<   2015年 03月 ( 22 )   > この月の画像一覧

同志社大学クラーク記念館

c0112559_8432750.jpg
 相国寺に行く途中、地下鉄の今出川駅で降り、そのまま地下から同志社のキャンパスを横切っていくことにしました。久しぶりの訪問です。

 同志社の今出川キャンパスは関西のレトロ建築好きなら一度は訪ねる文化財の宝庫で、数々の煉瓦造りの建築物が立ち並んでいます。

 このブログでもすでに、相国寺通りの西側では、彰栄館(明治27年)、礼拝堂(明治19年)、ハリス理化学館(明治23年)、ハリス理化学館(明治20年)、有終館(明治20年)、明徳館(昭和27年)の建築群。東側の同志社女子大学ではジェームズ館(大正3年)、栄光館(昭和7年)をあっぷして紹介しています。

 さらに別ブログの「ヴォーリズを訪ねて」の方では、致遠館(大正5年)、新島遺品庫(昭和17)年、啓明館(大正4)年、アーモスト館とその管理棟(昭和7年)を紹介していますが、唯一の撮り残しがありました。それがクラーク記念館でした。

 アメリカの資産家B.W.クラーク夫妻が、27歳でこの世を去った息子(バイロン・ストーン・クラーク)のためにとの寄付により建てられ、1894年に開館。当初は「クラーク神学館」として、神学教育と研究に利用されていましたが、現在の神学館の完成に伴い「クラーク記念館」と改名されました。キリスト教文化センター、教室のほか、クラーク・チャペルがあり、結婚式にも使えるようです。

 印象的な尖塔があるドイツのネオ・ゴシックを基調とする建築物で、同志社のランドマークです。2003年から2008年まで修復工事が行われました。前に2回訪ねたのはその期間中だったので建物全体がシートに覆われて撮影できなかったわけです。今回、相国寺に行く途中に立ち寄ってきました。うれしいことに内部も一部とはいえ一般公開されていました。

 設計者のリヒャルト・ゼール(Richard Seel 1854 - 1922)はドイツ人の建築家。ドイツのエンデ・ベックマン事務所が日本の官庁集中計画を受注したことから来日。ベックマン事務所のもとで東京裁判所、司法省の庁舎設計にかかわった後に日本で建築設計事務所を開設し、教会堂やミッションスクールの工事を主に手がけました。このブログでも函館旧ロシア領事館を紹介しています。国の重要文化財の煉瓦造り2階建て、塔屋付き。

同志社大学クラーク記念館
1894(明治27)年
重要文化財
設計 : リヒャルト・ゼール
施行 : 小島佐兵衛ほか
京都市上京区玄武町601
撮影 : 2014.9.24
c0112559_854355.jpg
c0112559_8545284.jpg
c0112559_855736.jpg
c0112559_855184.jpg
c0112559_8552991.jpg
c0112559_8554142.jpg
c0112559_855549.jpg
c0112559_8561195.jpg
c0112559_8562322.jpg
 玄関の欄間に"Byron-Stone Clarke Memorial Hall"と刻まれています。クラーク夫妻の夭折した息子を今も伝えているわけです。
c0112559_8573544.jpg
c0112559_8574928.jpg
 2階です。扉が閉まっていますが、この中がチャペルで、回廊が吹き抜けの2階部分を取り囲んでいるのではないかと想像します。
c0112559_8575939.jpg
c0112559_8581019.jpg
c0112559_8582252.jpg
c0112559_8583680.jpg
c0112559_8584766.jpg
 ネット情報によると、昼休みにはチャペルが開放されているとありますが、この時は「チャペルは公開していません」の立札が立っていました。
by gipsypapa | 2015-03-29 09:03 | 建築 | Trackback(1) | Comments(0)

レストラン菊水

c0112559_8234415.jpg
 移動途中でお腹が空いてきました。7年前にアップしたことがあるレストラン菊水に入ってカレーライスを食べることにしました。7年前の記事を1部修正して再掲します。

 四条大橋の北東のたもと、南座の正面にアーチ状の塔屋がひときわ目立つビルがあります。アサヒスーパードライと京阪電車の看板。長い間京阪電車の駅舎かと思っていましたが、そうではなく地下が京阪電車の四条駅になっているためです。このビルは大正5年創業の祇園の老舗レストラン菊水で、京都の西欧料理の草分け的な店です。

