを販売しています。

矢堅目の塩本舗
長崎県南松浦郡新上五島町網上郷688−7
撮影 : 2015.11.3
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旅の宿 やがため
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二泊目の宿です。民宿とペンションをかねたような雰囲気。夕食は海の幸が満載でおいしかったです。

旅の宿 やがため
長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷910-29
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大曽魚市場
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最終日は朝早起きして大曽魚市場へ。セリを見学しました。

漁協大曽魚市場及びかき小屋
長崎県南松浦郡新上五島町青方郷2273
撮影 : 2015.11.4
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水揚げされたばかりの魚がトロ箱ごとにセリにかけられます。
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セリが終わって、ふと積み重ねられたトロ箱を見ると・・・みんな北海道!!まあ、箱だけでしょうが。



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後婦人方がさよならしています。セリの後は近くにある「びかき小屋」で朝食でした。ビニールハウスの温室のようなところで、地元の漁協婦人部が水揚げされたばかりの新鮮な魚介類を、豪快な漁師スタイルで提供してくれます。タイやヒラメの刺身をはじめとして、焼き物やアラ汁など旬な魚が食べ放題で十分楽しめました。

蛤浜
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蛤浜(はまぐりはま)は満潮と干潮の差が大きく、遠浅の白浜が美しいところで、夏は海水浴でにぎわうそうです。

蛤浜海水浴場
長崎県南松浦郡新上五島町七目郷1004
撮影 : 2015.11.4
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これで五島列島を終わります。次は伊豆半島へ行きます。

by gipsypapa | 2017-04-13 09:31 | | Trackback | Comments(2)

車窓から見た五島列島の教会


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五島列島へのキリスト教伝来は、フランシスコ・ザビエルから17年後(1566年)といわれています。近代的な教会が建てられたのは明治初期からですが、歴史的にキリスト教の信仰が厚いところであり、現在も多くの教会があります。↑の写真は「五島の島たび」というHPから借用しました。
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北部、中通島(上五島)周辺。
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南部、福江島(下五島)周辺。

これまで下車して見た教会が、いかに本の一部であるかがわかります。気持ちとしては、少なくとも歴史のある教会は全部見たいのですが、ツアーなので、行きたいところはバス任せです。いくつかの教会はバスの中から眺めるだけで通過しました。そのいくつかをネット写真を借用しながら紹介します。これ以上見たければ、個人的に訪ねるしかありませんが、どう見ても不便そうです。

カトリック水の浦教会
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福江島(下五島)にあるカトリック水の浦教会。ここは鉄川与助の作品なので、下車して見たかった教会です。現存する我が国の木造教会堂としては最大規模のもので、設計者鉄川与助にとってリヴ・ヴォールト天井の教会堂の最後の遺構です。横板張り、重層屋根構成瓦葺きの建物で、会堂内部は三廊式の比較的安定感のある印象です。木造平屋建て。

カトリック水の浦教会
1938(昭和13)年
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県五島市 岐宿町岐宿1644
撮影 : 2015.11.3
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バスから見えるのはここまでがやっとです。以下の写真はネットから借用しました。
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カトリック跡次教会
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国道からすぐの山手の緑のに映える白い外壁が美しい教会。創建は1914(大正3)年と古い教会ですが、現在の聖堂は最近建替えられたものです。鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

カトリック跡次教会
1984(昭和59)年
設計・施工 : 不明
長崎県南松浦郡新上五島町跡次
撮影 : 2015.11.3
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以下はネットから。
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カトリック冷水教会
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冷水(ひやみず)教会は明治時代に建てられた素朴な木造で、丸尾郷出身の鉄川与助(てるかわ よすけ)が棟梁となって初めて手掛けた教会。内部構造は三廊式のリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。木造平屋建て。

カトリック冷水教会
1907(明治40)年
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町網上郷623-2
撮影 : 2015.11.3
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遠景だし、バスも止まらず通過して今いました。以下はネットにあった写真です。
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by gipsypapa | 2017-04-12 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

頭ヶ島天主堂


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頭ヶ島天主堂(かしらがしまてんしゅどう)は五島列島中通島(上五島)の東方にある長径2km余の小島にあります。島の北側にある入り江に面し、山裾の一段高い位置に建っていて、天主堂の周辺には,石造の門や石垣,石段などが当時のまま残っています。

聖堂は鉄川与助(てつかわ よすけ)の設計・施工により、明治43年に着工,10年を費やして大正8年に竣工したものです。ロマネスク調の教会堂で、平面は単廊式。天井はアーチやヴォールトを用いず、二重持送りのハンマー・ビーム架構で支えられています。

小規模ながら貴重な石造りで,内外とも斬新な意匠。長崎を中心に数多く残る離島,辺地の教会堂のなかでも傑出した遺構として,国の重要文化財に指定された石造り平屋建て。

頭ヶ島天主堂
1919(大正8)年
重要文化財
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町友住郷638番地1
撮影 : 2015.11.4
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主任司祭は常駐しておらず、カトリック鯛ノ浦教会の巡回教会になっています。
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ネット情報によれば、上五島に属する頭ヶ島は、1859年頃から入植が始まり、役人の目もあまり届かないことから、潜伏キリシタンが増えたとか。
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1867年以降、上五島には長崎から密かに外国人神父が訪れるようになるが、翌年にはキリシタン弾圧「五島崩れ」が起きました。頭ヶ島でも主だった信者が拷問を受け、島民全員が島を一時脱出したそうです。
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大崎八重神父の指導により、近くの島から切り出した石を、信者らが船で運び組み立てたそうです。
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ちなみに今、頭ヶ島は橋で上五島とつながっていて、車で来ることができますが、当時は小船で石を運んだでしょうから、着工から10年かかったのは仕方がありません。
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窓が開放されていたので、外からも内部が見えます。
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以下の内部写真はネットから。
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ハンマービームを多用した船底のように複雑な折上天井です。
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随所にツバキの花柄文様があしらわれているので「花の御堂」とも呼ばれるとか。
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このような斬新な意匠と構造を設計した鉄川与助の実力に脱帽です。
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世界遺産登録を目指している「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の一つ「頭ヶ島の集落」にあります。
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敷地のそばにあるキリシタン墓地。
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天主堂と周辺環境が一体となって良好な風致を形成しているのが、世界遺産へ応募する理由です。


by gipsypapa | 2017-04-11 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック鯛ノ浦教会

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鯛ノ浦教会は上五島における布教の中心として明治14年(1881)に設立されました。明治 36 年(1903) に、フランス人のペルー神父の指導により場所を現在地に移して教会堂を造り替えたのが現在の旧聖堂です。鉄川与助(てつかわ よすけ)が設計や建設に関わったそうです。

1979(昭和54)年に、新しい天主堂が出来てからは図書室その他宗教教育施設として使われています。旧聖堂は木造の単層屋根構成桟瓦葺き、外壁は下見板張りです。戦後すぐ、正面に煉瓦造りの鐘塔を増設する改造が行われました。聖堂の内部は三廊式で、見事なリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。木造瓦葺き平屋建て。

カトリック鯛ノ浦教会旧聖堂
903(明治36)年 / 1946(昭和21)年増築
設計 : ペルー神父(指導)か(旧聖堂)
      鉄川与助(増設部)
施工 : 野原棟粱、鉄川与助副棟梁(旧聖堂)
      鉄川与助(増設部)
長崎県南松浦郡新上五島町鯛ノ浦326
撮影 : 2015.11.3
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ネット情報では、「戦後の改造時に窓枠の裏側に鉄川与助の墨書が見つかったと伝えられているが、この旧聖堂の建設時には鉄川与助は副棟梁的な立場で建設に関わっていたようである。」とあります。
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正面に増設された鐘楼は長崎の原爆で壊された旧浦上天主堂の煉瓦が使われているそうです。
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「おじいちゃんが建てた教会」という与助のお孫・鉄川さんのホームページにも作品リストにも旧聖堂は明治36年に野原棟粱施工とあり、昭和21年の増設部は鉄川与助の施工と記載されています。
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敷地にあるマリア像を祀ったルルドがここにも。
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詳細はわかりませんでした。
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新しい天主堂が建ったので、この旧聖堂は役目を終えました。図書館などに使われていて、内部は撮影可能です。
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この旧聖堂は木造ですが、屋根組みはリブ・ヴォールト(こうもり)天井。
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手前の現代的な建物が新しい天主堂です。
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by gipsypapa | 2017-04-10 08:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック青砂ヶ浦教会

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青砂ヶ浦天主堂(あおさがうらてんしゅどう)は五島列島の主要五島の最北に位置する中通島北部にあります。明治43年の竣工で、設計施工は長崎県を中心に九州地方北部に数多くの教会堂を手がけた鉄川与助(てつかわ よすけ)です。