 大正15(1926)年の建築。当時流行していたアールデコ、表現主義などの様式をとり入れ、装飾は簡素ですが、正面の放物線を描くアーチ状の塔屋と、縦長の窓のラインが印象的な建物です。国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造り5階建て、地下1階、塔屋付き。

レストラン菊水
1926(大正15)年
登録有形文化財
設計・施工 : 上田工務店
京都市東山区川端町187
撮影 : 2007.3.4 & 2014.9.24
c0112559_8255931.jpg
c0112559_8275797.jpg
c0112559_8261594.jpg
 1階のレストラン・パーラーです。
c0112559_8265440.jpg
c0112559_8271120.jpg
c0112559_8272350.jpg
c0112559_8273381.jpg
 少なくとも1階は期待したほどのレトロ感はありませんでした。2階は本格的なレストランなのでどうかな?しかし、まず行くことはないでしょう。(笑)
c0112559_8281656.jpg

by gipsypapa | 2015-03-27 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(4)

仲源寺

c0112559_12502122.jpg
 大雲寺から相国寺へ向かうため四条通を西に向かって歩きました。祇園の商店街の隙間のようなところに小さな寺院があります。

 仲源寺(ちゅうげんじ)は、京都市東山区にある浄土宗の寺院で、山号は寿福山といいます。本尊は地蔵菩薩で、目疾(めやみ)地蔵とも称されて眼病に霊験があるとして信仰されているそうです。洛陽三十三所観音霊場第十六番札所で、観音堂の千手観音菩薩は平安期の作で国の重要文化財です。

 平安時代中期の開山で、1585(天正13)年現在の寺地へ移されたとありますが、現在の社がいつ建てられたかはわかりませんでした。

仲源寺
詳細不明
京都市東山区祇園町南側585−1
撮影 : 2014.9.29
c0112559_12513460.jpg
c0112559_12514767.jpg
c0112559_1252097.jpg
c0112559_12521049.jpg
c0112559_12522254.jpg

by gipsypapa | 2015-03-26 12:52 | 建築 | Trackback | Comments(2)

中村楼

c0112559_9133095.jpg
 四条通から八坂神社の南側を歩いて大雲院を目指して歩いているときに見つけた料亭建築。調べると創業450年の歴史を持つ中村楼でした。

 ネット情報では室町末期に門前茶屋として創業。名物の田楽豆腐などを供すようになり、江戸末期から料理茶屋になり、明治維新の頃には屈指の京料理店として知られ、宮家、政財界、文人墨客などが集うようになったそうです。

 明治期の料亭建築の本館と総檜造りの貴賓館とを結ぶ、渡り廊下があるそうです。また尾形光琳の襖絵をはじめ、随所に配された著名な作家の書画からも、その歴史と格調の高さが窺えるとあります。二軒茶屋といわれる門前茶屋では抹茶、甘酒、おしるこ、軽食、茶屋ソフトクリームなどの甘味も楽しめるらしいので、庶民はこっちでしょう。木造2階建て。

中村楼
明治期
設計・施工 : 不明
京都市東山区祇園町南側509
撮影 : 2014,9.29
c0112559_9173235.jpg
c0112559_9174648.jpg
c0112559_918132.jpg
 高級料亭なので、一生中に入ることはなさそうです。したがって例のごとく食べログにあった写真を借用します。↓
c0112559_920625.jpg

c0112559_9184359.jpg
c0112559_9185559.jpg
c0112559_9202883.jpg
c0112559_9204494.jpg
 これらも食べログにある外観写真。↓ 玄関は八坂神社の鳥居をくぐった境内にあります。
c0112559_9215995.jpg
c0112559_922116.jpg
 さすがに京都にはまだまだ知らない歴史のある料亭が残っています。これが他の都市だったら、逆によく知られているはずです。
by gipsypapa | 2015-03-25 09:23 | 建築 | Trackback | Comments(2)

萬年山 相国寺

c0112559_14262037.jpg
 この日の「京の夏の旅」の文化財特別公開は地下鉄に乗ってもう一か所。臨済宗相国寺派大本山の相国寺(しょうこくじ)に行きました。

 創建は室町幕府3代将軍・足利義満の時代の明徳3年(1392年)という歴史のある禅寺です。足利将軍家、伏見宮家や桂宮家ゆかりお寺であり、初めて知りましたが、京都の観光名所として有名な鹿苑寺(金閣寺)、慈照寺(銀閣寺)は、相国寺の山外塔頭(さんがいたっちゅう)なのです。

 境内は京都御苑の真北に位置し、御所の今出川御門から同志社大学の間の道路を北上したところにあります。

 境内には方丈:文化4年(1807年)や庫裏 :文化4年(1807年)、鐘楼:天保14年(1843)など江戸末期の古い建物が立ち並んでいますが、お目当てはもっとも古い重要文化財の法堂(はっとう)です。

 慶長10年(1605年)に豊臣秀頼の寄進によって再建されたもので、日本にある法堂建築としては最古のものだとか。天井にある狩野光信の手による龍の絵見どころで、特定の場所で手を打つと反響するため、「鳴き龍」と呼ばれています。

萬年山 相国寺法堂
1605(慶長10)年、
重要文化財
設計・施工 : 不明
京都市上京区相国寺門前町701
撮影 : 2014,9.29
c0112559_14274787.jpg
 同志社の間の道を北に進むと、参道わきに庭があり、
c0112559_14282647.jpg
 山門があります。
c0112559_142927.jpg
 さらに北上すると、これが重要文化財の法堂。
c0112559_1430781.jpg
c0112559_14301877.jpg
c0112559_14303081.jpg
 狩野光信の龍の天井絵も見ましたが、ここも例にもれず撮影禁止です。仕方なくもらったパンフレットの写真です。
c0112559_1431650.jpg
 北側に回廊で法堂とつながる方丈。
c0112559_14314010.jpg
c0112559_14315198.jpg
c0112559_14321253.jpg
c0112559_14324840.jpg
 さらに北に位置する書院との間に美しい庭園があります。裏方丈庭園は江戸末期の作庭です。
c0112559_14333771.jpg
c0112559_1433477.jpg
c0112559_1434950.jpg
c0112559_14342093.jpg
c0112559_1434331.jpg
c0112559_14344689.jpg
c0112559_14345843.jpg
c0112559_14351256.jpg
 菊の御紋がある引手。どの建物にあったか忘れましたが、御所から移築されたのでしょう。
c0112559_14363921.jpg
 庫裏(くり):文化4年(1807年)の築です。
c0112559_14373858.jpg
c0112559_14375342.jpg
 鐘楼は1843(天保14)年の築。
c0112559_14383377.jpg
c0112559_1438484.jpg
 基礎部分に特殊な工夫がなされているようです。
c0112559_14392840.jpg
c0112559_14394253.jpg
 一角にある大通院は相国寺専門道場。「相見謝絶」という見慣れない看板があります。禅の修行道場のようです。
by gipsypapa | 2015-03-24 14:45 | 建築 | Trackback | Comments(4)

大雲院祇園閣

c0112559_9273071.jpg
 毎年催されている「京の夏の旅」という文化財特別公開。この年は7月12日から9月30日までの開催でした。京都の夏は暑いので、おいそれとは行く気にはなりませんが、この時しか見ることができないものなので、いくつか訪ねることにしました。

 まずは大雲院。1587(天正15)年の開山で、織田信長の子信忠の菩提を弔うための寺院です。何度か移転を繰り返した後、1972(昭和47)年に、ここ大倉喜八郎旧邸を買得して再移転したそうです。

 祇園閣は大倉財閥の創始者・大倉喜八郎が別邸建設にあたり、伊東忠太に依頼して別邸とし建てた別邸「真葛荘」の一部で、展望台を兼ねた高閣を建てたもの。塔の上方に祇園祭の山鉾をかたどった塔が立つことから「祇園閣」いわれています。屋根が銅板葺きで、大倉が金閣、銀閣に次ぐ銅閣として作ったためだそうです。