重層構成の教会堂で、聖堂内部は三廊式バシリカ型という形式で、木造の円柱で身廊と側廊に区切った、リブ・ヴォールト(こうもり)天井になっています。日本人設計者の手で建設された煉瓦造教会堂の最初期のもので,かつ教会堂建築の基本である重層屋根構成にもとづく外観や内部空間が形成されるようになった初めての例で,価値が高いとして国の重要文化財に指定されました。躯体は煉瓦造り、内部構造は木造の平屋建て。

カトリック青砂ヶ浦天主堂
1910(明治43)年
重要文化財
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷1241
撮影 : 2015.11.3
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西側正面は3層に区切りられ、バラ窓や縦長のアーチを見せています。
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正面入口左右には柱頭にコリント式と思われる葉形装飾のある円柱があり、その上部は、多分テラコッタ製の尖頭アーチになっています。
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外壁はイギリス積の煉瓦。
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以下、内部写真はネットから借用しています。
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見事なリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。
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外観・内部とも全体に均整のとれた構成です。また細部の意匠も優れています。
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地元では五島を世界遺産の島に~長崎の教会群とキリスト教関連遺産~の運動が続いています。

by gipsypapa | 2017-04-08 08:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)

キリシタンワンド(キリシタン洞窟)とハリのメンド(針の穴)

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福江島(下五島)から中通島(上五島)へ渡る途中、船でしか行くことができない上五島巡礼の聖地を旅行会社がチャーターした釣り船から見学しました。

ハリのメンドの平和キリスト像
1967(昭和42)年
長崎県南松浦郡新上五島町若松郷
撮影 : 2015.11.3
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港を出て中通島(なかどおりじま)と若松島間の水道を進むと、若松島の険しい岩壁が現れます。
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洞窟のシルエットが幼きイエスを抱く聖母マリアに見える「ハリのメンド(針の穴)」と呼ばれている岬が見えてきます。
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若松島里ノ浦のキリシタンは、明治初めの「五島崩れ」という隠れキリシタンが迫害された事件の際に、迫害を避けたキリシタンが険しい断崖の洞窟に隠れたところです。しかしながら焚き火の煙を船に見つけられて捕縛され拷問を受けたといわれています。
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洞窟は後にキリシタンワンド(洞窟)とよばれるようになりましたが、その岬の裏側にあり、上陸しないと見ることができません。
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しばらく進むと洞窟の入り口付近に「平和キリスト像」が立っています。
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この像は1967年に設置されたものです。
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by gipsypapa | 2017-04-07 08:59 | | Trackback | Comments(2)

井持浦教会とルルド

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五島列島司牧の責任者ペルー神父の指導により1897(明治30)年に建てられた井持浦(いもちうら)教会の旧教会堂はロマネスク風教会として知られていましたが、1987(昭和62)年の台風による甚大な被害を受け、取り壊されました。現在の会堂はその翌年に新しく建立されたものです。レンガ造り、平屋建て。

カトリック井持浦教会
教会堂 : 1989(昭和63)年
ルルド : 1897(明治30)年
設計・施工 : 不明
長崎県五島市玉之浦町玉之浦1243
撮影 : 2015.11.3
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教会堂は新しくなりましたが、敷地にあるルルドの洞窟は昔のままです。教会建築から2年後の明治32(1899)年、ペルー師はこの地に聖母出現の地フランスのルルドを模した洞窟を創設することを信徒に呼びかけました。
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1858年にフランスのルルドで聖母がベルナデッタという少女の前に姿を現し、そこに数々の難病を治す奇跡の泉が湧き出た、という有名なルルドの泉の話です。
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ペルー師の指導のもと、五島の各地から石や珍しい岩石が集められ、教会脇にルルドが造られたそうです。
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以下の内部の写真はネットから借用しました。
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by gipsypapa | 2017-04-06 08:23 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大瀬崎灯台展望所

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二日目は下五島を観光スポットやお目当ての教会を訪ねながら北上しました。大瀬崎灯台展望所は「九州本土で最後に夕陽が沈むところ」、九州本土最西端に位置し、東シナ海に面しています。ここには展望台と展望デッキがあり、美しい海を眼下に望むことができます。
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大瀬埼灯台
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大瀬崎の断崖に建てられた灯台です。『日本の灯台50選』の一つになっています。断崖の標高80m地点に岩石を切り落として基盤として建てられています。現在は灯塔がコンクリート造りに建替えられていますが、元の灯塔は明治初期にR・プラトンが設計したといわれています。