 国の登録有形文化財。下層と基礎部分は鉄筋コンクリート造り,中層以上は鉄骨鉄筋コンクリート造り、「総高約34mの3階建ての塔状建築。

大雲院祇園閣
旧大倉喜八郎別邸高楼
1927(昭和2)年
登録有形文化財
設計 : 伊東忠太
施工 : 大倉土木
京都市東山区祇園町南側594-1
撮影 : 2004.5.26&2014.9.29
c0112559_929455.jpg
 入り口が分かりにくく、うろうろしました。入場はこの南門から。
c0112559_9302738.jpg
c0112559_930364.jpg
c0112559_930487.jpg
c0112559_931269.jpg
c0112559_9313935.jpg
 狛犬。というか狛獅子も怪奇物好きらしい伊東忠太の作。
c0112559_9323554.jpg
c0112559_9324950.jpg
c0112559_933471.jpg
 高楼内部は見ることはできますが、撮影禁止です。それだけではなく、最上階からの下界の展望も撮影禁止。当いうことで、以下2枚はネットにあった写真です。
c0112559_08020438.jpg
c0112559_08021842.jpg

 ということで、内部写真は入場券の写真をスキャンしたものです。螺旋状の階段の両側には鮮やかな色彩の壁画がいっぱいでした。この壁画は敦煌壁画を模したもので、当初からではなく1988(昭和63)年に完成したもの。それにしても撮影禁止は残念。
c0112559_9341139.jpg
 東側にあるのが、総門。
c0112559_9345317.jpg
 本堂の屋根。1972(昭和47)年に移転したお寺なので、古い建造物は大倉邸ゆかりのものしかありません。
c0112559_9353466.jpg
 鐘楼。これも新しいのでしょうか。
c0112559_9361292.jpg
 近づくことはできませんでしたが、本堂から見えた和風建築は大雲院書院で、これも祇園閣と同時期に伊藤忠太の設計で建てられたものです。こちらも国の登録有形文化財の木造・鉄筋コンクリート造り、2階建て。

大雲院書院
旧大倉家京都別邸 
1927(昭和2)年
登録有形文化財
設計 : 伊東忠太
施工 : 大倉土木
c0112559_9375197.jpg
c0112559_938522.jpg

c0112559_11175823.jpg
 裏の墓地には織田信長、信忠の碑と・・・
c0112559_9385880.jpg
 石川五右衛門の墓があります。これは処刑前に市中を引き回された五右衛門が大雲院門前に至った際、貞安が引導を渡した縁によるそうです。
c0112559_9402487.jpg
 10年前に境内の外から撮影した祇園閣。
by gipsypapa | 2015-03-23 09:42 | 建築 | Trackback | Comments(2)

キャピタル東洋亭本店

c0112559_855865.jpg
 地下鉄北山駅の西、京都府立植物園の北側に歴史を感じさせる欧風のレストラン東洋亭があります。

 東洋亭は京都で有名な南欧料理の老舗。1897(明治30)年に河原町で創業し、今の北山に移ったのは1966(昭和41)年です。カフェスポットとしても有名で、南欧風の外観は町のシンボルとして親しまれているそうです。鉄筋コンクリート造り、3階建。

キャピタル東洋亭本店
1966(昭和41)年
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂岩ケ垣内町28-3
撮影 : 2014.9.12
c0112559_8562437.jpg
c0112559_856351.jpg
c0112559_8564751.jpg
 食べログにある店内写真をいくつか借用します。 ↓
c0112559_8581682.jpg
c0112559_8582516.jpg
c0112559_8583448.jpg
c0112559_8584853.jpg
c0112559_8585838.jpg
c0112559_8591043.jpg
c0112559_8592174.jpg

by gipsypapa | 2015-03-18 09:00 | 建築 | Trackback | Comments(2)

萩児童公園のラジオ塔

c0112559_7381298.jpg
 京北教会のまわりで写真を撮っていると、近所の年配の男性に声をかけられました。「なぜこの教会の写真を・・」と問われ、「実は古い教会で、古い建物に興味があるんです・・・」とか話していたら、「それなら、そこにラジオ塔があるよ」とのこと。

 ラジオ塔って初めて聞く名前。とにかく行ってみたら公園の片隅に奇妙な建造物がありました。何の説明書きもないので、家に帰って調べたら、日本中の各地にあったものだとか。

 ネット情報では“ラジオ塔は、家庭にラジオが普及していなかった1930(昭和5)年に大阪市の天王寺公園に初めて建てられ、戦時中にかけて全国の公園や広場に造られた。多くはNHKや自治体が設け、コンクリートや石で造った高さ2-3メートルの塔の中に受信機と拡声器を備えていた。”とあります。全国に400か所くらいあり、京都でも7カ所あったとか。

 公園にここからラジオを流し、近所の人たちが集ったのでしょう。ラジオ体操もしたかもしれません。それにしても個人的には初めて見た近代化遺産の一つです。

萩児童公園のラジオ塔
昭和初期
設計・施工 : 不明
京都市左京区下鴨萩ケ垣内町8
撮影 : 2014.9.12
c0112559_739594.jpg
 各窓の下にうっすらとJOOKというアルファベットが残っています。JOOKはNHK京都放送局らしいです。
c0112559_7401524.jpg
 こっちが裏側ですね。
c0112559_74029100.jpg
c0112559_7404173.jpg
JOOKの左の O に鍵穴?
c0112559_7405564.jpg
 こんなものがあったとは、初めて見ました。
by gipsypapa | 2015-03-17 07:45 | 建築 | Trackback | Comments(8)

日本基督教団 京北教会

c0112559_8173023.jpg
 上賀茂から市バスに乗り、地下鉄に乗り換えるため北山駅前で下車。その周辺を歩きました。まず訪ねたのは京北教会。別ブログの「ヴォーリズを訪ねて」福岡中部教会編にコメントを頂き、一度訪ねてとのお誘いがあったのですが、ようやく実現しました。

 期待通りの瀟洒な礼拝堂でした。京北教会のHPによると、創立は1909年とのことなので、この時は105周年に当たる歴史のある教会です。元は大正末期京都市下京区の烏丸五条近くに建てられた「京南(きょうなん)教会」でしたが、1941(昭和16)年に現在地に移転し、そのときに「京北(きょうほく)教会」と名前を変えたそうです。木造平屋建て、鐘楼付き。

日本基督教団 京北教会
旧日本メソジスト京南教会
1924(大正13)年 / 1941(昭和16)年移築
設計・施工 : 不明
京都市左京区下鴨神殿町17-3
撮影 : 2014.9.12
c0112559_8201738.jpg
c0112559_8203435.jpg
c0112559_8204739.jpg
c0112559_8205759.jpg
c0112559_8211128.jpg
c0112559_8212784.jpg
c0112559_8214185.jpg

by gipsypapa | 2015-03-16 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

上賀茂伝統的建造物群保存地区

c0112559_13363377.jpg
 梅辻家や西村家のある一角は国の伝統的建造物群保存地区になっています。上賀茂神社の境内を流れる清流「ならの小川」が境内を出ると明神川と名を変えて東に流れます。道路脇を流れる明神川に沿って,神官の屋敷である社家が建ち並んでいます。主屋とこれを囲む門,土塀,庭園が静寂な環境を造る美しい町並みです。

 室町時代からの門前集落で、明治以降に多くの社家町が京都の近郊農村的性格を徐々に強め,社家町の性格は薄らいでいったなか、ここ明神川沿いには今日も社家が旧来のまま清々しく残っていました。

上賀茂伝統的建造物群保存地区
京都市北区上賀茂北大路町39付近
撮影 : 2014.9.12
c0112559_13372386.jpg
c0112559_13373629.jpg
c0112559_13374940.jpg
c0112559_1338293.jpg
 明神川沿いに京都らしい料亭などが並んでいます。
c0112559_13384756.jpg
御すぐき處 なり田
京都市北区上賀茂山本町35
c0112559_13392697.jpg
c0112559_13393896.jpg
京料理 さくらい
京都市北区上賀茂山本町39
c0112559_13402061.jpg

いせき
 角地にある大きな屋敷は,通りに面して土塀をめぐらせています。「いせき」の看板がある井関家も代々上賀茂神社につかえていた社家だそうです。主屋は,江戸時代後期の建築と推定され,鳥居形の内玄関と式台を並べ,社家住宅としての外観を備えているとか。

いせき(井関家住宅)
江戸後期 / 明治後期
設計・施工 : 不明
京都市北区上賀茂北大路町1 ‎
c0112559_13413049.jpg
c0112559_13414186.jpg
 主屋の中央には明治後期に増築された望楼風の3階建てがあり,道路からその威容を見ることができます。現在は手作りの香袋・匂い袋の店「いせき」になっています。
c0112559_13433495.jpg
 明神川の畔にある藤木社(ふじのきのやしろ)。上賀茂神社の末社で、明神川の守護神として信仰されてきました。後の大木は楠(くす)の木で、樹齢推定五百年といわれ、この地のシンボルになっています。
by gipsypapa | 2015-03-14 13:45 | | Trackback | Comments(2)