大瀬埼灯台
1879(明治12)年 / 1961(昭和46)年灯塔建替(コンクリート造)
設計 : R・プラトン(旧灯台)
施工 : 不明長崎県五島市玉之浦町玉之浦
撮影 : 2015.11.3
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by gipsypapa | 2017-04-05 08:42 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

五島列島ツアー

長崎県の五島列島を訪ねる2泊3日のツアーに参加しました。見たかったいくつかの教会が旅程にあったので申し込んだわけです。新大阪から新幹線で博多まで。博多からはバスで長崎港まで行きました。
撮影 : 2015.11.2
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長崎港からジェットフォイル「ぺがさす」で下五島(福江島)の福江港に渡りました。
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福江港に到着。
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五島列島(ごとうれっとう)は、九州の最西端に位置し、長崎港から西に100kmのところにあります。大小あわせて140あまりの島々が連なる列島で、全域が西海国立公園に指定されています。

ツアーなので、福江港から貸し切りバスで、観光地を寄り道しながら、この日の宿舎へ向かいました。

石田城跡
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港の近くにある石田城跡は、五島藩主の居城として、第30代藩主盛成公の時、黒船の来航に備えて文久三年(1863年)に造られました。これはわが国で最も新しい城だとか。当時は城壁の三方が海に面しているわが国ただ一つの海城として有名らしいです。現在は、本丸跡に五島高校、三の丸に資料館、文化会館、図書館があり、五島市の文化ゾーンになっています。

石田城跡
長崎県五島市池田町1−4
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五島氏庭園
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二の丸の位置に現在も残っており、一般公開されています。安政7年(1860年)に盛成の隠居所として造られ、国の名勝に指定された回遊式の庭園があるそうですが、ここの見学はツアーにないので、通過しただけです。

五島氏庭園
長崎県五島市池田町1−7

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鐙瀬溶岩海岸
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鬼武火山から流出した溶岩が海へ流れ込み、一気に冷やされることで形づくられた鐙瀬溶岩海岸(あぶんぜようがんかいがん)。7Kmに渡って続く黒い岩肌の海岸線には、対馬暖流の影響で亜熱帯植物が多く見られます。

鐙瀬溶岩海岸
長崎県五島市野々切町1333-3
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鬼岳
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鬼岳(おんだけ)は、標高315メートルの火山です。全面が芝生に覆われ、美しい流線形を描く山で、眼下に福江の市街地や遠くは上五島などが望める、五島のシンボルともいえる山です。
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中腹に見えるのは福江市鬼岳天文台です。

福江市鬼岳天文台
1991(平成3)年
詳細 : 不明
長崎県五島市上大津町2873-1
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夕暮れが近づいてきました。
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五島コンカナ王国
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この日の宿は五島コンカナ王国。いわゆるリゾートホテルで、緑の芝生の園内には宿泊棟以外にも、教会や温泉浴場、レストランなどの建物が点在していました。

五島コンカナ王国
長崎県五島市上大津町2413
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王国なので、門を通ったら入国管理室(フロント)で通関します。
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by gipsypapa | 2017-04-04 08:43 | | Trackback | Comments(2)

丘のまち美瑛

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富良野からさらに北上して美瑛(びえい)へ。ここを観光した後は旭川を経由して札幌へ向かいます。この日はかなり強行軍でした。
撮影 : 2015.8.24
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有名なケンとメリーの木。若いころテレビの日産スカイラインのCMで注目されました。この日も観光客が多かったです。
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マイルドセブンの丘。マイルドセブンのCM使用されたカラマツ林です。
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日本の風景とは思えません。ヨーロッパみたいです。
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なだらかな丘陵に緑の畑が広がる絶景です。
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見渡す限り緑の平野。丘のまち美瑛の景観は、農業によって保たれています。
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日本では北海道でしか見られない、おおらかな風景を楽しみました。
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昼食に立ち寄った四季彩の丘。ここも大規模な花畑です。四季彩の丘北海道上川郡美瑛町新星
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↑はネットにあった美しい写真です。
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ここから旭川を経由して札幌へ。夜は札幌の居酒屋で最後の夕食でした。これで北海道旅行は一旦終わります。次回からは日本列島の反対側、九州です。


by gipsypapa | 2017-04-03 08:25 | | Trackback | Comments(2)